第97話 その夜の出来事
「う~ん…?あれ…?ここは…自分の部屋…か…?」
ふと目を覚ました俺は、そうつぶやいた。
なんだか頭がボーッとする。
ベッドから上半身だけを起こして窓の外を覗き込むと、日は既に落ちていて外は暗く、窓から差し込む薄明かりを頼りに、なんとかここが自身の寮室だと気付くことができた。
『…(チラリ)』
ベッドの横で眠っていた様子のシロ。
一瞬だけ片目を開けて俺の方を見ると、ペロペロと毛繕いをして再び眠る。
「…あれ、そういやシロのご飯あげたっけか…?よいしょっと…あいてて!?お…おデコがすごく痛いぞ…なんだこれ?…んん…、あっ!そうだ、思い出した!これは!!」
ベッドから出ようとした俺は、まるでピリッと電気が走ったかのような、尖った痛みを頭に感じた。
—————思い出した。
俺は魔道具科の存続を賭けたお披露目会に出てたんだ。
そこに突然、カーミラ理事長なる女性が突撃してきて、学校長に一発かまして魔道具科を存続させてくれたまではよかったものの、その後俺の頭にゴーレムの部品が落ちてきて、気絶したんだっけ。
…あぁ、正確には、
俺は額の辺りをゆっくりさすってみる。
いつもどおり、母似の柔らかい銀色の髪の毛の感触が指先に伝わってくる。
しかし。
「いでっ!?」
接触したと思われる額の上部は、若干腫れてたんこぶになってしまっており、まだ少々熱を持っていて、ぶっちゃけ触るとめちゃ痛い…。
「はぁ~…。魔道具科のために頑張ったってのに、最後に酷い目に遭ったな…。とりあえず、部屋をちょっと明るく……ほいっと」
俺はほんのわずかだけ、身体の中に火の魔力を練り込み、机の上に置いてあった燭台めがけて小さな炎を飛ばす。
ジジジ…。
徐々に大きくなるろうそくの炎とともに、少しずつ部屋の中が明るくなる。
暗闇の中でゆらゆらと揺らめくろうそくの炎が、優しくそして幻想的に見えるのは、たとえ世界が違っても万国共通だな。
ふと机の上を見ると、文字の書かれた1枚の羊皮紙が置かれていた。
しかもめちゃくちゃ綺麗な字で。
(だ…誰が書いたんだこれ…?エドガー?それともクロウか?…字、綺麗過ぎだろ)
「…えっと何なに…?“レインフォード君、君をここまで運んであげたのは私だ、感謝するように。あとシロのご飯は既にあげているので、問題はない。追伸 テティス先生に伺ったが、私の選択学科のことで君に話がある。~クリントン・アルバトロス~”…ってクリントンかよ!あいつこんな教養に満ち溢れた字を書きやがるのか!?」
お…俺より格段に綺麗な字だぜ…。
何だかくやしいな、おい…。
まあ、俺からは特に用事はないから、最後のとこはスルーしとこう。
「あ~…喉乾いた。ちょっと水飲も。シロ、ちょっとごめんよ。あ、ご飯悪かったな、明日クリントンにお礼言っとくよ」
俺はベッドの側で爆睡するシロを踏まないように避けながら、壁際を静かに歩く。
モフモフ尻尾も踏んづけないように…っと。
ゴソゴソ…。
カチャカチャ…。
「カップカップ…カップはどこだ」
俺は自分用のカップを棚から1つ取り出し、手に取った。
そのまま、室内中央部に設置されている食卓の上に静かに置く。
さて、水を入れる前に…。
「…カップをもう1つと。…どれどれ…ま、これでいいか」
俺はもう1つ余分にカップを取り出すと、自分のカップの向かい側に置いた。
そして身体の中に、静かに魔力を練り込み始める。
(喉もカラカラだし、身体の隅々まで染み渡るような美味しい水を…っと)
ぽよん。
ぽよよん。
練り込んだ水の魔力を右手の指先へ集中させると、2個のカップに収まる程度の小さな水の球が顕れ、ぽよぽよと空中に浮かび上がってくる。
俺は軽く指を曲げ、2つの水の球をダイレクトにカップの中へと注ぎ込んだ後、そのままゆっくりと、机に備え付けられた向かい合った2つの椅子のうちの1つへと腰掛けた。
「ふぅ」
俺は誰もいない部屋の中で、ゆったりと椅子に腰掛けたまま、じっと向かいの空間を見つめる。
俺の前にカップを1つ。
そして誰もいない席にもカップを1つ。
一見すると“何やってんの君、もしかしてちょっと寂しい人?”なんて勘違いもされそうだが…。
