第90話 考え事しながら歩いてると、こういうことよくあるよね?…ね?

 カーンカーンカーン!

 カンカンカーンカーンカーン!!

 カーンカーンカーン!

 カンカンカーンカーンカーン!!


 そろそろ日も傾こうかという逢魔が時、橙色に照らされた王都魔法学校において、一日の終了を告げる澄んだ鐘の音が鳴り響く。


 敷地内のほぼ中心に位置する鐘楼から聞こえる大きな鐘の音は、生徒たちに対し、今日も一日精一杯頑張ったという達成感と満足感を与えてくれること請け合いだ。

 もちろん、成長期の身体への空腹感というスパイスを添えて。

 …ちなみに、毎日の鐘つきは、サイモン教授の仕事らしい。

 雨の日も風の日も、これはこれでけっこう大変だよね。


「あー、疲れた!今日も一日終わったなぁ!腹減ったぜ!」


「ねえ!今日堕天使パフェどうする?私は今日はどうしても食べたいの!もうパフェの口!」


 本日の日課時限を終え、多くの生徒たちと同じく寮の方へと足早に向かう俺。

 多くの学友たちが、夕食のデザートや夜の自由時間に心躍らせるお決まりの時間なのだが、そんな浮かれポンチの生徒たちとは裏腹に、俺の心はちっとも晴れない。


(はぁ、今日も一日が終わってしまった…。あれから数日経ったが、まだ新規魔道具開発の目処は立っていない…。なんかいいアイデアは浮かばないものかなぁ…)


 パトリシア先生自身は、頑張って色んな魔道具を考案してはいるものの、どうも俺的にしっくり来る物がまだ出てこないのだ。


 例えば先生が鼻息を荒くして見せてきた、“回る!風が無くても風見鶏くん”。

 文字通り、魔法陣に風属性の指向性を用いて下から風見鶏本体に風を当て、それを回転させるという物。

 …外の風で回らない風見鶏に、何か意味はあるのか?


 もっと酷かったのは、“思い立ったが吉日、いつでもどこでも砂風呂くん”。

 もしも旅の途中、いきなり砂風呂に入りたくなったら…という独創的なコンセプトで作製したらしく、土魔法を細かく放出する指向性を持たせ、砂で身体を覆い、身も心もほっかほかとなるありがたい魔道具。

 …のはずだったのだが、俺は使った瞬間に多量の砂に押し潰され、危うく生き埋めになりそうになった…。

 …そもそも突然砂風呂に入りたくなる人ってどれくらいいるんだろう…ていうか、海行け。


 そんなパトリシア先生の前衛的な発想の数々には、さすがのクロウも苦笑い。

 そしてこの数日でハッキリとわかったことはただ1つ、“ポンコツは眼鏡のせいではなかった”という事実のみだ。


(もういっそ一回潰れた方が…?いやいや、駄目だダメだ、魔法陣を利用するっていう発想自体に誤りはないはずなんだ…。なにかいいアイデアさえ浮かべば…)


 そんなことを考えているうち、俺はいつの間にか自分の部屋のある寮棟へ着いていた。

 しばらく廊下を歩き続けた俺は、うつむいて思案に耽ったまま、右手を部屋のドアノブにかける。


 ガチャガチャ。


「ん?」


 ガチャ…ガチャガチャ!


 シロがいるから鍵は開けっ放しにしてたはずだが…?

 今日はえらくドアノブが固いな?

 そうか、まあこの建物も古いし、扉の立て付けも悪くなってくるか。


 俺は、特に深く考えることなく、身体に無属性魔力巡らせて強化すると、ドアノブを把持した右手にさらに力を込めた。


「ふんっ!!」


 メキメキ…バギィ!!


 ガチャ…ギィィ…。


「おっ、開いた開いた。ふぅ…、ただいまシロ~。しょんぼりレイン君が帰りましたよ~っと」


 玄関先にポイっと鞄を放り投げ、そのまま部屋の奥へと進む俺。

 頭の中ではまだ、ああでもないこうでもないと、魔道具のアイデアに考えを巡らせる。


(さてと。先にシナモンダディの食堂へ行くか、とりあえずひとっ風呂浴びて考えを整理するか、どうしようかなぁ…)


「…ん?」


 その時。

 俺は、ふと何やら室内に違和感を感じて足を止めた。


(…俺の部屋に誰かいる…?…風呂の方か…?)


 …………フン♪

 …フフフフン♪


 部屋の奥に設置された簡易風呂の方から、水を流すような音とともに、確かに聞こえる男の歌声。


 なんだなんだおい…。

 勝手に人様の部屋に入っただけでなく、風呂を使って呑気に歌まで歌ってやがるのか…?

 しかもけっこう上手いし…。


「ふっ…。ちょうどイライラしてたとこだ…!ふん縛ってとっちめてやる!!…はあああぁぁぁ!!」


 俺は部屋の扉を開けた時と同様、再び自身の肉体を無属性魔力で超強化する。

 そして、泥棒野郎に気付かれることのないよう、一歩また一歩と抜き足差し足で風呂の方へと歩み寄ってゆく。


 ザアーーー。

 フフフンフ~ン♪

 フフン!!フフン!!

 フフフフンフフン♪!


 おいおい…自慢のお歌はサビの部分に突入か…?

 こっちは魔道具が上手く行かなくてイラついてるってのに、この不法侵入歌うま泥棒野郎め…!!


 俺は湧き上がる怒りとともに、風呂ごと焼き払いたい衝動を抑えながら静かにバスルームのドアノブに手を掛けると、大きく息を吸い込んだ。

 ドラ〇エなら、次の攻撃は会心の一撃級だぜ?


 ——————そして。


 ガチャン!!


「くぉらお前ぇ!!人の部屋の風呂で何勝手にウタ歌っとるんじゃぁごらぁ!!消し炭になりたくなけりゃあ、神妙にお縄に…って、あれ?お前は…!!?」


「ひっひえぇぇええ!!?レ…レインフォード!!?き…貴様!?い…いいい一体なんのつもりだ!!?」


 俺が不法侵入歌うま泥棒野郎をぶちのめすつもりで勢いよく浴室に突入したところ、なんとなんと、目の前にいたのは予想外にクリントンだった。

 そう、ぽっちゃり系クラスメイトで、大事な部分を含めてもこもこ泡だらけのクリントン・アルバトロス。


「な…なんかようわからんが、許さねえぞぉクリキントーーン!!覚悟せぇやぁ!!?」


「なっ…何をする!?貴様ぁーーー!?」


 ※※


「大変、申し訳ございませんでしたぁ」


「全く貴様という奴は…!ぷんぷん!」


 数分後、俺はクリキントン…あぁいやいや、ふかふかのバスローブに身を包んだクリントン様に、誠心誠意土下座していた。

 なんでかって?

 そりゃあんた…。


とは、貴様一体どのような情操教育を受けてきたのだ!?」


「自分の部屋とクリントン君の部屋を間違えてしまい、本当に申し訳ございませんでしたぁ」


 土下座。


「見ろ!頭のここにたんこぶができてしまったではないか!!ほら!ほらぁ!!」


 額の上部を指さし、ほんのちょっとだけ盛り上がったたんこぶを、しきりにアピールするクリントン。


 何が会心の一撃だよ、俺…。

 とんだ痛恨のミスだよ…。


「大変、申し訳ございませんでしたぁ」


 土下座&土下座。


「いたたた…。し…しかし、出入口は施錠していた筈だが…一体どのようにして…」


 小さなたんこぶをさすりながら、出入口扉の方へ懐疑的な目を向けるクリントン。

 どうやって俺が入って来たのか合点がいかないらしいが…。


「破壊しましたぁ」


 テヘ…ちょっと固いと思ってたけど、鍵がかかってたのね?…と思い返しながらの〜やっぱ土下座。


「…バ…!バカなのか貴様は!?」


「大変、申し訳ございませんでしたぁ」


 へへ~、お代官様~。

 …としか言いようのない俺は、平身低頭、ひたすらクリントンに謝罪する。


 こんなやり取りをしばらく続けながら、クリントンにネチネチと叱られ続けていた時のことだった。


「うん?何だ?」


 クリントンは後方に何かの気配を感じたのか、サッと振り返る。


「むむっ…お前は…?」


 スタスタスタ…。


『ワンワン。クーン?』


 なんとそこにやってきたのは、ご主人のピンチを敏感に感じたのか、可愛すぎる愛犬(本当はフェンリル)シロだった。

 そのままのっしのっし俺の横へとやってくると、大きな体で一生懸命すりすりしてくるではないか。


「おぉ、我が愛犬シロ…?あるじの危機的な状況を察知して助けに来てくれたんだな…?…可愛い奴、モフモフしてやろうな。…いやしかし、駄目なんだシロ…。僕は今、部屋を間違えたという過失を執拗に責め立てられた上、こうやって土下座までさせられ、主人としての尊厳を踏みにじられているわけだが、僕にも責任があるんだ…。だからシロ、決してクリントン君の首筋にお前のその鋭い牙を突き立てたり、爪で肉を切り裂いたりしてはいけないぞ?」


 俺はシロをモフりつつ、地面すれすれから恨めしそうにクリントンを見上げる。


「おい貴様!その言い回しはおかしいだろう!?多少どころか、全面的に貴様が悪いだろうが!!私はただ、気持ちよく入浴していただけなのだからな!?」


『クゥ~ン、クゥ~ン…』


 ギュルルルル…。


「「ん?」」


 俺とクリントンは思わず顔を見合わせ、シロの方を見た。


「あぁ…シロ、すまん…。ご飯まだだったもんな…。ごめんよ、僕とクリントン君のせいで…。お腹空いちゃったよな…?」


「こら!しれっと私を責任の一端に巻き込むな!…むぅ…ちょっと待っていろ」


『「…?」』


 そう言って部屋の奥に引っ込んでゆくクリントン。

 今度は俺とシロが、お互いに顔を見合わせる。


 コト。


「…ほら、オークの干し肉だ。シロといったか?お前オーク肉にアレルギーなどは無いか?無いならほら、さっさと食べなさい。…だがレインフォード、貴様の分は無いからな!」


 クリントンは小さな声でそう呟くと、大きなお皿に盛りつけたオークの干し肉をシロの前に差し出し、自分も別の干し肉をかじりはじめた。


『ワンワン!!』


 凄まじい勢いでがっつくシロ。

 よっぽどお腹が空いていたのか、瞬く間にてんこ盛りの肉が無くなってゆく。


(しかし意外だな、まさかあのクリントンが…)


「そ…その、何て言うか…ありがとうな、クリントン。まさか君がシロにおやつをくれるとは思わなかったよ」


 俺は土下座の姿勢を解くことを許され、そのままあぐらをかくと、クリントンは腕組みをしたまま、少し恥ずかしそうに目を逸らした。


「ふんっ!勘違いするなよレインフォード。これは私と貴様との問題だからな。当事者間の諍いに、たとえ従魔であろうとも、他者を巻き込むのは私の貴族としての矜持が許さないだけだからな!」


 いやん…クリントン様…超男前…。

 トゥンク…。


「だがレインフォード!そもそも貴様という奴はだな…王国貴族として…わぷっ!?うわわわっ!?なんだ!!?」


 その時、干し肉を速攻で食べ終わったシロが、突然クリントンに飛びかかったかと思うと、なんと顔中をペロペロと舐め回し始めたではないか。

 よっぽど干し肉を貰ったことが嬉しかったのだろうか、その巨体を右に左に、全力でクリントンにじゃれついている。


(…はたから見ると、巨大な魔獣に喰い殺される地獄絵図にしか見えんな…)


