第8話 さるぐつわと意思疎通
放課後。
僕といづき、そして掛谷の三人で、301号室に集まっている。
窓からは心地よい風と、きれいなオレンジの光が差し込んでくる。
「この集いに参加してくれてありがとう二人とも」
「いや、掛谷君が勝手に僕らの部屋に来ただけじゃん」
そう、勝手に来ただけ。
別に呼びかけに応じたわけでも、呼んだわけでもない。
掛谷は、少し不貞腐れたような表情をするがすぐに元通りになる。
「俺らはまだ知らないことが多すぎる。よって、ここに『意思疎通ゲーム』を開催しようと思う!!」
「なんだよそれ? 自己紹介でもするのか?」
「そんなの上辺だけのやり取りにすぎん。俺は意思疎通ゲームといっただろ?」
掛谷はちっちっちと、人の怒りをあおるように指を振る。
ひとまず、イライラするなー。
でも、確かに僕らは知らないことが多すぎる。
軽い自己紹介とかはしたが、それでも一部だけ。
掛谷にしては聡明な提案なのかもしれない。
でも、意思疎通ってどうやってするんだろう?
僕は疑問への答えを探してる中、掛谷は一度は部屋を出ては戻ってくる。
その手には、縄とタオルがあった。
「じゃ、芦名はここ座って」
「えっ!?」
そういって無理やり引っ張られ、クッションの置いてあるところに座らされる。
抵抗しようとしたが、それはむなしいことに失敗する。
掛谷は力が強い。いや、たぶん僕の力が弱いだけかな。
そして僕の腕を後ろに持って行って、縄で縛られる。
その手つきは慣れているようで、人まず気持ち悪いという言葉が思い浮かぶ。
「これ、なんで縛られてるの?」
「雰囲気は大事だろ?」
無邪気に笑って見せるが、何の雰囲気か知らされてないので、ただ縛られてるだけなんだけど。
「よし完成だ。一ノ瀬、どーよこの完成度は?」
「この再現度は──高校生とは思えん!!」
「いづき君も悪乗りしないで!!」
いづきは申し訳なさそうに、だが笑ってごめんとだけ。
確かにこういう悪ふざけって楽しいのかもしれけど、当事者は怖いだけだよ。
そして、掛谷は持ってきたタオルの真ん中に結び目をつける。
それ何に使うの?
「これからやる意思疎通ゲームっていうのは、『さるぐつわ意思疎通ゲーム』だ!」
「「さるぐつわ??」」
僕らが驚いている中、得意げな顔で意気揚々とタオルを回してる掛谷。
やっぱり腹が立つな。
「さるぐつわって、しゃべれないように口を拘束するものだよね?」
「それであってる。それを芦名につけて質問に答えてもらう、いたって簡単なゲームだ」
「なるほど、それであおいが何言ってるのかあてるってことか!?」
いや、確かにゲームの趣旨はできたけど……
さるぐつわっていう物騒なもの使ってまでやることなのか?
ていうか雰囲気って、完全に僕は被害者役じゃん。
「というわけで、さっそく始めよう。芦名ー、これつけるぞー」
「ちょっと待って、無理やりは──」
「こら騒ぐな、鼻で息すれば大丈夫だからさ」
そうやって掛谷に無理やりつけられた僕は、もごもごとしかしゃべられない状態になる。
掛谷は優越感なのか、達成感なのか、ニヤけた顔をしている。
ひとまずこんなとこ、ほかのだれかには見られたくはない。
そこにパシャリとカメラの撮影音が聞こえる。
掛谷から目を離すと隣でいづきが写真を撮っていた。
「んー! ん-ん-んー!(ねー! とらないで!)」
抵抗しようとするが、腕が縛られて思うように行動できない。
これ雰囲気づくりってより、抵抗されないための策だ。
してやられたー。
僕が落ち込んでる中、いづきが僕にさっきとった写真を見せてくる。
「これ、今のあおいな」
笑いながら見せてくれた彼は、サイコパスだ。
そして、その画面に映ってる僕はみじめすぎる。
いじめかな? これ……
「おい。一ノ瀬! これは遊びじゃないんだぞ!」
掛谷は真剣な表情ではあるが、手元ではスマホで写真を撮っている。しかも大量に……
『後で、寮の一年グループチャットにあげとこー』
おい、小さい声で言ってるけど、聞こえてるよ!
掛谷がポケットにスマホをしまうと、手をたたいて、雰囲気を切り替える。
「よし、始めるぞ。じゃあ、まずお名前からどうぞ」
いや、知ってるでしょ。僕の名前くらい。
でも、チュートリアルってことかな?
ひとまず掛谷の質問に素直に答える。
「んんん、んんん(あしな、あおい)」
なるほど、この何言ってるか少しわかりそうな状態で当てに行くことで、意思をくみ取るってことだね。
意外といいゲームかもしれない。
ただ、この質問は答えわかりきってるから流石にね。
そしてこの回答者は掛谷だ。
「ん-と。かけや、あおい!? ちょっとー、まだ気が早いぞ。もー」
この人の頭大丈夫なのかな?
下の名前間違うのなら、まだわからなくもない。(こともないけでね普通は)
でも、いつも僕を呼んでる方の名前を間違えるって、これわざとでしょ。
そして、顔が照れてるところが演技くさくて、イライラする。
「じゃあ、次の質問な? 好きな食べ物は?」
またしても掛谷の質問だ。
さすがにさっきのはネタで答えだけだから、次からはちゃんと意思疎通とれるよね?
また、僕は真剣に答える。
「んぉんんんん(オムライス)」
今回は一文字目の母音がはっきり出た気がする。
五文字で言ったしわかりやすいから答えてくれそうだけど……
「かけやくん!? おい、おい。俺は食べ物じゃーねぞ。好きな人と勘違いしたなー?」
いや、してないから。
今日一むかつく顔してるよ。
てか、文字数だけはあってるけど、初めの母音聞いてた?
これは、ダメだ。
ひとまず僕は切り替えて、いづきの方に顔を向ける。
この問題への回答者が移り変わる。
「えーっと。これは俺が答えるってことかな?」
僕は大きく頷く。
ひとまず、掛谷にこれ以上答えさせても、正解にたどり着かない。
だから、たのみます!
いづきは、少し考えた後、何かに気づいたかのように、眉を動かす。
「お、」
すごい、ちゃんと初めの一文字がわかってる。
いや、普通はわかるはずなのか。
あの馬鹿な人のせいで感心してしまった。
そして、いづきは真剣な表情で答える。
「お子様ランチ!」
全然ちがーう!
どうあがいてもそんな文字数なかったでしょ!
それ、あなたが僕に食べてほしいものなだけでしょ。
そして、今までの質問とその回答から、このゲームの本質を見抜く。
このゲームは意思疎通なんてものじゃない。
『意思強制ゲーム』だ。
僕の意思なんて尊重されてないんだ。
好きなことを好きなように言ってるだけじゃん。
早くこのさるぐつわ外してほしい。
つけててもつけてなくても何にも変わらないよ。
すると、掛谷のポケットから着信音が鳴る。
それに慌てて対応する。
「やべ、母さんから電話だ。ちょっと自分の部屋行ってくる」
そういって、一人この部屋を出る。
残ったのは二人。
「俺も、ちょっとトイレ行ってくる」
そういって、また一人部屋を出る。
ドアを閉めるときの音が、部屋に響く。
残ったのは僕一人。
なんてむなしい空間なんだろ。
縛られて何もできないし、動こうにもこの状態で部屋から出ると人に見られてしまう恐れがある。
ひとまず、おとなしく二人の帰りを待っておこう。
すると、さっき音を立てて閉まったはずのドアが半開きになっている。
このパターン前にもあったな。
その時の光景がフラッシュバックして恐怖する。
気のせいでありますように。
ただ、閉まってなかっただけでありますように。
そんな願いもむなしく、そこからこの寮で一番の危険人物が入ってくる。
その目は狂気に満ちた、いやらしい目。
犯罪者の目だよ、おじいさん。
「これは! 神からのプレゼントじゃ!」
いや、違うプレゼントじゃない!
普通、寮監だったら、いじめかと心配して助けるのが筋でしょ!
