第2話 裏区の異変

「ない……」


 もう2日も魔力を見つけれてない。いつも魔導機が捨てられているところに行っても、魔力がない。もう誰かがとってしまったのかも。

 身体の動きが鈍くなってる。胃も痛い……胃という器官はもうないから……体内魔力が痛いというのかな。


「わっ」


 いきなり地面が近くなる。倒れたから。

 身体を支えれなくなってきてる。手足に力を入れて立ち上がる。


 視界が揺れる。まずい。あと少ししか生きれない。

 どこかで魔力を取らないと。


「あった……!」


 誰が捨てたのか通路に捨てられた魔導機……何に使われているものかなんてわからないけれど、それに魔力管が取り付けられている。最後の力を振り絞って、魔力管を開けて魔力を取り込む。

 少し……ほんの少しだけど魔力が身体に入ってくる。


「おい!」

「ひゃっ!」


 横から大きな衝撃を感じて、視界が傾く。

 誰かが隣からぶつかってきた……?なに……?


「俺の……俺の魔力を……よくも!」

「ひっ」


 そこには男がいた。目が血走っている。怖い。

 必死に立ち上がって逃げ出そうとするけれど、私の今の魔力量と魔力強度では動くこともできない。


「仕方ねぇ……仕方ねぇんだ……俺の魔力をお前が……!」

「わっ、やめっ」


 男の中の魔力が動くのがわかる。

 魔力弾が手の中で作られている。こんな至近距離で魔力弾を浴びたら、今の魔力枯渇寸前の私じゃどうしようもない。


 怖い。まずい。助けて。

 そんなことが頭の中を動く。


「死ね!」


 けれど魔力弾は発射されなかった。

 魔力は空中で制御を失い発散していた。


「あ……あぁ……!」


 男の手はもうなかった。

 魔力切れ。もう身体を維持できるほど魔力がない。


「くそっ!くそっ!……助けてくれよ!なぁ……!」


 肘から先のない手をぶんぶんと振り回す。

 足も消えかかっている。


「んっ!」


 今度こそ全身に力を込めて立ち上がる。

 多分……この人はもう死ぬ。ここまで身体が消えてしまえば、もうだめだと思う。


「ほんの少しでいいんだ……魔力を……!」

「……」


 けれど私が魔力を渡せば助かるかもしれない。……でも助ける余裕はない。もし……もう少し魔導機の位置が男の方に近ければ、私がこうなっていたかもしれない。


 仕方がない……多分仕方がないことなんだと思う。けれど……けれど。


「……ごめんなさい」


 謝らずにはいられなかった。

 この人の死が私の責任かはわからないけれど、そうしないといけない気がした。


「……うぅ……こんのガキがっ!」


 男が飛びかかってくる。けれど身体はもうほとんどなくなっていて、少し頭が動いただけだった。

 そしてそれが男の最後の言葉になった。男の身体が消え、魔力だけが残る。


「……ごめんなさい」


 魔力収集機を取り出して、大気中の魔力を集める。

 誰かに見つかる前に。誰かがきても、私には誰かを殺す力はない。それに……そんなことしたくない。


 ピッ、という小さな音ともに魔導機が魔力を集めきったことを教えてくれる。魔力量から見るに、これだけあれば3日……いや4日は持ちそう。


「……」


 もう帰ろう……今日は疲れた……

 いつもだけれど。


 途中で通路の隙間から、表区を見れば、沢山の人の話し声が聞こえる。多分……彼らは今しがた誰かが死んだのだって気付いてない。


 親と子供が手をつないで歩いている。

 男女が手を繋いで歩いている。

 友達同士が手を繋いで歩いている。


 ……羨ましい。デドと私は手を繋いだことがあったのか私にはわからない。こんな風に思うようになったのもデドが死んでしまってからだから。

 デドは……どうして私を育ててくれたのかな。同情かな。今になってはどう頑張ってもわからないことではあるけれど。


 いつか……私も。

 私も誰かと手を取り合えるかな。誰かを助けれるのかな。


 こんな私にそんなことできるのかな。

 さっきの男が死んでくれてうれしくなってる私に。


 男が死んでくれたおかげで私は、今日も、明日も生きられる。それに男から襲いかかかってきたし、仕方ないと言えばそうかもしれない。けれど、けれど……


