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臼井は車を運転しながら欠伸を噛み殺した。謎の珍客のせいで休日出勤する羽目になってしまった。
昨夜はほとんど眠れず、朝を迎えた頃にはあれはやっぱり夢だったんじゃないかという気持ちの方が強くなっていた。半信半疑のまま店に向かったが、入り口のドアの前でズボンのポケットに両手を突っ込んでウロウロしている小さなジャージ姿を見つけ、臼井は心の中で呻いた。
「オッ、来たか。遅いぞ」
臼井の姿に気付くと、小人は臼井の足元からキンキン声で言った。
「おはようございます。すみません、十時とお伝えしていたのでこんなに早くいらっしゃるとは思わなくて」
嫌味の一つや二つくらいいいだろうとチクリと言ったら、「店員のくせに言い訳するな」と言い返された。全く厄介な客だ。
臼井は店内から書類を取って戻ると、小人と共に店のすぐ脇の駐車場に移動した。
「内見は車で参ります。こちらへどうぞ」
助手席に座った小人にシートベルトを締めようとしたが、ベルトで体の半分以上が埋まり窒息させてしまいそうだったので諦めた。小人はダッシュボードに飛び乗ると嬉しそうにフロントガラスにへばりついた。
「車に乗るのは初めてなんだ。眺めがいいねぇ」
「そうですか。揺れるので気をつけてください」
臼井はいつも以上に安全運転を心掛けたが、小人はバランス感覚に優れていて、多少揺れてもダッシュボードの上を器用にちょこまか動いて均衡を保っていた。
「ヤァ、こんなに早くあちこちに移動できるのはいいもんだなぁ」
「ところで、今はどちらにお住まいなんですか」
臼井はふと気になって尋ねた。
「オレは北区の流浪の民だ。住民を守るため日々パトロールしている。でもちょいと疲れたから寝床が欲しくてお前さんの店に顔を出したって訳さ」
小人は口角を上げてお得意のドヤ顔をした。格好つけているが要はホームレスという事だ。住まいがないのにお金の心配はないなんて、いったいどういうつもりなんだろうか。話せば話すほど頭の上のクエスチョンマークが増えていく。
「予めお伝えしておきますが、ご契約の際は入居審査があります。お気に召した物件が見つかっても、審査に通らないと入居できません」
「そんなのチョロいもんだ」
「年収などもお聞かせいただきますがよろしいですか」
「おう。構わん、構わん」
ふいに小人がハンドルの上にぴょんと飛び乗ってきて、驚いた臼井は危うく前の車にぶつけそうになった。
「危ないじゃないですか。運転中ですよ」
「わりぃな。でもふと気になってよ」
小人は真正面からじっと臼井を観察した。
「お前さん、この頃疲れてるだろう」
「はい?」
「オレの目を侮るなかれ。最近負のループに陥ってないかい?」
「まあ、うまくいかない事もありますが」
小人の顔がたちまちエロ親父の顔つきになった。
「そんな時は綺麗な姉ちゃんに癒してもらうのが何よりの特効薬だ」
「は?」
思わず素の声が出た。急に何を言い出すんだ。
「女はいいぞぉ。見るだけで活力をもらえるからな。何なら一緒に行くかい? 駅前のバーに美人な姉ちゃんがいるんだ。店の名前は……」
ちょうど良いタイミングで左手から車が割り込んできて、臼井はクラクションを鳴らした。けたたましい音を直に食らった小人は驚いた拍子に弧を描いて宙を舞い、臼井の膝に転げ落ちた。小人が喚きながらジタバタしているうちに先を急ごうと、臼井はスピードを上げて目的地へと向かった。
*
一件目の物件へ到着し、臼井は小人を部屋へと案内した。白を基調とした落ち着いた造りだ。
「ご覧の通り、クローゼットは十分な容量があります。南向きなので明るさも申し分ないです。向かいには酒屋もあります」
「ほう、まあまあ良い部屋だな」
小人は八畳のワンルームを隅々まで見学したが、「でも、なんかピンと来ないんだよなぁ」と呟いた。
ピンと来ないのであれば無理に勧めるつもりはない。臼井は小人を連れて速やかに一件目を後にし、再び車に乗って二件目へと向かった。今度は扉や戸棚が明るいブラウンで統一された温もりを感じる部屋だ。
「浴槽が広く、お風呂の時間を快適に過ごせます。周辺にスーパーや薬局があるので買い物にも困りません」
「確かに住みやすいな。でも、やっぱり何か違うんだよなぁ」
小人は部屋を一周したが決断には至らないようだ。即決する方が珍しいので驚く話ではない。
「ご希望でなければ店に戻りましょうか」
「ちなみに他も探してくれるのかい?」
「はい、ご希望でしたらご紹介します」
「そしたらまた何件か紹介しておくれ。できれば……」
小人の表情がトロリと溶けた。
「……今度は綺麗な姉ちゃんが近くにいる部屋がいいな」
最後の一言は聞こえなかったふりをして、臼井は小人を連れて部屋を後にした。
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