第45話 ワルナスビ&マトマトの実(3)
「皆! 今日はよく『マトマト料理試食会』に集まってくれたね! あたしは今日、この日を境にマトマトに対する偏見が消えて、その美味しさが世間に認められると確信しているよ!」
マトマトを偏見から救う使命感に燃え、その美味しさを広めようと、ベルチェスタは何かに憑かれた様に活動していた。
「皆、と言いましても集まったのは見知った顔ぶればかりですわね」
「まあまあ、いいじゃない。のんびり食事会を楽しもうよ」
集まりが悪いのが気に入らないのか、やや不満気なエミリエンヌを気の抜けた笑顔でシャンポリオンが宥める。
「いったい何の集会かと思えば、試食会だと? 何故、俺まで参加する必要があるんだ?」
無理矢理ベルチェスタに連れてこられたシュヴァリエは不満、と言うよりは訳がわからないと言った感じだ。
「最初はね、なるべく偏見のない人に試食してもらわないと、正当な評価もできないだろう?」
「まあ、何事も偏見は良くない。公正な判断には自信があるぞ」
褒められたようで悪い気のしないシュヴァリエは、その後は特に文句も言わずマトマト料理の試食会に参加した。
マトマトの生サラダや、マトマトの薄切りをパンにチーズとハムで挟んで焼いたクロックムッシュなど、素材の味を生かしつつも万人に馴染み易い料理が振る舞われ、ついにベルチェスタの自信作『マトマトポトフ』がお披露目となった。
マトマトの実を潰してソースに使ったポトフ。
果肉もそのまま入れてあり、マトマトの味と食感が存分に楽しめる。
「あら、上品な味ですこと」
「本当だ。今までに食べたことのない、さっぱりとした味わいだ。でも、物足りなさは感じない。美味しいよ、これ」
エミリエンヌは予想以上の美味しさに思わず顔を綻ばせ、シャンポリオンも一皿の試食では満足できないと、もう一皿追加でポトフを食べていた。
「生では多少、青臭さが残るものの、火を通して他の食材と合わせると酸味が仄かな甘みへと、こうも変わるものか……。料理と言うのも馬鹿にできない。どういう化学反応が起きて味に変化が……」
「ふむふむ、これは珍味です。今度、実家へ戻ったら料理長にマトマトの調理を試させるとしましょう」
シュヴァリエが難しい顔で一人、クロックムッシュと睨めっこをしている隣では、アンリエルがクロックムッシュを片手に、スプーンでポトフを口に掻き込んでいた。
「ふふふふふ……、どうやらあたしのマトマト普及計画の第一歩は成功のようだね」
試食会が思いのほか好評だったことを受け、ベルチェスタは上機嫌だ。
「皆~、食後の口直しにマトマトジュースを用意したよ。さあ、飲んで飲んで」
試食会の終わりにはグレイスが用意したマトマトジュースが配られた。マトマトの搾り汁に一つまみの塩と、隠し味に酸味を感じない程度のレモン果汁が少量入っている。
「これは……少しばかり青臭さもあるが、果物のジュースに近い風味だな」
「ええ、驚きましたわ、喉ごしはお世辞にも良いと言えませんけど、軽く飲めますのね」
一番に口にしたシュヴァリエが感嘆の声を上げ、続いてエミリエンヌもまるでワインでも嗜むように、ぐいとマトマトジュースを飲み干した。
「へえ、やるもんだね、グレイス。これも立派な料理の一品になるよ」
「本当!? やった! 隠し味が効いたのかな!」
「うーん、僕はもうお腹いっぱいだ、ごめん」
「私もポトフを食べ過ぎて、すいませんグレイス。これ以上は受け付けません」
シャンポリオンとアンリエルは残念ながら満腹で、マトマトジュースを飲むだけの余裕も残されていなかった。
「いやー、今日は得られるものが多い一日だったよ! グレイスが最初にマトマトの実を食べていた時は正気を疑ったものだけど、この試食会でマトマトの実が無害で美味しい食材だってことが証明され……って、痛てて……あ、あれ、胃の調子が……」
調子よく声を上げていたベルチェスタが唐突に胃痛を起こしてその場に蹲る。
「あー……、う、何だ? 頭痛がするな……」
「わ、わたくしはどうにも吐き気がするのですけど……」
ほぼ同時にシュヴァリエが頭痛を訴え始め、エミリエンヌが顔を青くして吐き気を催す。
彼らの突然の不調に残りの三人は慌てふためく。
「え? え? 急にどうしちゃったの?」
「食べ過ぎ、と言うわけでもないよね。シュヴァリエは頭痛のようだし」
「何か悪いものでも食べたのでしょうか?」
アンリエルの何気ない一言にその場の空気が凍りつく。
悪いもの。容易に想像がつくのは、今しがた食べたマトマト料理。
「でも、マトマトの実に毒はないって……」
「事実、マトマト料理をたくさん食べている僕らは無事だねー」
「一品だけ、口にしていないものがあります」
アンリエルが指差したのはグレイスが持ってきたマトマトジュースだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私のだって間違いなくマトマトジュースだよ!」
「隠し味に何か変な物を入れたのではないですか? あるいは、妙な反応を起こして毒性が表れたとか――」
「そんなことないもん!!」
グレイスは自らの無実を証明するかのごとく、勢いよく余ったマトマトジュースを飲み干す。
そして、幾ばくかの間を置いて、
「ご、ごめん、私が原因だった、みたい……」
真っ青な顔になって、力なく床に横たわるのだった。
――後ほど、グレイスのマトマトジュースにワルナスビの果汁が混じっていたことが判明した。
『アカデメイア短編(三) ~ワルナスビ&マトマトの実~』完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます