第79話 賠償請求はご勘弁

入学式も終わり、王都魔法学校ではいよいよ本格的に授業が始まっていた。


 今俺は学校敷地内の演習場で、シロやシルヴィアとともに、魔法演習の授業を受けている真っ最中。

 本日は初めての実技ということもあり、ブルードラゴン、レッドフェニックス、シルバータイガーそしてブラックタートルの4つのクラスが合同で演習に臨んでいる。


「えー、では事前に説明したとおり、これより各自攻撃魔法を行使してもらう。攻撃魔法の種類は問わん。基本的なものでもよし、我こそはと自信のある者はより強力な攻撃魔法を行使するもよし。遠慮はいらん、全力で目標を破壊するつもりで臨むがよい」


 クラス毎に整列している俺たち新入生。

 そこで全員に指示を出したのは、主任学科長のサイモン教授だ。

 今日も凛としたローブ姿と長い杖、そこにしびれる憧れるぅ!


 一瞬サイモン教授と目が合った気がしたが、気のせいか?

 (完全に俺の勝手な妄想だが)日々頑張る、愛すべき中間管理職サイモン教授、いやサイモン係長。

 俺のキラキラした熱い視線に気付いてくれたかな!


「…あ…あちらを見よ。あれが君たちに狙ってもらう目標物だ」


 ふと長い杖が指す先、全員の視線がそこに集まる。

 俺も皆と同じくそちらを見ると、壁際に複数立てられた目標の“的”が目に入ってきた。


 的の種類は色々で、中心部が黒く塗られた白地丸型のスタンダードな的もあれば、兜や鎧が立てられて目標となっている物、他にもオークやゴブリンなどの魔獣を象った物まで様々だ。


 なお、新入生用の魔法の実施位置は、的まで約10メートル前後だと思われるが、他にも白線で区分けされた複数の実施位置があり、一番遠い所では、的まで50メートルを悠に超える場所もある。

 恐らく魔法の種類や訓練内容によって、それぞれ使い分けるように作られているのだろう。


(…しかし、破壊するつもりでって言われてもなぁ…。ホントに壊しちゃったら、もし弁償させられたりしたら怖いしなぁ…)


 パン!パン!


 その時、大きく手を叩く音が鳴り、同時に甲高い声が響いた。

 この声は、俺たちブラックタートルクラスを受け持つ担任のテティス先生のものだ。


「は〜い、ブラックタートルの皆さん!注目注目ぅ!サイモン教授の言ったとおりよ!今日は一番最初の魔法演習だから、今の自分の実力を知るためにも、全身全霊百万馬力の魔法をズドン!!思いっきりぶつけちゃうんだぞ!☆イエイ」


 テティス先生は、朝からギンギンのテンションMAXでそう叫んだ。

 朝からこのテンションでこられると、朝食でサーロインステーキと超甘いケーキを無理矢理に食べさせられているような気分になるぜぇ…。

 あ…クララ先生もあからさまに嫌な顔をしてるのみーっけ。


 だが、ふと視線を上げて先生の頭を見てみると、大きなたんこぶと、そこにバッテンの形に貼られた白い絆創膏が目に入った。

 さらによく見ると、他のクラスの担任の先生たちも、たんこぶや絆創膏を頭にちょこんと乗っけている姿が見える。


 ぷぷっ…。

 おそらく昨日の入学式の件で、上司のサイモン教授などからゴツンといかれたのだろう。

 ちょっと笑ってしまう俺。


「おーい、センセイとやら。ちとよいか?」


 その時、ふいに上がった聞き憶えのある声。


「んん?えーっと、綺麗な銀髪の可愛らしい君は、たしかレインフォード君の従者のシルヴィアちゃんだったかな?なにか先生に質問かな〜?☆」


 げげ!?

 シルヴィアの奴、何か言いだしたぞ!?

 大人しくしとけっつぅの…。

 昨日の入学式ん時も、あれだけ派手に講堂が崩壊したにもかかわらず、それに全く気付かずにシロと最後まで爆睡していた挙げ句「流石は魔導の学び舎!建物の中で寝とったと思ったが、気付いたらいつの間にやら外じゃったわ!ぐはははは!」なんてボケたこと言ってたしな…。


「我が主レインが全力で魔法を撃ち込んだら、あのような矮小な的はおろか、下手をすれば大事な学び舎までが残らず消し飛ぶぞ?そこらを考慮した適切な備えはいたしておるのか?」


 …ぷっ…ぷぷっ…。

 クスクス…フフフ。

 あはははははは。


 大真面目な顔でテティス先生にそう質問したシルヴィア。

 他の生徒や従者たちが、真面目な顔で質問したシルヴィアの姿を見て、クスクスと笑っている。


「わぁお!レインフォード君の魔法ったらそんなに凄いのか!でも大丈夫☆この王都魔法学校は、内外からのいかなる魔法にも耐えられるよう、分厚い結界で護られているんだよ!この演習場をはじめ、魔法を行使するための主要な施設にも当然強力な結界が張られているから、心配御無用なのさ!講堂には張られてなかったけどね!☆テヘ」


 テティス先生はテヘペロとばかりに舌を出し、拳をたんこぶに添える仕草をする。


 成程…。

 確かに結界の気配は感じていたが、そんなに強いものが張られていたとは。

 ならある程度は魔力を込めても問題ないのか…?

 うーむ、その辺の加減はやってみんとわからんが。


「…おい貴様、従者の躾ぐらいしっかりしておけ!結界のことすら知らずに魔法学校へ入学してくるとは笑止千万!!全く…、つまらん発言で限られた時間を無駄にするのは慎んでほしいものだな…!!」


 前に座っていたクリントンが、険しい顔つきで、俺とシルヴィアを交互に見ながらそうたしなめる。


「あ…あぁ、悪い悪い。次から気をつけるよ」


「ちっ…!」


 俺が右手を出して謝る仕草をすると、クリントンは舌打ちをしながらプイッと前を向いてしまった。


「ハイハ〜イ!じゃあ他のクラスはもう魔法を撃ち始めてるようだから、うちも早速準備しましょうね!!さぁ〜、誰からチャレンジす・る・の・か・な?☆」


 だ・れ・に・し・よ・う・か・な!とばかりに、指でみんなを指してゆくテティス先生。

 だが。


「ハイ!ハイハイハイハイ!私、私だ!!私が一番だ!!先生!私に挑戦させてくれ!!」


 さっき俺たちに悪態ついたクリントンが真っ先に勢いよく手を上げた。


 おぉ、すげぇなクリントン…。

 きっとコイツは学級委員とか生徒会長とかに進んで立候補するタイプだな。

 にししし…、こういう爆弾処理班(通称バクショリ)的な奴がいてくれると、俺たち一般人ぱんぴーは助かるぜ!


「お!いいねいいね☆やる気のある生徒は、先生大好きだよ!!ではではクリントン・アルバトロス君!!君からいってみよう!!」


「…先生…。ここでいい成績を出せば、クラス別対抗戦へも出場できる可能性がある…という認識でよいのでしょうか…?」


 笑顔のテティス先生とは対照的に、クリントンは劇画チックな真剣そのものという顔で、テティス先生に問いかけた。


(クラス別対抗戦…?なんだそりゃ…?運動会みたいな行事まであんのか、この学校は…)


「おお☆クラス別対抗戦ときたかぁ…。よく知ってるねぇ。ふっふっふっ〜…けどそれはどうだろうね?さっきも言ったとおり、まずは自分の実力の確認がこの授業の一番の目的だからね!クリントン君、まずは君の全力を先生たちに見せてちょうだいね〜☆」


「…ふんっ。いいでしょう、わかりました。存分に私の力を示すとしましょう」


 そう言って開始位置につくのかと思えば、何やら準備運動や柔軟体操などをはじめたクリントン。

 ま…魔法にそれいるんか…?


 そんな中、他のクラスでは新入生らによる様々な魔法が次々と行使されていた。


「我は命ずる…一条の風はやがて先鋭な矢尻の如く!ウインド・アロー!」


「我は云う…原初の炎は燃えるその身を収束させ居並ぶ敵を滅さん!ファイアー・ボール!」


「我は求む…円環をなす大地の恵みをもって夷狄を排せよ!ストーン・バレット!」


 ビュオオ!!

 ブオォォ!!

 ギュイン!!


 ドドドン!


 おお…!


 会場から歓声が上がる。


 長短色々な杖を持った生徒たちが放つ魔法。

 風の矢、火の玉、土の弾丸がそれぞれ杖から発射されると、魔法は的確に標的を捉えるとともに破壊するには至らないまでも、的を大きく揺らした。


(おお…!みんなで魔法を使うと、それなりに迫力あんな!…的は…壊れちゃいないか。やっぱ結界に護られた的は、ちょっとやそっとじゃあ壊れない仕様か…?)


