かわいすぎる兄とストーカー妹
やなぎ かいき
第1話 桜とおじいさん
風によって桜の花びらが僕の目の前を鮮やかに染める。
その花びらは有終の美を飾るかのようにゆっくりと地面に落ちていくと、目の前には白桜寮という看板がかけられている三階建ての寮が現れる。
寮は決して新しくはないが、白を基調とした外装によって清潔感を出している。
「写真で見たよりきれいだなー」
ここが、僕が三年間住むことになる『白桜寮』。
今日がその入寮日である。
寮の入り口では、寮監らしき老年の男性が地面に落ちた桜を掃いている。
「すみません。今日からお世話になる、あし」
「──君、ここ女子寮じゃないぞ。女子寮はあっちじゃ」
寮監は僕の背中の後ろに向かって指を伸ばすが、その指を目で追うことは決してない。
「僕、女の子じゃありませんよ?」
笑顔、そして優しい口調で返答すると、おじいさんは僕の顔をじっと見つめてくる。
「長いまつ毛に、大きくて綺麗な茶色の瞳、ふっくらした唇に華奢な体。べっぴんさんじゃのー」
ほっほっほ~、と楽し気に笑っているが、僕にとっては笑い事じゃない。これは一大事だ。
「よくみてください! 髪とか短いでしょ!?」
「はて? そのくらいの長さの子は普通におるじゃろ」
確かに僕の髪ショートヘアーくらいじゃん!
男らしく坊主にしてくればよかったー!!
ってそんなことを悔やんでいる場合ではない。あらぬ誤解を解消するために策を練らなくては。
おじいさんはまた、僕を見つめてくる。今度は顔周りではなく、どことなく胸部に視線が集まっている気がする。
「んー。確かにこっちの方は男と同じくらいぺったんこじゃな」
自分の胸を撫で、僕にアピールしてくる。
「どこであなたは男と女を判断してるんですか!?」
「いや、胸だけでは判断せん。おしりも──って、どこまで体がぺったんこなんじゃ。ちゃんと飯食わんと発育良くならんぞ」
「大きくなる必要ないから!」
おじいさんは僕の肩に手をのせポンポンと優しくたたき、そして哀れみの目を向けてくる。
「大きいだけがいいってもんじゃないぞ。形も大切じゃ。君は形だけはええぞ」
「あ、ありがとうございます──じゃないですよ! もうこの話はここでやめです!」
脱線しすぎてしまった話を無理やり区切らせる。
なんじゃよー。久しぶりの若い娘との会話何じゃからええじゃろー。と駄々をこねるエロじいさんを無視して、財布から身分証を取り出す。
「よく見てください! 正真正銘の男です!」
身分証を相手の目の前に差し出し、自分の正しさを主張する。その主張に比例し胸を張っている。
「身分偽装は良くないぞ。犯罪じゃ」
「偽装してるわけないでしょ! どうして信じてくれないんですか!?」
「じゃあ、この胸のときめきはなんだというんじゃ!」
「ただの老化によって動悸が激しくなっただけでしょ! その歳でときめきとか似合わない言葉使わないでください!」
「何をピりピりしとるんじゃ? もしかして生理かの?」
「きてませんから! ──きませんからっ!!」
これじゃあ、さっきまでと同じでおじいさんのペースに乗せられたままだ。
僕は咳ばらいをして、一呼吸置く。
「この際、男だの女だのの話はもういいです」
「じゃあ、女の子としておこう」
なんでそうなるんですか! というツッコミをどうにか噛み殺して話を続ける。
「入寮者の名簿をチェックしてもらえば、僕がここの寮生というのは明白です。荷物を持ったままというのもあれですし、とりあえず中に入れてもらえますか?」
「そうじゃの、茶でも淹れてゆっくりと話そうか」
僕は、もうあなたとはしゃべりたくありませんけどね。
苦笑いでそのことばを伝えようとするが、おじいさんはもう入り口に向かって行ってしまった。
どうにもこのおじいさんは僕と相性が悪いようだ。
「君、名簿調べるから名前をおしえてくれんか」
「名前は、あし」
「──あっ! 連絡先でもええんじゃよ」
「絶対に教えません」
「ま、電話番号は名前を聞いたら名簿の中にあるから知れるんじゃがな」
このじいさん、僕を完全にもてあそんでやがる。
だが、腐ってもこのおじいさんは寮監だ。問題を起こすような発言は控えよう。
「芦名あおいです」
「あおいちゃんか。どれどれー」
ナチュラルにちゃん付けされたことを不快に思うが、昔から友達にもちゃん付けされることが多かったので、いやなのにしっくり来てしまう。
おじいさんは名簿のページをペラペラとめくっていく。
「あれ、今年の入寮者ってそんなにいるんですか?」
「いや、6人じゃよ」
「じゃあ、そんなページめくる必要ないんじゃ?」
6人ならめくって数ページなのに、どうしてそんなにめくるのだろうか。
おじいさんは名簿をめくり終えると、次の名簿を取り出していく。
「名簿が二つに分かれることはないでしょ!」
「いや、女子寮調べたんじゃがいなかったのでな。開きたくもない男子の名簿を開く羽目に……」
「あなたの仕事場、男子寮ですよね?」
は~。と長い溜息をつき男子寮の名簿を調べていく。
このおじいさん、質問に答えたくないほど女子寮の寮監になりたかったんだろうな。
「あったあった。本当に男だったんじゃな」
「ここまで男って言って信じてもらえないのか不思議でした」
「わしも不思議なんじゃ。このドキドキはどう説明すればいいのか」
「──老化です」
「じゃが、昔感じたことのあるこの胸の高鳴りは」
「──驚きによるものです」
「この初恋に似たき」
「──勘違いです」
「じゃが『勘違いです』」
僕の必死の説得に折れたのか、引き出しの中から鍵を取り出す。
「あおいちゃんの部屋は301号室。この寮は二人一部屋じゃから、同室の人と仲良くするんじゃぞ」
「わかってますよ」
「仲良くするっていうのは、変な意味じゃないからな」
「変な意味って何があるんですか?」
「こい──『あり得ません』。 もしかしたらがあるかもしれんじゃろ?」
「はー。僕は男ですよ。恋愛対象は女の子です。──それよりもルームメイトといい関係築けるか不安だな~」
小学校の頃は友達作るのは難しくなかったのに、中学生の時は初めのうちは距離置かれることが多かったから、どうしても不安をぬぐいきれない。
だが、その不安とは逆におじいさんは笑顔になっている。
「もしルームメイトとうまくいかなかったら、いつでも寮監室に来ていいんじゃよ。わしはいつでもウェルカムじゃよ」
「絶対にルームメイトと仲良くなります」
僕は渡された鍵を強く握りしめ決心する。
絶対に面倒なことが増えるだけだから世話になりたくない。
「あおいちゃんの部屋は3階じゃけど、大丈夫かい?」
「結構重いですけど、僕は男ですから大丈夫ですよ」
僕は右の腕で力こぶを作って見せつけるが、自分でやっておいてなんだがどうにも頼りない。
荷物はキャリーバックだけで、ほかのものは後で郵送されてくる。
おじいさんはまだ心配そうな目で見つめてくる。
「本当に大丈夫かい?」
「だから大丈夫ですって!」
「だって、今日重い日なんじゃろ?」
「男にはこないからっ!!!」
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