第55話 その夜のリサイタル

夏休み初日から騒がしい1日を過ごした絢斗だったが心のどこかでふつふつと湧き出す気持ちがあった。


1人の時間が欲しい!!

最近刺激が強すぎる気がする!

なんか一部がモヤモヤするしっ!


幸いにもここは七条院のプライベートリゾートだ。


早苗さんによる美味しくも騒がしい夕食が終わり撮影班とモデル役の2人は衣装選びや打ち合わせなどで慌ただしくしている。


いつやるの?今でしょ!


そんな訳の分からないモノマネを1人で呟き、ある物を手に誰にも気付かれないように別荘から脱走してビーチへ向かう。


ふふふ、中二のころから伊達に引きこもってなどいないのだよ。

遠浅のビーチなので波の音も心地良い。


ふぅ、これだよコレ!!

誰もいないビーチに1人きりの俺。

本当ならマンションの自分の部屋が一番なんだけどね。

こういう時間が俺には必要なんだよなぁ。


いや、きっと男なら誰しも必要だと思うんだ。

無心になれる時間。


さてと・・・

海風で髪が鬱陶しいし邪魔なのはわかっていたので愛用のキャップの中でオールバックにしてかぶり直す。

ケースからギターを取り出して少し鳴らしてみる。

放置されていたからかチューニングが…


少しずつ自分の耳に残ってる音に合わせていく。

よし、こんなもんだろ。

まずは静かなところからいくか!


こうして月明かりの中、ビーチに腰を下ろして一人っきりのリサイタルが開始される。


※土管の上ではない。



しかし、そのわずか数十メートル後方には絢斗の脱走を見逃さなかった女達が息を殺して潜んでいた。


檸檬(絢斗の本当の歌声…)

愛(絢斗くん…凄い!うますぎ!)

恵(ああ!絢斗しゃまぁ!カッコ良すぎるぅぅぅ!)

メーカー3人組ABC

(何あの子!?凄いんですけど!)

(ヤバ!あの子歌手なの!?)

(今晩襲う…)


なんかヤバいのが混じっているがそれに気づくモノはいない…はずだったが武井さんだけは気づいていた。

恵とABCからスマホを取り上げ録音録画のデータを削除しつつ釘を刺す。

「坊ちゃま相手におかしな事を考えないように。以前やらかした方々は今は海外で労働に励んでおられますよ。お気をつけください。」

小さい声だが何故か耳にしっかりと刻まれるこの言葉に四人とも冷や汗をかきながら黙って頷くのであった。


14才の恵にまで容赦の無いプレッシャーを与える。

さすが女性相手にフルパワービンタをかませる男。

その名は武井。

やはり有能である!


たぶん。


そして小一時間ほど1人の時間を堪能した絢斗はギターをケースにしまい別荘へともどる。


ちなみに見物人たちは武井さんのおかげで絢斗に見つかる事無く先に戻っている。


何も知らない絢斗は皆が知らんぷりをしてくれてることにも気づかずにこっそりと自分の部屋への帰還を果たした事に満足している。


潮風で少しベトついたのでシャワーでも浴びて寝ようか…


コンコン


「絢斗さん、少しいいですか?」

「良くないです。」

「え?」

これは持論なんだけど、

だいたいこの手の『ちょっといいですか?』系の質問は絶対的にこちらにデメリットしかもたらさないものが大半だ。

メリットを引っさげてわざわざ他人に声をかけるお人好しなどこの世には存在しないのだ。

俺の経験が物語っているのだ。


コンコン

「絢斗さん?お話が」

「こちらには無いので明日にしてください。」

「今話したいんです!」

「もう寝てますよ。」

「起きてるじゃないですか!」

大和「ん?何を騒いでるんだ?」

恵「絢斗さんにお話があってきたんだけど聞いてくれなくて」

大和「絢斗君、恵は少し強引なところもあるが決して無理に何かを強要するよえな子じゃないから。話だけなら聞くだけ聞いてやってくれないか?」

絢斗「・・・大和さんがそこまで言うなら、どうぞ」


ガチャ


ドアを開けると大和さんは「じゃ、俺は風呂へ行く途中だったんで」と去って行く。


ハメられた!?

一緒にいてくれるんじゃなかったのか?

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