18.
ノキエは手が掛からない雇い主だ。サウビの仕事は洗濯と家の掃除、そして食事の支度だけ。身体が汚れれば何も言わずに湯を使っているし、過剰に偉ぶることもない。ときどき訪ねてくる人はいるけれども、お茶の世話をするだけのサウビは、相手が何をしに来たのかを気にする必要がない。
一日おきにミルクを届けてくれる隣の家の内儀とは天気の話ができるようになり、村の風景は少しずつ見慣れてきた。ノキエから預かった金を持って卵や野菜を分けてくれる農家を訪れると、これもあれもと果物や菓子を渡される。
「あんたはノキエのところに嫁に来たのかい」
「いいえ、ただの使用人です。とても忙しい人なので、家の中の雑用をしています」
「そうかい。ノキエには幸福になって欲しいもんでね」
下種の勘繰りのような言葉はどこからも聞こえてこない。これが街であったなら、サウビはノキエに身体を提供していると噂されたろう。
マウニは二日と置かずに訪れ、サウビと一緒に料理や縫物をした。それを見つけたノキエがからかい、マウニも笑う。
「そんなにひっきりなしのお喋りを聞かされていたら、サウビの耳が壊れてしまうぞ」
「だって兄さんが一生懸命、私からギヌクを引き離そうとするんですもの。ギヌクを忙しくさせているのだから、昼間くらいサウビを借りたっていいでしょう」
「おいおい、俺はおまえのお喋りの相手を頼むために、給金を払っているのか」
「とても有意義なお金の使い方だと思うわ。これだけでギヌクを心置きなく使うことができるでしょう?」
そのやりとりを、サウビは微笑んで聞く。
このまま、この家にいても良いような気がする。静かな村で穏やかな兄妹の世話をして生活していくのは、サウビが森で思い描いていた生活に似ていた。もう男に虐げられることもなく、自分の手順でだけ仕事ができる。飢えるほど貧しくはなく、凍えなくても眠れる場所がある。
たとえノキエが嫁をとったとしても、マウニが子を産めばその手伝いが必要になるだろう。もしくは新しい雇い主を探してくれるかも知れない。苦しい思いをすることも、カエルになる必要もないのだ。
愛するイケレ
やっと便りを出すことができます。父さんや母さん、ラツカは元気ですか。
ツゲヌイに止められて、そちらに連絡することもできませんでした。
私は今、街から出て静かな村で生活しています。
何があったのかは、おそらく手紙に書いても想像もできないと思います。
酷い目に遭い続けて、考えることもできなくなることが、本当にあるのよ。
今は雇われた家の管理をしながら、ようやく自分の時間を持てるようになりました。
イケレももう、嫁入りの支度かしら。
酒を飲んで女を打ったり、金を与えずに買い物に行かせたりしない人でありますように。
父さんの腰の痛みは、酷くなっていませんか。
母さんはまだ、薄暗い部屋で機を使っているのでしょうか。
何もすることができないので、せめて父さんに膏薬と、母さんに毛織の膝掛けを送ります。
次の給金が出たら、イケレとラツカにも。
もう森は寒いでしょうね。どうぞ冬の悪魔に気をつけて。
愚かな姉 サウビ
北を回る商人に便りを託したのは、次の市が立った日だ。山羊のチーズを買い付けてくるのだと言った商人に、ノキエはいくらかの金を握らせた。それを知ったサウビは払うと申し出たが、ノキエは笑って首を振った。意外によく笑う人だ。
けれど作業場に籠ってしまえば出てきたときには疲れ切っていて、それ以外にもギヌクと連れ立ってどこかへ出て行く。土地の中で働く農民たちには慕われているらしく、市の立った日には売上を報告するだけでなく、必ずお茶を飲んでいくのが習慣になっている。こんなに若い地主を、誰も見くびったり蔑ろにしたりしていない。
不思議な人だ。けれど、けして悪い人ではない。サウビが寝室に閂をかけなくなったのは、冬のはじめのことだ。
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