美少女なクラスメイトの意外な秘密

葉山さん

第1話

 俺のクラスには美少女と言っても差し支えのない人がいる。

 俺の席(窓際一番端の列の一番最後)から対角線上(廊下側の一番端の列の一番最初)の席に、本を読んでいる黒髪美少女がいる。

 男子なら見とれてしまうその少女に声を掛けるものは誰もいない。

 深窓の佳人のような姿は、近寄りがたいものがあるのだろう。こうして、俺も席から見つめている以上人のことは言えないが。

 クールな彼女はいつも何を考えているのだろうか。読書する姿からは何も感じ取ることは出来ない。


 「日直は…水瀬みなせか。水瀬、悪い。課題のノートを集めて職員室に持ってきてくれないか?」


 数学の先生が、読書をしていた水瀬さんに声をかけた。

 顔を上げた水瀬さんは静かに「はい」と頷くだけだったが、クラスの男子からは「水瀬さんに用事頼んでんじゃねぇぞ!」というような憎悪が湧き出ていた。

 もちろん数学の先生はそんなことは露知らず。教室から出ていき、水瀬さんは課題のノートを集め始めた。

 しばらくして、俺のもとに水瀬さんが来る。


 「課題のノートをください」


 「うん、もちろん」


 俺はノートを小さな手に渡し、続いて口を開いた。


 「水瀬さん、今日はいい天気だね」


 「……?そうですね」


 そう言って、水瀬さんは去っていく。

 あれ?俺何言ってんだ!?

 隣の席から、アップルジュースを啜っていた友人の佐藤さとうの「何言ってんだ、こいつ」という視線が飛んでくる。

 いや、そうだよ!何言ってんだ、俺!

 水瀬さんのことを知ろうと思って口を開いたけど、全然意味の分からないこと言ってんじゃん!

 あぁ、消えてなくなりたい。





 放課後。

 一人帰路についていると、高校近くのコンビニで水瀬さんを見つけた。

 小さな袋を持つ彼女の後ろ姿はどこか見慣れない。

 いつも本を読んでいる姿が浮かぶし、制服姿の買い物なんて庶民的な事もするんだなぁと、変に感心してしまった。

 夕日が彼女の綺麗な横顔を照らし、俺の目を奪った。

 そこで気づく。

 水瀬さんは、俺と同じ時間帯で同じ方向の電車に乗っていたはず。電車で軽く挨拶をするからそこは確かなはず。それなのに、駅とは違う方向へ歩き出していた。

 何故だか俺の足もそちらを向く。気になって自然と歩き出していた。

 バレない程度に距離を空けながら追うと、水瀬さんは角を曲がったので少し立ち止まる。


 「にゃ~ん。にゃ~ん♪」


 「!?」


 コンクリート壁の向こうからそんな楽し気で柔らかな声が聞こえてきた。

 俺は驚き、バレないよう覗き込めば、わしゃわしゃと猫を撫でるあの水瀬さんの姿が。


 「かわいいなぁ、君は。今日はお母さんから許可が下りたから君を連れにきたにゃ~」


 俺はコンクリートの壁に背中を押しあてて、覗くのをやめて悶える。

 か、かわええ~‼何だ、あの生き物。天使か!天使なのか‼


 「にゃん。にゃん。くすぐったい」


 そんな微笑みが聞こえてくる。

 あんなに柔和な水瀬さん初めて見た。

 いつもは静かでどこか冷たさを含んでいる表情しか見せていなかったから、度肝を抜かれてしまった。

 息を潜める今、そろそろ帰った方がいいだろう。プライベートな部分を覗いてしまい、妙な罪悪感に苛まれてきた。

 逃げるように背を向ければ——


 「ど、どうして一条くんが……!」


 「あっ、や、やぁ、水瀬さん」


 見つかってしまった。

 三毛猫を抱きしめる水瀬さんは、涼しげな表情はどこへやら。頬を紅潮させていた。


 「どこから聞いていましたか?」


 「『にゃ〜ん』のあたりから……」


 「消えて無くなりたい」


 いつもとのギャップの違いに、場違いながら可愛いと和んでしまう。


 「何をにやけているんですか」


 「ごめん。別にバカにしてる訳じゃないよ。ただ、何か自然とにやけてしまって」


 「絶対バカにしてますよね?…まあ、良いです。絶対誰にもこの事は言わないでくださいね?」


 「もし、断ったら?」


 「社会的に抹消します」


 即答でとんでもない事を言いのけてくるが、全然凄みを感じられない。

 それは、夕日のように真っ赤に染まった顔のせいだろうか。

 ともあれ、今日、水瀬さんと共通の秘密が出来た。

 そして、水瀬さんのことを少しだけ知れたような気もする。

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美少女なクラスメイトの意外な秘密 葉山さん @anukor

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