第34話 カジミールの手紙(3)
「はー。毎日、難しい講義ばかりで疲れたなあ。もう少し、生物学に関わる講義が多いと面白いのに……」
ぶつくさと文句を言いながらカジミールは学院寮の廊下を歩いていた。専ら生物学に関する講義を受けていたカジミールであったが、格安の授業料で名高い教授陣の指導が受けられることもあり、数学や物理学など独学では限界のある分野の講義も積極的に受けるようにしていた。
ただ少しばかり欲張りが過ぎて、講義の日程を詰めすぎた。丸一日、狭くて硬い長椅子に座っていた為、腰が痛くて堪らない。
(……早く部屋に戻って横になろう……)
自室に向かって歩いていたカジミールは、前方に一人の男子学生を見て取った。
「おい。いったい何を騒いでいる?」
どんどん、と部屋の扉を叩いて中の誰かに呼びかけているのは同期の学生では有名な、数学の名門ベルヌーイ家嫡男、シュヴァリエだった。カジミールは直接、話をしたことはないが、かなり優秀な人物だと聞き及んでいた。
(……上流階級で成績優秀、僕とは正反対だ……)
若干の劣等感を抱きながら、シュヴァリエのすぐ脇を通り過ぎようとしたとき。
――ごおぉうっ! ごばぁっ!
轟音と共に、シュヴァリエの全身を橙色の炎が包み込んだ。夕闇に沈もうとしていた学院寮の中庭は、突如として真昼のような明るさに照らし出される。
カジミールは、自分でも何を口走ったかわからないような悲鳴を上げた。
先程、シュヴァリエが叩いていた扉から、床から天井までを埋め尽くす大きな火の玉が吹き出してきたのだ。もう、わけがわからない。何故、このような事が起こったのか。
(……ここは、アカデメイアは地獄だ! 人外魔境だ!)
恐怖で自分を見失い、ただその場から逃げ出すことしかできなかった。
事件のあった翌日、学院寮の中庭には、真っ黒な煤にまみれた部屋をやや遠巻きに囲む人垣があった。その人垣の近くにもう一つ別の人垣があり、その中心には興奮しながら喋るカジミールがいた。
「僕は見たんだ! 部屋の中から真っ赤な炎が噴き出して! 部屋の前にいた学生は、あっという間に炎に包まれて丸焼けさ!」
「ああ、俺も見たよ、炎に焼かれた学生。あれは死んだな、確実に。公式にそういう発表がないっていうのは……たぶん揉み消したんだよ、アカデメイアが……」
「いやいや、死んではいないってさ。被害にあったのは一一〇号室のベルヌーイだろ? 全治ニヶ月の大火傷を負って今は療養中だとか」
扉が半壊し、真っ黒に煤けた部屋を前にしては、ほら吹きカジミールの言葉でさえ誰もが信じざるを得なかった。
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