二十一回の失敗
ちかえ
二十一回の失敗
気持ちが悪い。
僕はユニコーンの背にぐったりと体を預けた。
「……降りたい」
小さな声で訴える。ユニコーンは一つため息を吐いてそれに従ってくれた。
ゆっくりと下に降りる。とは言っても僕は気分が悪くてとてもマナを操れる状態ではないのですべてユニコーン頼りになってしまった。
「帰るか?」
ユニコーンが問いかけて来る。僕は彼の背の上でこくんと頷いた。
ああ、またうまくいかなかった。
敗北感でいっぱいになりながら僕はユニコーンの背に揺られていた。
***
どうして上手くいかないのだろう。
寝台の上で唇を噛み締める。マナ酔いの気持ちの悪さは落ち着いたが、悔しさと悲しみは全く落ち着いてくれない。
今回で二十一回目の失敗だ。他の人間がすいすい出来る事を僕は二十一回も失敗している。
ただ、ユニコーンに乗って空を飛ぶだけ。それだけの事が僕には出来ないのだ。
今回は何が間違っていたのだろう。どこがいけなかったのだろう。
ため息を吐く。それと同時に目から涙がこぼれ落ちて来る。男は泣くべきではないとか言われているが、こういう時はそんな事を気にしてもいられない。
ユニコーンに乗って空の旅をする事が最近流行っている。それで僕もそのブームに乗るべくユニコーンを買ったのだ。
だが、それだけで楽に空の旅が出来るわけではなかった。どうやら僕はユニコーンに乗る時のマナの扱いが下手らしい。体に必要以上にマナを込めすぎて酔ってしまうのだ。
ユニコーンは僕より先にそれに気づいていたらしく、最初の頃は乗せてくれる事も許してくれなかった。それが僕が半ば脅し、無理矢理乗る事になった。
その結果がこれだ。きっとユニコーンもうんざりしているだろう。
涙が次から次へと溢れて来る。僕はなんて情けない男だろう。
ノックの音がしたのはその時だった。一人暮らしの僕の部屋のドアを叩く人などいない。いたらそれは不審者だ。
警戒しながらドアを開ける。そこにいたのは彼のマナで小さくなったユニコーンだった。
「どうして……」
つい間抜けな声を出してしまう。厩は嫌だというユニコーンは小さくなる事を条件にこの家で同居している。だが、今までこんな風に部屋を尋ねて来た事はなかった。
もしかして僕を心配して来てくれたのだろうか。なんだか嬉しくなって来る。
「腹減った。メシはまだか?」
「……え?」
今度は違う意味で間抜けな声が出て来る。ただの食事の催促だった。しかも空腹のためか口が悪くなっている。
喜んで損した。こいつはこういう奴なのだ。
僕はユニコーンに気づかれないようにそっとため息を吐いた。
***
いつもより遅い夕食をユニコーンと一緒にとる。ユニコーンは僕の作った鶏肉と野菜の煮込みを美味しそうに頬張っている。ユニコーンはどう見ても馬にしか見えないのに雑食らしく肉も食べるのだ。
ユニコーン用のエサも売っているのだが、彼はそれを好まない。なので僕が食事を手作りする事になる。
「ごめんね」
自分の食事に目を落としながらぽつりとつぶやく。ユニコーンが不思議そうにブルッと鳴いた。
「何がだ?」
「いや、だってもう二十一回も練習してるのに全然上手く飛べなくて……」
きっとユニコーンもこんな人間を相手にするのは疲れるだろう。見捨てられる覚悟も少しはしている。
また涙が出そうになる。
「そういえば、お前、最初は一時間くらい気絶してたな」
ユニコーンが懐かしむようにそんな事を言う。酷い言い草だ。絶対に僕の心をえぐりに来てる。そんな事を蒸し返さなくたって。
「慌てるあまりマナを私に大量に送り込もうともしたな。あの時は私まで気絶しそうになった」
「えっと……」
「魔法の手綱にマナを込めすぎて私の首が絞まりそうになった時もあったな」
これは恨み言だろうか。
確かに僕はこの状況を改善しようといろいろな魔法書を読んだ。それに書かれている事を試してみたりもした。
結果は僕のマナのコントロールが下手すぎて先ほどユニコーンの言った通りの事態を引き起こしてしまっただけだったけど。
「今日は……」
「やめてくれ!」
今日はなんだというのだろう。でも失敗談なんて聞きたくない。口調が笑っているのが逆に怖い。
「ごめんなさい!」
そう叫ぶ。ユニコーンがきょとんとした顔をした。
「何謝ってるんだ」
「ごめん。酷い目にばかり遭わせて。二十一回も失敗する主人なんていらないよね。僕の事なんかもう見捨てていいよ」
そう言うと、ユニコーンはブルルと不満そうに鳴いた。そうしてバケツのような深い食器から顔を上げる。そうしてこちらに迫って来た。
「情けない事言うな! まだ二十一回しか練習していないだろうが!」
興奮しているせいで口についているトマトのかけらが飛んで来る。
「そういう事は二千百回くらい失敗してから言え!」
「は、はい!」
そんなに失敗したくはない。でも彼はまだ僕を見捨てないでいてくれる事だけは分かった。
「僕よりいい主人の所に行きたくはないの?」
「いい。今度の家の主は横柄な奴かもしれないし。とりあえずはここでいい」
そう言って踵を返して食事の所に戻って行く。
「それに他の家に行ったらまたエサ生活になるかもしれないし」
鶏肉を美味そうに味わいながらそう付け加える。
結局は食べ物だった。でもそんな理由でも見捨てないでいてくれるのならありがたい。
冷めるぞ、と注意され、僕も食事に戻った。
「あ、それから私がお前の主人だから」
「え?」
思いがけない発言に呆然としている僕をよそに食事をささっと終えると、ユニコーンは『美味かった』という言葉を残し、さっさと食堂を出て行く。
言い返せないのが少し悔しかった。
二十一回の失敗 ちかえ @ChikaeK
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます