第81話 食堂で発見!新たなるモフモフちゃん

 わいわいがやがや!

 あはははは!!

 ワイワイガヤガヤ!


 本日の日課時限を終え、俺、シロ、シルヴィアそして寮のお向かいさんであるエドガーは、夕食をとるため、食堂で同じテーブルに着いていた。

 学生でごった返す食堂内は、充実した1日を過ごしたのだろう、楽しそうに話をしたり笑い合ったりする若人の声が響いている。


「はぁ…」


 カチャ…。


 そんな楽しそうな周囲の喧騒とは裏腹に、俺はため息をつきながら、食事の手を止め、銀色のナイフとフォークをお皿の上に置いた。


 いかにも学生仕様の、山盛り肉料理をたたえる皿。

 いつもは至福の時とも思えるようなこの時間なのだが、今日はどうも食が進まない。


「ん?どうした、レイン。いっつも幸せそうに食事をする君なのに、今日はやけに元気がないな?この少々パサパサしてあまり新鮮とは言えない野菜類に憤りを感じているのか?」


 早くも最初の肉料理を平げ、やはりおかわりの肉料理を食べていたエドガーが、心配そうに俺を見た。


「いやぁ…。まあ確かにここの野菜はあまり新鮮じゃあなさそうだけど。それとはあんまり関係ないかなぁ」


 うちの領内で作った野菜ならもっと美味しいものになるのになぁ…、などと考えながら相槌を打つ俺。


「うん?成程…、では慣れない寮生活で体調不良でも起こしているのか?無理はいけないぞ?戦士は時として、休むことそれ自体が職務となることもあるんだからな」


「そ…そうかもね?」


 別に俺は戦士じゃあないんだが…。

 どっちかっていうと心の中では商人とか遊び人とかそんな職業な気分なんだけどね…。


 そんな風に俺を気遣うエドガーを見ながら、同じテーブルに座っていたシルヴィアはにっこりと笑った。


「お主はエドガーとか申したかの?ふふふ…良いではないか、我は気遣いのできる男は好ましく思うぞ?というのもレインの奴、昼頃からあまり元気が無くてな。レインがこのような様子故、我やシロも心配でなかなか食が進まんというもので困っておるのだ…。むしゃむしゃ…モグモグ…あ、そこのソースとってたも。これ!違う違う、そっちの色の濃い方じゃ!」


『(チラ…)アググ…(ガツガツむしゃむしゃ)』


「そ…そのようだな…。ははは…?」


 次々と料理を平らげてゆくシルヴィアとシロに、食事の手を止めて引きつった笑いを浮かべるエドガー。


 しかしエドガーよ…。

 シルヴィアみたいな一見わけのわからん奴に、上から目線で何か言われても怒ったりしないお前はいい奴だ…。


(…けどシルヴィアめ、なにが食が進まんだ。常人の数倍は食っとるだろうが…)


 俺はそんなシロやシルヴィアに苦笑いしつつ、昼間のルナレイアと呼ばれた女性とのやり取りを思い出していた。


 ねっとりとしていながら、その反面、鋭いナイフのように尖った歪な殺気。

 そしてその上で躊躇なく俺を狙った一撃。

 シルヴィアは“俺の心臓を抉り出そうとしていた”などと、物騒極まりないことを言ってたが…。


(あの時…クロウがルナレイアにそうするようあらかじめ指示していたのか…?けどクロウの態度は友好的に感じたし、嘘を付いているようにも見えなかったが…。ということは彼女は独断で俺を狙った…?じゃあそれはなぜ…?)


「ふーむ…」


 俺は腕を組み、首を傾げて考える。


 …だがいくら思考を巡らそうとも、俺は有名なじっちゃんの孫ではないし、お尻のような顔の名探偵でもない。

 頭をくりくりして座禅を組んでも、都合よくポクポクチーン!と答えが導き出されるはずもないのだ。

 こんな性格の俺が故、だんだんと考えるのが面倒くさくなってくるのは自明の理といえるだろう。


(…しかしまあ、ブチブチ考えてても仕方ないな。もしかしたらシルヴィアが勘違いしてるだけで、ルナレイアは俺の手の甲をちょいとつねろうとしただけかもしれないしな!うん、きっとそうだ。もう面倒くさいから、そういうことにしとこう)


 ぶんぶんぶん…!


 俺は首を何度か横に振る。


「よし!もう考えないぞ!せっかくの夕食を楽しもうじゃないか!」


 そう言って俺は再びナイフとフォークを手にし、目の前の肉と野菜に目を向けた。


「モグモグモグモグ…ゴクン、ぶはぁ!そうじゃそうじゃ、些末なことを気にしても仕方なかろう。それにあんなコギツネ程度、何を恐れる必要がある。そもお主の横には、平素一体誰がついておると思うとるんじゃ?」


『ワンワン!クゥ~ン』


「おぉ!そうじゃそうじゃ、我に加えてシロもおるでな。これ程安全な場所は世界広しといえど、そうはあるまい?」


「…確かに」


 俺は苦笑いでうなずいた。


 そりゃそうだ。

 いつも俺の側にいてくれるのは、一見少女風の古竜とモフモフ抱き枕の神獣フェンリルだ。

 …俺としたことが、ちょっと心配させちゃったかな?


 俺たちのやり取りを不思議そうに眺めているエドガーを尻目に、よし!食うぞ!…なんて思ったその時だった。


「なんだと!!水のおかわりができないとはどういう了見だ!?おかしいだろ、おらぁ!!」


 真っ赤な顔で喚き散らす男子生徒。

 見た感じからしておそらく上級生だと思われる。

 水のおかわりごときでそこまでブチ切れる方がおかしいだろ、と思う気持ちは皆同じではなかろうか。


「ご…ごめんなさい…。飲料水を供給していた水の魔石が魔力切れを起こしてしまってまして…。あの…用務員のキャロラインさんに交換をお願いしていたんですけど、今日はとてもお忙しいみたいで…。ですので、どうしても今は追加でお水をお出しできないんです…。あっ!でも、あの、果実ジュースならあるんですけど…」


 男子生徒に対応するのは、とても小さな女の子だった。

 いや、正確にいえば小さな女の子には違いないのだが、その女の子の頭からは長い兎のような白い耳が生えており、またモフモフの丸い尻尾も見える。

 そう、言うまでもなく彼女は、兎の獣人の女の子だったのだ!


 おお…!

 モ…モフモフ…モフモフがまた1つ…。


 だが男子生徒はそんな愛すべきモフモフ少女に対し、さらに暴言を投げつける。


「あのなぁ…お前のようなには理解できんかもしれんが、俺は今“水”が飲みたいんだ!水だよ、み・ず!!さてはお前、俺が由緒正しきチープ子爵家の長男だと知らないんだな?馬鹿が!この俺に手に入らないものはないんだ!さっさと水のおかわりを出せ!」


 シーンと静まり返る食堂内。

 他の生徒たちも呆れ返り、怪訝な顔をしている様子。

 せっかくの楽しい時間がぶち壊しだなおい。


(ちっ…!あの野郎…!貴重なモフモフ…じゃなく、いたいけな働く少女になんて酷いことを言いやがるんだ…。ちょっと気合い入れてやろうか…?)


 ガタッ…。


 だが俺よりも先にエドガーが席を立ち、厳しい目で男子生徒を睨みつけた。


「ふん…。まったく、貴族の風上にも置けん奴だな。…ちょっと行ってくる」


(お…おぉ?俺の代わりに粛正してくれるのか?)


 俺がにやにやと期待に満ちた目でエドガーを見た、その時だった。


 ズシン、ズシン、ズシン。


「…一体何の騒ぎですか…?」


 騒ぎを聞きつけ1人の男が厨房の奥から現れた。

 しかしその男は、背丈が2メートルを超える程の筋骨隆々の体格で、まるでスーパーサ〇ヤ人ブ〇リーを彷彿とさせるような恐るべき存在感だった。


(で…でか…、ちょ…でか!?ああ…けれどその頭には、しっかりとうさ耳が…!?ということは…)


