第9話 彼女の暖かさ

「メムナ!」


 メムナの目が開く。

 メムナ……!メムナ……!


「シア……どこ……?」

「メムナ……!ここだよ……」


 メムナの手を握る。

 強く……ぎゅっと……力強く。


「え……何……?シア?どこ!?」

「メムナ……?どうしたの……?」


 すぐ目の前にいるはずなのに……見えてないのかな?

 それともまだ気が動転しているのかも。


「これ……何!?シア!助けて!」

「メムナ……!?私はここだよ!?」


 メムナが暴れ出す。


「どうしたの!?大丈夫!?」

「動けない……!なんで……?」


 何かがおかしい。何かが……


 その時メムナと目が合う。けれどその目には私は写ってない。そこに写ってたのは黒い霧だけ。


「あぁ……そっか……」


 私はもういない……私はもうこの黒い霧になってしまった。

 私の魔法が私を飲み込んで一体になってしまった。


 もう……もうメムナと手を繋げない。

 もう、あの温もりを感じれない。


「シア……どこ……?」

「メムナ……」


 私にできることはメムナを助けることだけ。

 ただそれだけを。


 メムナが歩き出す。

 転けそうになったら、魔力でクッションを作り衝撃を吸収する。道に迷いそうになったら、少し壁を作って誘導する。


 メムナが私の外側へと歩いていく。私の魔法の領域から出て行ってしまう。そうなればもう私はついていけない。

 本当はずっと助けていたいけれど、私はここから動けない。あたりの魔力を奪い、貯める。それだけの存在になってしまった。


「メムナ……」


 メムナの姿が見えなくなっていく。

 引き留めたかった。けれど私にその術はない。


「寒い……」


 なんだか急速に体が冷えてきた。

 寒いよ……メムナ……


 もう……一緒にいれない。

 けれどメムナは助けれた……それでいい……それでいいかな……


 そんなわけない。

 本当は一緒にいたかった。手をつかみたかった。温もりを感じたかった。


 けれど……けれど……私は……


 私はもう身体がない。それに私はメムナのための魔力を貯めるためにたくさんの人を殺した。そんな人とメムナは一緒にいたいって思ってくれるのかな……


 メムナを助けて、一緒にいたかった。

 そんな願いをずっとしている。


 もっと前は私を……私の魔法をなんとかしようと、いろんな人が近づいてきた。魔法を放ったり、移動させようとしてきたり、いろんなことをされたけれど、私には効かない。


 魔法……魔力が何かを為そうとする力そのものの私は、魔力を帯びたものか、魔力でできた攻撃……魔法じゃないとダメージを受けない。

 けれど私の魔法は魔力の回収と貯蓄、そして解放。実質的な無敵状態で、もう誰もこない。放っておくことにしたのかな……


 私が魔法になってから、少しづつ世界の見え方が変わってきた。魔力がないと思ってた場所にも魔力はある。魔力なんて大気中に転がってる。その魔力波が違うから見えてないだけで、ずっとそこにあった。


 きっと裏区も同じようにあったと思う。けれどその時見つけても、その魔力を取り込むのは難しかった……私には……もう私は人じゃないから、メムナとかは、魔力を大気中から取り込める機能がない。


