ほのかに散る華よ

 石黒仄華いしぐろほのかには好きな人がいた。

 一つ上の兄だ。兄妹の間に恋は実らないと分かっていながらも、好きになってしまった。

 生まれた頃からずっと一緒にいたのもあるが、それ以上に、何度も救ってくれた兄だけに心を開いたのもある。

 だからこそ、信じられなかった。


「死んだ……?」


 世界を拒絶するように、視界が涙でにじみ、ぼやけていく。


「本当に、お兄ちゃんは、死、っ」


 認めたくなくて、思わず走り出した。

 この涙をぬぐってくれる優しい手も、顔を上げてとささやく声も、怖くないよと笑いかけてくれる姿も、もう、手の届かない場所にあるなんて。

 事実として、認めたくなかった。


「……仄華ちゃん?」


 不意に呼ばれ、足が動かなくなってしまう。

 嫌な声だ。怖い人で、できれば二度と見たくない。

 それでも、その手は自分に迫ってきてしまう。


「触らないで……っ」


「泣いてる……?」


「っ……お前には関係ないのです!」


 払いのけようとして、視線が合ってしまった。

 あの時と変わらない、熱が籠るような目だ。


「嫌……!!」


 仄華はストーカー被害に合っていた。

 以前は兄が助けてくれたのだ。抱きしめてくれて、その日から好きになった。

 けれど、兄はもう仄華を救ってくれない。

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