第9話 先生と荷物検査

 「じゃあ、今から荷物検査始めるぞー」




 先生のその言葉にクラスにどよめきがおこる。


 何か不要物を持ってきている生徒がいるのだろう。




 しかし、そんな雑音も聞こえないほど、混乱している二人がいた。






 時はさかのぼり、今朝のこと。


 


 301号室には涼しい風が吹き込んでいる。




 「あおい。まだ初日の風呂の下着持ってんの?」


 「なに? そっちのが似合ってるとか言わないよね?」


 「いうわけないだろ!!」




 僕がこの寮に来た初日、妹のしおりによって女性ものの下着を持たされていた。


 ちょっとからかうつもりで冷ややかな目線をいづきに送るけど、必死に否定している。




 「えっとな、それずっと持ってても悪いことにしかならいないと思うんだけど」


 「確かに。この寮変態しかいないからなー」




 いや、俺は違うだろ? と、いづき自身の顔に指をあててるが、君もところどころ当てはまってますよ。




 だけど、言ってることには納得しかない。


 使うことないし、勘違いも生んでしまうからね。




 「じゃあ、今日学校に持って行って返そう」


 「それがいいかもね。これにいれてけば?」




 そういって渡してくれたのは、黒猫が何匹も並んでいる小さなポーチだった。




 「こんなかわいいの使っていいの?」


 「いいよ。それで返せば、前のじいさんから助けてもらったお礼もできるだろ?」




 本当に気つがいができるイケメンですね。


 怖いよ。この優しさに今後、何人の心が奪われるのか。




 「いづき君、ありがとう」


 「いいよ、ルームメイトのよしみだよ」






 ただ、その気遣いが朝のホームルームの時間で悪い方向にまわてしまう。




 「じゃあ、出席番号順に行くからな。女子はクラス委員の深沢に見てもらうから」




 女子だけずるいぞーと男子からのクレームが入る。


 だがこのクラスの右前の席は、そんな空気ではなかった。




 このクラス──1年A組の座席は出席番号順に右から並んでいた。




 これが示すのは、僕が一番最初。


 そして次がいづきというわけで、偽装ができない。




 これは詰みだが一応、抗うことだけしておこうと、ポケットにポーチを隠す。


 ポケットが膨らんでいることから立った瞬間ばれてしまうのは明らかだ。




 「よし、まずは芦名からだな」




 僕らの先生は米谷陽太郎という名前で、年齢は30になったばかりだ。


 寮の先輩から教えてもらったのは、厳しいが生徒からはなぜか好かれるような先生らしい。


 だから、見つかったら怒られるかもしれないがそれでも許してくれるはずだ。


 見つかってもいいという覚悟でカバンを広げる。




 そのとき米谷先生が小さな声で僕に語りかける。


 その表情は暗いのだが、楽しそうで人の恐怖をあおるようなものだった。




 「俺はさ、一応学校側からお前が男といわれてるんだ」




 そりゃ当然ですよ。ちゃんと書類等で示してるんですから。




 「だがお前を見ると疑いが強まるばかりだ。だからこの荷物検査で確認させてもらう」




 にやりと笑う。


 その表情は、あの変態たちとは違うベクトルの怖さだった。




 これはまずい。


 この人にばれても許してもらえそうにない。


 このポケットだけは絶対に隠し通さないと……




 「でも大丈夫だ。もしお前が女性だという証拠を見つけても学校側には言わない」




 あれ、やっぱりいい先生なのか?


 先輩に言われた通り安心していいのかもしれない。




 だが、そんな考えもすぐに打ち砕かれえる。




 「俺だけがお前の弱みを握れることになる。言ってる意味が分かるか? そうなれば、お前は俺の言うことに逆らえないってことだろ?」




 確かに、もし僕が女性だとばれたら──いや、男ですけどね。


 でも、女性とばれなくても、こんなもの所持していることがばれてしまったら弱みを握られる。




 「ふふ、あともう少しでお前は俺の持ってわけだ」




 ここでやっと先輩が言ってた事の真相に気づいた。


 弱みを握って逆らえないようにしていたのか!?


 この先生、違った意味でやばい。


 というか、俺のものだって言葉怖すぎませんか……




 米谷先生は隅々まで僕のカバンをあさりつくす。


 大丈夫。カバンの中には変なものは入れていない。


 やっぱり、ポケットに隠して正解だった。




 ひととおり探し終わったら、僕の方をにらみつける。


 そして、一つため息をつく。




 「面白みのない鞄だなー。少しは楽しませてくれよ」




 この人にとって面白みのある鞄っていうのは弱みが詰まってるようなものなのだろう。




 「じゃあ、最後に立ってポケットの中身とか見せてくれ」




 その言葉に驚く。


 そしてそれが顔に出たのを米谷先生は見逃さない。


 さっきのつまらなそうな顔から一変し、鞄を調べていた時の表情に戻る。




 ばれたのか。


 でも、立たなかったらどうせばれるだけだ。


 中身を確認されないことにかけるしかない。




 僕は勢いよく立ち上がる。


 その勢いに先生は確信していたのか、すぐに僕のポケットに手を伸ばす。


 だがそこから出てきたのはハンカチだけだった。




 「おいおい、少しは面白いもの出てきたが、これだけかよ」




 米谷先生が広げていたのは、僕のお気に入り、しおりとおそろいの青いハート柄のハンカチだった。




 もしかしてと後ろを振り返ると、いづきはただ笑ってるだけだった。


 その表情は優しさにあふれている。


 ──かっこよすぎるよ。




 僕は下唇をかむ。


 今度、コンビニでおいしいお菓子買ってあげるよ。そんなのじゃ足りないかもしれないけど……




 「じゃ、次は一ノ瀬」




 次は後ろの席のいづきの番。


 彼は女性用の下着がばれてみんなから蔑まれるかもしれない。


 でも、僕だけはわかってるから、君は世界一カッコいいルームメイトだよ。




 「──と行きたいところだが、隣の席が騒がしいからそっちから行こうか」




 僕の隣の席は──掛谷だ。


 掛谷は鞄の中をがさがさとかき回しているが、どれも大きいのか隠し場所を見つけられないでいる。




 「ほら早く鞄を机に出せ!」




 その言葉であきらめ正直に机に鞄を置く。




 そしてまた米谷先生の顔があの表情になる。


 本当に性格悪い先生だな。


 これを雇って大丈夫なのか?




 どんどんと、机の上に不要物を机に広げられる。


 グラビア雑誌、ゲーム機、その他もろもろ。




 「先生! これは全部俺にとっては必要なものなんだ!」


 「確かに、お前にとっては必要かもだが、学校には不要だ」




 そんな冷酷な言葉を放つが、それを取り上げるような仕草はなかった。


 そして、またつまらなそうな顔をしていた。




 「こういうのは今度から持ってくんなよ。次見つけたらさすがに没収だ」


 「マジっすか!? あざっす。明日からはばれないように隠しときますね!」




 その言葉にクラスは盛り上がる。


 みんな先生のやさしさを認識し、クラスの雰囲気がよくなる。




 だが、僕は違和感を持つ。


 なぜ僕の時だけ、弱みを握るとか言ってきたのだろうか。


 僕だけはこの先生に気を許そうとは思えなかった。




 「──で、掛谷? そのポケットにしまったのは何だ。早く出してみろ」


 「いや、これは俺にとっては世界で一番大切なもので……」


 「その大切なものを隠す必要はないだろ?」




 米谷先生は、隣で隠している掛谷を見逃していなかったのだ。


 その言葉にほだされたのか、ポケットに隠していたものを取り出す。


 サイズは見覚えのあるものだ。


 そう、薄くて四角くて、最近僕が見た。


 そして、掛谷にとっての宝物。




 ──もしかして、僕の写真か!?




 そう、それは僕の女装している写真。


 なぜか丁寧にラミネート加工までしてある。




 そして、その写真の中身を確認した米谷先生は、僕の方を向く。


 その表情は勝ちを確信したような、見下したような笑顔。


 これでお前は俺のものと言わんばかりの笑顔だ。




 終わった……




 「掛谷、これは確かにいいものだ。これは不要物には含まれないよ」


 「ですよね!!」




 掛谷は、仲間をまた新たに見つけたかのように、親近感をわかせている。




 「先生には今日の恩があるし、それあげますよ。それ原本じゃないから」




 さらなる追い打ちがかかる、


 証拠をつかませてるじゃないか。


 いや、別にあれは証拠とかではないけど、確実に弱みは握られたよ。




 でも、先生の笑顔は嫌味のある笑顔ではなくなる。




 「いや、別にいらないさ。確かに面白いが、それはお前の宝物だろ? お前だけのものさ。大切にするんだぞ」




 米谷先生は掛谷の頭をわしゃわしゃとかきまわす。


 それに掛谷は心を奪われたのか、尊敬のまなざしで見つめる。




 もしかして、本当にいい先生なのか?


 ──でも別にいいものじゃないけどね? その写真。




 僕は、米谷先生の評価を改めなければいけないのではと考える。


 だが、そんな考えも後ろの席のいづきに止められる。


 そして、こっそりとポーチを返される。




 いづき君にありがとうと小声で伝えると、また笑顔で返されるだけだった。




 そのあとも荷物検査が行われたが、何も起きることなく終わった。


 そして、そのあと先生に呼び出されることもなく、僕はしおりに下着を返すことはできた。


 しおりは不満そうだったが、もうこんな体験はごめんだよ。






 放課後の教室。




 夕焼けに染まった教室に一人。


 その人物は教卓からあおいの席を眺めている。




 「──残念だったな。あれじゃ俺だけのものにはならない」




 それは、米谷先生だ。


 彼は、言葉とは裏腹に楽しそうだった。




 「でも、いずれは俺のものになる。楽しみだ……」




 その表情はあおいのカバンを探っていた時と同じものだ。




 そして、その表情をたまたま見てしまった──僕。




 (この人は独占欲が強すぎるただの変態じゃないか!?)




 たぶん根はいい先生なんだろう。


 掛谷への対応を見たらわかる。


 先輩たちが言ってたのは正しいことだったんだ。




 だけど、なぜ僕にはこの態度なのか。


 よくわからないが、今後警戒しよう。




 寮ではおじいさん。


 学校では米谷先生。


 警戒人物の多さにあおいは絶望するだけだった。

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