20.
サウビ 私の愛する姉さん
久しぶりのあなたの文字に驚き、家族全員で読みました。
ツゲヌイが訪れるたびにあなたの消息を訊ね、こちらからの便りに返事はなくとも幸福だと聞いていました。
こちらは全員元気です。
今年の秋は気候が良かったので、冬の支度が充分にできました。
ラツカはずいぶん大きくなって、父さんの助けができるようになったのよ。
母さんは急に注文が増えて忙しく、畑仕事ができません。
そして私。まだ決まっていませんが、嫁入りの話が出ています。
相手は北の森の中の人。サウビも知っている人です。決まったらお知らせするわ。
ここからは、サウビには良い話ではないかも知れません。
実はあなたから便りが来た翌日に、ツゲヌイからも便りが来ました。
これは神様の采配ね。順番が逆なら、家族は騙されていたでしょう。
サウビが重い病気で起きられず看病が必要だから、妹を寄こすようにと。
父さんはどちらを信じるか、しばらく迷っていたみたい。
けれどあなたの便りには、父さんへの気遣いがあった。
便り一つ寄こさないような娘でないと、家族はみんな思っていたから、返事はしないことになりました。
もしかしたら私は、危機から逃れたのかしら。
ああ、書いても書ききれない。あなたがここにいれば、一晩中お喋りが尽きないでしょう。
またの便りを楽しみに。
いつまでもあなたの妹 イケレ
途中まで微笑んで読んでいたサウビは、怒りで身体が熱くなるのを感じた。自分を口実にして、妹に何をしようとしていたのか。すんでのところで回避できたのは幸いだが、もっと早くにどうにか便りをしようとしなかった自分は、なんて愚かなのだろう。
商人が届けてくれた便りは妹が刺繍したらしいリボンが添えられており、それは春に咲き誇る薄紫の花だった。サウビが森に暮らしていたころより上達した技術は、妹が森の生活に根付いている証拠のように見える。決まりかけている嫁入り先は、妹を大切にしてくれるだろう。北の森の男たちは働き者で陽気だ。貧しさの中でもめげずに助け合い、肩を組むことで生活を切り開いていく。中で暮らしているときは、それが当たり前でないことに気がつかなかっただけ。
送られてきたリボンは、ブラウスの襟に飾った。これを見ればいつでも、春の風景を思い出すことができる。
籠を持って市の中を歩くのは、楽しい。途中で買い求めた砂糖菓子を口に入れながら、用事もない店を冷やかして歩くことを覚えた。マウニはギヌクと連れ立って先を歩き、サウビは顔見知りになった隣の内儀と挨拶をした。珍しい異国の布を扱う商人がいると、荷車を覗き込む。
「あんた、ツゲヌイの店のサウビじゃないかい」
顔をジロジロと眺める男に、サウビが凍り付く。否定しなくてはと焦ると、声が出なくなった。
「俺を覚えていないかねえ、ツゲヌイの店にも卸してるんだが。あんたが男と逃げたって、ツゲヌイが探してるよ」
男の顔は覚えていない。ツゲヌイは金の話をするときにサウビを同席させなかったし、店の外で商談していることも多かった。けれど目の前の男は、サウビを知っているのだ。
「ずいぶんマシな様子になったじゃないか。まあ、ツゲヌイは酷かったからね」
男が同情するような顔で言ったので、サウビの背は少しだけ緩んだ。けれど次に男が発した言葉に、サウビは頬を打たれたようになった。
「でも大切な取引先だ。黙っているわけにはいかないねえ」
他の客が男に布を差し出し、何か質問する。サウビの耳には何も聞こえず、冷たい風に髪がなびく。
「夕方宿屋に来てちょっとスカートを捲りあげてくれれば、忘れるかも知れないな」
商売の邪魔だと男に肩を押され、サウビはフラフラとその場を離れた。ツゲヌイに探し当てられたら、連れ戻されるか。そして連れ戻されたなら、あれよりも酷い生活が待っているだろう。
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