第66話 アリの女王
たたかう
▶︎にげる
さくせん
ピッ、ピッ。
ズダダダダダ!
しかしまわりこまれてしまった!
(…ってなってボコボコにされる状況、前世でもよくあったけどさ…)
俺はそんなことを考えながら、自分がトンネル工事で掘ったものよりも、はるかに広く大きくそして丁寧に整えられた地下空間を見渡す。
どこからか光が漏れているのか、ぼんやりと明るいが…。
なんとそこには、アリ、アリ、アリ。
マジでなんかの冗談です?っていうぐらいの、数多くの巨大なアリ。
アリアリアリアリアリーヴェデルチ(さよならだ)!…つって決めポーズをして帰りたい。
俺は目を凝らしてアリの姿をよく見てみる。
その体は頭のてっぺんから脚の先まで全て漆黒。
また、いかにも硬そうな黒光りする表皮に覆われており、頭には2本の触覚と大きな眼が備え付けられ、あらゆるものを感知するんだぞ?って雰囲気を醸し出す。
さらに胸の部分から生えた6本の脚のうち、一番腹の部分に近い2本の脚を器用に使って立ち上がることができており、その背丈は長身のマッチョ父よりも、さらに一回りぐらいでかく見える…。
感じ的には、地球にいたクロオオアリとかをめちゃくちゃでっかくしたようなものか…。
誰だよ…目撃されたアリは普通の成人男性よりチョイ大きいぐらいです、なんて言ってたのは…。
ただでさえでかい父より、もっとでっかいじゃねえかよ!
そう。
俺とシロは、先程までいたトンネル工事現場から15分程度歩いたであろうこの場所に、多くのアリさんたちに囲まれながら、ほぼ強制的に連れてこられていた。
どうやらシルヴィアがブレスで掘り抜いた直線の穴と、さらに元々掘られていたであろう別の横穴が繋がっていて、なんとそこは巨大なアリさんたちの巣だったらしい。
もちろん俺とシロの仲良しビューティーペアは、その気になりゃあゾロゾロとお出迎えしてくれたアリさんたちをぶっ飛ばして逃走することもできただろうが、それでは問題の根本的な解決には至らない。
また、これまでも作業員たちからは、アリを見たという報告はあっても、
なのでその辺りの事情も含め、俺自身の目で確かめたいという思いもあったのだ。
(アリさんだらけの今となっちゃあ、ちょっと後悔してるけどな…)
ふと隣のシロの様子を見てみるのだが…。
(こ…この状況で寝ているだと…!?しかも暗いからいつもより寝やすいですって顔で、すやすや寝てやがる!?…根性座ってんなぁ…。俺はけっこうドキドキビクビクしてんだけど…)
アリさんたちに囲まれた状態ではあるものの、シロの寝顔を見つつ、心を落ち着けるために少々モフッていたその時、突然広大な空間に女性のものと思しき声が響いた。
『…こんにちは、人間の子よ…。私の声が聞こえますか…?』
俺はいきなり聞こえてきた声に、内心かなりビビったが、相手は人間の言葉を話しているし、加えてその声は驚く程穏やかな口調だった。
(だが肝心の声の主が見当たらないぞ…?)
俺はキョロキョロするが、どこを見ても黒いアリさんや周囲の岩盤ばかりが目に入るのみ。
アリの見分けなど全くつかんしな…。
「こ…声は大変よく聞こえてるんですけど…、お宅がどこにいるかがちょっとわからなくて…」
俺はたくさんのアリたちを見ながらそう返答した。
すると。
『うふふふ…。そうですか?私はすぐ近くにいますよ?…ほら、あなたの目の前です』
「はい…?目の…前…?」
俺は恐る恐る目の前の岩肌を見つめ、目を凝らすが…。
(げげ!?こ…これは…岩じゃあない…!?まさか…!!)
俺は意を決して、目の前の岩盤をバッと見上げる。
そこでやっと気付いたのだ。
(で…でかすぎて全くわかんなかったぜ…。こりゃあ岩でも壁でもなく…)
「女王アリさん…で、よろしいでしょうか…?」
そう、俺が気付かなかっただけで、
その体は他の黒いアリとは違い、全てが白一色で統一されていた。
頭からは数本の長い触覚と、赤黒い大きな2つの眼。
そして驚くべきはその体の大きさである。
おそらく20メートル程度はあろうかという高さもさることながら、腹部などは先端が一見して見えない程に大きく長い。
私ったら子だくさんなんですよ?と言われても納得だ。
また胸部から生えた6本の脚は、それぞれがでかい丸太のような太さでしっかりと地面に固定されており、凄まじい威圧感を醸し出していた。
『ふふふ…ようやく気付いていただけたようですね。お会いできて光栄です』
「こ…こちらこそ、です…。僕もうちの近所にこんな大家族が住んでらっしゃるなんて、全っ然知りませんでした…。あは…あはははは…」
引きつった笑いを浮かべて、頭をポリポリかく俺。
最近はシルヴィアのせいもあり、色んなことにあまり驚かなくなっていたというか、耐性がついていたように感じていたが、あらためて思うとこの森は一体なんなんだ…?
