第3話 アカデメイア入学

 フランセーズ王立学士院付属学校、通称アカデメイア。夢にまで見た、学術都市グルノーブルの象徴とも言われるその門前に、グレイスは立っていた。


 光り輝く金髪と、透けるように真白い肌。やや幼さの残る顔立ちに、青と白を基調にした服飾が、歳相応の学生らしき雰囲気をかもしだしている。

 グレイスは先程から、その澄んだ青い瞳を門前の掲示板に釘付けにしたまま、動くことができなかった。やがて、わずかに震える口先から漏れ出したのは小さなかすれ声。

「――な……い……」


 遠目から見てもわかるほどに青ざめた顔色。

 白い肌が血の気を失っているのは、なにも今が厳しい冬の時期だからというわけでもないだろう。

(……も、もう一度、探したらあるんじゃないかな!!)

 グレイスは心の中でなにやら自身に言い聞かせると、再び端から掲示板を読み始めた。


 ――アカデメイア入学試験合格者一覧(成績順)――

 一番 ジャン=フランソワ・シャンポリオン、二番 シュヴァリエ・ベルヌーイ、三番 ギュスターヴ・ルジューヌ・ディリクレ、四番……、五番……、……最後まで読み終えた。


「……あるわけないか……」

 がっくりとうつむき、肩口まで伸びた髪の毛を両手に絡めて引っ張りながら、暗い声で独り言を呟く。

「……アカデメイアに行くから家には絶対に戻らない、なんて書置き残して出てきたのに入学試験で落ちるなんて……。最悪……離婚女性の出戻りってこんな気分なのかも……」

 グレイスは伏せていた顔を上げると、そのまま空を仰ぎ見た。

「……ああっ! やっぱり無謀だったのかなぁ……?」


 『アカデメイア』といえばフランセーズ国内でも最大の規模を誇る学術機関である。

 自然科学を中心に、医学、経済学、法学、言語学……あらゆる分野の専門家が集まり、また、彼らの教えを受けんと優秀な学士達が門戸を叩く、まさに学問の最高峰である。

 好奇心と勢いだけで受験したような人間を、そう簡単に受け入れてくれるほど甘い場所ではないのだ。


「……?」

 空を仰いでいた視線を掲示板に戻した時、グレイスは何か不思議なものを視界の隅に捉えた。掲示板の上隅。目に入ったその不思議なものを改めてよく見ると、小さな紙片に合格者とは別に数名の名前が書かれて貼り出されている。


『――以下の者、繰り上がり補欠合格とする。エヴァリスト・ガロワ、グレイス・ド・ベルトレット、アンリエル・ド・マウル・ラヴィヤン。以上三名――』


「……あ……あった……! でも何でこんなところに……補欠……?」

 一旦は不合格、と思われたアカデメイア入学試験であったが、掲示板の隅に張り出された紙片には、補欠合格者としてグレイスの名前が載っていた。ただ、合格したらしいとはいえ、扱いが他の人間と違うことにグレイスは少なからず戸惑っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「補欠……補欠合格って……何?」

「補欠合格とは合格者の定員に穴が空いたとき、その埋め合わせとして本来は不合格であったはずの者を合格とすることです」

「なるほど……へえっ……!?」

 答えはグレイスのすぐ隣から返ってきた。抑揚のない声音で、補欠合格の意味について的確な表現を口にしたのは、黒いドレスに身を包んだ小さな女の子だった。


「……、あ。ご丁寧に教えてくださってありがとうございます……」

「いえ、別にお礼を言われるほどのことでもありません。しかし……」

 青白い顔面に刻まれた切れ長の眼が、その双眸を横に動かして一瞬だけグレイスを見やる。と、すぐに目の前の掲示板へと視線を戻した。


 彼女の背丈は頭頂部がちょうどグレイスの眼の高さほどに低い。必然的に掲示板を仰ぎ見ることになる。彼女はその掲示板の上隅、補欠合格者の欄を見ながら、小さな声で吐き捨てるように呟いた。


「よりにもよって補欠合格とは……最低ですね。このような恥をさらすぐらいなら、いっそ落ちてしまった方が良いでしょうに」

「うぐぐっ……!? ひ、酷い言われよう……」


 ――補欠合格は恥。

 突然、隣に現れた女の子に言われて、グレイスは合格を素直に喜んでいいのやら、補欠合格を恥じるべきなのか、わからなくなった。涙ぐむグレイスを横目で眺めながら、隣の女の子は一つ咳払いをする。


「別にあなたのことを侮辱したわけではありません。私も補欠合格なのです」

「え……? ……そうだったの……?」

「はい。申し遅れました。私の名前は、アンリエル・ド・マウル・ラヴィヤン」

 アンリエルはグレイスに向き直り、軽やかにお辞儀をしながら自己紹介する。細かく波立った癖の強い黒髪とドレスに多用された薄いレースが、風に乗ってふわりと広がった。


「わ、私はグレイス・ド・ベルトレットです!」

 アンリエルの自己紹介を受けて、グレイスも慌てて自分の名前を口にする。お互いの自己紹介が終わるとアンリエルは再び掲示に目を戻し、内容を読み直し始めた。


「補欠合格、といっても合格者と入学に関する条件は変わらないようですね。それにしても……このように別紙で貼り出されて、本当に恥さらしです」

「やっぱり、恥ずかしいことなのかなぁー……補欠合格って……」

 グレイスも一緒に掲示を眺めながら、改めて補欠合格者の一覧を見直した。大きな本掲示の端に、申し訳程度に張り出された小さな紙片。何かの裏紙だろうか、紙も粗悪だ。


「恥ずかしいですね」

「うわーん! やっぱり恥ずかしいんだ、これー!」

「あー……もし……お嬢さん方?」

 掲示を見ていた二人に後ろから声がかかる。声をかけてきたのは一人の老人だった。

「ううー……今、私に話しかけないでー……私は恥ずかしい人間なんですー……」

「お嬢さん方、補欠合格かね?」

「ええ、その通りです」

「いやー! 言わないでっ!」

 自分で言うほどに恥じ入る様子などなく平然と答えるアンリエル、そして耳を塞いで縮こまるグレイス。その対照的な姿をみて、「ほっほっ……」と老人は軽く笑った。


「補欠でも合格は合格。恥じることはない」

「ううー……そうですかぁ?」

「ああ、そうだとも。名前こそ出てはいないが、ここに名前を掲示されている人間の数の実に十倍以上の人間が補欠合格に入ることもなく、試験に落ちているのだよ? それを考えれば補欠合格でも大したものではないかね。胸を張りなさい」

「そ、そっか。そうだよね。何はともあれ合格できたんだし……。ありがとう! 誰かは知らない、お爺さんっ」

「本当に、どこのどなたです? 老体」

「ぶくっ、アンリエル! 老体ってそんな失礼な言い方は……」

 そう言いながらグレイスは後ろを振り向き、改めて老人の姿を見て――絶句した。

 そこに佇んでいたのは衣服を何重にも着込んだ上に、眼鏡をかけて口元を布でぐるぐる巻きにした格好の、見た目では年齢不詳の怪しい人物だった。髪は短く帽子に隠れており、声がしゃがれていなければ老齢だとも判断できなかっただろう。


「お爺さん、誰? 用務員さん?」

 さすがにグレイスも失礼承知で突っ込まざるを得なかった。

「いやいや! 決して怪しい者ではないんだよ。月並みな台詞で悪いが、本当に、怪しい者じゃあない!」

 必死で弁解する姿がよりいっそう怪しかった。


「ふっほっほっ……、実は何を隠そう、儂の教え子もアカデメイアを受験しておってな? これがなかなか優秀なもので、どれ、結果を儂も見に来たのだよ」

「へぇー、自慢のお弟子さんなんですね?」

「本人でもないのにわざわざ掲示を見に来るなど、物好きな老体ですね」

 怪しい格好の老人に身構えていたグレイスだったが、教え子の合格をその目で一目みたいと思い、寒い道中を厚着してやってきたらしい老人に親しみを覚えた。


「それで、そのお弟子さんも合格したんですよね? 試験順位は何位になったんですか?」

「ふぉっふぉっふぉっ……! ……落ちよったわ……」

「ええええええー……! す、すいません! そうとは知らず!」

 急転直下。朗らかな空気は途端に硬度を増して――。

「いや、冗談! 冗談じゃて! はっはっはっ……! そんな顔をせんでくれ、儂の方が驚く」


「なんだ……じゃあ合格したんですね? 驚いたなぁ、もう……」

「全くです。悪質な冗談です。グレイス、ここはもっと怒るべきでは?」

「…………」

 どうしてこの子は人の感情を煽るような事を言うのだろう。会って間もないアンリエルに対して、グレイスはそこはかとない不安を覚えた。


「あー……それより、お嬢さん方。もうそろそろ行かねばならんのではないかね?」

「はい? 行くってどこへですか?」

「グレイス」

 アンリエルがグレイスの肘を突いて、周りを見るように促す。


 周囲を見回してみれば少なからずいたはずの人垣は消え、二人の他には少年が一人掲示板の前に突っ立ているだけであった。その少年も掲示板を一通り見終わって用事が済んだのか、アカデメイアの学院内へと入っていく。後にはもう誰もいない。


「皆さんどこに行かれたんでしょうか?」

「正午から入学説明会があるのだよ。お嬢さん方も早く行きなさい。学院へ入って真っ直ぐ行くと時計塔がある。その左手に大きな礼拝堂が建っていて、説明会はそこの講堂で行われるはずだからの。遅れぬようにな……では」

 そう言いながら老人は二人の前から去っていった。学院内に入っていったところを見るとアカデメイアの関係者だったのかもしれない。


「正午ですか……確かにあまり余裕はないようですね」

 アンリエルが胸の中から、銅鎖で繋がれた懐中時計を取り出す。本体は鈍い金色の光沢を放っており、文字盤と秒針を見ただけでも手の込んだ一品であることが知れる。


 こういったものの機械仕掛けに少しばかり興味があったグレイスはアンリエルの手元の時計を覗き込んだ。

「はあぁ……、高級そうな時計だね? これどこの製品?」

「シュイス製の一品物です。ブレゲという熟練職人の若い頃の作品らしいですが、本人は最近になって死んでしまいました。価値はこれからもっと上がるでしょうね」

「ちょっと見せてもらっていい? へぇ、内部の構造が外からわかるようになってるんだねー……。凄いなあ……」

「私の時計に興味を持ってくれるのは嬉しいのですが、それよりも時間を見てください」

「時間?」


 見れば正午まで、あと数分だった。

「あーっ! あーっ! 時間、時間! アンリエル、走って!」

 言うが早いかアンリエルの手を取って走り出す。跳ぶように走るグレイスに、半ば強引に引っ張られる形でアンリエルも走らされる。


「グ、グレイス……もう少し、ゆっくり行きませんか……? このように速い歩調では……息が……続きません……」

「駄目だよ! 遅れちゃうって!」

 速度を落とさず走り続けると、二人はすぐに時計塔まで辿り着き、そこから左手に折れて礼拝堂の前に到着する。時間ぎりぎりで中へと飛び込むと――。

「わぁ……」


 ――目の前に広がったのは荘厳なる風景。


 頭上には鮮やかなステンドグラスが燦然と輝き、部屋の片隅には天井を貫かんばかりの巨大なパイプオルガンが据えられている。礼拝堂というよりは、教会の大聖堂という雰囲気だ。

 講堂には長椅子が整然と並んでおり、それを埋め尽くすようにして、ひしめきあう人の群れ。その場の厳かな風景も、無秩序に交わされる会話の騒々しさで打ち消されている。


 ただ、それでもどこか緊張感のようなものが空気の中に混じっている、そうグレイスには感じられた。

「どうにか間に合ったね、アンリエル」

 グレイスは胸を撫で下ろし、頬を紅潮させながらアンリエルに話しかける。

「ええ……、……しかし、これならばもう少し……ゆっくり来ても良かったのでは……」

 元から青白い顔を、さらに蒼白にしてアンリエルが応える。


「アンリエル、大丈夫? ものすごく顔色が悪いように見えるんだけど……」

「正直、気分が優れません……。急に走りだしたのが、よくなかったようです……」

 グレイスは多少、頬に赤みがさしているくらいで、それも場の雰囲気に興奮しているだけなのか息は乱れていない。それに比べてアンリエルの呼吸は不規則で荒く、血の気は完全に失せていた。

「……ごめんね、無理に引っ張って来ちゃったみたい……。とりあえず空いている席に座ろうか?」

 そう言って、講堂の空いている席を探したのだが、都合よく二人分の席が空いている場所は見つからなかった。


「うーん、と。あ、すいません、ここ詰めてもらえますか?」

 しばらく見回して、二人分の席が確保できそうな所を見つけたグレイスは、席の端に座っていた女子学生に詰めてもらうよう頼んだ。

「ん? ああ、構わないよ。ほら」

 頼まれた女の子は、砕けた言葉使いで了承すると席を一つ奥に詰めた。腰を上げて、乱暴にどかっ、と座りなおすと、間を詰められた男子学生が嫌そうな顔をする。


「ありがとうございます。アンリエル、ほら席空いたよ」

「……グレイスが奥に座ってください」

 ちらり、と席を詰めてくれた女子学生をみると、アンリエルはグレイスをその隣に座るよう促した。アンリエルは女子学生と目が合うと顔を背けてしまった。この態度に女子学生の方も怪訝そうに眉根を寄せる。

 席を詰めてくれた女子学生は、まるで男のような短髪赤毛で、肌は少し浅黒い。服装もドレスではなく、男物のキュロットをもっと短くしたようなものを穿いていて、上半身はゆったりとした長袖のシャツを数枚、重ね着していた。


 一目見て貴族の出身でないことはわかる。普通の貴族なら、こういった公式の場所に出てくるときは、それなりの身なりをしてくるものだ。それも男性ならまだしも、女性でドレスを着て来ないのは、つまり着飾るドレスを持ち合わせていないということだろう。

 そもそもこの場には、女子学生は数えるほどしかいないのだが、男子学生でさえ正装でいるものが多い中、彼女の略装――というか普段着は目立っていた。


 彼女の隣の席が空いていたのも、浮いた存在から自然と距離を取ろうと周囲の人間が離れたためだった。アンリエルはその事を意識していたが、グレイスはさほど気にしてはいなかった。

「ねぇ、あんた名前は?」

 グレイスの物怖じしない態度が気に入ったのか、それとも数少ない同性だからか、女子学生の方から話しかけてきた。


「あ、私はグレイスといいます。はじめまして」

「はじめまして、あたしベルチェスタ。よろしくね。で、そっちの子は……?」

 ベルチェスタの声は聞こえているはずだが、アンリエルはグレイスを挟み、ベルチェスタに背を向けて長椅子の端に座ったまま振り向こうともしない。無視されたベルチェスタの顔はみるみる不機嫌な表情になる。慌ててグレイスが紹介をした。


「……アンリエルだよっ。さっき掲示板の前で会って、ここまで一緒に来たの。気分が優れないみたいだから、そっとしておいてあげて?」

「ふーん……。気分が悪いなら無理しないで早く帰ったら? 入学手続きなら明日以降でも出来るみたいだよ」

 アンリエルがぴくり、とベルチェスタの言葉に反応する。ベルチェスタは善意で言ったのかもしれないが、アンリエルはそう取らなかったらしい。ゆっくりとした動作で身体を前に向けると、椅子に背をもたれながら横目でベルチェスタを睨みつける。