 助けたかった。誰かの役に立ちたい。そんな思いが強くなる。けれどそれ以上に、今日を生きていたい。




 次の日も、裏区の通路を歩く。足音がしたら、すぐに近くの通路に入って人を避ける。昨日みたいなことはやっぱりない方がいい。


 別に裏区で殺しが起きないわけじゃないけれど、裏区にも、ところどころに警備用の魔導機が動いている。それらに狙われれば、弱った裏区の人は一貫の終わり。


 捕らえられて、罪に応じて罰を受ける。何度か見たことがある。けれど魔導機が積極的に捉えるのは、重犯罪……殺人や強盗だから、軽犯罪はよく起きる。


 軽犯罪まで罰していると裏区にいる警備用の魔導機だけじゃ数が足らないみたい。たまに表区に出ると、そこら中に監視用の魔導機がある。それらが犯行現場を見つけると、空を飛んで現れてすぐに捕まえていっていた。


 あんなのはこの裏区じゃ見たことない。

 この裏区にあるのは、清掃用魔導機の集めた壊れた魔導機と表区で捨てられたゴミ、そして魔力が足らない私たちだけ。


「返せよっ!」

「なに言ってるの!?これは私のよ!?」


 言い争ってるのが聞こえる。最近裏区でもこういうのをよく聞くようになってきた。昔もあったけれど、最近は特に多い。

 昨日のこともある。

 裏区全体で全体的に魔力が不足してるのかも。


 ……もし、それで魔力争奪戦のような大きな戦いが起きたらどうしよう。今はもうあんな大きな組織はないから大丈夫だと思うのだけれど……

 もうあれから6年ぐらい経った……まだ6年かもしれない。


 私はいつまで生きていればいいのかな。

 こんな明日の魔力量ばかり気にする生活をいつまで続ければいいのかな……それでも生きていくしかない。

 それはわかってる。でも……


 その時なにかの音が鳴る。

 うーうーという音。聞いたことはない。

 けれど不安になるような音がどこかでなっている。


「え……?」


 今巨大な魔力がこの裏区で動いた。絶対に裏区ではありえないぐらい大きな魔力。どれぐらい離れてるのかわからないけれど、離れていても感じ取れるぐらい大きな魔力。


 それを周りの人も感じたのか、数人が大まかにそっちの方向に動き出す。けれど、多分。


「これ……」


 行っちゃいけないやつだと思う。

 けれど魔力は欲しい。魔力はあった方がいい。魔力がないと生きていけない。


 爆音。熱気。轟音。


「……いてて」


 どこかで爆発が起きた。さっきの巨大な魔力と関係があるのかな……けれど、とりあえず逃げよう。何かおかしい。いつもの裏区と何かが違う。


「こっち……?」


 どこにいけばいいのかよくわからない。

 爆発から離れて、いつもの空間に戻ろう。

 走り出す。あんまり魔力を消耗したくはないけれど、背に腹は変えられない。


「うわぁあああ!助けてくれぇぇえ!」

「なんだよぉおお!どうしてだよぉおお!」


 後ろから声がする。沢山の声が。声が途切れていく。

 それが沢山の死があると明確に教えてくれる。

 なにが起きてるのかわからないけれど、逃げなければ死ぬ。それだけがわかっていた。


 その時……見つけてしまった。

 見つけなければよかった。どうしてこんな時に。


 少女。同い年……いや少し下かな。

 同年代の子は珍しくはないけれど、なんだか違った。ただうずくまって、前を、私を見ていた。暗い……諦めたような目……どこかで見たような。


 ここにいたら死んでしまう。それはわかっていると思う。けれどここから動く気配がない。ただ動かずうずくまっている。


 なにも関係ない。私とは関係ない。

 でも。


「なんでっ」


 なんで私は今、少女のとこに走っているのかな。

 どうして。こんなことしてる場合じゃないのに。


「ねぇ、一緒にくる!?」

「……ぇ……?」

「もう……いくよ!」

「ぁ……」


 少女の手を握り、走り出す。

 どうしてこんなことをしてるのかな。

 これで逃げ遅れたらどうしよう。

 こんなことするんじゃなかった。魔力だってもっと減っていく。どうして助けてしまったのかな。


 けど……けれど、どうしてこんなに。

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