第27話 歩みは止めず
グレイスが倒れ伏したオオトカゲを前に座り込んでいる。その場へ、暗がりから小さな灯りを掲げ、シュヴァリエは悠々と歩いていった。
「――時間はかかったが、ようやく毒がまわりきったか――」
シュヴァリエが放った矢は、
「毒矢……」
しばらく呆然としていたグレイスだったが、やがて思考の冷静さを取り戻し始める。
「そうだ!! アンリエルは!? アンリエルはどこ?」
「もう一人いたのか? はぐれたのはどの辺りだ?」
「それが……! どこをどう走ってきたのか……わからない……」
右、左、と辺りを見回した後、情けない表情をしてグレイスはがっくりと肩を落とした。本当に、最後の最後まで面倒をかけてくれる。
「当てもなく探して回るのは難しいな……。一度、山を下りて応援を呼んでくる方が早いかもしれない」
「洞窟内の道、わかるの!?」
「ああ。坑道の出口はすぐそこ……ん?」
言って指差した坑道の出口からは、明るい光が差し込んできていた。
(――朝が訪れるにはまだ早い。この光は――)
疑問に思う間もなく、坑道の中へ向けて知らない誰かから声がかけられる。
「そこに誰かいるのか――! 我々はグルノーブル警備隊だ! 遭難者の捜索に来た!」
『……? 遭難者……?』
シュヴァリエとグレイスは訝しげな表情で顔を見合わせた。
◇◆◇◆◇◆◇
グレイスとアンリエルの二人は、ネヴィア鉱山へ向かうことを学友のベルチェスタに伝えていたらしい。予定の日になっても帰ってこないグレイス達を心配して、アカデメイアから遭難者として捜索願を出してもらったそうだ。
実際の所、彼女らは遭難にも近い状態に陥っていたのだから、良い判断だったと言える。
夜明け前。グルノーブル警備隊に保護されたアンリエルが、炭坑から姿を現した。足を挫いているため、警備隊の若い隊員に背負われて出てきた。坑道内でグレイスとはぐれてから、実に七時間後のことであった。
「よかった! アンリエル、アンリエルぅ!! 無事でよかったよ~……!」
「グレイスこそ、五体満足で何よりです」
感動の対面を果たした二人に、捜索隊と共にやってきたベルチェスタも駆け寄ってくる。ベルチェスタは勢いよく二人に抱きつき、無事の再会を喜んだ。
シュヴァリエは彼女らの青臭い馴れ合いを岩陰から見届けると、誰にも気が付かれないように再度、洞窟の中へと戻った。
心底疲れの溜まった息を吐きながら、最近は癖になってしまった独り言を呟く。
「完全に予定が狂ってしまったが……。仕方ない、このまま一息に作業を終わらせるか」
こんなことで躓いている時間はなかった。怒りの矛先は全て、前へ進む原動力とすればいい。自分の進む道を、休まずに真っ直ぐ進んでいく。
(……そうとも、俺は乗り切った。予想もしなかった困難な状況さえ乗り切ったんだ……)
もう誰にも邪魔などさせない。仮に邪魔が入ったとしても、全て振り切って目標に到達してみせる。シュヴァリエの決意は頑なに、僅かな気の緩みも許さぬほどに固まっていた。
そして彼は一人、捜索隊が引き上げた後も、ネヴィア鉱山を下りることはなかった。
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