「少し休めば体調は回復します。馴れ馴れしく話しかけてくる平民が、行儀よく静かにしてくれていれば、ですが」

「……『平民』が悪いって言いたいの……?」

 アンリエルの挑発的な物言いにベルチェスタが立ち上がる。

「うわわ、二人ともやめてー……。あ、ほら、誰か壇上に上がったよ! 静かにしないと!」

「そうです。静かにしなさい」

「くっ……!」

 仕方なくベルチェスタは席に座りなおす。気がつけば講堂からは喧騒がなくなっていた。グレイスは険悪な雰囲気の二人に挟まれながら、首を竦めて縮こまっている他なかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「それでは、これよりアカデメイアの入学に関する説明会を行います。初めに、ジョゼフ・フーリエ学院長から祝辞の言葉を頂きます」

 壇上に上がった男は、講堂によく響く声で始まりの挨拶を行う。男が一礼して壇上から下りると、続いて白髪の老紳士が壇上へと上がった。


 かなりの高齢に見えるが、足取りはしっかりしていて、引き締まった表情と胸を張って壇上に上がる姿には毅然としたものがある。


「アカデメイアの試験に通った諸君、合格おめでとう! しかし、これが目標への到達ではなく、出発に過ぎないことは、ここにいる諸君らは重々承知していることだと思う。諸君らのアカデメイア入学は、その先にあるもっと大きな、自身が目指す目標へと到達する為の通過点でしかない! 今一度、己を省みて、自分が何故ここにいるかを考えてほしい! 果て無き星空に新たな発見を求めるのか! 日常の謎の中に深遠なる真理を見出さんとするのか! あるいは……」


 学院長のフーリエは演説に熱が入り始めて、いつ終わるとも知れない祝辞を述べ続ける。司会進行の男は壇の下で、いつ終わるのか時計を気にして落ち着かない様子だ。

 そんな学院長の矍鑠かくしゃくとした演説に皆が聞き入るなか、グレイスは一人、妙な既視感を抱いていた。


「……ねえ、アンリエル……あの人どこか別の場所で見たことない?」

「……いいえ。私は名前すら知りませんでしたが?」

 まだ本調子ではないのか、アンリエルは閉じていた目をうっすらと開けて壇上の老紳士を眺めている。二人の囁きが聞こえたのか、ベルチェスタが小さく驚きの声を漏らした。


「……あんた達……、アカデメイアを受験しておいて、フーリエ男爵のこと知らないの?」

「学院長の名前くらいは知っていたけど……」

「知りませんね。興味ありませんでしたから」

 二人の返答に、「信じられない……」とベルチェスタは呆れ返ってしまう。ベルチェスタは辺りをぐるりと見回して、演説に飽きてお喋りを始めた学生が他にもいる事を確認すると、小声でフーリエ学院長の話を始めた。


「あのねぇ……、ジャン=バティスト・ジョゼフ・フーリエ男爵といえば、自然科学の世界じゃ、少なくとも国内で知らない研究者はいないよ」

「そんなに有名な人なんだ……」

「私は興味ありません」

 ベルチェスタの話を聞く二人は、それぞれ好き勝手な合いの手を入れる。


 アンリエルの発言に、興味がないなら口を出すな、とベルチェスタは言いたげであった。それでも、フーリエ学院長がどれほどの人物か教えずにはいられないのか、話の続きを喋り始める。


「貧しい平民の出自でありながら、フランセーズ国内でも五つしかない権威ある王立学士院、アカデミー・フランセーズの会員第十席にして、国家認定である『学究の徒アカデミシャン』の称号を持つ数学者。それがアカデメイアの学院長も兼任されている、ジョゼフ・フーリエ男爵だよ」

「ふぇー……。何だかよくわからないけど凄そう……」

「……あたしら一介の学生が教えを受ける機会なんて、アカデメイアにおいてだって、そうあるものじゃないんだから。それがわかったら、演説だけでもしっかり聴いておいたほうがいいよ」


 それだけ言うとベルチェスタは、壇上でいまだ熱い演説を行っているフーリエに向き直り、彼の演説が終わるまでの三十分間はもう口を開くこともなかった。

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