第3話 異変の炎

「はぁ……はぁ……」


 なんとかいつもの空間に戻ってこれた……ここなら大丈夫……だと思いたいけれど。それにしても一気に魔力を使ってしまった。久しぶりに走ったから。


 それに……この子はどうしよう。


「……ぁ……えっと……」


 気まずい。勢いで連れてきてしまったけれど、どうしよう。

 あの時はその手を取りたいって思ったから手を取った。けれど、よく考えたらあそこから助けてどうするつもりなのかな。


 生きていくためには魔力が必要。だけれど私が入手できる魔力は、私が生きていくだけで精一杯。


「わたしはシア。名前は?」


 連れてきてから、少女はずっと隅っこで座ってる。

 長い水色の髪が顔を隠している。けれど、その中にある暗く、黒い目だけがはっきりとしている。

 なにも言わないし、なにも聞かないし、なにも答えない。


「うん……まぁ、いっか……うん……」


 今は危険だろうけれど、少ししたら魔力を探しに行こう。

 2人分……最悪この子の分だけ見つければいい。少し危険だけれど、もっと表区に近づくとか。私が助けてしまったのだから。


 結局なにがあったのかな。なにもわからず逃げてきた。

 熱気や爆発音がしてるのはわかるけれど、どうしてどうなったのかがわからない。今も、さっき聞こえた断末魔が耳にこびりついてる。


 魔導機の爆発が連鎖したとか……?ううん。そんな規模じゃなかった。けれどこの空間にいれば大丈夫なはず。


 この空間は魔導機で通路と区切られている。

 よほどのことがない限り、突破されないと思う。試したことはないからわからないけれど。


 私も少女と反対側で腰を下ろす。

 壁を見つめて時が過ぎるのを待つ。

 目を閉じて、静かに待つ。


「……私が何かするとは考えないの?」


 それは知らない声だった。

 けれど、この空間に私以外にいるのは1人だけ。


「あ……うん。なんだか大丈夫かなって」


 今思えば不思議だけれど、そんな気がしていた。だから、この空間にいれたし、あの時手をとれた。


「そう……」


 もう話は終わりとばかりに、視線が私から離れる。

 無言が続く。何もせず魔力だけは無くなっていく。




 目が覚めると、少女は眠っていた。

 どれぐらい時間がたったのかな。そろそろ出ても大丈夫かな……?通路に出た瞬間焼け死ぬとかはやめてほしい。


「とりあえず……」


 ここら辺は変わったところはなさそう。

 けれど少しづつ表区付近の通路に近づくに連れて、変化がわかってくる。


 ところどころに、通路が焦げている。その熱気は少し離れたところにいてもわかるぐらいで、近づければ焼けて死んでしまいそう。

 その証拠に焦げた通路には、魔力が充満している。多分……人の魔力が。たくさん人が死んだんだ。


 足音がする。

 咄嗟に来た通路を戻って、くぼみに隠れる。


「ここら辺から聞こえたと思ったんだがな……」


 そこには身長2メートルぐらいの細身の男が立っていた。

 その男は手から火を出していて、焦げた通路の方から来た。


 隣には警備用の魔導機に似た魔導機を連れている。


「裏区の奴らはネズミみたいに逃げ回るからな……うっとおしい」

「魔力反応はないですが」

「お前の計測機だと裏区の奴らの小さな魔力を見つけれないだろ。特にこんな魔力が溜まってる場所ではな」


 なんの話をしてるのかな。さっきのことを確認しに来たの?

 魔法をどんどん使ってるから、表区……いや壁の内から来た人かもしれない。何をしに来たのかな。


 もしかして助けに来てくれたとか……?

 魔力災害みたいなのが起きて、その対策とか……?

 もしそうなら出て行った方がいいのかな……


 どうしよう。助けなんてこない。そう思う。けれど、さっきみたいなことは今まで見たことがない。私たちだって国が作ったんだから、助けてくれるかもしれない。


 その時別の足音がする。


「魔力を……少し分けてくれんか……?」

「ん?」

「ここの人間です。魔力量は3。魔力情報番号2789659」


 誰か来たみたい……

 この魔力に釣られてきたのか。


 その瞬間、男の雰囲気が変わった。

 助けに来てくれたかもしれないなんて少しも思えない。その男の顔が醜く笑う。


「死ね」


 炎が辺りを明るく包む。眩しい。

 熱気が、ここまで来る。熱い。焼け死ぬ。


 たださえ少ない魔力が消えていく。けれどそんなこと今はどうでもよかった。

 男は今、人を焼いた。嬉しそうに。楽しそうに。


「あぁあああ!あ、あつっ!うわっああ!」


 さっきの人の声がする。叫び声がする。

 さっきの攻撃を頭とかに受けて、生き残れたとは思えない……多分わざと足とかを手を狙った。だから苦しそうな声をあげてる。


「いいね!お前たちと会うなんて心底嫌だが、そうやって鳴いてくれるならギリギリ許してやる!」


 男が何か言っている。

 何を言ってるのかわからない。わかりたくもない。


「ほら!ほら!」


 またしても辺りが眩くなる。魔法を使った。


「あぅあああううう!」


 叫び声がひどくなる。聞きたくない。

 けれど声は勝手に頭の中に入ってくる。うるさい。


 怖い。逃げたい。けれど今は動けない。今動けば、見つかって殺される。殺されたくない。


 その後何回か魔法が発動した気配があった。

 いつのまにか叫び声は消えていた。


「ふん……もう終わりか」


 叫び声は消えて大きな魔力の残滓だけが残っている。

 殺された。裏区とはいえ殺しをするなんて……警備用の魔導機がなんとかしてくれる。大丈夫。


「じゃあ次に行くぞ。国からの命令とはいえ、そろそろ飽きてきたな」

「はい」


 ……今なんて。国からの命令?

 い、いや流石にそんなわけない。国がそんな、大量虐殺を良しとするわけない。嘘に決まってる。


 そんな思考は男の後ろからついてきたもの……警備用の魔導機によって奪われる。通路の影に隠れて見えなかったけれど、ずっといたんだ。

 ずっとこの場面を見ていたのに、何もしなかった。今までは殺人なんて起きたらすぐ取り押さえられたのに。


 私達は死んでいいってことなの?

 おかしい。そんなのおかしい。

 私達だって精一杯生きてるのに。明日のため、今日のために魔力を探して、生きてるのに。


 足音が遠ざかっていく。

 けれど私はここから動けなかった。恐怖が身体を支配している。あの男の横顔……今でも鮮明に思い出せる。


 今まで人が殺されるところなんてたくさん見てきた。私が殺されそうになったこともある。けれど、あんな風に……楽しいんで殺した人は誰もいなかった。


 誰もが辛そうだった。魔力が少なくて、最後の手段として選んだと思う。

 あの男は違う。魔力は有り余ってる。魔力の回収もしてなかった。なのに積極的に殺した。


 どうしよう。これからどうしよう。

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