第4話 お風呂と殺害予告

 僕たちは着替えとお風呂セットを部屋から持ち出し、浴場に向かう。


 白桜寮は大浴場を5時から7時までと、夕食後9時までになっている。


 だが、夕食後は部活性が中心となるので、部活にまだ所属していない新一年生は先に済ませなければいけない。


 もう6時半になろうとしている。




 「ここのお風呂って結構大きいの?」


 「そうだなー。きれいじゃないけど意外と広いぞ」


 「へー。ほかの人はもう入り終わったのかな?」


 「さっきお風呂終わりのやつらが部屋に戻るのを見たから、あとは俺らぐらいじゃないか?」




 この寮に在籍してるのは1年生6人、2年生4人、3年生2人の計12人で2階の住人が3部屋6人、3階の住人も同じである。


 浴場は1階に位置している。




 僕たちは階段を下りきり、浴場にたどり着く。




 「楽しみだなー、僕お風呂好きなんだよねー」


 「俺は普通くらいだな──ってそうか! 一緒に入るんだよな」


 「ん? どうしたの?」




 いづきは浴場の入り口で僕の体を見つめる。




 (あおいが男だからって、一緒に入るのはどうしても悪い気持になるな)




 「俺、やっぱ後で入ろうかな? ちょっとお腹痛くなってきちゃったわ」


 「えー。我慢できないの? 一緒に入ろうよ!」


 「い、いや、我慢できそうにないわ! すまん!!」




 いづきは遠い目をしながら言い訳を言った後、トイレにかけ逃げていく。




 本当に大丈夫なんだろうか? 


 でも、一緒に入りたかったな。男は裸の付き合いが大切だって本に書いてあったんだけどな。




 残念そうに僕は浴場のドアをあけ、脱衣所に向かおう。


 なかから、がさがさという音が聞こえてくる。




 あれ? まだ入ってなかった人いうのかな?




 僕が脱衣所に入り込むと、そこで着替えていたのはさっきトイレで出会った掛谷という寮生だった。




 「あっ! 掛谷君だっけ? さっきぶりだね」




 僕は着替え終わって風呂場に向かおうとしている裸の掛谷の後ろ姿に向かって声をかける。




 「おー? さっきぶりだな──って、えっ!?」




 掛谷は振り返って僕に返答しようとしたが、声の主が僕だと気づいた瞬間、片手に持っていたタオルを自分の股間にあて、陰部を隠そうとする。




 「おまっ! なんでここにいんだよ!」


 「なんでって、普通にお風呂に入り来たんだけど」


 「いや、でも。お前女じゃ──」


 「だから違うって、正真正銘男です」


 「信じられねー……」




 疑いの目で僕の体をまじまじと見つめてくる。


 なんで、こんな疑われるんだろ。


 ちょっと顔が中性的で小柄なだけなのにさ。




 僕は証明する方法を考える。


 ここで一ついいことを思いつく。




 「どうせ、お風呂入るのかぶるんだし、ちゃんと見ればわかるんじゃない?」


 「え、見ていいのか?」


 「なに、その見ちゃいけないものを見るいいかた」




 僕はジト目を彼に送る。


 違う違うと手をひらひらとさせる。




 「てっきりコンプレックスなのかなって小っちゃいの。──で、でも、人それぞれに合う大きさってものがあるんだ! 小っちゃくても落ち込むことないぞ」


 「──だから、勝手に小っちゃいって決めつけないで! 平均的ですー!」


 「いや、平均的っていうのもなんかガッカリするな。理想は豆粒サイズ」




 掛谷は自分の指で豆粒サイズを表現するが、その豆は大豆レベルで小っちゃい。




 「僕のは、せめてソラマメサイズだー!」


 「いや、それ十分ちッちゃいんじゃね?」




 なんてことだ! 平均的だと思ってたのに。


 掛谷の発言に絶望し、地に膝を付けてしまう。


 僕はこういう知識に疎い。自分が普通だと思い込んでいた。




 本当はどのくらいが平均なんだろう?




