第3話 トイレと変態

 「ねえ。トイレってどこにあるかわかる?」


 「あー。トイレ行くんだったら俺もついてくぞ。さすがに今日入寮したばっかのあおいを一人にはできないしな」




 僕の妹が殺害予告とも読み取れる脅迫文を送りつけてきた後、二人で荷解きをしていたが、脅迫文の寒気が僕の膀胱を刺激し続けついに限界に達してしまった。




 いづきは立ち上がり、僕に手を差し出す。




 「ほら、つかまって」




 僕は、その手を握り勢いよく立ち上がらせてもらう。


 いづきの手大きいんだなー。


 手の感触を確かめて、握る力を弱めるのを待つが一向にその気配はない。




 「あの~、手を放してもらえるかな?」


 「断る。今は、遊びに出てた男子どもが帰ってきてんだ。そんな危ない中、あおいを放すなんてできない!」


 「あのー、僕もその男子っていう性別に属しているんだけどー」


 「いや、あおいは確かについてはいるんだろうが──」


 「わかってもらえてうれしいんだけど、どうもその言い方は気になるな」


 「ついてても、やっぱりあおいはちっちゃいからな」


 「なんか、その言い方変な誤解招かない!?」




 僕の背が低いのにかかってるのか、それともあそこが小さいのか。


 いや、まあ背が低いのは確かに認めるけど、断じて下は認めないぞ。


 これでも平均だ!




