第80話 クラスメイトにご用心

…カラン…。

 コロコロ…。


 ものの見事に吹き飛んでしまった演習場の壁。

 また、この演習場を覆っていた結界の気配もかき消えているところを見ると、おそらく俺の軽く放ったが、結界ごと壁を消し飛ばしてしまったのだろう。


「え…っと…レイン君…?い…今の魔法は…何なのかな?せ…先生ちょっとびっくりしちゃったぞ…?☆」


 テティス先生は、いつもどおり可愛く頬に手を当てながらも、かなり引きつった笑いを浮かべている。

 もちろんテティス先生だけでなく、サイモン教授以下各クラスの担任の先生や、周りにいる新入生たちまでが、ほぼ同じような顔で俺を見ていた。


「え…え~っと…。いまのはあれです。ちょ…ちょっとしたまぐれですよ…?」


「え…?ま…まぐれかぁ…。そっか~…まぐれかぁ…。まぐれならしょうがない…のかなぁ…☆」


 後頭部をぽりぽりかきながら、意味の分からないことを口走る俺。

 ギャグ漫画なわけでもないんだから、冷静に考えれば、まぐれで壁に穴など開くはずがないのだが。


 まだ混乱が収まらない演習場においてサイモン教授以下各クラスの担任が集まると、俺と破壊された部分とを交互に見ながら、しばらくの間、あーでもないこーでもないと、何やら協議している様子。

 …授業を停滞させてしまい、ちょっと申し訳ない気持ちに苛まれる俺。


「えーっと、はい!では皆さん!もうすぐ昼休みです!☆ちょっとアクシデントがあったので、各クラス新入生は、少しだけ早いけど、お昼休憩を取ってくださ~い☆ここは後ほど先生たちが処理しておきまーす☆」


 しばらくして中央に小走りで出てきたテティス先生が、代表して各クラスの生徒に対して指示を出した。

 みんなチラチラと俺の方を見ながらも、先生たちの誘導に従って演習場から出ていく。

 いつの間にかサイモン教授もいなくなっていた。


「…レイン君には、また追って話を聞かせてもらっちゃうぞ☆呼び出しがあったら、バイバイせずに、ちゃんと教授棟に来てね☆もし来なかったら、沈没させちゃうぞ?」


 そう言って他の新入生を誘導しながら演習場から出てゆくテティス先生。

 …沈没は困るな。


「ぐひひひ。ま、我はこうなるじゃろうと思っとったぞ?」


『ワフン!クーン』


 頭の後ろで両手を組み、楽しそうに笑うシルヴィアと、体を擦り付けてなぐさめてくれるシロ。


「ははは…。まあやっちゃったものはしょうがないしね?でも応急処置程度はしておいた方がいいのかなぁ?」


 俺もサッと寮に帰りたいところだが、壁やら何やらを補修しとく方がいいかな、等と考える。

 施設を破壊したことが実家にばれたら怒られるかもしれないし、何より万が一エリーから“思春期の勢いで無意味に壁を壊したりするお兄さまなんてかっこ悪い!嫌い!!”なんて言われた日にゃあ悲しみのあまり、今度は学校そのものを吹き飛ばしてしまうかもだし…。


 …カツカツカツ…。


 その時。

 人気のなくなった演習場において、後方からスッと俺の横に進み出てきた人影が1つ。

 後ろで束ねられた長い金色の髪がふわりと揺れ、ほのかにいい香りが漂った。


 んん…、こいつはたしか同じクラスの…?


「我は願う…土の恵みは命の恵み…万物の円環を為す母なる大地よ、我に祝福を与えたまえ!ストーン・ウォール!」


 まだあまり声変わりしていないと思われる少し高い声。

 だが紡がれる魔法詠唱は滑らかに、かつ、揺るぎない自信に満ちているように感じられた。


 ズズズ…ズズズズズズズン…!!


 地面の下から見るからに堅牢そうな石の壁がせり上がり、俺の魔法で吹き飛ばされた箇所を瞬時に補修した。


「ほ…ほえ~…」


 こりゃすごい。

 俺がぶっ壊した壁が一瞬で元通りになっちゃったじゃあないか。


「ふぅ…。やっぱりこの魔法は魔力の消費が激しいなぁ。…結界ごと標的や壁までも軽く吹き飛ばしておきながら、息切れ一つしていない君のスタミナには恐れ入るよ…」


 前に出していた杖を下げてこちらの方へ向き直り、額の汗をぬぐいながら近づいてくるクラスメイトの魔法使い。


「お…おお。君はたしか…」


「あぁ。君と同じブラックタートルクラスの、クロウ・カートライトだ。よろしくな、レインフォード君?」


 俺に向けて右手を出すクロウ。

 俺もその手をぎゅっと握り、互いに握手を交わした。


「あ…あぁ…、よろしく…?」


 クロウ・カートライトと名乗ったクラスメイトの男。

 その姿はスラリと高い身長と、後ろで束ねた長い金髪。

 透き通るような白さの肌と、見るからに均整の取れた体つき。

 イケメン美青年…?すぎて、ちょっと嫉妬しちゃうぜぇ…。

 さっきなんかいい匂いしたしな…。


「えと…、クロウ…でいいんだよね?それよりまずはお礼を言うよ。僕が壊した壁を直してもらっちゃって…。ところで、うちのクラスは水魔法特性だったと思ったけど、君は土魔法にも造詣が深いの?」