「こっ…こら!くすぐったいぞ!?やめんか、ぎゃはははは!!って、おいいい、重い!重いいいい!!つ…潰れ…くすぐった…潰…」


『…?…クンクン…』


 タタタッ。


 シロのペロペロ攻撃&全力じゃれつきメガトンボディプレスにより、いよいよクリントンが天に召されようとしていたその時。

 シロはピタリと動きを止め、何かに気が付いたように、部屋の隅に設置されていた戸棚の方へと近づいてゆく。


 スンスンスン…スンスンスン…。

 ごそごそごそごそ…。

 カリカリ…カリカリ…。


『グウウウ…』


 すると今度は、戸棚と壁の隙間の臭いをかぎはじめたかと思うと、そこに器用に前脚を突っ込み、なにやらごそごそと動かしているではないか。


「おいクリントン…、君はあんな所にまで干し肉を隠し持っているのか…?誰も君の部屋の物なんて盗らないと思うが…」


「貴様が言うな!あと隠すか!野生動物か私は!?」


 カランコロン。


「「…ん?」」


 硬質の物体が転がる音が聞こえた後、シロが何かをくわえて俺たちの元へ。


「なんだこりゃ?」


 俺はシロから受け取った物を目の前に取り上げて観察する。

 それは大きさ約5センチ程度の白色をした小さな人形だった。

 さらによく見るとその人形は、魔法使いのようにローブを纏っており、右手には杖まで把持しているではないか。


「ん~?魔法使いの人形?なんだかチェスの駒みたいだな?」


「ちぇす…?貴様一体何を…。あぁ!?そっ…それは!!」


 ガバッ!

 クリントンは、突然俺の右手ごと両手で白色の駒を強く握りしめると、目をキラキラさせながら笑顔でそれを見つめている。


「こ…こんなところにあったのか!!?全然見つからなかった私の大切な駒…!!ありがとう!ありがとうよ!恩に着るぞシロよ!!…ほら、もっと干し肉を食べなさい、たくさんあるぞ!?」


 そう言うとクリントンは、大喜びで再びシロに干し肉を差し出した。

 倍率ドン!さらに倍!!といった具合のてんこ盛り盛りで。


「なぁクリントン、何なんだこれ?なんかのゲームの駒か?」


 俺は小さな魔法使いの人形を天井の方に掲げ、ひとしきり眺めると、それをクリントンに手渡した。


「何…?き…貴様まさか“ワールド・ドミネーションズ”を知らない…のか?」


「ワールド…何?いや…知らんけど…?」


 クリントンは眉根を寄せ、口を半開きにして顎を引くと、軽蔑したような顔で下から俺を見上げた。


「レインフォードよ…。貴様、本当に知らないのか…?ワールド・ドミネーションズと言えば、王国や帝国に限らず世界中で愛されているボードゲームだぞ…?老若男女や、それこそ身分の差を問わず、誰もが楽しめる定番ゲームではないか…?貴様、一体どのように育ってきたのだ…?」


「どのようにって…。か…金儲けのことばっか考えて生きてきたかも…?」


 俺が顎に手をやり、視線を上に向けながらそう答えると、クリントンは再びさっきと同じような表情をみせる。


 おい…その顔やめろ。

 なんか傷つくから!


「はぁ…、何とさもしい…、何と嘆かわしい…。貴様それでも貴族の端くれか…?まあいい。まずワールド・ドミネーションズというのはだなぁ——————」


 え〜…これ長いやつじゃあないの…?

 けど今回ばかりは、正直全面的に俺が悪いし…。

 まぶたの上に目ん玉の絵でも描いて、しっかり聞くとするかぁ…。

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