うちの近所は、この世全てのファンタジーの詰め合わせなのか…?
「ぼ…僕はレインフォード・プラウドロードと申します。みんなからは親しみを込めてレイン君なんて呼ばれてます。い…一応この付近一帯を統治するプラウドロード家の長男なんです」
まあ、考えていても仕方ない。
元々はトンネル工事にかかるアリの調査ってことで来たんだし…。
ここは1発、“お宅らうちの工事の邪魔してくれて、どないして落とし前つけてくれるんじゃい!?”って、ビシッとかましたるぜ…?
「ええっと…あの、ところで本日はどのようなご用件で僕とシロを連行…あぁいやいや、お会いしてくださったんでしょう?…もしかしてトンネル工事がちょっとうるさかったですかねぇ?…すみません、皆さんがお住まいだと分かっていれば、工事区域の周辺住民の方々として協議の場も設けられたんですが…。なにぶん地面の下には、あまり土地勘がありませんで…てへへへ」
…とは思ったものの、女王アリのあまりの迫力に若干ビビり、エチゼンヤ商会のユリに負けないぐらいの揉み手擦り手で、つい穏便な解決を図ってしまう俺。
仕方ないじゃん、ただでさえ俺は昔っから虫は苦手なんだよ!
なのにアリ多いし!無駄にでかいし!
無理無理!
怖いもんは怖い!!
『うふふふふ…。思ったとおり、面白い方ですね。あなた方からすれば、私など異形の魔獣の1匹に過ぎないでしょうに…。そんな相手に真面目な話をされるなんて…うふふふ』
女王アリは、終始穏やかな口調で、時折笑いながら会話を続けている。
他のアリたちもじっと佇立して俺たちを見ているだけだし、うちのシロなんて爆睡したまま。
…今回は話し合いで済む、か…?
『あなた方にお越しいただいた用件…という話ですが…。申し訳ありません、特にこれといった用向きはございません』
「え…?」
な…なんですと?
こっちはドナドナ的に連れてこられたのだが?
『強いて言うならば、一度あなた方と話をしてみたかった…といったところでしょうか…。』
「話…ですか?」
なんだか風向きが変わってきたぞ?
そんなことなら手紙でも出してくれりゃあ、すぐにマッチョ父をピンで派遣したのに…!
『…そうです。我々は太古の昔からこの森の地下に住みついてきましたが、これまで他の種族とまともに対話をしたことはありませんでした。…誰も彼も、我々の姿を見れば逃げるか、あるいはそうでなければ、容赦なく襲いかかってきたからです…。こちらからは誰を傷つけるつもりもありませんのに…』
「……」
『そのような境遇において、かつては他の全ての種族を恨み、憎み、そして嫌悪しました。その結果我々は一族の覇をかけ、この森に住まう生きとし生けるもの全てに戦いを仕掛けたこともございました…。結果的には……敗れてしまいましたが…』
ん?
今女王アリがチラッとシロの方を見たような気がするが…。
…まあシロも寝たままだし、気のせいか。
しかしこのアリさんたち、元武闘派かよ…。
この穏やかな雰囲気からはちょっと想像できんが…。
『…それからというもの、再び我々は森の地下でひっそりと暮らすようになりました。種族としての在り方を受け入れ、他者への憎しみを捨てて争いを放棄したのです。おかげで愛しい我が子らが非業の死を遂げる機会も減り、現在まで繁栄することができましたが…』
つらい過去を回顧していたのか、遠くを見ていた女王アリは、ふいに視線を下げ、俺の方を見た。
『そんな折、我々と同じく、地下を掘り始めたあなた方が現れたのです。はじめは我々に対する大規模な殲滅作戦かとも考えましたが、どうやらそれも違うようでした』
「いやいやいや!ぼ…僕らはみなさんと争う気なんてこれっぽっちもありませんよ?」
俺は片目をつむり、人指し指と親指のジェスチャーでアピールする。
地面の下のご近所さんは、俺にとってもマジで想定外な話だったんだよ!?
『…わかっています。あなた方が地下を掘る理由に関しては存じませんし、邪魔をするつもりもありません。…ですが、これが我々にとっては他の種族と語り合う
「最後…ですか?…えっと…それはどういう…?」
その瞬間、女王アリの眼の色が変わる。
赤黒かった眼は、一層暗く、漆黒に染まってゆく。
(まさか…やる気か…?)
俺は咄嗟に身構え、身体の中の魔力を練り込み始めたのだが。
『…ワフッ…』
「…シロ?」
さっきまで俺の横で空気を読まず爆睡していたシロが、スッと起き上がり、女王アリを見上げた。
『…もはやこれまでですね…。お別れです、レインさん。…そして
「…!」
広い地下空洞に響くそんな女王アリの声を、俺は何度も頭の中で反芻していた。
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