 ふと俺がそう思ったときの出来事だった。

 他の新入生たちとは違う、些か長い魔法詠唱が俺の耳に届いた。


「我は云う…気高く燃ゆる原初の炎は永遠とこしえの輝き…さらに我が身我が魔導を糧として…我は地の底よりさらなる焦熱を顕現させん!!はああああ…!爆ぜろ!!フレイム・クラッシュ!!」


 ドドン!!

 ドドドン!!

 ドトドドドドドォーン!!


 響く轟音。

 迸る閃光。

 自分の的だけでなく、左右に設置された他クラスの目標物からも、大きな爆炎が上がった。


 ギシ…ギシイ…。


 他の生徒たちの魔法ではほとんどビクともしなかった的が、ギシギシと音を立てながら大きく揺れている。


 うおおああああ…!!


 明らかに強力な魔法を目の当たりにし、にわかに新入生たちから上がる驚嘆の声。


「す…すげぇ…!」


「あれは…火の上級攻撃魔法だ…!!」


「い…一体誰が…」


(おお、すげえな。あの強そうなやつを撃ったのは…あっ)


 爆風に揺れる紅い髪。

 その髪の色よりも一層輝いた深紅の瞳を持った爽やかな男。

 それは、寮でお向かいの部屋に住むエドガー・キングスソードこと、エドだった。


 さらにエドは他の新入生たちとは違い、杖を使うことなく、“レイピア”と呼称される細い剣を発動体として魔法を行使したらしい。


「け…剣なんかで魔法を発動できるのかよ…」


「そんなばかな…」


 口々に驚く生徒たち。

 さらに各クラスの担任の先生たちも、エドの魔法を見て感心している様子が見て取れる。


 ザッザッザッ…。


 未だ燻る炎に興奮冷めやらぬ中、満を持して実施位置に進む影が1つ。

 …正直影というには、些か以上に丸っこいのだが。

 そう。

 念入りなウォーミングアップを終え、悠然と実施位置に立ったのは、うちのクラスのクリントンだ。


 丸々と太った身体で不敵な笑みを浮かべつつ、やる気満々で立候補した彼からは、もはやある種の貫禄すら感じられる。

 また、クリントンが持つ杖は彼の背丈以上に長く、先の方には球形の青い魔石のような物が嵌め込まれており、雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。

 図らずも皆からの注目を浴びることになったクリントン。


(クラス分け検査の時はちょっとアレだったが、もしや実は凄まじい力を発揮する、本番に強いタイプなのか…?…ゴ・ク・リ…)


 ビュン!!


 目標の的へ向け、力強く杖を構えたクリントン。


「ゆくぞ!!…我は告げる…清らかな水は時として荒れ狂う濁流とならん!ウォーター・ウェーイブ!!」


 ……。

 …ちょろちょろ…ぱしゃ…。


 クリントンの杖から一瞬、軽く水道の蛇口を捻ったような水がちょろりと流れ出たかと思うと、それはすぐに止まった。


 ん…んん…?


「は…はは…ははははは…!ちょっ…ちょっと失敗したようだ…。スーハー…スーハー…。もう一度ゆくぞ!…わ…我は告げる…清らかな水は時として荒れ狂う濁流とならん!そりゃあ!ウォーター・ウェーイブ!!」


 …ちょろ…。


 今度はさっきよりも少ない水がちろちろと流れ出たのみ。

 結果として、クリントン魔法が標的へ届くことはなかった。


 …ぷっ…。

 ぷくっ…くくくっ…。

 あはははははははははは!!


 演習場の中に大きな笑い声が響き渡った。

 たくさんの新入生が、簡単な攻撃魔法をろくに使うこともできなかったクリントンを嘲笑する。


「わ…私は…私は…くそっ!くそっ!!」


 何度も魔法を行使しようとするが、もはやまともに詠唱すらできず、クリントンはやるせなさや恥ずかしさで目に一杯の涙を浮かべ、真っ赤な顔でうつむいてしまった。


 テティス先生が駆け寄り、肩に手を置いて慰めの言葉を掛けるが、クリントンは小刻みに震えるばかり。


「…ちっ…ちくそー…!!」


 ついには先生の手を振り払い、演習場から走り去ってしまった。


(…クリントン…やる気はあるみたいなのになぁ…)


 別にクリントンと仲良しこよしというわけでもないし、寧ろ押されたり怒鳴られたりで、いい印象は何一つない俺だったが、常に前向きかつ積極的な姿勢を貫くのは、なかなかできることじゃあない。

 …一体何がアイツをあそこまで駆り立てているんだろうか?


