魔力が足らない渇望少女の

ゆのみのゆみ

第1話 裏区の日々

 ずっとうずくまってじっとしている。それが1番体力を使わないから。

 長い黒い髪が私と世界を分けてくれる。目を遮って、何も見なくてよくしてくれる。耳を塞いで何も聞かなくてよくしてくれる。


 お腹が減った……

 ずっと空腹が胃をつつく。


 魔力が欲しい……

 けれど何もない。


 震える身体を無理やり起こして、魔力を探す。

 表の通路と裏の通路の境を歩いていく。

 この外と内を分ける壁の中の地下でいろんなところ……掃除用魔導機が捨てるポイントを探す。


「邪魔なんだよ!」


 自然と身体がびくっと動く。

 けれどそれは私に言われたんじゃないみたいで、別のゴミ箱を漁っていた少年が蹴られていた。


 かわいそう……とは思うけれど仕方がないとも思う。

 多分少年を蹴ったあの人も同じ……


「あった……」


 小さく呟く。

 掃除用魔導機が捨てた魔導機の中に魔力瓶を見つける。もうほとんど残ってないけれど、いつもに比べれば沢山ある。これで今日は……明日もなんとかなるかもしれない。


 魔力瓶を服の中にすぐにしまう。誰かに見られないうちに。


 そのまま何も見つからなかったかのように歩き出す。

 右に、左に、いろんな道を通りながら、とある通路の先の……さらに奥を曲がった壁の一角につく。

 一見何もないけれど、ここに私の魔力を流せば……元いた場所……私だけの小さな空間に戻ってくる。


「よかった……」


 こうやって私だけの空間を離れているときが1番怖い。

 ここは私だけの秘密の場所。

 昔見つけた魔導機で作った小さな空間。


「やっと……」


 さっき手に入れた魔力瓶を開ける。

 ほんの少ししかない。それでもいつもの数倍ある。

 それを口から流し込む。


 まずい。けれどそんなものいつものこと。

 少し魔力が回復して空腹が少し弱まる。


「いつか……」


 魔力がない。

 どうして、こんなに魔力がないのかな。


「この壁から出れたら……」


 この壁から出て人の生存圏……内に行ければ何かが変わるのかな……けれど内に行く手段がない……たくさんの魔力があればいけるらしいけれど、そんなもの私には……裏区の人にはない。


