第2話 さわやかイケメンとストーカー妹
三階につながる階段に立ってみると、意外と段数がある。
「これ登り切れるかな? まあ、休み休みなら登り切れるかな」
キャリーバックを抱え階段を一段づつゆっくりと登っていく。
男なのにここまで華奢な体に産まれたことをどうしても悔やんでしまう。
もっと男らしい体つきだったら、女の子にもてたのかな?
「ねえ、何してるの?」
登ってきた方からきれいな声が響いてくる。
振り向くとそこには今まで考えていたモテそうなにぴったりな男性が近づいてくる。
黒髪で身長175cmくらい、さわやかさが顔に現れるほどで、彼の眼は人を引き付けるかのように澄んでいる。
「荷物が重くて階段を上るのに」
「──いや、そうじゃなくてさ」
彼は俺の腕をつかんで階段の行先とは逆の方に軽く引っ張る。
「ここ、男子寮だよ?」
「だからいるんですけど」
「え? ど、どういうこと?」
これ、デジャブだ。また話がんがびきそうだなー。
さっきのおじいさんと比べて物分かりがよさそうだから、ちゃんと説明すればわかってくれるはずだ。
困惑している彼の目を見て落ち着かせようとする。
「あの大丈夫ですか?」
「う、うん。君が男子寮に用があることはわかった。もしかしてさ、寮内に彼氏でもいるの?」
この人も盛大な勘違いをしている。
どうしてこうも間違われるんだろうか。
早く訂正しておかないと後々面倒なことになる。的確に伝えないと。
「僕は男子だから彼氏になることはあっても、彼氏がいることはありません。寮生だからここにいるんですよ」
「ちょっ、ちょっと待って!」
彼は自分の頭を抱えながら悩んでいる。
そこまで悩むことか?
どこからどう見ても男ですよね。
僕は今一度、今まで何度見たかわからない体を見回す。
「確かに胸がぺったんこだけど、それだけで男ってわけでは──っておしりまで!? ちゃんとご飯食べてる?」
「ねえ、性別の見分け方って胸と尻だけなんですか? もっと見るとこあるじゃないですか! ほら、僕の顔をよく見てください」
彼は澄んだ瞳で僕の顔をこれでもかと吟味する。
さすがにここまで見つめられると、ドキドキするな。
いや、僕は男だ。
これは老化……
これは驚きによるもの……
これは勘違い……
「よく見れば見るほど、わからなくなっていくな」
「ならこれでどうですか?」
僕はさっきも試した行動に移り、財布から身分証を取り出す。
「僕は芦名あおい。正真正銘誰が何と言おうが、しっかりとついているものが付いた男の子です!」
身分証を彼の前に突き出す。
なんでこんなところで身分証見せびらかしているのか。普通じゃない。
「なんだ。君が芦名君だったの!? なら、男の子だろうね」
こうもあっさりと認められるとしっくりこない部分も存在する。
さっきまでは、彼氏がいるんじゃないかとか疑ってきていたくせに──
でも、身分証見せたから当然の反応だよね。
「荷物が重くて困ってるんだっけ? 俺が持つよ」
「大丈夫です。自分の荷物は自分で持ちます」
「──ダーメ! もう俺が持つって決めたし、さっきみたいに階段の途中で止まってたらほかの人の邪魔になるだろ?」
彼はキャリーケースを軽々と持ち上げ、すたすたと先に上っていく。
優しいことができる人が持てるんだろうな。
それに比べて僕って何もできない。
その苛立ちに唇を強くかみしめる。
「どうしたの立ち止まって? 早くいくよ」
空いた手で僕の方に手を伸ばしてくる。
その手をつかむことはないが、また彼のやさしさに触れた。ただその優しさで悩んでるんだけど。
彼の横を通り過ぎて階段を上がっていく。
「あれー? 手つながないの?」
「つなぎません。僕は男です!」
「いいじゃん。仲良しの証拠だよ」
「まだ、そこまで仲良くはありません。感謝はしてますけど」
そういえば、まだ名前聞いてないなー。
見た目に似合う格好いい名前なのかな?
考え事をしながら階段を上っていく。
目的の三階に到達するのは、荷物がないのなら時間のかかるものじゃなかった。
「あの、あなたの名前教えてもらっていですか?」
「あれ、俺の名前聞いたことない?」
「僕はこの寮に来て初日なので誰の名前も聞いたことないですよ」
あれ~? と不思議気に僕の荷物を運んで自室の301号室に向かう。
そこは階段を上って左に曲がった突き当りにあった。
彼はおもむろにポケットから鍵を取り出して301号室の鍵を開ける。
僕、彼に鍵渡したっけ?