「えぇっと、クリントン君のことは他の先生にお願いしたんで、みんなは気を取り直して授業を再開しちゃいましょう☆えっと、じゃあ従者のシルヴィアちゃんからとてもとても信頼の厚いレインフォード君!ぴょいーんと魔法、撃っちゃおっか!」


「え!?…あっ、はい…!」


 突然指名された俺は一瞬慌ててしまったが、そのまま実施位置へと進んだ。


 …ヒソヒソ…ヒソヒソ…。

 …アイツ…ごにょごにょ…。


 ん?

 あれ?

 なんか俺、変な目で見られてる?


「おーいレインフォード君?君ったらうっかりボーイだね!今日は杖を忘れちゃったのかな?☆先生の杖貸してあげよっか?」


 テティス先生が、50センチ程度の自分の杖を出しながら、首を傾げつつ俺に問いかける。


「あっ、杖…ですか。僕杖は持ってないんですよ…。使ったこともなくて…」


 ざわざわ…。

 ぷぷぷっ。

 魔法使いなのに…杖がないとか…。

 彼もさっきの男の子と同じ…?

 クスクス…。


「んん☆魔法使いなのに、杖を使ったことがない??本当に?じゃあ腰に提げてるそれが、魔法の発動体?」


「いえ、先生。これは友人に頂いた大切な短剣で、御守りのような物です」


 俺はにっこり笑って答えた。

 ガラテア工房において、ガラテアやシャーレイなど、みんなと一緒に苦労して完成させたオリハルコンの短剣。

 思い出が昨日のことのように甦る。


「魔法は杖なしで大丈夫です!水の魔法を撃ちますね」


 俺は目標物に対して身体を半身にして立ち、ゆっくりと右手を上げ、的の方へとかざした。


「あまり力を入れすぎぬようにの、レイン」


『ワン!ワン!!』


 少し離れた位置からシルヴィアやシロが俺を見守ってくれている。


 なははは…。

 まさかシルヴィアに心配される日が来るとは。

 このレイン君、昨日の苦い経験を生かし、失敗することなどありませんよ!

 俺は自己防衛…つまりディフェンスには定評があるレインなんですからね〜、ふんふん♪


(軽く、かる〜く、力を抜いてっと。イメージは…う〜ん、よし!水鉄砲にしとこう!指先からちょこっと水を飛ばす程度で…と。これくらいなら的を壊して賠償請求されるようなこともないだろうし、あとは結界だかなんだかが、うまく処理してくれるよね!)


 俺はそのまま人差し指を的へ向けて親指を上げると、手を拳銃のような形にした。

 そして少し水の魔力を身体に練り込むと、それをほんの少しだけ指先に集中させた。


 キィー…ン。


 指先に集まる魔力の感覚。

 甲高い音が響く。


 へらへらと笑いながらその様子を見守る新入生たち。

 杖を持ってないような奴が、魔法なんて撃てるはずないだろう?という、ある種小馬鹿にしたような空気が満ちる演習場。


 だが、さすがは王都魔法学校の教師陣。

 テティスをはじめとする各クラスの担任はもちろん、その様子を険しい顔で見ていたサイモンも、レインの指先に収束してゆく、その異常なまでの魔力量を感じとっていた。


 目を見開いたサイモンは、震える足を辛うじて抑える。


「(ば…ばかな…。な…なんという膨大な魔力…。こ…こんなことが…)」


「ちょっ…ちょちょちょ…レイン君!?ま…ままま待っ…」


 テティス先生が、身体をのけぞらせながら何やら話しかけてきているようだが…。


 あ、そっか。

 こりゃテティス先生からの催促か。

 はいはい、わかってますよ~。

 かる~く、かる~くね。


「ほいっ」


 そして俺は、指先から水の魔法を発射した。

 ほんとに軽く発射した。

 …したんだが…。


 パンッ!


 ズッギャアーーーン!!!

 …ガラ…ガラガラガラ…パラパラ…コロン…。


「…あ…あれ…?」


 ま…的が…。

 いや、いや…その…、的というより、演習場のか…壁が…。


 俺は目の前の光景に愕然とした。

 俺が目標として狙った的は、元からそこに何も無かったかの如く消失。

 そればかりか、演習場の壁すらも粉々に吹き飛んでしまっていたのだった…。

 け…結界さん…仕事しろよ…。


 日中の学校だというのに、深夜の丑三つ時のような沈黙が訪れる。

 口を開く者は誰一人としていない。


 そんな雰囲気にいたたまれなくなった俺は…。


「…け…決壊しちゃった…。結界があったのに…ねぇ?…てへ…」


 頭をぽりぽりかきながら舌をペロリ。


『…クゥ~ン…』


 シロの悲しげな声だけが、演習場に響いたのであった。

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