「今日まで良い行いをしてきてよかったわい」
いや、僕と出会って良い行いしてるところ、ほとんど見たことないけど。
セクハラしかしてないじゃん。しかも男に……
「んんんんー!!!(こないでー!!!)」
僕は体をよじらせて必死に抵抗する。
この縛った縄さえ外れれば。
だが、外れる気が一切しない。
縛り方がうますぎて、外れないんだ。
掛谷が自慢するする姿が目に浮かぶ。
シャレにならないよ。このうまさのせいで、人生で一番の危険に直面してるんだけど!
「そそられるのー」
気持ち悪いし。怖すぎる。
一歩、一歩と歩を進めてくる様が、恐怖でしかない。
そして、寸前のところで僕の意識は途絶えてしまう。
気を失った。
最後に感じたのは、なじみのある香りだけだった……
一方、トイレを済ませたいづき。
(悪乗りしすぎたなー。あとでコンビニでお菓子でも買って謝ろう)
反省しながら、部屋に帰ろうとした時だった。
何かどすっと倒れる音が、自分たちの部屋から聞こえる。
あおいになにがあったのか、と心配になり、急いで戻る。
すると、そこにはすさまじい光景が広がっていた。
机のそばで腕を縛られて倒れているあおい。
その少し前で、気持ちよさそうに気を失っているおじいさんが倒れている。
(何があったらこの状況になるんだよ!)
この収拾のついていない状態はさておき、あおいに近づき体を揺らす。
「あおい大丈夫か??」
何度か声をかけると、体がピクリと動く。
「い、づき、くん?」
僕は、気を取り戻す。
そして、何があったのか思い出す。ただその時少し違和感を感じていた。
確か、おじいさんに抵抗もできないまま襲われそうになって……
「って、おじいさんはどこいったの!?」
いづきに尋ねると、うしろうしろと指で教えてくれる。
僕はいづきの後ろを見ると、そこには気持ちよさそうな顔で倒れこむおじいさんがいた。
なんで倒れてるのに、そんな気持ち良さそうなの?
気持ち悪い。
「ひとまず、腕の縄ほどくな」
「ありがとう」
いづきは、うまく縛られた縄を無理やりほどいてくれる。
その最中、入り口の方から、騒がしい音が聞こえる。
そして勢いよくドアが開かれる。
「戻ったぞー! って、これは!?」
この状態の一番の原因が戻ってきた。
そして、いづきよりも驚いている。
その視線は、おじいさんにではなく、僕の顔に向けられている。
ひとまず、僕は気まずいから目をそらす。
「おい、あおい! 俺が持ってきたタオルはどこにやった??」
掛谷は真剣に尋ねる。
僕が感じた違和感はそれだ。
僕が目を覚ました時には、もうなくなっていたんだ。
「知らない。気を失ってたから、その時のことはさっぱり」
すると、掛谷は膝から床に倒れて両手をつく。
ここまで絶望した掛谷は見たことがない。
そんなに大切なとタオルだったのかな?
なら、普通さるぐつわには使わないけど……
「あれは、俺の二つ目の宝になるはずだったのに……」
宝ってなに?
なるはずって、もともとじゃなくこれからだったの?
それって……
──これ以上は考えないでおこう。
気分を悪くするだけだ。
そして今度から安易に掛谷の提案には乗らないよにしよう。
絶対に!
そんな時、気を失ってるおじいさんが、無意識にぼそりとつぶやく。
「──天使が舞い降りたんじゃ……」
その一言で、いづきと僕は目を合わせる。
そして、いづきが耳元で掛谷に聞こえないようにささやく。
「これって、ぜったい妹だよね……」
僕も同じ考えだった。
僕の危険に反応できる、天使と例えられるのは、たぶんしおりくらいだ。
そして絶対になった理由。
それは、さるぐつわに使ったタオルがなくなったこと。
あんまり考えたくはないが、掛谷と同じ用途だろう。
これは、助けられたと喜んでいいのか?
いや、そうは思いたくないよ。
ただ、危機からは救ってくれたんだし、今度さりげなくお礼はしておこう。
この同級生二人とは違って、一応しおりとは意思疎通はできてるはずだから。
たぶん……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます