第91話 ひょうたんから駒、クリントンからアイデア
「…むしゃむしゃ、むしゃむしゃ…ゴクゴクゴクゴクッ…ぷはぁ!。…とまあ手短に話してきたが、ワールド・ドミネーションズに関して多少は理解できたか?たしかエドガー様などは、幼少時代から強い打ち手で有名だったはずだぞ?……よし、では最後は堕天使パフェで締めるとするか。すみませーん!堕天使パフェ3つお願いしまーす!」
「へぇ、あの脳筋エド君がね〜…って、まだ食うんかい!?…おいおい、僕はもう食べられないぞ?」
「バカか!誰が貴様にやると言った!?私が3つ全部食べるのだ!!」
「はぁ…」
肩をすくめ、深く深くため息をついた俺。
手短に…などと言ってサラッと流されたが、その実クリントンの話はあまりにも長かったため、俺たちは空腹に耐えきれず、食堂に移動していた…。
その後(主にクリントンが)散々飲み食いし、既に閉店の時間は過ぎてしまっているものの、店主のシナモンダディが、俺ならばということで気を利かせ、食堂を開けたままにしてくれている。
それよりも驚いたのは、クリントンの“ワールド・ドミネーションズ”というボードゲームへの熱意、いや、もはや愛と形容しても過言ではないその力の入れようだ。
その成り立ちからゲームのルール、汎用の戦術、果ては歴代の有名な打ち手の名前などなど、多くの知識を饒舌に語るその姿は、俺たちが知らなかったクリントンの新たな一面を垣間見たようだった(元々よう知らんけど)。
お腹一杯ご満悦でとっくの昔に爆睡のシロはさておき、そんな風に延々とゲームの話を聞かされ、もう許してほしいです…と、幾度となく目で訴える俺のげんなりした様子に、ウェイトレスのココも苦笑いを浮かべていた。
ざっくりとした要旨はこうだ。
まず第一に“ワールド・ドミネーションズ”というのは、古来より世界中で愛されてきたボードゲームで、白と黒の勢力に分かれた2名が、盤面上でお互いの駒を奪い合い、どちらかが王様の駒を取るか降参するまで行われるゲームらしい。
前世で例えるならば、やはり“チェス”を想像してもらえばイメージが湧きやすいのではないだろうか。
続いて駒の種類だが、これはチェスと少し違い、この世界の戦争を色濃くを反映しているようで、“王・女王・騎士・竜騎士・魔道具士・治癒士そして魔女や魔法使いから魔獣・農民”などなど、その種類は多岐に渡っていた。
これは古くからの、国によって用いる戦術や戦力は様々、という考え方から来ているらしく、もちろん数に制限はあるものの、自分で好きな駒を選んで戦いに臨むんだそうだ。
だが最も大きくチェスと違う点は、それぞれの駒には耐久や固有スキルがあらかじめ設定されていて、例えば、王の駒は2回の攻撃でやられてしまうが、騎士の駒なら5回もの攻撃に耐えることができる。
また、魔法使いの駒は遠くまで攻撃できたり、治癒士の駒は減らされた耐久を回復できるなどのスキルが設定されているとのこと。
この辺りの戦術の機微や駆け引きの難しさをクリントンは、身振り手振りを交えたり、時には仕事中の従業員さんたちを巻き込んで各駒の射程距離云々を説明したりと、迷惑千ば…ゲフンゲフン!…意気揚々と語ってくれた。
大変参考になったよ、クリントン!…ほとんど愛想笑いをしながら聞き流していたけど。
まあ後は、王国内でプロリーグのようなものが存在しているだとか、何年かに一度、世界規模の大会が開催されているだとかの話を、まるで機関銃の如く話してくれたのだが…。
要は大人から子供まで、みんなに愛されてるボードゲームってことだよね?
…あぁ、疲れた。
「…さてクリントン。お腹も一杯になったし、なるほどザ・ワールド?についても深く知ることができたし、そろそろ帰ろっか。あ、扉の修理の関係は、僕が責任を持って用務のキャロラインさんに伝えておくからさ」
「ワールド・ドミネーションズだぞ!?何か知らんが、ワールドしか合ってないじゃないか!?貴様私の話聞いてた!!?」
コイツあんだけしゃべってたのに、元気あんなぁ…。
あと口の中のクリームを飛ばすのは勘弁して。
「ふぅ…。まあ、そうだな。貴様のワンちゃんも満足そうに寝てるし、そろそろ行くか。…あぁ、言っておくがなレインフォード、私はまだ貴様に寮室の扉を破壊されたことや、あまつさえ浴室に突入された上、私の穢れなき高貴な裸体の、頭のてっぺんから爪先までを舐め回すように延々と見られたことを許したわけではないからな?」
クリントンは眉をひそめ、何度も人差し指で俺を指差しながら、さも不愉快そうに言った。
「うおぃ!?変な言い回しすんなや!?何か僕が覗き目的で君の部屋に侵入したように聞こえるだろうが!!」
ごはぁ!?
何言い出しちゃってんのコイツ!?
「ふん!事実だろうが。私は何か間違ったことを言っているか?」
狼狽する俺を見ながら、顎を上げ、腕を組んでにやにやと笑うクリントン。
くっ…こんの野郎、ワザと楽しんでやがるな…。
ココや他の食堂従業員の方々の、多数の冷たい視線が、俺の背中にぶっ刺さる。
中には、何かに興味津々のギラギラした熱い視線も混ざっているようだが…。
…ご…誤解だからね…?シクシク…。
「ふん、まあいい。いずれにしても、無知な貴様にワールド・ドミネーションズの知識を伝達できてよかったというところか。大なり小なり教養の種類を問わず、無知蒙昧は王国貴族として恥ずかしいことこの上ないからな」
「はいは〜い、どうもありがとうございますぅ〜」
俺は頬杖をついて口を尖らせ、あさっての方向を見ながら返事をする。
ちっ…、まさかあのクリントンから一般教養について指摘されるとは夢にも思わんかったぜ。
けどまあ、考えてみりゃあ、確かに中身がおっさんの俺だから、普通の子供なら興味を持ちそうなモンを多分色々スルーしてきてるんだろうな。
「ふふふ。いや、しかし実際そこのシロには感謝しているぞ?戦術研究の際、うっかり盤をひっくり返してしまってな。どこをどう探しても、お気に入りの魔法使いの駒が1つ見当たらなかったんだが、まさかあんな所に落ちていたとはな」
『…(チラリ)…スースー…』
クリントンが、シロの方を見ながら笑顔で感謝の気持ちを伝えると、爆睡中のシロも少しだけ目を開けてクリントンをチラ見する。
「おぉ?ふっふっふっ…。よしよし、恩義あるお前には、また時々クリントン特製干し肉を食わせてやるからな?レインフォードが給餌を怠った時は、いつでも訪ねてくるがよいぞ?」
あのですねー、人ん
お腹壊したらどうすんですかー。
俺なんて腸が超弱いから、よそで飯とか食うとけっこう腹壊すんスけどー。
「…とは言え、いくら戦術を研究したところで対戦相手がいなくては仕方がないがな。貴様はその存在すら知らなかったわけだし、かと言ってエドガー様にお願いするのはさすがに気が引けるし…。いっそ勝手に駒が動いてくれればなぁ…などと詮のない想像すらしてしまうぞ。はっはっはっ!」
はんっ!
チェスの駒が勝手に動くかよ。
夜遅くに勝手に駒がうろうろしてたら、怖くってトイレにも行けやしな……え…?
ガバッ!
俺はテーブルの上に身を乗り出し、クリントンを凝視した。
「今…なんだって…?」
ク…クリントンの奴、何て言った…?
駒が…勝手に動く…だと…?
「む?突然どうしたレインフォード…。むむっ!?…もしや貴様、やはり私のパフェを狙っていたのか…?あ…あげないぞ!?これは今朝からずっと楽しみにしていたのだからな!!…だが…うーん…、し…仕方ない、そんなに欲しいなら、一口だけなら…」
そう言って、抱え込んで護るように食べていたパフェを、スプーンの端っこでほんのちょこっとだけ削るクリントン。
普段なら「どんだけケチなんだよお前」と突っ込み所満載なのだが、今はそんなことはまるで気にならない。
「そっ…」
「そ…?」
「…それだよ…。…お前、それだよぉ!!クリントーーーン!!」
ガバッ!!
ガタターン!!
「なっ…何だなんだ!?何をするんだ!?こら!レインフォード!!?離れろ、貴様!!離れんか!!」
「いやん!いやんいやんクリントン様!!最高だよ、お前マジ最高だよ!!このままチュウしちゃいたい気分だぜ!!ぶちゅ!ぶちゅう〜っ!!」
俺はあまりの嬉しさに我を忘れ、軽くテーブルを飛び越えると、スプーンをくわえたままのクリントンに抱きつき、そのまま椅子ごと思いっ切り押し倒した。
いける…、これはいけるぞ!!
サンキュークリントン!!
お前がきっかけをくれたこのアイデアさえあれば、魔道具科の未来は明るい!素晴らしい!!
「ちゅっ…ちゅうだとぉ!?馬鹿者!!は…離れろ、離れなさい!!いや、お願いだから離れて…うわぁ!?やっ…やめろ!やめないか!!アーーーッ!!?」
夜の魔法学校に響くクリントンの絶叫。
まるで夜明けを告げる鶏の鳴き声の如く、甲高いクリントンの叫び声に、俺は心を躍らせるのであった。
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