自分のポケットを探ると鍵の感触を感じる。
「なんであなたが鍵持ってるんですか?」
「念のための合鍵!」
「念のためって、何のためですか! もしかして忍び込んで──」
「しないしない! そんないかがわしことなんてしないから」
彼は慌てて首を横にぶんぶんと振り回す。
「僕はお金とか物を盗むのかとおもったのですが、いかがわしいことって──っ!! もしかして!!」
僕は体冷えていくのを感じ取る。その寒さに耐えきれず自分に体を抱きしめる。
「違う違う! そういうことじゃ」
「もしかして、こっちの人ですか?」
僕は右手の甲を左の頬にくっつけて、彼の性癖に言及する。
「誤解だ! 俺はいたってノーマルな人間だよ! ただちょっとからかっただけだ」
「どーですかね」
彼は苦笑いで『いやだなー』と手をひらひらと振る。
そんな調子の彼を冷ややかな目で見つめると、咳払いをする。
「ネタばらしな。俺が鍵を持ってたのはルームメイトだから。寮監から聞いてたでしょ?」
「二人一部屋だって聞いてたけど、まさか部屋に行く前に会ってたなんて」
僕はこれまでの彼の言動を思い出す。
優しいけど、からかいやで、危険な人。
「開幕から悪い印象なんだけど……」
「それは悪かったって。ほんと誤解なんだ!」
彼が手を合わせて誤ってくる必死な姿に、どうしてか許していいかなと思ってしまう。
これがイケメン補正ってやつなのかな?
「まあ、階段で助けてもらっていうのもあるし、あながち悪い人ってわけじゃないっていうのもわかってるよ」
「ありがとう!!」
なんか喜んでる姿が犬に見えるな。
「よしじゃあ三年間一緒なんだ。中に入って早く自己紹介とか荷ほどきとか済ませようぜ!」
彼の誘導により、決心のつかないまま部屋に連れていかれる。
部屋はこじんまりとしたいかにも寮という部屋だろうか。
二段ベット、机、収納用の棚やタンスが諸々。
「ようこそ白桜寮に!」
「なんか新鮮だな。家族以外の人と部屋を共有するのってさ」
「すぐ慣れるだろ。それより自己紹介からだ。さ、座って座って」
急かされるままクッションの上に座り、その対面に彼は腰を下ろす。
僕の荷物はその隣に置かれてある。
「じゃあ、簡単にでいいよな。どうせこれからいやでも知ってくんだしさ」
ごほんと一つ咳ばらいをし、呼吸を置く。
「俺は一ノ瀬いづき。1月1日生まれ。趣味とかは特にないけど、好きなのは子猫とか子犬とかちっちゃいものが好きなんだ。似合わないだろ?」
「ん-どーだろ? 似合うんじゃない? 僕は想像したけどおかしくはなかったけどなー」
確かにもっとかっこいいもの。例えば靴が好きとかを想像してたけど、あんがい小動物とかっていうのも悪くわないかもな。
ちょっと恥ずかし気にもじもじとしながら、『誰にも言うなよー!』っと念を押してくる。
別にばれても恥ずかしいことじゃないだろ?
でも、いやなことをする気はない。
「じゃあ、次は僕の番かな? 僕はさっきも言ったけど芦名あおい。ちょっと人より体が小さいけどかっこいい男を目指してます! 誕生日は8月8日。趣味とかはないんだよなー」
「小さいままでいいじゃん。そっちの方がかわいいぞー」
「かわいくないー! てか、やっぱ男の子が好きなんでしょ」
「だからそれは本当に誤解なんだ! ただ俺は兄弟がお姉ちゃんしかいないから、弟ができたらこんな感じなのかなってな」
「僕が一ノ瀬君の弟って同級生なのに──」
「わるいわるいだったらなーの話だ」
いづきは苦笑いを浮かべながら、落ち込んでいる僕をしっかりと慰めてくれる。
君はお兄ちゃんの素質あるよ。
「あ、それと同室になったんだしさ。名前で呼び合わない? 名字ってよそよそしいだろ?」
「う、うん。そうだね。じゃあ、いづき君?」
「おう、あおい!」
やはり、人の下の名前を初めて呼ぶのってどこか緊張してしまう。
二人とも照れを隠すように目線をそらすが、次第に馬鹿らしくなっていき互いに笑い始める。
「そういやさ、あおいも兄弟とかいるの?」
「うん! 妹が一人いるよ」
「ヘー。やっぱかわいいの?」
『やっぱ』ってなんだってツッコミはしないことにする。
これに触れると面倒が起こる気がする。いや、面倒になる。
「可愛いよ。中学ではファンクラブができるほどの人気だったよ」
「へー。ざっくりとどんな子か教えてくれよ」
やっぱりいづきでもかわいい女の子が気になるんだ。
あれ説は撤廃しなくてはいけないかもな。
「生徒会長務めるくらいだったし頭よかったよ。顔はねー僕と似てるってよく言われてたけど、ちょっと目が僕より釣り目でかわいいよ」
すると、いづきの顔にゆがみが生じる。
僕の顔をじろりと見つめて何かあるのだろうか?
