とあるクラスメイトの証言②
クラスメイトの水無瀬ひかりちゃんは、非の打ちどころのない完全無欠の美少女である。
同じ人間だとは信じられないほど顔面の造形が整っているのに、スタイルまで抜群に良い。一介のモブであるわたし・富田菜摘の寸胴体型とはまったく違う、凹凸のある魅力的な体型をしている。
普段はほとんど露出をしないひかりちゃんだけれど、体育のあとの着替えのときには、普段は隠されている美しい肌が露わになる。あまりジロジロ見るのは失礼だとわかってはいるけれど、ついつい視線を向けてしまう。
この素晴らしい身体を、あの男は好きなようにしているというのか……くそう、上牧悠太め……。
「あれっ、ひかりちゃん。そのネックレスどうしたの?」
わたしがチラチラとひかりちゃんにエロ親父のような視線を向けていると、わたしの友人である南方茜がそう言った。
カッターシャツのボタンを止めていたひかりちゃんは、恥ずかしそうに頰を染めて「これ?」と首にかかったネックレスを手に取る。
「えへへ。誕生日プレゼントに、悠太に買ってもらったの。可愛いでしょ?」
ひかりちゃんはそう言ってはにかむ。彼女の首で誇らしげに輝くネックレスよりも、ひかりちゃんの笑顔の方が数倍眩しい。このまま直視していると、目が潰れてしまうかもしれない。
「うん、可愛い! 上牧くんが選んだの?」
「いくつか候補出したのは私だけど、最終的に選んだのは悠太だよ。私にはこのぐらいシンプルなデザインの方が似合うって」
たしかに、華奢なピンクゴールドのチェーンと主張の少ない雫型のチャームはシンプルだけれど、それがひかりちゃんの華やかな美しさをより引き立てている。なるほど上牧、よくわかってるじゃないか。
「へー。上牧、意外とセンスいいじゃん」
わたしの言葉に、ひかりちゃんは心底嬉しそうにゆるゆると頰を緩ませた。普段はどちらかといえば近寄り難い雰囲気もあるひかりちゃんは、愛しい彼氏のこととなるとデレッデレになる。
「上牧とひかりちゃん、ほんとに意外と順調だよね……もうすぐ付き合って一年だっけ?」
「えーと……うん。告白されたのは六月だったかな」
「ひかりちゃん、これからも上牧くんと仲良くね。私、二人のこと本当に応援してるから! 別れたりしないでね!」
茜はやけに熱のこもった口調でそう言うと、がしりとひかりちゃんの両手を掴む。わたしは正直「ひかりちゃんにはもっとお似合いの人がいるのでは」と思っているけれど、茜はそうでもないらしい。
それにしても、ボタンの開いたひかりちゃんのシャツからはキャミソールが露わになっていて、ちょっと目の毒だ。茜も気になったらしく、「ひかりちゃん、早く着替えた方がいいよ」と苦笑した。
「そのネックレス、可愛いね」
そのとき背後から聞こえた声に、わたしは反射的にぎくりと身を強張らせた。おそるおそる振り向くと、そこに立っていたのは既に制服に着替えた烏丸百合花だった。ふわりと漂う香水の香りは、ひかりちゃんが使っているのと同じものだ。
わたしは正直なところ、三年になってから初めて同じクラスになった烏丸さんのことを、あまり快く思っていなかった。中学時代に親友の彼氏を略奪したなんて噂もあるし、どこか異性に媚びるような目つきと声も苦手だ。ひかりちゃんの彼氏である上牧にあれこれちょっかいを出しているのも印象は良くない。
みんなもわたしと似たようなことを考えているのか、烏丸さんは我がクラスの女子の中で浮き気味だった。
「どこのブランドなの?」
「うーん、どこだったかな。いろんなお店回ったから、忘れちゃった」
烏丸さんの問いに、ひかりちゃんはにこやかに答える。猛スピードでシャツのボタンを一番上まで留めてしまうと、ネックレスは見えなくなってしまった。
「そっか、残念。思い出したら教えてほしいな」
「うん、思い出したらね」
美少女二人が笑顔で会話を交わしているさまは、手を合わせて拝みたいくらいにありがたい光景だ。しかしわたしは、微笑んでいるひかりちゃんから背中が冷たくなるような空気を感じて、こっそり身を震わせていた。
「烏丸さんって、一体どういうつもりなんだろうね?」
昼休み。教室でお弁当を食べていたわたしは、烏丸さんの姿が見えないのをいいことに、ついついそんな話題を出してしまった。
わたしの隣でサンドイッチを頬張る茜が、「どういうつもりって?」と首を傾げる。
「なんでもかんでも、ひかりちゃんの真似したがるじゃん。さっき使ってた制汗剤も、ひかりちゃんのと同じだったよ」
「なっちゃん、よく見てるね」