 取り込めるように、魔力を変換してくれる機械がないと、魔力を得られない。私はそれもできるようになった。魔力の変換の魔法だから。


 けれど、いろんなものが見えるようになっても。いろんなことができるようになっても。メムナの手を握ることはできない。


 もう誰も私に近づかない。もう誰も、私のそばにはきてくれない。もう私はずっと……


 私の魔法は勝手に魔力を取り込んで、勝手に魔法を維持する。だからもうずっと地面は枯れ果てている。


 どれぐらい経ったのかな……もうずっと何も見ていない。

 近くに誰もこないし、何もない。

 だから何も見なくていい。


 ずっと暗い場所でうずくまっている。魔力はたくさん持っているのに、裏区で1人でいた時と同じ……ずっと1人でうずくまって、何もしていない。


 暗い……寒い……メムナ……手……


 ずっと同じことを何度も考えている。

 もうメムナと会うこともない。だからもう生きる意味もない。だから、もう死んでしまってもいいのかもしれない。


 けれど死に方がわからない。

 私の魔法はもう、私の意思では動いていない。……たぶん、正確には最初のメムナを助けたいという思いが、この魔法を動かしている。


 ずっとあたりの魔力を奪い、貯めつづける。メムナのために。もうメムナと会うこともないのに。


 どうして……どうしてこうなってしまったのかな……今頃はメムナと一緒に、手を繋いで、いろんなことをしていたはずなのに。


 私はずっと……ずっと1人。

 寂しい。隣にいて欲しい。一緒にいて欲しい。


 頭が割れそう。もう頭なんてないけれど。

 心が痛い。もう心なんてないけれど。


 暗い殻の中にずっといる。

 動けない。動きたくもない。ずっと。


 ただそこにあるだけ。

 目的を失った魔法は少しづつ小さくなっていく。

 これがなくなった時、私は死んじゃうのかな……デドに助けてもらった命は結局何もできなかった。


 メムナを助けれた……けれどそれより多くの人を殺した。

 それより前からずっとそう。私は魔力が必要な誰かを蹴落として生きてきた。ずっと。

 私の願望を達成するために、ずっと誰かを蹴落としてきた。


 それ以外に生き方を知らないから。それ以外に生き方を思いつかないから。それ以外の生き方ができないから。


 もう私の目標は達成された。

 メムナを助けるって言う目標は。


 後悔は沢山ある。

 メムナと一緒にいたかった。もっと一緒にいたかった。

 それに助け続けるって思ってたはずなのに。それもできない。

 あとは……抱きしめたい。メムナを抱きしめたい。温もりを感じたい。手を繋ぎたい。


 けれど、もう全部できないから、何もしたくない。

 この暗闇のないでずっと過ごしていく。魔法の効果が消えるのがいつになるのかわからないけれど、その時までずっと。




 どのぐらい経ったかわからない。

 暗い中でずっと過ごしていた。

 浮いてるような、座っているような、立っているような、歩いているような、そんな感覚でずっと。


 何も感じない。

 何も考えてない。

 何も覚えてない。


「音……?」


 小さな音が聞こえる。小さくてなんの音かわからない。けれど、この何もない場所ではすごく目立つ音。

 音は一定の間隔で流れてくる。優しくて、暖かい音が流れてくる。


 音を聞くのが心地良くて、ずっと聴いていたい。

 音が流れている時だけが、私の心が落ち着く瞬間で。

 その時だけは後悔や、悲しみ、そんなことも全て忘れられた。


「シア……ありがとう。私を助けてくれて」


 いつのまにか、その音は声になっていた。

 もう誰の声かもわからない。ずっと前に聞いた声。


 大切だと思ってた人。

 助けたいって思ってた人。

 一緒にいたいって思ってた人。


 助けてくれた人。

 一緒にいたいって言ってくれた人。

 手を繋いでくれた人。


「でも、シア……一緒に、一緒にいてくれるんじゃないの……!?助けてくれるって言ったのに、なんで……」


 悲しい声が聞こえる。

 それが悲しくて、手を伸ばす。魔力を伸ばす。


 魔力が包み込む。

 魔力と魔力が繋がる。


「え……?シア……!シアなの?」


 魔力と魔力が繋がって、温もりが、心が、直接伝わる。


 暖かくて心地いい。

 そう。この感覚が欲しくて私はずっと。


「メムナ……」

「シア……」


 魔力が絡み合って、ひとつになっていく。

 メムナの魔力と私の魔法の魔力が混ざっていく。


 暗い場所が少しづつ、明るくなっていく。

 寒い心が少しづつ暖かくなっていく。


 手なんて繋げなくても、私はメムナと繋がれる。

 抱き合えなくても、暖かさが感じれればいい。


 暖かい……これさえ感じれれば私は……


「私……メムナのこと……助けられたかな?」

「うん……!」


「私……そのために沢山の人を……」

「いいの……いいの……!」


「……一緒にいてくれるの……?」

「……うん、うん!」


「……嬉しい……ありがとう……」

「シア……?どうしたの?」


「ずっと一緒だから……ずっと助けるから……ずっと……」

「シア……?」


 魔力がメムナの中に入っていく。

 私の意識も吸い込まれていく。

 そして。

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