第7話 手の中

 どのぐらい経ったのか……夜になり、朝がきても、私とメムナは必死に逃げ続けていた。戦いの余波から逃げた。雷、爆破、炎、氷、風、様々なものが当たりを飛び交っていた。

 もう街は原型を留めてない。戦場になって、家は崩れ、道はえぐれ、街頭は吹き飛んでいた。


 そろそろ気づいてきた。これは多分、戦争。壁の外から来た人と内側の私たちの戦争。


 そして始まりと同じで、終わりは突然来た。

 空中の巨大な魔力が消える。


「またなにか……?」

「シア……」

「大丈夫……」


 不安そうなメムナの手を強く掴む。

 安心してほしくて。大丈夫って思ってほしくて。温もりを感じてほしくて。手を握る。


「あ、あれ!」

「帰っていく……」


 空中に浮かぶ巨大な生物が突如踵を返して、壁の外に帰っていく。それと同時に周囲の戦闘音も小さくなっていく。


「終わった……?」

「うん……きっとそうだよ」


 もう終わってほしい。

 なんとか生き延びたけれど、たくさん人が死んでいた。あたりの魔力がすごく強い。私達も怪我をして何度魔力切れになりそうだったかわからない。その度に、周囲の魔力を回収してきた。誰かの命を回収してきた。


 周囲には私達以外誰もいない。

 瓦礫と、魔法の爪痕、そして魔力。それしかない。


「大丈夫かな……これからどうしよう……シア……」


 メムナが私に問いかける。

 どうしよう……ここに残った方がいいのかな……それとも裏区に戻った方がいいのかな……


「……また同じことが起きた時に裏区にいたら、危険だと思う……だから……」

「やっと見つけたぞ」


 そこで声がした。どこかで聞いたような声。

 そこには赤い髪の長剣を持った女がいた。


「あなたは……あの時の……」


 短剣を持った空を飛ぶ男に、襲われた時に助けてくれた人。


「その……あの時はありがとう……」


 この人がいないと私は死んでた。今生きてないと思う。

 メムナとこんな風にここにいないと思う。


「いい。するべきことをしたまでだ。それで……なんだが、そこのお前」


 女がメムナの方を指す。

 メムナは恥ずかしがってるのが下を見ている。


「お前はこっちにきてほしい。バビオス家の隠し子」

「え……?」


 どういうこと……?

 隠し子?メムナがってこと?


「どうしてそんなこと……」

「魔力情報を見れるからな……しかしまだ生きてるとは思わなかったぞ」


 メムナはなにも言わない。

 私の手を握る力だけが強くなっていく。


「お前も裏区よりはこっちの方がいいだろ。悪いようにはしない」

「そんなこと……突然……」


 突然言われても、どうしたらいいかわからない。

 いや……私がどうするのか問題じゃないのかも。これはメムナが……


「それはすまない。だが早くしてくれ」

「シア……どうしよう……」


 メムナが震えた笑顔を私に向ける。今にも壊れてしまいそうな笑顔。

 私はメムナに一緒にいてほしい。けれど、それがメムナのためになるのかな……一緒にいたって明日には死んでしまうかもしれない。けれど内側に合法的にいれたら……


「私は……メムナ……」


 なにも言えなくなっていた。

 なにを言えばいいのかわからない。

 沈黙が、静寂が、当たりを包む。


「私は……一緒にいてほしい」


 気づけばそれを口にしていた。

 自分の願いを。身勝手な願いを。


「一緒にいて、一緒に暮して、一緒に魔力を探してほしい……手を繋いでほしい……」


 それは願い。私の願い。

 私が初めて助けた人。初めて手を繋いだ人。

 メムナと一緒にいたい。大切な特別な人だから。


「シア……私も一緒にいたい……だからあなたとは行けません」

「そうか……では仕方がないな……」


 そういうと、少し残念そうにして背を向けてどこかに消えていった。


「メムナ……ありがとう……でも」


 これでよかったのかわからない。

 また明日が送れるかわからないような生活に戻ることになる。さっきの人についていけば、そんな生活を送ることにはならなかっただろうに。


「……いいの。シアがいるから大丈夫……でしょ?」

「……うん」


 メムナは私をいることを選んでくれた。私がずっと助け続けてくれるって信頼してくれてるから。だから、これからもずっと。


「じゃあ、まずは……あたりの魔力を取っておこうか」

「うん」


 魔力を集める。

 明日を生きるために。生きるための魔力を身体に入れていく。


「シア……ありがとう。一緒にいたいって言ってくれて……嬉しかった」


「メムナ……その……よかったのかな……一緒に行った方が良かったんじゃないの?」


「うん。シアと一緒にいた方がいいもの……シアが助けてくれたから……」


「そっか……そう言ってくれると嬉しいよ……一緒にいようね……」


 手を握る。

 メムナの手を握る。


 暖かい。手の温もりを感じれることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。メムナを助けたから、こんな風に思えてる。


