第64話 ご安全に! ~工事現場は安全第一~

 カツカツカツ。

 コツコツコツ。


 冷んやりと涼しい空間に響く3人の足音。

 壁に取り付けた、魔石を用いた簡易のライトが、煌々と通路を照らす。


 ここは森の外縁部から少し中に入った場所に俺が掘った地下空間だ。

 白銀の森の地下を貫くトンネルの出発地点として、ワッツとともに設計した空間を、俺が魔法を駆使して作ったものだ。


 けっこう深く地面を掘ってみたが、ここら辺の地中は割合と硬い岩盤などが多く見られるとともに、掘った場所を固い土で補強していることもあり、耐久性に関しては問題なさそうだった。

 それでも落盤などがあっては目も当てられないため、土や火の魔法を駆使し、掘っては固め掘っては固めと、かなり気を遣いながら作業を進めていたので、まだトンネル自体の工事は手付かずの状態であった。


 この日俺は、何を思ったのか地下の工事現場を見てみたいと言い出したシルヴィアと、鉄道関係事業総責任者に任命したのワッツ(というか今のところ1人しかいないので、ほぼ丸投げ)とともに、エルフたちの村へと続く予定の、地下鉄のターミナルとする場所を訪れていた。


 今のところ、地上からここまでは、仮設階段で降りてこられるようになっている。

 いずれは荷物を搬送するための設備やスロープなども整備する必要があるが、そこはそれ。

 何はともあれ、まずはエルフ村までトンネルを掘らないことにはどうしようもないからねぇ。


 そんな静寂の空間に、シルヴィアのかん高い声が響く。


「ほう!ほほう!!地面の下にかくも広き空間を作るとはのう。穴を掘って何やらそこでゴソゴソするようなことを言うておったので、なんかちょっと色々と心配しておったが、成程。要はここからエルフの子らの村まで穴を掘り、輸送などに便利な移動手段を構築するという目的じゃったのか」


「お…お気遣いどうも。まあいずれはその予定なんですけどね。ただここからエルフの村までは相当な距離がありますし、色々と気を遣いながら僕の魔法で掘っていくにしても、まだかなりの時間がかかってしまいそうなんですよ」


 俺の説明を聞きながら、シルヴィアはちょこちょこと周辺を歩き回っている。

 時折壁をコンコンと叩いてみたり匂いを嗅いでみたり。

 好奇心旺盛なドラゴンさんだこと。


 ツンツン…。


 そんな折、ワッツが肘で俺を突っつき、ヒソヒソと話し始めた。


「にしししし。おいおいレインよぉ、お前さんいつの間に結婚したんだよ。水臭ぇじゃねえか…、そんな面白ぇ…あぁいやいや、めでてぇ話があんなら、ちゃんとわしにも教えといてもらわんと困るなぁ」


 にやにやといやらしい表情を浮かべるワッツ。

 ちぃっ…コイツ。

 …絶対面白がってやがるな。


「…い、いきなり押しかけてきて、勝手に結婚するとかなんとかおっしゃってるんです…。まだ何の予定も決まっちゃいませんよ…」


「またまた謙遜しちまってよぉ。なかなかのかわい子ちゃんじゃねえか。歳もお前さんに近そうだし?わしはお似合いの夫婦だと思うがなぁ」


 腕を組んでうんうんとうなずくワッツ。

 なんで親戚のおじさんみたいな雰囲気を醸し出しちゃってんの?


「歳…ですか。いやぁ、それはどうかなぁ…。彼女は僕よりも些か年上なので…」


「ほーん。まあんなことよりよぉ、お前さんたちはよぉ…にしししし。もう夜は一緒のベッドで寝たりしてんのか?」


 そのいやらしい目をやめろ。

 目潰ししてくり抜いてやろうか…?

