第93話 失われし古代の叡智
「…ま…まさか、ワールド・ドミネーションズの再現とは…。私も若い頃はよく遊んだものだが…。いやそれよりも、驚くべきはレインフォードの恐ろしいまでの魔力か…。この規模の物質をあの一瞬で構築するとは…。なんということだ…」
サイモン教授は目を丸くしながら、小さくそう呟いた。
額に滲んだ汗は、頬を伝って地面へと流れ落ちる。
驚愕の対象は、ゲームの世界観の再現か、それとも俺の魔法か。
大地から隆起した舞台上で規則正しく整列する、ワールド・ドミネーションズに極彩色の活躍を添えるであろう、総勢40体の駒たち。
…いや、もはや単なる“駒”という呼称が、些か礼を失する呼び方に思えてくる程、彼らは威風堂々とした佇まいだ。
魔道具科のみんなでさえ、その会心の出来に言葉を失っている様子であったが、舞い降りた静寂を切り裂いたのは、意外な人物だった。
「…ふん!…困りますなぁ、パトリシア先生。私どもは内心ではあなたの魔道具科の存続を望んでおったのですがねぇ…。これはまるで、レインフォード君の異常性でゴリ押しした、単なるお人形遊びではありませんか…?」
先程まで驚いて腰を抜かしていた学校長は、取り巻きの2人の先生に両手を支えられながら立ち上がると、おぼつかない足取りでゆっくり前に出る。
でっぷりと肥え太り、蔑むような学校長の表情からは、魔道具科を存続したいなんていう気持ちは微塵も感じられない。
…あと異常言うな、しばくぞ。
「あらら校長先生…。足元が生まれたての仔牛のようになっているのですが、大丈夫なのですか?」
首を傾け、いかにも大袈裟な仕草で学校長を心配したような言葉を吐くパトリシア先生。
うそつけ。
髪の毛の先っぽ程も心配してないくせに、先生もよく言うぜ。
「むくっ!?…わ…私の心配などより、自分の魔道具科の心配をしてもらおう。動かない人形を並べ立て、一体どうされるおつもりかな?…まさか魔道具科全員で力一杯動かすとでもいうのかね?はぁ…私はこれでも多忙な身でね…、これ以上、君らのお人形遊びに付き合っている暇はないのだよ。…ささ、もうよいでしょう?こんなもの、多数決を取るまでもない。無論、魔道具科の廃止は決定ですな!」
自分の意見をまくし立てると、踵を返し、その場から足早に立ち去ろうとする学校長。
何も見てないくせに、腹立つなコイツ!
人を怒らせるツボでも知ってんじゃあねえのか!
プンプン!!
だが、そんな学校長をたしなめたのは、サイモン教授だった。
「…恐れながら学校長、少々お待ちください。どうやらまだ、続きがあるようですぞ…?」
早々に退場しようとした学校長以下、取り巻き先生を含めた3人とは違い、その場から一歩も動こうとしないサイモン教授、テティス先生そしてクララ先生。
さっすが!よくわかってらっしゃるぅ!
「ふふふ…、さすがは我らが主任学科長サイモン教授。このパトリシア、そのご慧眼に感服いたしますのです」
「お世辞は不要だ。レインフォード君が創り出したあの人形たち。そのどれもに、
サイモン教授はパトリシア先生にそう言った後、微かにため息をついたこと、俺の地獄耳は聞き流しちゃあいませんぜ?
「そっ…そうだ!そうだとも!!つっ…続きがあるのはわかっていたぞ?しかし幾分時間が惜しいからな!何かあるならサッサと見せてもらおうではないか!ほら!ほら!!」
うわぁ…そこ乗っかるんだ。
小物感丸出しぃ!
「サイモン教授、委細は承知しておりますのです。さぁエドガー君とクリントン君、
「はい先生」
「はいはい…。けっこう重かったんだよなぁこれ、…ブツブツ…」
カラ…。
カラ、カラン。
エドガーとクリントンは、それぞれの足元に置いてあった革袋から、10センチ程度の円盤を駒の数だけ取り出して並べ始めた。
「ねぇねぇクララちゃん☆あの円盤何なのかな、何なのかな☆ワクワクドキドキするね☆キラリ」
「…ボソボソ…(早く帰ってパフェ食べたい…)」
あまり会話が噛み合っていなさそうな先生たちを尻目に、俺は再び身体の中に魔力を練り込む。
そして。
ふわ…。
ふわふわ…。
「むむ…、円盤が…?」
ふいに浮かび上がりはじめた円盤を凝視するサイモン教授。
(むふふふふ…。こういうご披露的な場では、細部の細やかな演出も、必要ですからね!…後輩の結婚式で、恋するフォーチュン○ッキー踊ったの、思い出すなぁ…)
俺は風魔法でフワリと浮遊させた40枚の円盤を、そのまま舞台中心部の上空10メートル程の場所へと移動させる。
そして次の瞬間。
「いくぞ!それぇー!!」
ブワァ!
ギュイン!
ギュイーーン!!
スコン!
スコココン!!
スココココココココン!!