 「ねー掛谷君の見せてよ。別にいいでしょ男同士なんだし」


 「いや、なんかお前に見られるのは嫌だ! ふつうの男ならいいけど、お前に見られると女子同士で『掛谷のちんちんあれらしいよー』とか噂されるのだけは嫌だ!」


 「だから僕、男だってば! 参考までに見せてよ」




 僕は掛谷の掛谷が隠されているタオルをわしづかみにする。


 勢い良く引っ張ろうとするが、華奢な僕と違って、腹筋がきれいに割れている掛谷には到底勝てない。




 「おい! 引っ張んなって!」


 「いいじゃんいいじゃん! 減るもんじゃなし」


 「減られねーが、俺の心の傷が増えちまう! ──って! 見えちゃう見えちゃう、毛がもう見えちゃってるよ!」




 ちょっと黒いのが見えかかってるが、どうしてもそこから先に動くことはない。


 俺たちは大声で騒ぎまわる。




 そのころ廊下では




 トイレに行くふりを済ませたいづきはあおいたちがいる浴場に近づいている。




 「あおいには悪いことしたなー。でも流石にあおいの裸を見るよりは悪くもないよな」




 うんうんと自己完結しながら歩き続ける。


 そんな時だった。




 『見えちゃう見えちゃう、毛がもう見えちゃってるよ!』




 掛谷の大声が寮内に響き渡る。


 そしてその浴場の中にあおいもいることを思い出す。




 (それって逆じゃないのか?)




 緊急事態と感じて駆け出していたが、いや違うのかと思いだし速度緩める。


 でも、面白いことがおこってるのかとまた加速し始める。




 その勢いで服の間に挟まっていたであろう紙がゆらりと落ちていく。


 それを拾い上げて中身を目を通す。




 『あお兄の裸を見たり、裸を見られたら〇す』




 (これ、絶対あおいの妹だよな!)




 そしてさっきの大声を思い出す。


 『見えちゃう』ていう声を思い出す。


 そして今の状況がすごく危険なことに気が付く。




 (俺が見てもないのに殺されるなんて、絶対に嫌だー!)




 いづきは本気で浴場まで駆けだす。




 脱衣所の扉を勢いよく開ける。




 「あおい大丈夫か!?」




 目に映った光景はとてつもないものだった。


 なぜかあおいが掛谷の大事なタオルを引っぺがそうとしている。




 「それ! 逆だろ!?」




 どうしても理解できない光景に勢いよくツッコミが出てしまう。


 その声に反応して、浴場に一人の足音が近づいてくる。




 「何があったんじゃ!?」




 近づいてきたのは寮監であるおじいちゃんである。


 勢いよく入ってきた影響で少し息が切れているが、その息を整えるよりも先に言葉出てしまった。




 「逆じゃろ!!」




 いづきと同じ反応を見せる。


 てか、どっちでもよくないですか?


 男同士なんだし。




 「あおいちゃんがそんなに男のち〇こがみたいなら、わしの見せてやる!」




 そこで唐突にベルトをカチャカチャと音をたててズボンを脱ぎ始める。




 「なんてもん見せようとしてんだこのくそじじい!」


 「何を言いよる! わしはこう見えても大きんじゃぞ! まだまだ現役じゃしな!」


 「その情報知ってもっと見たくないわ!」




 おじいちゃんと掛谷の会話に僕は水をさす。




 「僕、平均を知りたいだけなんでおじいちゃんのは見せてもらわなくて大丈夫です」


 「なんということじゃ! 男としてのアドバンテージが裏目に出るとはー!!」




 おじいちゃんは崩れ落ちる。


 その姿を見ていづきと掛谷は安堵の息を漏らす。


 だが、安心しきってもタオルをつかむ力を弱めることはなかった。




 なんで、ここまで見られたくないんだろ?


 男同士なんだし、ふつう恥ずかしがらないだろ?




