第65話 そんなこと、アリますか?

 ガシャコーン!

 ガシャコーン!


「そーれ、えっさ!ほいさ!えっさ!!ほいさ!!」


 ガシャコーン!

 ガシャコーン!


「おっれたち楽しみうっまい飯!かわいこちゃんのためならえーんやコラ!まいにち楽しみうっまい酒!あの子のためならえーんやコラ!!」


 地下空間に響く威勢のいい男たちの声。

 エチゼンヤ商会から派遣された、鉄道工事に従事する多くの労働者たちのものだ。


 彼らは現在、白銀の森近くの空き地に、レインが土魔法等で建設した簡易マンションに居住しつつ、日々鉄道の敷設作業に汗を流している。


 鉄道工事については若干時間がかかるが、複数の線路を同時に敷設し、資材や人夫を行ったり来たりさせながら作業を進めている。

 また、先日レインとワッツが暴走させた乗車設備等についても、(何度も治癒を繰り返しながら)実験を重ねて改良を加え、作業員それぞれが、設置した魔石に軽く魔力を流し込むことで、ある程度適切な速度で動かせるまでになっていた。


 そして本日の作業も終盤に差し掛かり、まもなく撤収作業に当たろうかというところ。

 これはそんな折の出来事だった。


「いやー、今日もよく働いたぁ。パパッと後片付けして、早く酒場に行かねぇとなー!」


「よし、さっさと済ませちまおう。他の奴らはもう行っちまったみたいだぜ?」


 男たちは、精一杯の肉体労働後の空きっ腹を満たす肉料理と喉を潤す多量のアルコールに思いを馳せる。

 この後のことを考えると自然とテンションも高くなるが、そこはそれ。

 男たちは、後片付けと明日の作業の準備に取り掛かる。


「なぁ俺さぁ…この工事が一段落して金が貯まったらよぉ、いっつも差し入れに来てくれるあの子に告白しようと思ってんだ…」


「ん?おいおい、酒場のリーリャちゃんか?あっはっはっ!いいんじゃないか?けどお前、あの子はちと競争率が高いぞ?…こないだもお前と同じようなこと言ってた奴が見事に玉砕して、夜飯場の裏で泣いてたぜ?」


「お…俺はそいつと一緒にはなんねぇよ!?だってリーリャちゃんたらよぉ、いっつもおにぎりを渡してくれる時、俺にだけはすっげぇウィンクしてくれるんだぜ?…ありゃあ俺に惚れちまってんだよ…」


「はっはっは!わかったわかった!想像するのは自由だしな。それよかさっさと片付けして飲みに行こうぜ!酒場が満席になっちまったら、愛しのリーリャちゃんに会うこともできないぞ?」


「おっと、そりゃいけねぇや!今日もあのキンッキンに冷えたビールってやつをリーリャちゃんから出してもらわねぇとな。あんなうめえ酒が飲めなかったら、明日の作業にも響いちまうってもんよ!わはははは!」


 そんな他愛のない会話をしつつ、男たちは作業を終え、間もなく帰宅の途に着こうとした。

 …その時。


 ザッザッザッ…。


「うん?俺たちの他にまだ誰か残ってたのか?」


「馬鹿ちげぇよ、お前!ありゃきっとリーリャちゃんだ!!俺に会うためにわざわざ待っててくれたんだ!あぁ…幸せだなぁ…。俺はあのスラムで惨めなまま野垂れ死ぬとばっかり思ってたのによぉ…」


「おいおい…。リーリャちゃんなら、昼過ぎに1回みんなに差し入れ持ってきてくれた後、この地下道を出ていくのを俺はちゃんと見たぜ?…まだ酒だって一滴も飲んじゃいないんだ。間違えるはずがないぞ?」


 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。


「いいや、俺にはわかんだよ!絶対リーリャちゃんだ、そうに違ぇねぇ!!あぁ…愛し合う2人で酒場を切り盛りしていきたいってぇ俺の夢が、こうも早く叶う日が来るとはよぉ…!」


「そんな大それた夢を持ってたのかよ。けど足音はトンネルの奥から聞こえてくるぞ…?か…帰ったはずのリーリャちゃんが、なんで奥から来るんだ!?…あと、何かこれ…足音が……増えてないか…?」


 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。


「馬鹿野郎!リーリャちゃんの俺への想いが、心臓の鼓動と一緒にあの子の足音まで加速させてんだよぉ。俺はここだぜリーリャちゃん!!早く来てくれよぉ!」


「ま…待て!リーリャちゃんはムカデじゃあないんだぞ!?…マジでなんかおかしい!!は…早く帰ろうぜ!!」


 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。


 ぼんやりと光る、地下道に設置された魔石の明かり。

 それらの光が届かない、穴の奥から徐々に近づいてくる多くの足音。

 いや、もはや足音と呼ぶには相応しく無い、あたかも軍隊の行進を思わせるような、そんな音、音、音。

 そして——————。


「リ…リーリャちゃ……!?」


「……あ……あぁ……!!」


 その異形の姿を目の当たりにした男たちは言葉を失った。

 だが次の瞬間、男たちは力の限り叫ぶ。


「「アリだ——————————!!?」」


 ※※


「巨大なアリ…ですか…?」


「はい。巨大なアリです」


「またまたぁ。そんなことアリます?」


「有ります。ここ1週間で3件のアリの目撃情報が寄せられております。幸い負傷等の被害報告はございませんが、このまま放置すれば作業員の士気や作業効率にも影響が出ようかと。これは早急に調査の必要性アリ、かと思われます」


 トンネル工事も順調に進むある日の昼下がり。

 俺は、マッチョ父から新しく与えられた俺専用の執務室で、フリードから巨大アリ?の出没に関する報告を受けていた。


 執務室には、無駄にデカい机と不本意ながら座り心地が素晴らしく、眠気を誘発する椅子。

 外はうららかな陽気である。

 シロもシルヴィアもスヤスヤと俺の近くで寝息を立てているが、残念ながら俺はそうはいかないのが悲しいところ。


 父曰く、子爵の身でありながら、執務室の1つも無ければよそ様に格好がつかないということだそうだ。

 そういうのマジどうでもいいんスけどねー。


「成程…。正体不明の巨大アリが出没し、トンネル工事に支障を来たしているという件については承知しました。しかしながらフリード…。このような人身安全や領内の技術発展にかかる重要な案件は、父上の方が適任かと思われるのですが…?」


 俺は椅子に座ったまま窓の外を見ながら、フリードにそう伝える。

 だって面倒くさいから…。


「申し訳ございません…。お館様は本日、領内の小麦畑の視察兼収穫の手伝いに出ていらっしゃいます。その後は、ダムと用水路の定期点検の様子を見に行かれる予定となっておりますので…」


「はぁ…、なんですかそれは。村の視察を名目にし、体よく逃げたわけですね?…全く、父上は民の命を預かる領主としての自覚に、些か以上に欠けているのではないでしょうか…」


 俺は両手を頭の後ろで組むと、グイッと椅子にもたれかかり、いかにも面倒くさそうな案件に悪態ついた。


「いえ…。当該業務につきましては、もともとは本日坊ちゃまの担当でございましたが、先日坊ちゃまの方から、“その日は体調不良になっている気がするから…”という謎のお申し出がございましたので、お館様にお願いした次第にございます。…しかしながら、見たところ体調不良にはなっていらっしゃらないご様子。ですので、本件を坊ちゃまにご報告させていただいた次第にございます」


 むむむ…。

 しまった…俺のせいだったか。

 マッチョ父に面倒ごとを押し付けようとしたのに、逆にもっと面倒な案件を請け負う羽目になるとは。

 しかしその程度で諦める俺ではないぞ?


「そ…そう見える?ゴホッゴホッ…!最近ちょっと胸が苦しくて咳が…ゴホッゴホッ!!」


「左様ですか…承知いたしました。そういう事情であれば、本件は奥方様に包み隠さずご報告を…」


 ガシィ!


 執務室を退出しようとするフリードの肩を、力強く掴む俺。


「ちょ…ちょっと待ってくださいよフリード!!なにか勘違いしてやしませんか!?ちょっとエルフの紅茶が気管に入って咽せただけですよ!ぼ…僕はいつでも健康優良児に決まっているじゃあないですか、いやだなぁ。あは…あはははは…」


「左様でございますか。これは私としたことが申し訳ございません。それでは本日は、工事等は全て停止の上、トンネル内立ち入り禁止措置を既に講じてございます。調査方、よろしくお願いいたします」


 笑顔で丁寧にお辞儀をすると、フリードは退出していった。

 最後はウインクのおまけ付き…。


(あぁ〜…やられた〜。トンネル内の安全確保をしてから…とか言って時間稼ぎしようと思ってたのに〜)


 さすがはフリード。

 浅はかな俺の行動パターンなど全て読み切り、逃げ道を封鎖していたか。

 やれやれ、そうなればもはやこれまで。

 いっちょやるしかないな!


「おーい。シロー、シルヴィアー。ちょっと起きてくれる?調査案件ですよー?トンネル行きますよー?」


『…ワフン?』


 俺の声に耳をピクンと反応させ、すぐに起き上がって俺に身体を擦り寄せてくるシロ。


 いやん可愛い!

 モーフモフモフモフ…。

 モーフモフモフモフ…。


「スー…スー…」


「はぁ…。それに引きかえこの駄竜は…」


 シロとは対照的に、部屋の中央に設置されたソファーに寝転び、微動だにしないシルヴィア。

 昼寝というより、これはもはや熟睡の領域だ。


 そんな時、ふと窓からそよぐ風が、シルヴィアの美しい銀髪をかすかに揺する。


「うーん…」


 慣れない髪がくすぐったかったのか、無意識に髪をかき上げるシルヴィア。

 その絵になる仕草と整った横顔に、ついドキッとしてしまう。


(…ふむ。黙ってりゃ可愛いいんだけどなぁ。ははは…こいつが実はでっかいドラゴンだなんて、誰も気付かないんだろうな)


「ま、無理に起こすこともないか。よし!行こうシロ!目標は地下のアリさんマークだとさ!」


『ワン!』


 フリードからの報告によると、件のアリは成人男性より一回り大きいというものらしい。

 また、巨大アリの目撃証言は複数あるものの、攻撃されたり負傷したりといった報告例はないとのこと。

 おそらく壁を伝うアリの影が、照明の加減で大きく見えたんじゃあないだろうか。

 

 よし、さっと調査を終えて俺も昼寝でもしようっと!


 ※※


 タッタッタッタッ!


 俺はシロに跨り、トンネルの中を駆け回る。

 問題の巨大アリは全く見つけられない。


 現在地下のトンネル工事は、全長の半分程度まで行くか行かないかぐらいの場所まで進んでいるが、シロと一緒に駆け回ったおかげで、再度内部をしっかりと見て回ることができた。


 シルヴィアの強烈な威力のブレスによって掘られたトンネルは、ブレスの周りに渦巻く超高熱が、うまくトンネル内に露出する岩盤を溶かして固めてくれたおかげで、崩落することはなかった。

 定期的に危険箇所点検等のメンテナンスを行えば、問題はないだろう。


 また本格的な工事に際して所々に設けた通気口や、空気を循環させるため、照明として設置した光の魔石の横に設置した小さな風の魔石も、問題なく作動している。


「総合的に見て、現在のところ本件トンネル工事になんの問題も無し…っと!」


 俺は手元の業務日誌に、今しがたの調査結果を詳細に記載する。

 いつ、どこで、誰が、誰と、どうして、どうなった。あとはその他を備考欄に。

 この種の調査案件は、記憶に残すよりもしっかりと記録に残しておかないと、万が一なんかあった時、後々面倒だからね。

 検証もできなくなっちゃうし。


(…ふふふ、こういう日誌を付けてると、前世を思い出すなぁ。…メモメモっと)


「ふーむ、これだけ探してなんにも無いってことは、やっぱり何かの見間違いかなんかじゃあないかな。なあシロ」


 俺は日誌を記載しながらしゃがみ込み、シロの頭を撫で撫でする。


『ワフン』


「だよなぁ!お前もそう思うだろう?大方二日酔いの作業員とかが、照明の影響でできた何かの影を、でっかいアリさんと勘違いしたのさ。ゲームじゃないんだし、そんなにでかいアリの大群がいたら怖いってんだよな!あっはっはっはっ!」


 俺はそのように結論付け、両手を広げてひとしきり笑った。


「さ、帰ろっか」


 俺がシロをモフりつつ、その背に跨ろうとしたその時、ふと遠くから響く何かの音が。


 ザッザッザッ…。


 ん?

 なんだこれ。

 足音…か…?

 いやまさか…。


 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。


 あれ?

 あれあれ?

 なんかこれ増えてない?


 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。

 ザッザッザッ…。


「あ……あ……」


 サッと帰って昼寝でもしようかという俺の前に現れたもの。

 それは…。


「アリだ——————————!!」

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