わたしの言葉に、ひかりちゃんが肩をすくめて苦笑した。
二日に一回は上牧とお昼休みを過ごすひかりちゃんは、今日はわたしたちと一緒にお昼を食べている。机の上に広げている見事なお弁当は、上牧が作ったものなのだろう。相変わらず手が込んでいて美味しそうだ。上牧と付き合うのは絶対嫌だけど、このお弁当だけはちょっと羨ましい。カラッと揚がったエビフライにかかっているタルタルソースも、上牧お手製らしい。
「上牧にちょっかい出してるのもさ、絶対ひかりちゃんへの対抗心だと思わない?」
陰口っぽくなってしまうのは本意ではなかったのだけれど、ついつい棘のある言い方になってしまう。周囲のクラスメイトも「だよねー」「勝てるわけないのにさ」などと、同調する空気になった。戸惑いの表情を浮かべているひかりちゃんをよそに、周囲の熱はヒートアップしていく。
「学校一の美少女から男奪ってやった! ってステータスが欲しいだけなんだよ、きっと」
「上牧はトロフィーにしちゃしょぼいけどね」
「でも上牧くん、最近ちょっと株上がってるよね。ひかりちゃんと付き合い始めてから、雰囲気柔らかくなったし」
「えーっ、そうかなあ?」
茜の言葉に、わたしは首を捻る。上牧の態度は相変わらず無愛想で感じが悪くて、わたしには特に変化があるようには思えない。上牧の評価が上がっているとしたら、「美人の女優さんがつけてるアクセサリーなら、ダサくてもオシャレに見える」みたいな現象じゃないだろうか。
困ったように眉を下げるひかりちゃんに向かって、クラスメイトの一人が言った。
「でもさ、ひかりちゃんはさすが余裕だよねー。あたしだったら、自分の彼氏が他の女に言い寄られてたら、もっと露骨に嫌な顔しちゃいそう」
たしかにそうだな、とわたしも思う。烏丸さんが上牧に話しかけているときも、ひかりちゃんは少しも嫌な顔をせず、口元に笑みを湛えている。恋人なのだから、もっとヤキモチを妬いてもいいだろうに。怒っているのは何の関係もない新庄くんだけだ。
「私、全然気にしてないよ。他の誰かの気持ちを止める権利なんて、私にはないもの。それに何があっても悠太の恋人は私だし、悠太のこと信じてるから」
そう言い切ったひかりちゃんの焦茶色の瞳は余裕に満ちていて、キラキラと輝いている。ひかりちゃんほどになると、彼氏に言い寄る他の女など、コバエも同然なのかもしれない。
わたしたちは揃って「さすがひかりちゃん……」「それにひきかえ私たちは……」と嘆息した。
結局今日も、ひかりちゃんの株が爆上がりしただけで終わってしまった。烏丸さんの話をしているそのときは楽しかったけれど、なんとなく胸の底に澱んだ泥のようなものが溜まっている気がする。どんなに苦手な人でも、やっぱり陰口は叩くものじゃないな、と後悔した。
それから数日経った、ある日のこと。
体育のあとの女子更衣室は、さまざまな匂いが混じり合っている。制汗剤の匂い、香水の匂い、誰かが持ち込んだ消臭剤の匂い。どれもこれも単独では芳しい香りなのだろうけど、ぶつかり合うとなんともいえない匂いになる。
わたしの両隣では、ひかりちゃんと烏丸さんが着替えていた。誰も気にしていないだろうけど、こんな美少女二人に挟まれるのはちょっとプレッシャーだ。二人ともスタイル良いな、腰の位置が全然違うな、と無駄に落ち込んでしまう。
そのとき隣でTシャツを脱いだ烏丸さんの首元に、キラリと輝くものが見えた。
「……あっ」
思わず声をあげたわたしに、烏丸さんはチラリと視線を向ける。わたしの隣で、ひかりちゃんが息を呑む気配がした。
「そ、そのネックレス……」
華奢なピンクゴールドのチェーンに雫のモチーフ。烏丸百合花の首元で燦然と輝くのは、ひかりちゃんが上牧に貰ったものと全く同じネックレスだった。
「ああ、これ? 可愛かったから、真似して買っちゃった」
烏丸さんは悪びれた様子もなく、指先でネックレスのチャームをつまむ。あまりのことに、わたしの声は裏返った。
「よ、よりにもよって……」
「水無瀬さんがつけてるものって、全部素敵に見えるんだよね。私、他人が持ってるものが欲しくなっちゃうタイプなの」
――ねえ。それって、上牧のことも?
口から飛び出しかけた言葉を、わたしは慌てて飲み込む。
傍から剣呑なオーラを察知したわたしは、おそるおそる、顔を動かしてひかりちゃんの様子を窺う。彼女はいつもの余裕はどこへやら、燃えるような怒りを秘めた目で烏丸百合花のことを睨みつけていた。
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