 壁の外側なら行けるかもしれないけれど、外側には制御を離れた強大な魔導機がいる。そんな場所に行ってもすぐ死んじゃうだけ。


 昔、デドが教えてくれた。

 デドが13歳まで育ててくれた。もうおじいちゃんだったけれど、魔力変換前の生身の身体だったから、携帯食料という昔の何かを食べれば生き延びれた。

 その携帯食料はまだあるけれど、食べることはない。


 デドが言ってた。

 こうなったのは俺のせいだって。


「あれは……」


 どういう意味だったんだろう。

 もうわからない。デドはもう死んでしまった。もうあれから3年……もう16歳になってしまった。


 昔はデドみたいな人ばかりだったと言ってた。

 魔力を必要としない生身の人。

 それどころか魔力が何かすら分かってなかったらしい。


 けれど、魔力というものが発見され、それを使えば身体を魔力に置き換え、魔法が使えるようになるってことがわかった。

 元々人々は魔力に抵抗があったけれど、少しづつ身体を変えていったそう。少しの心理的抵抗感なんて気にならないぐらい便利だったから。


 魔力に身体を置き換えれば、魔力さえあれば怪我もすぐ治る。寿命も伸びる。それに魔法も使える。


 魔法は体内の魔力を消費して放つ。

 どんな魔法が使えるかはその人次第。


 けれどデドはそんなものじゃない、と口癖のように言ってた。魔力の持つ可能性は、本来の魔力の形、魔法の形は。


「シア……俺はそれが1番後悔している。本来の形の魔力……魔法……いや、魔力はいつだってそこにある……けれどそれを見つけれなかった」


 デドの声を思い出す。


 本来ってなんなのかな。

 本来の魔法……どんなのなのかな。


 魔力が欲しい。

 もっと魔力が欲しい。


 また魔力を探さないといけない。

 魔力がないと死んでしまう。魔力がなくなれば死んでしまう。


 壁の内側は魔力がたくさん……それこそ余るぐらいあるらしい……羨ましい。

 明日も魔力が持つかすらわからない。そんな私とは違う。

 壁の中の通路に住む私とは。


 私の親がどこにいるかわからないけれど、私がどこで生まれたのか知ってる。

 魔力でできた私達は、魔力情報を入力して国が魔導機で作る。その権利は結婚した男女が申請すればもらえるらしい。昔の……皆が魔力じゃなかったときの名残だとか。


 だから私にも、私を申請して欲しかった誰かがいるはずなのに……私には誰もいなかった。ひとりでこの裏区に捨てられてたのを、デドが拾って育てた。


 デドには感謝してる。だからこれからも生きないと。

 魔導機用のまずい魔力をすすってでも、生きる。


 この壁の中の裏……裏区はいつだって魔力不足の人しかいない。

 少年も。少女も。大人も。

 私も。


 表にいる人はまだ普通の生活ができていると思う。

 魔法も使えるらしい。


 その表区のおこぼれをいつだって待っている。

 そのおこぼれを狙って、通路に出る。通路には表区で捨てられた魔導機や魔力瓶が掃除用魔導機で集められて回収用魔導機に回収されるのを待っている。


 けれど回収される前に、私たちのような裏区の人が、ゴミ箱を覗いて、少しでも魔力が残っていたらそれを飲む。食べる。吸い込む。

 それでも、どれだけまずくても、それしか生きる道がないから。


 そんな毎日。

 生きるだけで精一杯。

 明日生きているかもわからない。


 せめて魔力が感じ取れたりしたら……私の中の魔力がわかるみたいに、周りの魔力を感じれたら探す手間が省けるのに。

 そんな魔法が使える人もいるんだっけ。


 魔法……私の魔法はどんなのかな。


 使ったことがない。使おうとしたことはある。

 けれどうまく使えなかった。なんだか魔力が暴れ出して、うまく制御できなかった。

 結局、発散して魔力が無駄になる前に引っ込めた。


 魔力制御が上手くない。

 体内の魔力制御は誰でもできるけれど、体外は訓練次第だとか。そんな訓練できるほど魔力に余裕がない。

 魔法さえ強力なら……強力な魔法を使えたら……


 人生を変えれる。

 国の養成機関に入れるたり、壁の内側で優遇されたり。

 それがもしできれば……


「無理だけど」


 私達、裏区の人達には絶対無理な話。夢のある話ではあるけれど。いつか誰かが私を助けにきてくれたりとか、急に魔力が溢れるように手に入ったりとか、そんな夢のある話と同じ。


 ありえない話。

 私のような裏区で育ち、裏区で死んでいく人には。


 魔力に身体を置き換えてから死ぬことはすごく減ったらしい。もちろん寿命では死んでしまうけれど。

 大きな事故で大怪我しても、魔力を注げば怪我は治る。

 成長した若い身体で魔力情報を固定すればずっと若くいられる。いつか身体の魔力情報が劣化して維持できなくなるまで、ずっと。


 けれどそれは表区と壁の内の話。この裏区じゃ、簡単に人が死ぬ。

 魔力切れでどんどん死んでいく。死ぬとその人が残した魔力が魔導機を求めて、あたりから人が集まってくる。人の死を悲しんでいる余裕なんてない。


 みんな自分のこと……大切な人のことしか考えれない。

 誰かのことなんて考えれない。

 私もそう。


 そんな裏区での日々が今日も……明日も続いていく。

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