「…そろそろ出ていらっしゃったらどうですか?水ぐらいしかありませんが、よければどうぞ?」
俺は虚空に向かって静かにそうつぶやくと、向かいのカップを手で差し、にっこりと笑った。
すると次の瞬間。
「うっふっふ…。おかしいなぁ、完璧に気配を遮断して姿を消していたから、普通バレるはずないんだけどね?どれだけ勘が鋭いのかなぁ、レインフォード君ときたら」
ふと気が付くと、妖しい笑みを浮かべながら、長い黒髪をたたえた女性が向かいの椅子に座っていた。
ろうそくの炎に照らし出された女性の表情は、不気味なほど妖艶な色香をまとっている。
「…逆ですよ?部屋の中のとある一箇所だけに限って何も無い、いや、むしろ
俺は片目を閉じながら、人差し指をちょいちょいと動かして指摘する。
「…全く、昼間の魔法といいその洞察力といい、君には驚かされてばかりだね、レインフォード君。君は本当に学徒…いや、そもそも
「…僕のような清く正しい一生徒を捕まえて、酷い言い草じゃあありませんか、
そう。
目の前で机に肘を付き、わざと白く長い脚を見せつけるように組んで座っているのは、大闘技場で初めて会った美しい女性。
カーミラと名乗った、この王都魔法学校の理事長その人だ。
「ふふっ。この王都魔法学校には施設管理規則というものも定められていてね。そこには“管理責任者が必要と認めた場合、学校内のいかなる場所にも立ち入ることができる”と書かれているのさ」
カーミラ理事長は俺が用意したカップに真っ赤な唇を付けて水を飲みながら、したり顔で笑っている。
「…成程ですね。けれど理事長、あなたがおっしゃる規則には続きがあって“なお本条は、私的な運用は厳に慎み、みだりに学校自治や生徒の権利、その他個人の私的空間等を侵してはならない”と書かれていませんでしたっけ…?これが私的な運用ではないとすれば、かなり
「あっはっはっは…!昼間の意趣返しときたか!これは一本取られたね!」
カラカラと笑うカーミラ理事長。
ま、別に嫌ったり恨んだりしてるわけじゃあないし、これぐらいにしておくか。
俺はにっこりと笑って、軽く額をさすりながら、自分のカップの水を一口飲む。
「ふふふ…冗談ですよ。ちょっとこのたんこぶの仕返しをしたかっただけです。かわいい新入生の悪戯だと思って軽く流しておいてください」
「まあ、そういうことにしておこう。学校の規則に関して議論をするために、わざわざこんな時間に訪ねてきたわけじゃないしね。それこそ私的運用の誹りを受けてしまうともさ」
「…では一体僕なんかに何の用ですか?魔道具科の件に関しては心から感謝申し上げておりますし、むしろあらためてこちらからお礼に伺わねば…と思っていたんですよ?」
俺はそうつぶやき、小さくため息をついた。
だがその瞬間の出来事だった。
理事長や俺を仄かに照らし続けていたろうそくの炎が、ふいに大きく揺らめく。
その時、まるでろうそくの揺らぎに呼応するかのように、カーミラ理事長の目の色が変わった。
…いや、逆だ。
むしろ、理事長の変わりように合わせ、ろうそくが大きく揺り動かされたと言っても過言ではない。
(…殺気…?…ではないか…。シロも爆睡したままだしな。…けど何だ?何かおかしい…。危険な臭いがプンプンするんだが…)
カーミラ理事長の口角が大きく歪んだ。
その刹那、理事長の口の中に長い牙のようなものが見えた気がするのは、俺の勘違いか?
そんな俺を見透かしたかのように、理事長は人差し指を自分の額に添え、その燃えるような紅い双眸以外を手で覆い隠すと、小さく、だが確かにつぶやいた。
「…結論から言おう。私は君が欲しい…」
「…?」
口の中の水を思いっ切り吹き出しそうになったのを必死に耐える俺。
キ…キミガホシイ…?
り…理事長さんったら、目玉焼きでも食べたいのかな…?
は…ははは…。
朝ごはんには、まだちょっと早いぞぅ?
(か…勘弁してくれよ…。どうせ厄介ごとを運んできたんだろうとは思ってたが、まさかこんなことになるとは…)
俺を見つめるカーミラ理事長の真紅の瞳は、なおも美しく光っていた。
…一層危険な香りを漂わせながら。
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