第92話 魔力解放。自重?何それうまいの?

 ————ここは王都魔法学校内の大闘技場。


 敷地内にそびえ立つ巨大な円形闘技場コロシアム

 平素その扉は固く閉ざされており、誰も入ることは許されない。

 なんでもこの魔法学校で開催される、大きなイベントの際などに開放されたりするらしいが、詳しくは知らないし、今のところあまり興味もない。

 今日は、魔道具科講師のパトリシア先生が申請したため、特別に入場を許可されたんだそうだ。


 大きさはおそらく東京ドームと同程度と思われるが、多数の見物客を収容できるよう、観覧席が所狭しと設置されているとともに、さらに、身分の高い高貴な方々をお迎えするのであろうお高い位置のVIP席まで、きっちりと完備されている。


 俺たちは今、そんな大闘技場の真ん中に立っている。

 この場にいるのは、パトリシア先生以下、俺、クロウ、エドガーそしてクリントンの5名。


 何でそんな所にいるのかって?

 そりゃもちろん、我らが魔道具科の成果を見てもらうために決まってんじゃん!


 今日の観客席には応援してくれるギャラリーなどはいないものの、やはりこういった場所はある種独特の緊張感が漂う。

 

 …昔大学の卒業旅行でイタリアに行った時、ローマのコロッセオに寄った際にガイドのお姉さんから、あっちの通路は剣奴が通ったとか、そっちの通路は猛獣が通った云々の説明を受けたことがあったが、まさか自分が降り立つことになるとは思いもしなかったぜ。


 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。


「…!」


 その時、複数の足音が俺たちの耳に届く。

 

 パトリシア先生が俺たちの方を向き、無言で頷いた。

 少々こわばった表情から若干の緊張が見て取れるが、まあ許容範囲だろう。

 たしかスラ○ダンクの安西先生も、適度な緊張感は必要だとおっしゃってたはずだ。


 そんなパトリシア先生は、自分の心を落ち着けるように、そして同時に、静かに己を鼓舞するように、何度も大きく深呼吸を繰り返す。


 ザッ。


 その時、足音が停止した。

 

 そう、足音の主たちは、学校長やそのお付きの教師たち、その他サイモン教授や俺たちの担任のテティス先生とエドガーの担任のクララ先生等、学校関係者たち。

 俺たちと少し離れた場所に相対するように立った彼らは、今日、この大闘技場において魔道具科の存続を判断する審査員の役割を担うのだ。


 どうか先入観なく、これから見てもらう結果を適切に審議し、公正な判断を下してほしいと願うばかりだ。

 …ちっ、今さらながら、金色に輝くお饅頭でも渡しておくべきだったか。


「…おい、ところでレインフォード。本当にあの先生大丈夫なんだろうな…?せっかくエドガー様や私が時間を割いて同行してやってるんだ。緊張して何もできませんでしたじゃあ話にならんぞ…?」


 クリントンが俺に近づき、口元に手を添えながら小声でそっとつぶやいた。


「んん?まあ大丈夫だろ。それより、君の方もしっかり頼むよ?こういうのは、ソフト面とハード面がしっかり噛み合わないと、ベストな結果は出せないからね。期待してるよ?」


「…ふん、言われずともわかっている。エドガー様もいるのだからな、無様なところは見せられん。…しかしまあ正直なところ、仮に魔道具科が無くなったところで、私には特段何の影響もないんだがな…」


「ん?影響ないことないだろ?だってクリントン、だからね?」


「…?バカも休みやすみ言え。私は魔道具科になんぞ興味はないぞ?今日だって貴様らがどうしてもというから、私が最も欲する対人魔闘術の授業を欠席してまで来てやっているんだからな?」


「あぁ、いやいや、興味があるとか無いとかそういう問題じゃなくてさ。テティス先生に聞いたら、魔道具科の受講生じゃなければ、今日のお披露目会には出られないなんて言われたもんだからさぁ…」


「…うん?」


「対人魔闘術の受講申し込みは、君の代わりに僕がきっちりキャンセルして、正式に魔道具科に申し込んどいたよ?…あれ?僕言ってなかったっけ?」


「え…?」


「え?」


 俺とクリントンとが、お互いに顔を見合わせて間も無く、色白のクリントンの顔色がみるみるうちに紅潮してゆく。

 月並みな表現だが、まさに茹でダコといったところか。


「き…聞いておらんわ!?何しれっととんでもないことしてくれとるんだ貴様ぁ!!対人魔闘術の授業は、私がここで最も学びたいものなんだぞ!!…って、おい!…何で僕怒られてるんだろう?…的な顔をするんじゃない!無茶苦茶だな貴様は!!」


 のっしのっしと前にせり出してくるクリントン。

 凄い腹…いやいや、すごい圧だな。


「だ…大丈夫だって。対人戦のちょっとしたコツなら僕が教えてあげるからさ。ほらクリントン!今はそんなことより、目の前のことに精一杯集中しようぜ?自分のことだけを考えるんじゃあなく、誰かのためになることを生き甲斐に感じてこそ、みのり豊かな人生ってもんだろう?ワンフォアオール、オールフォアワン!の精神さ」


「そんな貴様は、どう見てもオンリーワンだろうが!?とっ…とんでもない奴だなぁ、貴様は!!?」


 鼻と鼻が触れそうな程、さらにズイズイと前に出てくるクリントン。

 おいおい、唾を飛ばすな唾を。


「まあまあ、クリントン。レインの奴に悪気はないんだ。俺は間近でレインの強さを垣間見たことがあるし、それに関してはよくわかっているつもりだ。闘い方を学ぶなら、学校の授業などよりレインから個別に習った方が役に立つと断言しよう。…それとも、この未熟な俺などの言葉では、君の信用は得られんかな?」


 ぽんぽんと、クリントンの肩を優しく叩くエドガー。

 激おこ状態のクリントンにエドガーが助け舟を出してくれた。

 いやん、エドちゃん、ナイスタイミング!


「…うぐっ…。エ…エドガー様がそうおっしゃるのなら仕方ありません…。だがレインフォード、私はこの案件が片付けば絶対に魔道具科を抜けて、対人魔闘術の受講生に戻るからな!?わかったな!!」


 なおも鬼のような形相で迫ってくるクリントン。

 すんげぇ迫力…。


「わ…わかった、わかったよ。ほら、でも今は君だけが頼りだからさ、頼むよ?」


「ふん!これは貸しだからな!レインフォード!」


 オーケーオーケー。

 貸しでも借りでもなんでもいいさ。

 受けた恩は、必ず利子をつけて返すつもりだしな。

 …けど、テティス先生から、「一度申請して取り消した講義には2度と参加できないけど、クリントン君は納得済みなのかな☆キラリ」って言われて即答したこと、いつ説明しよっかな…。


「…おい、お前たち。そろそろ始まるようだぞ」


 その時、通りのいい声で、パトリシア先生の隣にいたクロウが俺たちをたしなめた。


(おぉ、いよいよか。いっちょ気合い入れんとな…)


「ゴホンッ!…さて、よろしいかなパトリシア先生」


 そう切り出し、前に進み出てきたのはサイモン教授。

 落ち着いた態度、厳かな口調、おまけに低く威厳のある声は相変わらずだ。

 前世の俺の上司も、ああいう人だったらよかったのにな。


「はい。私ども魔道具科一同、準備は完了しておりますのです」


「だから私は正式な魔道具科の一員ではないと…モゴモゴ!」


 ササッとクリントンの口を塞ぐ俺。

 ややこしくなるから黙ってなさい。


「ふむ…。それでは、本日この時をもって魔道具科存続の審判を開始することとする。審査員は見てのとおり、王都魔法学校学科規則第17条(学科の廃止または存続に関する項目)に則り、アルベール学校長以下私を含め、合計6人の教師陣が存続か否かを総合的に判断し、この場での多数決によって決定することとする。また、可否が同数となった場合、この場における最上位者の判断をもって決定とする。よいな?」


「はい、異論ありませんのです」


 サイモン教授の説明に、パトリシア先生は静かにうなずいた。


(…事前に調べていたとおりだけど、やはりネックなのは数が拮抗した時か…。他の先生はさておき、いかに学校長を納得させるかだなぁ)


「うむ、では早速審判を開始する。通達文に記載されていたとおり、生半可な物では廃止の決定は覆らぬ。心してかかられよ…。…ゴホン…個人的には期待している…」


「はい…!」


 最後の方は小さな声だったが、どうやらサイモン教授は応援してくれているようだ。

 また、後ろのテティス先生の笑顔のウィンクや、いつも無表情のクララ先生が、パトリシア先生に向かって、小さく、だが確かにほんの少しだけ笑ってうなずく姿が見えた。


 …俺は自分の胸が一気に熱くなるのを感じる。


「私ことパトリシア・シャーウッドは、魔道具科廃止の通達文を受け取ってより後、そのような事態を招くに至った己の未熟さを痛感しつつも、毎夜毎晩新たな魔道具に関して熟考してまいりました次第なのです。…しかし残念ながら、私1人では審査員の皆様は元より、王国で暮らす国民の皆様を驚かせるような魔道具開発の着想には至りませんでしたのです…」


 ずっと考えてきた!?

 …嘘つけ!

 魔道具科廃止の話すら、冗談きついのですよ〜とか言って知らんかったくせに!!

 ちょっとー!この人嘘ついてますよー!!


 俺の内なる叫びをよそに、サイモン教授の目が厳しく光る。


「ふむ…。ならば審査を実施せずに諦めると…?」


 ビュウゥゥゥ…!!


 大闘技場の中を、季節外れの強い風が吹き抜ける。

 パトリシア先生の長く青い髪が揺れる。


「いえ…」


 クイ…。


 パトリシア先生が、眼鏡の真ん中を指で押さえ、その位置を補正する。


「今はもう、私1人ではないのです。必ず、結果を出してみせるのです!大切な生徒たちと一緒に!」


 先生は左手を俺たちの方へ広げ、真っ直ぐな笑顔でそう言い切った。

 その顔は自信に満ち溢れている。


「…ふむ。では始めるとしよう」


 今度は柔らかく目を細めると、サイモン教授は静かにそう言った。


 …優しい目だ。

 どんな事情があったのかは知らないが、サイモン教授自身は、魔道具科の存続を願ってくれているのかも知れない。


「ではまず、下準備を始めるのです。レイン君、練習どおりにお願いするのです。…あっ、どうか審査員の皆様もこのままの位置でお願いしますなのです。


 …ぃよし!

 なんかこうやる気に満ち満ちてきたぜ!

 もちろん今回のことは、80%…いや、90%…すんません、正直99%自分のためだけど、先生にあんな顔されちゃあ、期待に応えるっきゃあないよなぁ!!


 ザッ…。


 俺は両足を肩幅程度に開き、少し肘を曲げて軽く拳を握って目を閉じた。

 そしてそのまま精神を集中し、イメージを構築し始める。


(…ふぅ、落ち着け。ここはいつもの教場じゃなく、大闘技場だ…。このだだっ広い場所に、大きな舞台を創るんだ。ま、ちょっと大き過ぎるくらいでもいいだろう)


 うん、これはかなりの魔力を消費するぞ。

 気合い入れていかんとな!


「はぁああああ…!」


 俺は気合いの掛け声とともに、急速に身体の中で魔力を練り込み始める。


 おぉ、やっぱいいなぁこの感覚…!

 なんかここまで気合い入れて魔力を練り込むのは久し振りな気がする!

 やっぱ魔法って…たのちい!!


 …ゴゴゴゴ…。

 …カタ…カタカタカタ…。


 その時、にわかに地面が振動し始めた。


「…むっ…!?…こっ…これは…?」


 辺りを見回すサイモン教授。

 テティス先生やクララ先生も同様。

 学校長は揺れる地面に驚き、既に腰を抜かしている。

 早っ!


「ちょっ☆クララちゃん!?見て見て☆地面がプルプル〜って!☆あはっ!すっごーい!!☆」


「……ボソボソ…ボソボソボソ…!(大地が震えて、隆起していく…?これは…すごいとかそんなレベル…?)」


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


 大闘技場内の地面に、概ね縦15メートル、横22.5メートル、そして高さ1メートル程度の硬質の石でできた巨大な舞台が出現した。


「…よし!つかみはオーケー!そして…舞台か~ら~の~…はぁ!」


 俺は両腕をゆっくりと上げると、今度はその手を勢いよくクロスさせながら、振りおろす。


 ズバ!

 ズバババ!!


 今度は、出現した舞台に凄まじい勢いで格子状の小さな溝が刻まれてゆく。

 その形は約1.5メートル四方の正方形。


「てぇやぁあああああ…!!」


 ズバババババ…ババババ…!!


 大闘技場で踊り狂う巨大な魔力。

 巨大な舞台の表面に、凄まじい速度と正確さで寸分違わぬ正方形が刻まれてゆく。

 もちろん、ここで火の魔力を少々混ぜ合わせ、溝に黒い焼き跡をつけることで、境界線をわかりやすくする工夫も忘れない。


「「「…!!」」」


 魔道具科の皆を含め、その場の誰もが、もはや言葉を忘れてしまったかのように絶句している様子が手に取るようにわかる。


 わはははは!

 けど俺のテンションも爆上がり。

 ここまでくると、もはや遠慮・自重など何それうまいの状態だね!

 ぃよし!

 んじゃあ最後はこの舞台で踊ってもらう主役たちだ。

 エドガーとクリントンそれぞれの要望と、ちょっとだけ俺の遊び心も加えて…!


「はぁああああああ!!!」


 ズボッ!

 ズボボッ!!

 ズボッ…ズボッ…ズボボボボボボボ!!!


 次々に地面から現れる、高さ約2メートル前後の白と黒の彫像たち。

 その姿は、王冠をかぶった王様のような出立ちの像を始め、ローブをまとった魔法使いや大きな龍に跨った騎士、そして四足歩行の魔獣を模したものまで、多種多様。


 そう!

 もう審査員の皆様もお分かりですよね?

 俺たち魔道具科の作戦は…!!


「“世界中で愛されるボードゲーム、ワールド・ドミネーションズをリアルで遊んでみよう作戦”なのです!!」

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