13.
なるほどノキエは忙しい。作業場に籠るのが終わったと思ったら今度は自分の部屋に籠り、その合間にギヌクと連れ立って外に出る。そして何か思いついたような顔になると、また作業場に入ってしまう。
マウニの嫁入りまでの時間は本当に穏やかなもので、洗濯と掃除の他は料理と縫物だけで過ぎていく。時折来客があっても使用人であるサウビに用があるわけではないので、お茶の準備をするだけだ。
マウニのスカートが縫いあがり、どうせならとスカートの糸を数本使ってショールに刺繍を施すと、嫁入りの支度が整った。新居はギヌクが整えているはずだと嬉しそうなマウニを見て、不安が募る。
今まで殴られたりしなかったのは、マウニがいたからではないのか? ツゲヌイが自分に拳を振り上げたのは、家の中だけだった。ノキエがそうでないとは言えない。ましてサウビがここにいることを知っているのは、何人もいないのだ。街のように店に買い物に行くこともないし、店頭に立っていることもない。もしも殺されたとしても、得体の知れない女がどこかに出ていったらしいと片付けられてしまう。
夜の灯りを消すと、部屋の闇の中で目が冴える。あの嫌なカエルが売物になり、喜んで金を払う男がいることを知っている。金を払ってまで女の身体が欲しいのなら、ノキエもそうなのではないだろうか。そして抵抗すれば、ツゲヌイのように何度も平手で自分を打つかも。
何度も寝返りを打ち、マウニの嫁入りの日までの残りを数える。まだ明日は大丈夫だと。
市の立つ日は朝から人の出入りが多い。ロバに荷物を運ばせる人たちがノキエから何かの書付けを受け取り、張り切った顔で庭から出て行く。
「兄さんの土地で作ったものは、兄さんの許可がないと店を出せないから」
マウニの言葉と、先日のギヌクの言葉が繋がった。ノキエは何人もで耕すような広大な土地を持ち、管理するのが仕事の一つなのだ。ただの飾り職人じゃない。逆を言えば、大きな地主が道楽で飾り物を作っていると言えなくもない。それでは幾晩も寝ずに作り上げたものは、道楽の産物だろうか。あれは修行した人の作ったものに見えたけれども。
頭の中のサウビが、サウビ自身を諫める。余計なことを知ろうとしたり、言葉にしてはダメ。自分の意思を持ってはいけない。
ライギヒと一緒に到着したのは、イネハムだ。
「顔の痣がすっかり綺麗になったね」
微笑んで頬を撫でてくれるイネハムが慕わしく、子供のようにスカートの裾を握ってついて歩きたくなるのを、押しとどめる。
「今日はマウニもサウビも一緒に市に行くよ。良いものは早いうちになくなってしまうからね」
「何を買うの?」
マウニはウキウキした顔で外出のショールを羽織り、サウビに支度を促した。街を出るときに飾り物屋のお内儀さんが掛けてくれたショールを手に、一緒に外に出る。若い娘の肩を覆うには、古臭い。
「ギヌクひとりで新居の支度をしたって、男じゃ気がつかないものもあるだろ。嫁取りの宴がもうじきだからね」
三人で並んで歩く道は、母や妹と過ごした日々のようだ。そういえば妹は、そろそろ十八になる。やはり嫁入りの話が出ているだろうか。
家が増え始めたと思ったらいきなり視界が開け、広場に並んだたくさんの荷車に商品が並んでいる。野菜や肉はもちろんのこと、生活に必要なものが全部あるように見える。はしゃぎながら店を冷やかしているマウニと共にイネハムに導かれたのは、布を積んだ荷車だった。
「さあサウビ、好きなものを選んだらいいよ。お金なら、ノキエから預かってる」
驚いてイネハムを見返したサウビに、イネハムが微笑む。
「自分の服を持っていないだろう? ノキエが気にしてる」
「兄さんが?」
「マウニから言っても遠慮するだろうから、私が連れだしてくれって。だからサウビ、スカートとブラウス二着分とショール一枚、好きな生地を選んどくれ。仕立ては自分でできるんだろう?」
その細かい心遣いに驚きながら、サウビは頷く。自分の服を仕立てるなんて、何年ぶりだろう。布を商いながら、自分のものになったことはなかったのに、今は無償で与えられようとしている。口を押さえ、布の山を見る。これは夢か。
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