僕が偶然助けたのは、寡黙な茅原さんだった

蒼井青葉

プロローグ

 僕はただの高校生だ。特にこれといった特徴はない。強いて言えば、周りから「いいやつ」認定されているところである。父さんがよく「困ってる人を助けられる、優しい人になりなさい」と俺に言っていたからか、昔から人を助けることに迷いがなかった。まぁ、そのせいで掃除当番を押し付けられたり、パシりに使われたりしたこともあったけれど。


 クラス内では影の薄い方の人間である。別にコミュ障というわけではないが、かといってコミュ力が高いわけでもない。必要最低限の会話は普通にこなせる。一応友達はいる。ちょっと面倒くさいやつだけれども。


 そうそう、影が薄いといえば。


 僕のクラスには、休み時間は本ばかり読み、人と話をしているところをめったに見たことがない茅原紅葉かやはらもみじさんという人がいた。授業で先生に当てられたときは、小さな声で答えるが、彼女が友達と楽しそうに会話しているところを僕は見たことがない。不思議な子だなと思っていたが、特に僕が彼女と関わることはなかった。


 そう、あの日までは。


 ある日の休日、僕は近くのコンビニにお菓子とか飲み物とかを買いに出かけた。さっさと帰って漫画でも読もうと思っていたのだが、その帰り道のことだった。


 「あの子・・・!」


 信号が赤にも関わらず、横断歩道を渡ろうとしている女の子を見つけてしまった。気づいた瞬間、僕は走り出していた。


 助けないと!


 僕は腕を伸ばして彼女の小さい手を掴み、歩道側にさっと引き寄せた。さっきまで彼女がいたところを、そこそこのスピードを出して車が通っていった。


 彼女は僕の方を振り返った。フードを被っていたが、長い前髪が見えていたのと、ファッションから女の子だろうと思った。顔はあまり分からなかった。


 僕は彼女に優しく言った。


 「危ないじゃないか。赤信号だったよ。気をつけなよ」


 すると彼女はなにも言わずただ、うんうんと首を縦に振って頷いた。何だが仕草が可愛らしいなと思ったが、特にその子に何か用があったというわけではなかったので、僕はその場を立ち去った。


 週が明けた月曜日の昼休み。天気が良かったので外でお昼にしようと、僕は弁当を片手に教室を出た。だが、すぐに後ろから肩を叩かれた。


 誰だろうと思って後ろを振り返ってみると、そこにいたのは。


 「あ・・・あ、え・・・」


 何かを言いたそうにもじもじしている茅原さんだった。何だろう、どうしたのかな?


 とにかく落ち着かせようと、僕は優しく言った。


 「どうしたの、茅原さん?焦らないでいいから、ゆっくり言ってみてよ」


 茅原さんはうんうん、と頷いた。あれ、この仕草、最近どこかで見たような。気のせいかな?


 彼女は何度か深呼吸をして、それからゆっくりと口を開いた。


 「あ、あ・・・・・」


 「うん」


 僕は相槌を打ってあげた。


 何でだろうか。心なしか彼女の顔が赤い気がする。人と話をするのが苦手だから照れているのだろうか。


 「あ、赤色は好き・・・・・?」


 と小さな声で言った。


 それは良いのだけれど。


 「・・・・・え?」


 えーっと、言いたかったことって、それ?


 でも、彼女は頑張って言ってくれたんだ。答えてあげなきゃ!


 「あ、赤色ね。赤はそこまで好きって訳じゃないな。けど、夕焼けの赤は綺麗だよね」


 僕は応えてあげたのだが、茅原さんは首を横に振っていた。


 やっぱり違うってことかな?


 「言いたかったこと、違った?」


 尋ねてみると、彼女は頷いた。やはり違ったらしい。


 うーん、ここは廊下だしな。人が通ると茅原さんも話しにくくなっちゃうかもしれない。


 「ちょっと着いてきてもらっても、いいかな?」


 聞いてみると、彼女はまた頷いた。なので僕は、晴れの日はいつも使っている外のベンチに彼女を案内した。ここは風が通って気持ちがいいし、人がそんなに多く来るという訳でもない。


 僕は改めて切り出した。


 「それで、僕に何を伝えたいのかな?」


 少しの間茅原さんは無言だった。その間、優しく風が吹き、彼女の長くて綺麗な黒髪を揺らした。前髪の間から少しだけ覗いた目は、しっかりと僕を捉えていた。


 こういうときは焦らせてはいけない。コミュニケーションが苦手な子は人と話すこと自体が大きなストレスなのだ。


 僕は気長に彼女が話すのを待った。


 うーん、それにしても何の用だろうか?最近僕、茅原さんに何かしたっけ?


 はっ!もしかして知らないうちに彼女のことを傷つけていたとか!?


 だったら僕が謝らないと!


 「茅原さん、僕、もしかして君のことを知らないうちに傷つけてしまってたのかな?だったらごめん」


 僕は頭を下げた。


 顔を上げると、茅原さんは不器用な笑みを浮かべながら首を横に振っていた。


 なんだー!違うのかー!安心したー!


 心のなかで安堵した。


 ようやく彼女は口を開いてくれた。


 「あ、ありがとう・・・・・」


 ・・・・・え?何のこと?


 って思ったが茅原さんはすぐにピューっと駆けていってしまった。僕と会話するのに多大な労力を使ってしまったからだろうか。


 「まぁ、いいか」


 何がともあれ、感謝されたなら問題ない。


 このとき僕は特に気にしなかった。だが茅原さんは次の日も、その次の日も頑張って僕に話しかけてくるようになった。


 一体、どうしちゃったのだろう。


 僕は茅原さんの急変ぶりを心配した。



 



 

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