「なあ、身長とかはどんな感じ?」
「僕と同じくらいかな? 体系も僕と同じで華奢な方」
次はいづきの顔は青ざめていく。
「髪型ってさ、肩にかかるくらいで前髪ピンでとめてたりする?」
「えっ!? なんで知ってるの?」
「いや、何でもないよ。たまたまだよ」
さらにいづきの顔色が悪くなっているが、その理由を一向に応えてくれない。
なにか不快になることを言ったのかな?
自覚はないんだけど。
「そうだ! 写真あるから見てもらった方が早かったね」
僕はスマホで画像を見せる。家族旅行の時の写真で、妹だけのワンショットである。
それを見たいづきは顔を今よりも青ざめさせ、限界に達していた。
「なあ、あの向かいの屋根にいるのってさ。もしかして──」
いづきが指さした方向、それは窓の外に伸びている。
その先にはまぎれもない、さっき写真を見たから忘れるはずがない。
いや、ずっと一緒に生活していたんだ。忘れるはずもない。
妹・がいた。
「なあ、そっくりさんだよな。そっくりさんじゃないとさすがにやばい! いや、そうじゃなくてもとてつもなくやばいんだけどさ」
「そっくりさんならぼくもうれしいんだけどね。──妹・だよ」
その発言を一番恐れていたのか。いづきは窓の方に駆け寄る。
その行動に反応し、こちらを覗いていた僕の妹も颯爽と退散する。
「あっ! 妹さん逃げたぞ! 追いかけなくていいのか?」
「無理だよ。あの子、陸上全国区だから追いつけないんだ」
はーっとため息を吐きながら、元座っていた位置に戻る。
「ごめんね。僕の妹、ちょっと兄離れができてないんだー」
「いや、ちょっとやそっとじゃない! あれはブラコンの域を超えてる」
「えっ! そうなの!? でもブラコンの域を超えるってそれ以上のことなんてないよ?」
「あれはな──」
いづきは一呼吸入れ決心して僕の目を見つめる。
この目にからかうような淀みはない。
「──ス・ト・ー・カ・ー・だ」
ストーカーって、あの好きな人に付きまとう?
犯罪にもなりかねないこと?
俺は改めて妹との関係を思い出す。
「いやーないない! だって僕たち兄妹なんだよ?」
「でも、部屋をのぞくってアウトだろ」
確かに。今までは家が一緒だったから部屋に入ってくるのは普通だと思ってたけど、今は別々だからおかしな話だ。
「と、登下校のとき、友達と帰ってても絶対に後ろについてきてたのって?」
「ストーキングしてたんだろ」
「じゃあ、中学生の時から僕の下着が時々無くなってたのって?」
「妹が盗んで使ってたんだろ。何かに……」
いや、知りたくない。そのなにかは兄としては絶対にしりたくない。
「あおい! あおいが信じれないのもわかるが、俺からはっきり言ってやるよ。お前の妹は、完全に完ぺきに、どうしようもない変態のス・ト・ー・カ・ー・だよ」
心臓に何かが刺さる音がする。
僕の妹、ストーカーだったの?
しかもその相手が兄である僕。せめて僕じゃない誰かにしてくれー。
頭を机の上にぶつける。
ゴンッ!
鈍い音が部屋に響く。
「大丈夫か? 今すごい音したぞ!」
「いや、今のは僕じゃないよ」
じゃあ、何の音なのか。
その原因を突き止めるためにあたりを見回す。
すると、さっきまで何もなかったベランダに大きな石が置いてある。
「石の下に紙があるぞ」
いづきがベランダに紙を取りに行く。
それを戻ってきて机の上で開示する。
『あお兄に手をだしたら〇す。私のことをほかの人に話したら〇す』
いづきは顔を青ざめるだけじゃすまない。体全身震わせている。
これがタマがヒュンとなるって気持ちなんだろう。
タマヒュンだ。
「どうしよう俺殺されるかもしれない」
「大丈夫だよ。さすがに犯罪行為にまではいたらないよ」
「ストーカーはれっきとした犯罪行為だ!!」
でもさすがにしないでしょ。
僕の妹だよ。
しないよ。しないしない。
──たぶん。
「ごめんね、いづき君。変なことに巻き込んじゃって」
「いや、あおいが悪いわけじゃないからそんな顔すんなって」
寮生活の初日、窓から夕陽が差し込む中、部屋には乾いたいづきの笑いが響くだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます