第104話 準備運動は念入りに
「じゃあ、早速訓練をはじめまーす」
「おう!」
「ああ!」
「はぁ…」
「…と、言いたいところなんだけど。色々と訓練する前に、まずはみんなに“無属性魔力量の向上と、そのスムーズな操作”をマスターしてもらおうと思ってるんだ」
俺は本格的な訓練を始める前に、みんなをその場に座らせ、無属性魔力の大切さについて力説していた。
「…無属性魔力…?…レイン、それは一体どういう了見だ?まあクリントンはさておき、俺とクロウは、少なくとも上級攻撃魔法は使えるし、今更無属性魔力って言われてもなぁ…?」
エドガーは口をへの字にして片眉を上げ、考え込むような顔で顎に右手を添える。
表情からして、クロウも右に同じってとこか。
クリントンのムスッとした顔に少し笑ってしまう。
「うーん、無属性魔力は大事なんだけどなぁ、どう説明したもんか…」
無属性魔力。
実は一般の魔法使いの間では、けっこう軽んじられているそれ。
何故かと言うと、多くの魔法使いは、対象の遠方からの多人数による魔法行使がほとんどであり、俺のように相手と1対1で近接戦闘を行う機会などは基本的には無い。
となると、無属性魔力による身体強化で肉体の出力を上げる必要もなければ、自分自身の魔力量の底上げを行うこともない。
生まれ持った才能による、詠唱魔法の行使に必要な魔力量さえ確保できていれば、全く問題はないのだ。
だが本当それでいいのかといえば、答えは否。
仮に闘い慣れていない魔法使いが、魔法詠唱すらさせてもらえない相手と遭遇した時点で、ジ・エンドなのだ。
「…よし!じゃあ百聞は一見に如かず。ちょっと想定訓練でもしてみよっか」
「想定訓練…?」
クロウは腕を組んだまま、俺の言葉に反応した。
「うん。僕は今からあっちの端っこに移動して、そこからエドたちに向かってゆっくり歩いていく。そこでエドたちは、僕のことをゴブリンかコボルドとでも思って、魔法で足止めしてみてよ。あっ、一番威力の出るやつでいいよ?僕は魔法を使わないし、みんなを攻撃したりもしないからさ」
俺は右手の人差し指を上げ、嬉々として内容を説明する。
「貴様~…。さすがにそれは、我々を舐めすぎではないか?下手をすると貴様自身、死ぬことになりかねんぞ…?」
不満そうな様子のクリントン。
お…お前の魔法が一番ちょろいんだが…。
「ふふふ、それはどうかな?まあまずは一回やってみようよ。
俺はそう言うと、トタトタと走ってエドガーたちから少し離れた位置に移動した。
うん、ここからエドガーたちのとこまで、ゆっくり歩いて1分くらいってとこかな。
「ふっ…、彼がいいというなら構わないじゃないか。それこそ怪我をすれば自己責任、ということで」
クロウはにやりと笑うと、懐から黒い杖を取り出した。
「そうだな!うしっ!俺だって一度くらい、レインの奴をぎゃふんと言わせてやりたいしな!いい機会だ!!思いっ切りぶちかましてやるぜ!!」
エドガーは、両手で軽く2度顔を叩いて気合いを入れると、腰に提げていた
「よっ…よ~し…、私だって…!」
クリントンも、負けじと杖を構えると軽く膝を上下させ、臨戦態勢を取る。
「オッケー!みんな準備完了だね!!じゃあいっくよ~!?訓練開始〜!!」
そんな全員の様子を確認した俺は、離れた場所から軽く声を掛け、訓練の開始を告げた。
ふふふ…、ブリヤート大草原でセルジと訓練してた時のこと、思い出すなぁ。
ここんところ遊びに行ってないけど、みんな元気にしてるだろうか…。
おっと集中集中、まずはみんなにも自分の実力をわかってもらわないとな…。
俺に向かって魔法を放てる奴がいればいいけど…。
「「「来い!!」」」
3人が声を合わせ、それぞれ構える。
にっしっしっしっし…。
気合十分か、よ~し…。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」
仲間たちの
なんだかとても嬉しくなり、ファイトォ~いっぱ~~っつ!とでも叫びたい気分だぜ。
そんな風にテンションアゲアゲの俺は、身体の中で急速に無属性魔力を練り込み始める。
ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ…!!
「うぐっ…!?」
「こっ…これは!!?」
すぐに異変に気付いたのは、エドガーとクロウ。
万全の状態のクリントンを俺は知らないが、少なくともエドガーとクロウは、明らかに他の生徒よりも魔法の才能に満ち溢れている。
だからこそ逆に、既に彼らの視界からは和気藹々の仲良し訓練場は消失し、
「さて…と」
首を回し、肩を回し、手首足首をぶらぶらさせて、準備完了。
同時に、淡く輝く無属性魔力が具現化し、俺の周りで渦を巻き始めた。
この間もクリントンの前でセオドア先輩に向かってやって見せたが…、前回とは少し違うぜ?
——————殺気。
俺はそもそも入学以来、
ここではそんな機会もなかったし、そうする必要もなかったからだ。
しかし、今なら話は別。
俺がかつて生きた日本とは違い、些か以上に命の値段の安いこの世界。
せっかく友達になってくれた彼らが、いつ何時、盗賊や魔獣の襲撃に遭わないとも限らない。
突如徴兵され、望まぬ戦乱に巻き込まれるやもしれない。
そんな時、大切な彼らには、しっかりと身を護る術を身に付けていてほしいからな。
「…!…あっ…あれは先日、我が兄の前で見せた…!しかし前回とは規模が…。い…嫌だ…この場にいるのが嫌だ…!こ…ここ…殺される……!?」
クリントンは既に戦意を喪失。
額からは大量の汗を吹き出しつつ、立っているのがやっとの状態のようだ。
「さあさあみんな、魔法を使ってくれていいよ?…
「「「——————…!!」」」
ザッ…ザッ…ザッ…。
俺は悠然と歩いてゆく。
まるで昼下がりのコーヒーブレイクのように和やかな表情で。
…ただし、甘いミルクの代わりは、殺意という名の猛毒だが。
「ぐっ…!?く…くっそぉ…!か…身体が…動かねぇ…!!」
「…え…詠唱…が……!!」
「はぁ…はぁ…はぁ…!!」
様子はそれぞれ三者三様、しかし本質は同じ。
そう、彼らは俺の殺気を前に、動きたくても動けないのだ。
だが申し訳ないが、ここで手を緩めるわけにはいかない。
これは強くなるための通過儀礼とでも思えば、許してくれるだろう。
ズズズズズズズズズズ…!!
さらに無属性魔力を練り込んだ俺は、彼らが完全に動けなくなると思われる程度の殺気を込めた威圧を放ちながら、一歩また一歩と歩を進めてゆき、程なくしてエドガーたちの元へと到達した。
ぽんっ。
「はいっ、訓練終了~」
俺はエドガーの肩に軽く手を添えると、ゆっくりと殺気を込めた無属性魔力を消した。
ズシャア…!!
その瞬間、エドガーたちは全員その場に崩れ落ちる。
「かはっ…はぁっ…はぁっ…!!」
「ぐくっ…はぁ…はぁ…はぁ」
「…ひ〜っ…ひ〜っ…ひ〜っ…」
全員がとてつもなく恐ろしい体験をしたかのような青い顔をして、頭のてっぺんから爪先まで全身汗まみれになっている。
さらに、全力でフルマラソンを終えた直後のように、いや、長時間呼吸をすることすら忘れてしまっていたかのように、必死に肩で息をしている。
「…大丈夫かい、みんな?ちょっとやりすぎちゃったか…。まあ今ので1割から2割の殺気…ってところかなぁ」
「「「……!!」」」
ひどく荒れた呼吸が一瞬止まり、同時に俺の顔を凝視する彼ら。
「少しはわかってもらえたかな?まあこれが魔法使いの弱点というか、悪い所というか。なまじ魔法が使えると、“距離を詰められさえしなければ、魔法でなんとかできるだろう”って思い込んじゃうんだよね」
「…はぁ…はぁ…。そっ…そんなレベルの話ではなかった気もするが…。くそっ…けど納得するしかねぇな…」
エドガーは額から顎に流れ落ちる汗を、袖口で拭いながらつぶやいた。
「ふふ。無属性魔力を充溢させて身体強化をしていれば、さっきの威圧なんて、そよ風程度にしか感じなくなるさ。そういう意味じゃあ、全ての魔力の基礎となる無属性魔力の大切さがよくわかるだろう?」
「ふぅ…。たしかにレインの言うとおりだな…。仮にこれが戦場なら、俺たちはあえなく戦死…といったところか…くそっ…!」
少し落ち着いてきたクロウは、厳しい表情で地面を眺めながら、拳を1発落とした。
「まあ、そうならないための訓練さ。もちろん強制じゃあないし、自分には無理だ…と思うなら、すぐに抜けてもらっても構わない。ただ、ここのことは内緒にしててね?…多分怒られるから…(涙)」
俺は両手を胸の前で組み、目をうるうるさせて、祈るようにクロウを見る。
「や…やはり無許可の自覚があったんじゃないか貴様!…くそっ…誰が抜けるか…!誰が逃げるものか!!私は強くなるぞ…!兄上より…そして貴様よりもなぁ!!」
ビシッ!と効果音の文字が出そうなくらいに俺を指差すクリントン。
「おうよ!」
「ああ!」
ふふっ。
わかってはいたけど、やっぱ俺の
「にしし!そうこなくっちゃな!!よーし、じゃあ準備体操代わりに、さっきのをあと20本程いっとこっか!まずは軽〜い殺気に対する耐性からつけてかないとね!」
「「「…?」」」
「その後はまず、無属性魔力を増やす訓練に移行しよう。とりあえず身体の中の魔力がスッカラカンになるまで完全燃焼する!ああ、魔力切れは心配しないでね、実は僕、他人への魔力の受け渡しも可能だからさ。…ん、魔力酔い?それは各自、気合いで乗り切ってね!あっ、夕食を吐き出すのはあっちの扉の中に専用スペースを作ってるから。んでもってそれが終わったら、10分間の休憩を挟んで、それから…ペラペラペラペラペラペラ…」
「「「…!?…!!???」」」
ははは!
セルジの時もそうだったけど、誰かと一緒に遊びながら魔法を学ぶって超楽しいな!!
こうして、俺たちの
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