 多分メムナを助けたと同時に、私もメムナに助けられた。メムナを助けることが生きる活力になっている。

 助ける前は、ただ目的もなく生きていた。なにもなく、何もせず生きていた。けれど、今は違う。


 今はメムナがいるから……メムナといるために生きている。生きていて楽しいって思えてる。


「ありがとう……私を助けてくれて……」

「ありがとう……私を助けてくれて……」


 手を握り、笑い合う。

 ずっとこんな日々が続けばいい、ずっとこんな風に過ごせればいい。


 きゅいん……


「え……?」


 何かの音がした。何かが発射されたような音。

 目の前の状況がわからない。目の前のことを理解したくない。


「し……あ……」


 手が抜けていく。メムナが倒れていく。

 何が、何が起きてるのかわからない。


「メムナ!」


 メムナの胸には大きな穴が開いていた。

 魔力が少しづつ、その傷を治していく。


「何が……大丈夫……大丈夫だから……」


「ひゃっほう!意外とやるじゃんこれ!」


 陽気な声がする。

 そこには細身の男がたったいた。忘れもしない。炎を使う男が。

 手には見たこともない魔導機を持っている。


「に……げて……」

「何言ってるの!?」


 逃げるわけにはいかない。

 メムナを助ける。それに傷なんてすぐに治る……大きな傷だけれど、治ってから一緒に逃げる。


「なんで……なんで治らないの!?」

「はや、く……」


 傷を魔力が防ごうとするが、全然治らない。

 魔力が何かに妨害されてるかのように、留められている。


「どうして……!」

「もう治らないぜ。これは魔力情報を乱す能力があるからな」


 やっぱりこの男が……

 どうすれば、どうすればいい。どうすれば、メムナを助けられる。どうすれば……


「なんで……なんで私たちを狙うの!?放っておいてくれたら良かったのに!」


 叫ぶ。

 怒りで叫ぶ。

 現実を受け止めたくなくて叫ぶ。


「なんで?裏区の奴らを殺して何が悪い。国からの許可も出てる。それになぁ……お前らみたいな魔力を消費するだけのゴミ……いない方がいいだろが!」


 裏区の人だから殺されるの?

 裏区にいるから……


「し……あ……にげ、て……」

「メムナ!大丈夫……大丈夫だから……」


 手を握る。

 メムナの顔が苦しそうに歪む。見たくない。そんな顔。早く治して、また笑ってほしい。


「はは!いい顔するじゃねぇか!この瞬間が1番面白いぜ!」

「この……!」


 怒りが心を占めていく。

 この男への怒り……守れなかった私への怒り……


「どうする?にげたら見逃してやってもいいぜ……?お前はその女を殺せるようにしてくれたからなぁ?」

「なに言って……」

「お前があの女の誘いを断るように仕向けてくれたから、俺はその女を殺せるんだよ!つまりなぁ……お前のせいだよ!はは!」


 心に衝撃が走る。

 メムナから溢れ出る魔力が、あたりを包んでいく。


 私が、私がメムナと一緒にいたいなんて言ったから、こんなことになったの?メムナと一緒に暮したいなんて……メムナと手を繋ぎたいなんて言ったから……


「し……あ……ち、が……」

「違うくないね!お前がいなければ、そいつは素直についてきただろうからな!」


 私が……私がいるから……?

 私がいたから、メムナが……?


「し……あ……」

「メムナ……あ……あぁ……」


 メムナの魔力がどんどん大気に流れていく。

 メムナの魔力がどんどん少なくなっていく。

 死が近くなっていく。


「メムナ……メムナ……私……!」

「シア……あ、ありがとう……」

「メムナ!」


 メムナの手が私の手の中から消える。

 姿が消えて、そこには魔力だけが残った。


 私が手を取ったから……私が一緒にいてって願ったから……

 メムナが……死んだ。


「いいねぇ……その顔!いい顔だよ!」

「わぁああああ!」


 なにも聞こえない。

 なにも見えない。

 なにも感じない。


 自分の中の魔力だけを感じる。

 魔力が動いて、私の意識は途切れた。

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