第33話 カジミールの手紙(2)

 長丁場となった入学式が終わり、少々気疲れしてしまったカジミールは講堂の長椅子で体を伸ばし、休憩してから学院寮への入寮手続きをしようと考えた。


(……どうせ急いでも窓口は混んでいるだろうし……)

 そう思って長椅子に寝転がったカジミールは、自分以外にも講堂に残って、お喋りをしている学生がいることに気がついた。


「当たり前でしょう! 何故このわたくしが番外位まで気にかけねばなりませんの!?」


 静かな講堂に突如として響き渡った大声に飛び起きる。長椅子の陰に隠れて様子を窺うと、やたらと背の高い女と子供と見紛うばかりに小さい少女が睨みあっている。

(うわ、うわ。喧嘩? 巻き込まれない内に早く逃げよう……)


 腰を低くしたままそそくさと退散するカジミール。その背後で先程の比ではない怒声が聞こえてくる。

「――決闘っ! 決闘ですわー!!」

(……なんだってぇ~!)

 カジミールは心の中で絶叫していた。


(け、決闘って、あ、あれだ。命を懸けて殺しあう決闘だ。貴族は誇り高いから、袖が触れ合っただけで、気に入らないことがあれば決闘になることもある、って聞いていたけど本当だったんだ! そんな連中が大勢いる所に来てしまったなんて、こ、怖い……)


 父親から話に聞いただけだが、誇りを傷付けられたとなれば、彼らは時として本当につまらない理由からでも、決闘で相手の命を奪うことに躊躇いがない。表向き華やかな舞台の裏では、貴族同士の血で血を洗う争いが日々繰り広げられているという。


「うう……大変な所に来てしまった。僕は静かに研究生活を送りたいだけなのに……」

 がたがたと震える足をどうにか前に出し、講堂の外へと転がるようにして逃げ出す。呼吸を整えるように、建物の壁に寄りかかり一息つく。

 震える膝には力が入らず、すっかり腰が抜けてしまったカジミールはしばらく、その場にへたり込んでいた。


「あんた、ふざけてんの!?」

「ひぃや!?」

 またしても唐突な怒声に竦み上がるカジミール。だが、怒声は離れた場所から聞こえてきており、彼に向けられたものではなかった。

(……こ、今度は何だ~……?)


 草葉の陰から声のした方を覗いてみると、先程の講堂で見かけた小さい少女と平民出身のベルチェスタが対峙していた。ベルチェスタは怒りの形相を浮かべながら、貴族の少女を手の甲で思い切り引っ叩く。ばちっ……と、肉と肉のぶつかり合う音が響いて、叩かれた貴族の少女はその勢いのまま地面に倒れ伏した。


 カジミールはあまりの展開に息を呑みながらも、目を離すこともできず事態を傍観していた。やがて、もう一人別の少女が倒れた少女に近づいて、何やら手首の辺りを握る。

「脈がない!!」

「そんなっ!」

(えぇ!? さ、殺人事件!? どうしよう、すごい現場を見てしまった! あわわわ……)


 慌てて草むらを飛び出したカジミールは、近くを通り掛かった学生を捕まえて、目の前で起きた事を必死に伝えようとした。

「た、たたた、大変だ! 貴族が! 礼拝堂の裏で、決闘で! 女の子が一人、死んで! 脈もないって!」


 偶々近くを歩いていた男子学生の二人組は、いきなり草むらから飛び出してきたカジミールを怪訝な表情で見返したが、尋常でない彼の様子と『決闘』という物騒な単語が非常事態を告げていると解釈した。

 カジミールに連れられてやってきた二人組は現場は何処か、と尋ねる。

「ほら、すぐそこで! 女の子が倒れて……あ、あれ? 確かにここで……」


 そこは確かにさっき女子学生三人が言い争いをしていた場所に違いなかった。しかし、既にその場には誰もいなかった。

 連れられてきた男子学生二人がカジミールのことを胡散臭げな目で見ている。


「え、えーと。はっ!? まさか、既に証拠隠滅――」

 最後まで言う前にカジミールの頭に二発、拳骨が落ちてきた。からかわれたと受け取った男子学生二人は怒りながら去っていった。

「そんな~。確かにここで殺人事件が起こったのに……」

 後日、このことが噂で広まり、ほら吹きカジミールと言われるようになってしまった。

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