目の前の事象に一歩また一歩と後ずさる学校長。
その度にお腹を揺らすのは勘弁してくれ、吹き出しそうになる。
勢いよく降下した円盤は、大きな音を立てながら、王様の駒のうなじ部分やドラゴンの背中部分など、全ての円盤が、迅速かつ正確にそれぞれの駒に開けられた細い穴にまるで魔法のように吸い込まれてゆく。
まあ魔法なんだけどね。
「スットライーック!!ぃよし、パトリシア先生!準備完了ですよ!!」
「はいなのです!ご苦労様なのですレイン君!さあ次はエドガー君、クリントン君、君たちの番なのです。所定の配置に着いてくださいなのです!」
パトリシア先生は矢継ぎ早に指示を出す。
まるで新しい玩具を与えられた子供みたく、目を輝かせて張り切るその姿は、もはや自分が先生ということも忘れているのかもしれない。
ま、そんなにキラキラした顔されちゃあ、文句も言えないけどね?
「よし!ほらクリントン、いくぞ!!」
「むむ…仕方ない…。ここまでくればもうやけくそだ!やってやろうではないか!!…あ、エドガー様、どうかお手柔らかにお願いいたします…」
エドガーとクリントンは、そのまま舞台の方へ駆け出すと、2列に並んだそれぞれ20体の駒の後部の、1区画だけ余分に創った空きスペースへと移動した。
クリントンの奴が舞台の段差に苦戦し、なかなか上に上がれない様子を見て、俺は階段の設置を事後の検討課題にしようと心に決めたのは余談だが。
ありがとうな、2人とも…。
俺自身が、なるほど・ザ・ドミネーションズ?をよう知らんがために、こんなことに協力させちまってさ。
クリントンはまあいいとして、特に選択科目が決まってなかったエドガーなんて、進んで魔道具科に入ってくれたし…。
この御恩は、必ずや何らかの形で返すからね?
「うんうん、無事配置完了なのです。それではあらためて始めるのです…」
舞台に居並ぶ、凛とした佇まいの駒たち。
その後ろに位置し、双方相対するエドガーとクリントン。
蛇足だが、クリントンは既に汗まみれだ。
「…ゴクリ…。何だ…?一体何が始まるというのだ…?駒を押し出すなどには、些か力不足のように見えるが…」
サイモン教授は、気温が高いわけでないにもかかわらず、何故かその額から流れ出る汗を、無意識にローブの袖で拭った。
スー…。
大きく息を吸い込むパトリシア先生。
そして。
「ウェイク・アップ!私のかわいいゴーレムたち!!太陽がさんさん、おはようさんなのです!お目覚めの時間なので———す!!」
——————その瞬間の出来事だった。
パアァァァ…!
パトリシア先生の気合いの入った掛け声と同時に、総勢40体の駒の足元に、紫色に輝く魔法陣が顕現する。
そして。
ギギ…。
ギギギギ…。
「…何ぃ!?…ばっ…ばっ…馬鹿なぁ…!!?…駒が…駒たちが…動き始めた…だと…!?」
「ふぇぇぇぇ☆!?」
「ひ…ひぃぃぃ!?こ…これは…!!?」
ジャキ!
ガシャン!
ズシン!
尻もちを着いて再び腰を抜かしている校長を尻目に、居並ぶ駒たちは力強くその身を揺らしはじめた。
口元に豊かな髭を蓄えた老魔法使いは、身に纏ったローブを開くと、敵陣営に向け、真っ直ぐに杖を構える。
巨大なドラゴンに跨った竜騎士は、自身のドラゴンをひと撫ですると、大きな槍と盾を構える。
モフモフ毛並の毛繕いをしながら。
そして最後に、双方の陣営を統率する王たち。
一方の王は長い髪を揺らし、華麗にマントを翻す長身イケメン、腕を組んでにやりと不敵に笑う。
もう一方の王は、背丈は小さく少々ポッコリと突出したお腹を揺らしながらも、変に自信満々の謎の笑顔。
もちろんこれらはエドガーとクリキントン!!
にゃっはっはっはっはっ!!
今日程、可動領域二桁越えのフィギュア集めが趣味でよかったと思ったことはなかったぜ!!
ふん!
誰だったかな、俺たちの最高傑作を人形遊びだなんて言いやがった奴は。
…そう。
俺たち魔道具科が思い描いたのは、校長が吐き捨てるように言った単なるお人形遊びではなく、ある意味、
「…まさか…ゴ…
サイモン教授は、ブルブルとその身を小さく震わせながら、声を絞り出すかのようにそう言った。
…かつて漫画やゲームに慣れ親しんできた俺も意外だったのだが、この世界において、自立歩行と一定の動作を行う意思なき物体…いわゆる
なので、でっかいゴーレムが街を護ってくれたり、ぶっ倒したら起き上がって仲間になりたそうにこちらを見ている、なんていう楽しいイベントも起こり得ないのだ。
そこで俺は、パトリシア先生の古代魔法に目を付けた。
古代史に謳われる、実際のゴーレムの仕組みの程はもちろん知り得ないが、たとえ俺たちが考えたゴーレムが、作り方を間違えたいわゆるフェイクだったとしても、そこはそれ。
伝説上の存在をそれらしく再現できるのであれば、きっとみんなの度肝を抜けるぞ!イェイ!などと妄想し、俺はパトリシア先生に進言した次第なのである。
「
学校長は尻もちを着いたまま、小さくそうつぶやく。
だが同時に学校長は、睨みつけるようなその視線を、俺ではなく、居並ぶ
だが当のクロウは、何を気にするわけでもなく、真っ直ぐ前を向いたままだ。
…俺の勘違いか…?
「それではエドガー君、クリントン君、初めてくださいなのです。
再び声を張り上げたパトリシア先生。
さあ、審査員の皆さん…?
目にもの見せてやるぜ!!
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