 思わず手をチョキの形にしてワッツの目の付近を確認する。

 これがもしあの変態黒山羊とかだったら、俺の指と黒山羊のお目目は、さぞかし素晴らしい出会いを果たしたことだろう。


「はぁ…。そんなわけないでしょう?1つ屋根の下にあの倫理の鬼のような母上がいるんですよ?連日のように年相応の清き男女交際について訓育を頂いてますしね…。今はエリーの横の空き部屋をあてがわれ、彼女はそこで寝泊まりされてますよ」


「わはははっ!そいつぁご愁傷様だったな。まあいいじゃねぇか、お貴族様なんてのはお家や世継ぎのために早ぇうちから結婚して、嫁さんの他にもお妾さんやら某さんやらをたくさん抱えるもんだろうが。何事も勉強ってこったなぁ」


 うーん、まあそういう考えもないこともないのだろうが…。

 俺の場合相手の方が…。


「なにをコソコソ話とるんじゃ?」


「「うおっ!?」」


 突然、俺とワッツの後方から話しかけてくるシルヴィア。


「い…いやいや、こりゃすまねぇ!なんつうか…ほら、お嬢ちゃんはレインとお似合いなんだから、大事にしてやんなきゃいけねぇぞっ!て言い聞かしてたとこなんだよ」


「お…おお…お似合い!ほ…本当か!?ぐははは!!うんうん、お主はドワーフの子じゃな?ようわかっておるではないか。なかなか見どころがあるぞ」


「わっはっはっはっは!そうだろうそうだろう?わしは鍛冶職人のワッツってんだ。レインとはまあ悪友ツレみてぇなもんだ。あんた、近い将来レインの奥さんになんだろ?ならわしのこともしっかり覚えといてくれよなぁ?」


 はぁ…ドラゴン相手に何言ってんだか…。

 しかしワッツの奴、シルヴィアの正体がエンシェントドラゴンだと知ったら、一体どんな顔するんだろう…。

 それはそれで面白そうだけどな…ぷぷっ。


「奥さん…。お…おお…奥さんか!!ぐふ…ぐっふっふっふ…。これまた何と甘美かつ麗しい響きよ…。さすがは我の旦那様、その友人もまた等しく真贋を見抜く素晴らしい目を持っておるようじゃな。ワッツと申したな、我はお主のことも気に入ったぞ?確かドワーフの子らは、鍛冶に使える様々な素材に目がなかったはずだのう。折を見て、我の鱗の1枚でもくれてやろうぞ」


「…?あ、ああ…そいつはあんがとよ?」


 両手を腰に当てがい、胸を張ってワッツを褒めたたえるシルヴィア。

 よく分かっていないワッツは、頭に?マークを浮かべている。


「…してレインよ。我も色々と観察していたのじゃが、要はあそこから真っ直ぐに穴を掘る予定なんじゃろう?せっかくだから我もお主の作業を手伝いたいんじゃが」


 またぞろシルヴィアは、目を爛々と輝かせて俺の方に目を向けつつ、トンネル掘削予定の箇所を指した。


「いや、お気持ちはありがたいんですが、これでもけっこう慎重に作業を進めているんですよ?掘ったそばから岩盤が崩れてしまいましたじゃあ意味がないのでね。お気持ちだけで十分ですよ」


 俺は丁重にお断りしたのだが。


「嫌じゃ嫌じゃ、レインよ!我は”奥さん”なんじゃぞ?旦那様の手伝いがしたいのじゃ!」


 両手をぶん回してぎゃあぎゃあと叫び出したシルヴィア。


 あぁ~…またわがまま言い出したよ…。

 まあ確かにこないだのローグカウやプープーチキンに関しては助かったけど…。

 この作業はえいやあ!の力技だけじゃあなぁ…。


「先日の食肉対象の魔獣に関しては本当にありがたいと思っています。お陰で近いうちに、我が領の食糧事情はまた劇的に変わることでしょう。ただこの掘削作業は本当に慎重を期していてですねぇ…。ほら、せっかくのシルヴィアの服も汚れてしまいますし、ね?」


「ちょっとだけ、ちょっとだけじゃからぁ。我は奥さんなんじゃあ!奥さんは旦那様の役に立ちたいんじゃあ!!役に立ちたいんじゃあ!!」


「…出たよ…」


 俺はため息をつき、首を左右に振ってうなだれた。

 先日と同じく、冷たい地面をゴロゴロと転げ回るわがまま駄竜。

 服が汚れないようにというせっかくの俺の言い訳が、速攻でご破算だ。


(ちっ…ワッツも奥さんとかなんとかわけのわからん単語をよくも吹き込んでくれたもんだぜ…)