 安堵したいづきは何かふと思い出したかのように、手をたたく。




 「それなら、掛谷のは小さい方だろ? 見る相手間違ってるんじゃないか?」


 「だから掛谷君は隠してたのか!」


 「ぷっ! これから大きくなるんじゃよ。恥ずかしがらんでも──ぷっ、くっくっ!」




 どうしても笑いを隠しきれなったおじいさんは、口を手で覆い少しでもばれないようにとしている。


 だが、それがあおってるようにしか見えない。




 掛谷は顔を赤面させて怒ることもなく、暗い顔をしたままうつむいている。


 僕はそんな彼に同情の念を持ち、つかんでいたタオルを手放す。




 「俺のことを小さいっていうんなら、平均的なお前が見せてやれよ」


 「え! いづき君って平均サイズなの? 後学のためにも見せてよ!」


 「後学のためって変な理由だけど、別に減るもんじゃないし、い──」




 いいよと言おうとしたところだった。


 いづきのポケットから携帯の着信音が部屋中に響き渡る。


 画面を覗いてみると、相手は非通知設定である。


 少し不安を抱えながらも、その電話をとる。




 「もしも──」


 「あお兄にそんな汚らわしいもの見せたら、あんたの切り取ってホルマリン漬けにするから」




 ぷつ、つー、つー、つー




 いづきは本日2度目のタマヒュン攻撃を受ける。


 顔を青ざめて、携帯をポケットにしまいなおす。




 「俺、今日ち〇こにできものがついてる日だから見せられない」


 「ついてる日って、定期的にあるの!?」


 「あるわけねーだろ! 一ノ瀬さっきいいよっていかけてただろ?」


 「いぬのでも見てれば? って言おうとしただけ」


 「なわけあるか!!」




 意味が分からないことをいづきが言い出したことに心配する。


 よく見てみると、いづきの足元には紙が落ちている。




 『あお兄の裸を見たり、見られたりしたら〇す』




 これってさっきと同じ。


 てことはさっきの電話も多分。




 これが自分のせいで起きているという事実を知り、やるせない気持になる。


 これまでの行動が危険なこと言うことが今になって明らかになっていく。




 ということはこれって僕一人でお風呂に入らないといけないんだよね?


 どうやって説明知ればいいんだろ?




 そんな時、完ぺきな回答を思い浮かべる。




 「掛谷君さ、僕に見られたくないんだったら僕が先に入って後でいづき君と一緒に入ったらどう?」


 「ごはんまでに間に合いそうにないけど、それが無難だな」


 「わしは見られてもいいから一緒に入るぞ」


 「じいさんは仕事があるだろ。入るのはダメ!」




 掛谷は僕の意見に納得して脱いだ服を着なおし始める。


 いづきはおじいさんの悪事を止めようと外に引きずり出そうとしている。




 僕は風呂に入る準備のために、脱衣所のかごに着替えを入れていく。


 その時に忘れ物がないか1枚づつ入れていく。




 大きめのTシャツにパーカー、そしてサイドに縦のラインが入ったジャージ。


 そして最後に下着を置こうとするが、いつもと違うそれに違和感を持つ。




 俺って白のパンツ持ってたっけ?


 持ってない色、そして手触りも違うそれを広げて確かめてみる。




 僕の広げたものは──




 「これって、まさか……」




 「「「パンティ!!!」」」




 そこに広げられていたのは、僕のものではに下着というだけでなく、性別の壁を越えてしまった物があった。


 白色の簡素なつくりのレース付。


 こんなことをするのは、僕の知る限り一人だけである。




 ──妹のだ。




 「やっぱり女の子だったじゃん! 俺の見立ては間違ってなかったじゃねーか!」


 「わし、仕事よりも風呂を優先させてもらう。絶対に絶対じゃ!」


 「俺の理想は動物柄のパンツだったのに……」




 それぞれが頓珍漢なことを言い放つ。




 僕は、衝撃によってショート寸前だった頭を横に振り正気に取り戻す。




 「これは僕のじゃない! 妹のだ!!」


 「妹──確かにあおいの妹ならやりかねないが」


 「でも、これで女だって可能性が増えたな」


 「可能性とかないから、生まれてこの方、女性の可能性なんて毛ほどもないよ!」


 「なんと! まだ毛も生えておらんのか!?」


 「そういう話してないから!!」




 僕はこの出来事によって女性という疑いを強めることになってしまった。


 だがそのおかげで、女子と風呂に入るのはさすがにまずいよなということになり、いづきの命の危機を回避することができた。


 最後まで入りたいという欲求をあらわにし続けたおじいさんは、外へと強制連行されていったのだった。

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