「ふっ…君も俺が女のように見えるのかい?俺のことを見てくれで判断してきた奴らは、これまで残らず氷漬けにしてきたぜ…?」


 クロウは大きな目を細め、厳しい表情でそう言った。

 下の方では、いつの間にかクロウの杖が俺の方に向けられている。


 つい驚き、顔の横で両手を広げる俺。

 

 お…オーケーオーケー…。

 そういういじり方は禁止ってわけだね…。


「ふっ…まあ軽い冗談さ。クラスメイトを傷つける気持ちはないよ。ところでさっきの君の質問に対する答えだが、一番得意なのはもちろん水魔法だよ。けど俺は自慢じゃないが、水と土の2つの属性に適性のある“ダブル”でね。土魔法もある程度は使うことができるのさ」


 ほへ~。

 エルやリアのようなエルフたちの他にも、けっこうな魔法の才能を持っている奴はいるもんだな。


「俺はずっと君と友達になりたかったんだぜ?」


「ぼ…僕と?そりゃまたなぜ?僕は平々凡々な貧乏貴族の長男坊なんだけどなぁ」


「あっはっはっは。まさか!君のどこが平々凡々だというんだい?」


 カラカラと笑ったクロウは、ずいッと顔を近づけてくると小声でつぶやく。


「…君がクラス分け検査の時に引き起こした、蓄積された魔力の暴走ってのは建前で、本当は君の魔力そのものの影響なんだろう?有象無象の目はごまかせても、俺は騙されないぜ?」


「い…いや、それはどうなのかな!?僕自身もよくわからないんだよ?あは…あははははは?」


 クロウは目を閉じて少しだけ笑いながら、身体の横で両の手の平を上に向ける。


「ふふふ、まあいいさ。これから話す機会は寮でもたくさんあるんだ。さっき強力な火の魔法を使っていたエドガー君にもすごく興味があるし、楽しい学校生活になりそうだ。ではまた後程」


 そう言って身を翻すと、手を振りながら颯爽と立ち去ろうとするクロウ。

 なんかこう、身も心も爽やかイケメンな感じの奴で、ぐうたら&食っちゃ寝希望の俺が勝てそうな部分は何一つとして無いんだが…。


 そんなことを思いながら、クロウが立ち去ろうとしたその時、俺は彼の右肩に少々長い糸くずが付いているのを見つけた。

 糸くずか髪の毛か…?

 どちらかは判然としないが、確かに細いそれがクロウの右肩で揺れている。


「あ…クロウ君?ちょっと糸くずが…」


 俺がクロウの右肩に手を伸ばそうとした、その時だった。


 ゾクッ…!


 恐ろしいまでの殺気が俺の全身に襲い掛かった。

 怖気を感じるそれは、少々品のない言い方をすれば、突然北極か南極か、はたまたどこか酷寒の地に素っ裸で放り出されたような、そんな感覚。


(———————!?やべっ…!!?)


 俺は光の魔力で障壁を構築すべく、急速に身体の中に魔力を練り込むが…。


 ガキィン…!!


 硬質の金属と金属がぶつかったような音が響き渡る。

 あまりの音に、ズキンと耳の奥に走る鈍い痛み。


「…おぉ!?」


 俺の前で揺れているのは長く美しい銀色の髪。

 こちらもまた、ふわふわと髪の中から漂う甘い香り。

 

 さらに俺の身体の周りには、限りなく薄く、だがそれでいて凄まじく堅牢な風の結界が張られている。

 俺の真横で姿勢を低くし、唸り声を上げているのは、白く美しい毛並みの柔らかモフモフ。


「シルヴィア…シロ…」


 そしてもう一人。

 シルヴィアと対峙するように人影1つ。

 おそらくさっきの殺気を放った張本人だろう。

 あ…ダジャレ言ってる場合じゃないか。


 よく見ると、そいつが伸ばしてきた右手をシルヴィアが左手で掴むような形になっているじゃあないか。

 そしてシルヴィアが制止した手の延長線上には、クロウの糸くずを掴もうとした俺の右手が。


(もしかして俺…腕をやられそうになってたのか…?)


 その人影、いやそのはシルヴィアに腕を掴まれながら表情一つ変えることなく、真っ直ぐに俺の方を見ていた。

 目の前のあまりの光景に、やっとこさ思考が追い付き、遅れて俺の頬を一筋の汗が伝う。


 その時、後方の異変に気が付いたクロウが振り返った。


「ル…ルナレイア!?お…お前…、何をやっているんだ!!?レインフォード君、大丈夫か!?怪我は無いか!!?」


 ルナレイア。

 そう呼ばれた女性を押しのけ、クロウは俺の方へ駆け寄って来ると、俺の右手をニギニギし、無事を確認する。


 ちょっ…そんなに一生懸命触らんでもいいよ…?

 ぎゃははは、くすぐったい!


「いや、ぼ…僕は大丈夫…。その…君の肩に糸くずが付いていたように思ったので…。勝手に取ろうとしたのは僕なんだ…ごめんよ…」


 俺はクロウに押しのけられた女性を見た。

 美しいほどに真っ白なロングヘアーと、一見冒険者とも思えるような革の軽鎧に身を包んだルナレイアと呼ばれた女性。

 おめめはぱっちり、まつ毛バシバシ。

 出るとこ出ましょかボンキュッボン!の美しい女性は、クロウの叱責に対してにやりと笑うと、こともなげに口を開く。


「申し訳ありませんわ、クロウ様…。わたくしったら、ついついこの者がクロウ様に不埒な真似を働こうとしたのかと勘違いしてしまい、少々お灸をすえねば…と思ったんですけれど…。どうやら私の早合点のようでしたね…?」


 は…早合点!?

 異様なまでの殺気だったんだけど!?

 勘弁してよ!?


 そんなルナレイアの態度を見るや、大きくため息をつくクロウ。


「…本当にすまなかった、レインフォード君。彼女は俺の従者でルナレイア・ユアガードという。俺が幼少の頃から仕えてくれているんだが、どうも少々思い込みが激しい部分があってね…。後できつく言い聞かせておくよ…」


「いや~ん!クラ…あじゃなくて、クロウ様からのお仕置きをいただけるなど、このルナレイア感無量でございます~!」


 両手を握り込んで胸の前に当て、どこかへトリップされたような恍惚の表情を浮かべるルナレイア。

 クロウはしょんぼりした様子で、さらに大きなため息をつく。


 ま…まあ趣味趣向は、人それぞれだよね!


「はぁ…。もうゆくぞルナレイア。まもなく昼休みだ。レインフォード君、このお詫びはまた必ずさせてもらうよ。ではまた」


 そう言ってクロウは大きく頭を下げると、ルナレイアを引き連れて演習場から出て行った。

 クロウの3歩程後ろをしゃなりしゃなりと歩くルナレイア。

 そんな彼女がシルヴィアの横を通り過ぎる際、お互いにジロリと目を合わせていた。


「…レインよ」


 クロウとルナレイアが立ち去った後、シルヴィアがこちらを振り向き、厳しい顔で俺を見た。

 なぜかその表情は、いつもぐはははは!とか言っているシルヴィアからは想像もできない程に険しいものだった。


 ん…?

 もしかしてシルヴィア…怒ってる…のか?


「…よもやお主、“危うく腕を持っていかれそうになった、くわばらくわばら…”などと勘違いしてはおるまいな?」


「えっ?…というと?」


「…あやつめが伸ばしおった指先の位置から、お主の身体に向けての延長線上を辿ってみよ」


「だから…ほら。それは僕の右手でしょ?」


 俺はもう一度軽く右手を上げ、左手で二の腕辺りをぽんぽんと叩く。

 クロウが一生懸命俺の手を触っていた感触が、まだほんの少しだけ残っている気がする。


「はぁ…。お主ときたら、相変わらずちょっと抜けとる所があるのう…。ほれ、そこから身体に向かって、もそっと辿っていってみぬか…」


 シルヴィアは上を向き、一度自分の顔を右手で覆うと、さっきとは一転して呆れたような表情で言った。


 ん~…?

 辿ってみ?とか言われてもなぁ……って…あれ…?


「こ…ここは……」


「ほれほれ、やっと気付いたか?…そう、心臓じゃよ。あやつめ…何の迷いもなく、お主の心の臓を抜き取りにかかりおって…」


 シ…シンゾウ…?

 デ…デジマ……?


「あ…あのさ…。もしかして俺…殺される寸前だった…的な…?」


「的じゃな」


『ウ~…ワンワン!!』


 う…うううう…嘘だろ…?

 おいおいおいおい…、なんでなんでなんでなんで??

 あ…あのルナレイアとかいう女、お…俺のこと、誰かよその人と間違ってませんか!?

 俺今日初めてクロウと話したばっかなんだけど、なんで狙われなきゃいけないのさ!?


「ぐははは!ま、今あれこれ考えても仕方あるまい!我らもさっさと昼食を貪るとしようぞ?今日は川魚の塩焼き云々、その他にはパンケーキやら何やらと、うまそうなものが書かれておったからのう!」


 ゴーン…ゴーン!

 ゴーン…ゴーン!


 誰もいない演習場に響く午前中の日課時限終了を告げる鐘の音。

 敷地内に建てられた高い時計塔から、重厚な金属音が学校中に響き渡る。

 その時俺は、クロウの去り際にほんの一瞬だけ、それも目線だけを動かして睨み合ったルナレイアとシルヴィアとのやり取りを思い出していた。


 (「みすぼらしいトカゲめ」「薄汚いキツネが」かぁ…)


 口角の上がった彼女らの唇は、確かにそんな言葉を発する動きをしたように見えた、いや、見えてしまった。

 …俺の勘違いならいいのだが…はぁ。


「へ…平和な学校生活は一体どこへ…」


 響き渡る鐘の音は、しばらく止むことなく続いていた。

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