 俺はジロリとワッツを見るが、当人は俺の苦悩なんてどこ吹く風。

 にやにやしながらオリハルコン製のキセルで紫煙をくゆらせている。


「ああもう!はいはい、わかった、わかりましたよ!…じゃあちょっとだけお手伝いをお願いします。その赤い印を付けた場所から真っすぐ掘って行く予定ですので、ちょっとだけお手伝いしてくださいますかね?」


「ひゃっほう!そうこなくてはの!我頑張っちゃうもんねー!」


 ほぼ投げやりになった俺が掘削の許可を出すと、喜び勇んでガッツポーズをし、腕まくりをはじめるシルヴィア。

 そんなに嬉しかったんか。


 トコトコトコ…。


 そのままゆっくりと掘削ポイントに近づいていくシルヴィア。


「おいおい、レイン。あの嬢ちゃん、一体何しようってんだ?まさか本気で穴掘りしますって腹づもりかよぉ?さっさと止めてやれよ、せっかくの服が無駄に汚れちまうぜ?」


 そんなワッツの言葉を横目に聞き流しながら、俺はシルヴィアの方を見る。


(確かにどうやって掘るつもりなんだ?身体がちっちゃいといえども、力とかは竜の時と変わらんみたいだし、もしかして素手でガンガン掘り進んでいくとか?…それはそれでけっこう助かっちゃうかも?)


「えっと…ここから真っすぐじゃの?多分ここからの距離は……ぐらいで……大きさと深さは……」


 何やらブツブツと呟いているシルヴィア。

 どうした?

 ガツンと一発、パンチかますんじゃあないのか?


「よし。こんなもんじゃな。ではゆくぞ?」


 シルヴィアは、愛らしいピンク色をした、可愛らしいおちょぼ口をスッと開く。


 ————その時。

 シルヴィアの方から急速に収束される、凄まじい魔力の波動を感じた。


「ちょ…!?こ…これは…!!?」


 膨大なエネルギーの奔流がシルヴィアの口元に集中してゆく。

 淡く光る真円と、その中に描かれた緻密かつ美しくさえある幾何学模様が幾重にも顕現する。


「ブ…ブブブ…ブレスだとぉ!!?バ…バカ…バカバカバカ!こんな所でいきなり…!!」


 俺はそう叫ぶと、状況が飲み込めずにポカンと口を開けたままのワッツの襟首を思い切り掴み、そのまま一緒に地面に倒れ伏した。


 次の瞬間。

 シルヴィアから放たれた凄まじい光が、暗い地下空間を真っ白に照らす。

 そして。


 ズッドオ————————ン!!!


 轟音が耳をつんざく。

 激しい衝撃波に、地下全体が揺れる。

 まるで地震だぞ、こりゃ…!


「くああぁぁ…!!」


「な…なんじゃこりゃああ…!!?」


 シルヴィアの突然のブレスによる衝撃に、吹き飛ばされないよう必死に耐える俺とワッツ。


 ズゴゴゴゴ………。

 パラ…パラパラ…。


 揺れが収まり、再び静寂を取り戻す地下空間。

 舞い上がった埃や土煙も晴れてゆく。

 どうやら俺たちは生きているらしい…。


 ちょんちょん。


 ふと肩に感じる優しく温かな指の感触。


「ぐっふっふっふ。ほらほら旦那様よ、終わったぞ?よしよしと褒めてくれてよいのだぞ?」


 地面で頭を抱えたまま伏せていた俺とワッツに、シルヴィアが嬉しそうに声を掛けてくる。

 俺は飛び起きて掘削予定の場所へ駆け寄った。

 駆け寄ったのだが…。


「は…ははは…。こ…これは…」


 顔を引きつらせる俺。

 なぜならそこには、どこまで広がっているのか全くわからない、凄まじい長さと大きさの横穴が、ぽっかりと口を開けていたのだから…。


(エ…エルフの村…、大丈夫だよねぇ…?)


 ニコニコ笑っているシルヴィアとは対照的に、ワッツは何が起こったのか全く理解できず、真っ青な顔で地面に顎が着きそうなぐらい口を開けていた。

 は…ははははは…。

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