「あっ、お父さん!あのごめんなさい…こちらのお客さんがお水のおかわりができないことに憤慨されていて…」


 うさ耳少女が喚き散らしていた男子生徒を指し、経緯を説明する。


 …ジロリ…。


 うさ耳ダディの、射抜くような鋭い目線が、男子生徒の方へと向けられる。


「…ひ…ひぃっ…!?ぼ…暴力反対ぃ!!」


 小さな女の子に対してはあれ程ガーガー喚いていた男が、ムキムキうさ耳ダディを見た途端、青い顔をして蚊が鳴くような情けない声に変わる。

 なんなんだ、コイツ。


「…申し訳ありません。娘が説明したとおり、今はお水を用意できないんです。…こちらの不手際で申し訳ありません…」


 ざわ…。

 ざわざわ…。


 予想に反してムキムキうさ耳ダディは、丁寧に腰を折り、深く頭を下げた。

 その姿を見たうさ耳少女も、耳をぴょこんと下げ、ダディと同じく頭を下げる。


「…む…?…ふっ…ふひひひ。そ…そうだろうそうだろう?自分たちの立場と至らなさが、やっと理解できたか!!」


 頭を下げた獣人親子の態度を見るや、へりくだった相手の姿にこれはイケるとでも思ったのか、再び男子生徒の態度が180度急変した。

 いや、もうこりゃ一周回って540度と言っても問題ないだろうな。


「…それとな…お前ら何か大切なこと忘れてやしないかぁ?さっきも言ったが俺はチープ子爵家の人間だぞ?俺の父上はなぁ、この小汚い食堂で調理するための穀物や野菜の類をわざわざ卸してやっているんだぞ?しかも魔法学校で一生懸命に学ぶ学生たちのためにってことで安い値段でなぁ」


「…」


「あ…」


 腰を折って頭を下げたままのうさ耳ダディは、そのまま何も言わず、動こうとしない。

 だがうさ耳少女はその事実を知ってか知らずか困惑し、父親と男子生徒を何度も交互に見ていた。


(成程…。ああいう奴の家で作られた野菜だから、あんなパサパサで美味しくないのか…。納得ー)


「あ~あ、これじゃあなんか俺がお前らを虐めてるように見えるじゃないかぁ?俺はただ水が欲しいって言っただけで、な~んにも悪いことしちゃあいないのにさ…」


 男子生徒は腕を組み、わざと大きな声でそう言いながらゆっくりと移動すると、カウンター近くに置いてあった大きなかぼちゃ、この世界ではパンプーキンという呼び名だが、それを右手に取る。


「いや~、さすがうちの畑で収穫されたパンプーキンだね、しっかりと身が詰まって美味しそうだなぁ。…うん、そうだ。俺言いことを思いついたよ。これからはこの食堂への食物の卸値を3倍に上げてもらうよう父上に手紙を書くよ!」


 ピクッ…。


 うさ耳ダディは変わらず頭を下げたままだが、その頭から生えた白い耳の片方が、ほんのわずかに動いた。


「あ…あの!ど…どうかそんなことをするのは止めていただけませんか!?これ以上お野菜の値段が上がってしまうと、私たちの食堂は…!どうか許してください!お願いです、許してください!!」


 目に一杯の涙を浮かべながら、何度も何度も頭を下げるうさ耳少女。


 カタ…。


 もはや我慢の限界に達したのか、状況を見守っていたエドガーは、鬼のような形相に変わっていた。

 既にエドガーは爆発寸前、シルヴィアやシロについても、明らかに不愉快な表情をしていた。

 …もちろん俺も。


 だが男子生徒は周りのそんな変化に気付くはずもなく、寧ろ、うさ耳少女の必死な姿に快感を覚えたように、いやらしい薄ら笑いを浮かべていた。

 この時の効果音を文字にするなら、間違いなく“にたぁ…”と表示されたはずだ。


「ヒッヒッヒ…!!こんなおんぼろ食堂がなんだってぇ…?俺様はなぁ…、こんな小汚い食堂やお前ら薄汚い獣人親子がどうなろうとさぁ、知ったこっちゃ……ねぇんだよぉ!!」


 その瞬間、男子生徒は大人の顔2つ分はあろうかという大きさのパンプーキンを、あろうことか、うさ耳少女に向かって投げつけたのだ。


 その刹那、巨大な2つの魔力が食堂に渦巻く。


 うわぁ!

 きゃあ!!


 周りで見ていた他の生徒たちから悲鳴が上がった。

 このままでは少女が大変なことになる…!

 誰もがそう思ったことだろう。

 だが。


 スパン!

 スパパパパパン!!

 ストストスト、ストトト…!


「な…なんだと…!!?」


 男子生徒の驚きと困惑に満ちた素っ頓狂な声が食堂内に響いた。


 そりゃそうだろう。

 でっかいパンプーキンを投げた彼からすれば、突然うさ耳親子の前に現れた人間が、勢いよく投げつけられたパンプーキンを瞬時に薄切りにし、両手に持っていたお皿にそれぞれ美しく盛り付けている様子がその目に飛び込んで来たのだから。


「おっとっと…?うん、なんだこのパンプーキン。こうして切ってみると、大きさの割にはえらく中身がスッカスカなんですね?…あと先輩、これは投げる物ではなく、美味しく調理してみんなで頂くものなんじゃあないでしょうか?」


 にこにこ笑いながら、軽いノリの俺の声ではあったが、水を打ったように静まり返った食堂においては、スッと染みこむように隅々まで溶けていくのであった。

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