21.
先を歩いていたマウニたちがサウビを探して、道を戻ってくる。
「サウビ、どうしたの。具合が悪いの」
サウビを低い石垣に座らせ、マウニが顔を覗き込む。鏡を見なくても顔が青褪めていることがわかり、定まらない視線に自分で戸惑う。何か言わなくてはと思うのに、震えた吐息が口からこぼれるだけだ。
「ギヌク、お茶。お茶を買って来てちょうだい」
サウビの肩を抱くように、マウニは隣に腰掛けた。
「ゆっくり、ゆっくり息を吐くのよ。暖かいお茶がすぐに来るわ」
手が震えて茶碗が受け取れず、しばらくマウニに抱かれていた。ようやく呼吸ができるようになったころにはギヌクはもう巡回に行っており、マウニが付き添っているだけになった。
「何か酷いことでも言われたの?」
心配そうにサウビを気遣うマウニに、何をどう説明したら良いのだろう。嫁入りしたばかりの幸福なマウニに、自分の結婚生活の話ができるのか。何か理由があると気づいていても、ノキエが詳しい説明をしたとは思えない。それなのに無条件に受け入れてくれたマウニに、何故こんな話をして余計な心配をさせられるだろう。
「大丈夫、少し眩暈がしただけ。何でもないのよ」
「本当に? 何かあったら必ず言ってね、サウビ」
「本当よ」
完全に信用した顔はしていないマウニも、これ以上は訊ねてこない。
大丈夫。この村で見かけたと報告したって、どこに住んでいるのかなんてあの男は知らない。一軒ずつ訪ねて歩くわけはないのだから、自分がどこにいるか探せないだろう。静かな村だって、全部の家を確認なんてできない。大丈夫だ。
自分に言い聞かせて、立ち上がる。もう市の中に戻る強さは持てず、先に帰ろうとするとマウニが付き添って帰るという。
「まだ全部見て回っていないでしょう? 一人でも平気よ」
「市はまた立つんだし、急ぎで買わなくてはいけないものなんてないもの。サウビの具合のほうが大事よ」
こう言いだすとマウニはけして市には戻らないし、誰かと一緒ならば自分の不安を抑え込むこともできそうな気がする。マウニに送られて帰宅し、サウビは食堂の椅子に座りこんだ。
そして眠れぬ夜を明かしたが、どうにか自分を落ち着かせることは成功したらしい。不安を重石のように身体の底に沈め、静かな一日がはじまる。
やけに身体が重く、眠気が強い。ノキエが所用から戻る前に食事の支度をしなくてはと思っているうちに、下腹部に重い痛みが来た。薄く切った塩漬け肉と野菜を火にかけ、スープが出来上がるころには立っているのが辛くなる。
そのうちに、足の間に記憶にある感触があった。もう自分には訪れないものだと思い決めていた、黒いスカートの日だ。驚いて目を見開き、慌ててマウニから譲られたスカートとボロ布を探した。
そもそも何故月経は止まっていたのだろう。子供を孕めば止まることは知っていたから、止まってしまった自分はもう子を持てないと思っていた。これは身体が回復してきたからか、それとも女であれと神が考えたのか。
もう女ではいたくない。男に怯え、一人では生活していくこともできない女では、もういたくないのだ。ボロ布をあてながら、サウビの目に涙が浮かんだ。今更子を生す機能が戻ったとて、もうそんな場所に希望はない。今考えれば、ツゲヌイの子供を身籠らなかったことは幸いだ。けれど子を生していれば、何かは変わったろうか?
食堂の机に伏して、ウトウト眠ってしまったらしい。ふと顔を上げると、肩からショールが滑り落ちた。もう外は薄暗い。自分の向かい側の席に使用した食器が置いてあり、ノキエが食事したことを知る。そうすると、このショールはノキエが掛けてくれたものだろうか。慌てて立ち上がってノキエの部屋に向かい、ドアをノックした。
ランプの赤い灯りを背にドアを開けたノキエは、疲れていたんだろうとサウビを労った。
「前に俺が眠りこけていたとき、あんたは自分のショールを貸してくれたろう? あの時分より、ずいぶん寒い。疲れているのなら、全部放って部屋に下がって良いんだ。どうせこの家には、俺とあんたしかいないんだから」
「お仕事ですから」
ノキエは苦く笑う。
「奴隷を雇っているわけじゃない。お互いが快適になることなら、そちらからの要求も言って欲しい」
そして言い足した。
「できないことはできない、気が向かないのはこんなことだ、と。逆にしたいことがあるなら、それを提案してくれても良い。そして助けて欲しいときは、助けてくれと」
最後の一言は、真顔だった。
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