 「それより、早くいかないと漏れちゃうよ! 早く案内して!」


 「わかった。からかって悪かったな」




 いづきは僕の手を放し、部屋を出て案内を開始する。




 「まー。案内するっていってもトイレすぐそこ。部屋出て左斜め前だからさ」


 「じゃあ、さっきのくだりは何だったの!?」


 「焦る姿が見たかったのと、トイレは」


 「──もう我慢できない。行かせてもらうよ」


 「ちょっと待て、あおい!!」




 そんな忠告を無視してトイレに直行する。


 もう余裕なんてない。


 トイレに入るとその中から声がする。




 「今日、最後の入寮者くるらしよー」


 「どうせここは男子寮なんだから、そんなこと言ってても仕方ねーだろ。会ってから仲よく成ればいいんだよ」




 そこにいるのは二人の男子。


 おっと運のいいことに彼らは用を済ませて、トイレから出ていくところだった。




 その二人の間を縫うようにして、最短距離で便器に向かう。




 「ちょっとごめんね。間通るよ!」




 僕は顔を見る余裕もなく、一目散に男子が使用する立って用を足す便器に向かう。




 「おい、慌てすぎだろ。──って、えっ! い、今のってまさか!?」


 「そのまさかだよ掛谷。あれは絶対女子だ!」




 トイレの男子二人は唐突に表れた女性らしき人への興味。


 それにつられ振り返る。


 その時にはあおいは手をベルトにかけていた。


 もうすぐファスナーにさしかかる。




 男子二人は生唾を飲み込む。


 こんな珍しい光景みることなんてそうない。


 脳内フォルダに永久保存を決め込む。




 「は~い。お前らそこまでな~」




 寸前のところで、いづきに目を抑えられてトイレの外に連れ出されていく。


 それに猛烈に抵抗し、体をじたばたさせる。




 「おい、一ノ瀬! お前何てことしやがる! せっかくあともう少しで見られたって言うのによー」


 「あいつ男だぞー」


 「男なら別に少しのぞくくらいいいじゃねーかー」


 「掛谷さー。考えてみろ。あおい、さっきの子な。どう考えてもあそこちっちゃいに決まってんだろ。そんなののぞいちゃったらさ。もう一生心に傷が残るに決まってんだろ」




 はっ! 確かに!! といった顔でいづきの論にトイレにいた男子一人は納得している。


 だが、掛谷という男の方は少しひっかる点があるのか、どうしてもトイレに入りたそうにしている。




 「なあ、一ノ瀬。本当にあの子は男なんだな」


 「ああ。身分証で確かめた」


 「だけどさ、どう見ても男には見えねーよ。お前は、あいつがついてるかきちんとその目で確かめたのかよ」


 「俺だって思えないよ。どう考えたってはえてることが想像できない。いや、正直はえてほしくないとまで思ってる」


 「一ノ瀬君が言う通り、俺もついててほしくないな~」




 いづきと掛谷じゃない方が、あおいに対する理想論を掲げる中、一人その三人の輪から抜け出すものがいた。


 掛谷。


 その日その時から、掛谷という男の変態野郎の伝説のうわさが広まることになる。




 「お前らすまねーな。俺は顔さえよければ女でも男でも構わねーんだ。もう俺は止められないんだぁ!!」




 掛谷は一人トイレの中に駆け込む。


 それに数コンマ秒遅れてほかの二人も反応する。




 「掛谷の裏切り者が!」


 「お前みたいな変態に見られたら、あおいが汚れちまう。させてたまるかよ!」




 それは秒単位の出来事だった。


 掛谷は一人トイレに駆け込もうと飛び込んだが、掛谷じゃないトイレの男に足を引かけられ、いづきがそれに覆いかぶさるようにして取り押さえる。




 「「変態確保っ!」」


 「くそがーー!!」




 掛谷は、この人生に一度しかないかもしれないチャンスを逃し、悲痛の叫びを腹の奥底から吐き出す。


 一方、捉えた二人は最高の達成感に浸り、心底うれしそうな顔をしている。




 「あのさー。全部聞こえてるんだけど──」




 トイレの前で繰り広げられていた今回のすべての騒動は中まで全部筒抜けだった。




 「俺らあおいを魔の手からすくたっよ。もう心配はいらないから、ゆっくり用を足してきていいぞ」


 「いや、出てきてるからもう終わってるはずでしょっ!」


 「何言ってんだよ。たちしょん慣れてないからうまくできなかったろ? 早くいってこい」




 なんかすごく優しい口調で言われているのが、どうにも気色悪い。




 「さっき、言ってたじゃん。あおいはついてるって! 僕はあれに慣れてるの」


 「や、やめてくれ俺らの理想を壊さないでくれー!!」


 「じゃあ、僕どうしたらいいんだよ」




 そこで下につぶされていた。変態野郎が口を開く。




 「アイドルはトイレしません的な奴だろ」


 「「それだ!!」」




 掛谷の発言に意気揚々と肯定する。


 上に載っていたいづきと掛谷の友達がその意味の分からないけど正解みたいな発想に敬意を示し拘束を解く。




 「もっと常識的に考えてほしいんだけど」


 「アイドルはトイレしない。これは常識だろ!!」


 「いや、それは設定だから。そもそもみんな変態だから常識がおかしいんだよー!」




 掛谷は何でという顔で僕を見てくる。


 君は一番の変態だ。常識が欠損してるんじゃない、全損してるんだよ。




 「ちょっと待ってあおい。俺は、俺はちゃんと止めたんだ。少なくとも俺だけは変態じゃないだろ?」




 『ずるいぞずるいぞ』『ブーブー』という声が立ち上るが、そんな声上げるまでもないさ。




 「僕はついてない方がいいとか全部聞こえてたから。変態以外ないでしょ」


 「そ、そんな……」




 いづきのうなだれる姿を見て、二人はケラケラと笑いながら、慰めるふりをしながら傷のぬりあいをしている。


 どうでもいいことでいがみ合って笑いあってる間に僕は部屋に戻る。




 その後三十分くらいたってからいづきも部屋に帰ってくる。




 「あおいー。さっきはごめん!」




 深々と誠意を込めて誤ってリうのが伝わってくる。


 根はいい人だっていうのは知っているから、どうしても許せないなんていえない。




 「もう、いいよあのことは。ほかの二人にも言っといて。別に怒るよなことでもないよね。男子なら当然ほかの人と自分の比べたくなるよね」


 「ありがとーう!! まあ、そういう気持ちもあることにはあるのか? でもくらべるきかいなんてないよ」


 「何言ってんの? あるじゃんか?」




 いづきはきょとんとすっとぼけた顔をしている。やはりどこか犬っぽさをかんじるなー。




 「もう時間無くなっちゃうから早く行こうよ」


 「だからどこに?」


 「もーお風呂だよお風呂。入らないなんてありえないからね」

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