第60話 出会いはいつも突然に
「あちゃー…こりゃひどいな…」
領内のとある場所。
先日みんなで一生懸命作った小屋や柵が、至る所でバラバラに壊されている。
敷地内で飼っていた…いや、飼おうとしていた生き物たちは、きれいさっぱりいなくなってしまった。
きっとここから飛び出し、元居た場所へと帰ってしまったのだろう。
「はぁ…。今回もだめだったか…」
「も…申し訳ございません、レインフォード様。我々が不甲斐ないばかりに…!くっ…あの時スラムというドン底から救ってもらった恩をまだ何も返せていないというのに…」
男はプルプルと震えながら身体の横で両の拳を握りしめ、唇を噛んで悔しそうにうつむいた。
ここはプラウドロード領郊外に作った牧草地。
村からかなり離れた場所ではあるが、俺はここに動物の餌になるような短い草などをたくさん植え、とある生き物たちを飼育しようと何度も試行錯誤を繰り返していた。
だが現在のところ、その全てがことごとく失敗し、徒労に終わっている…。
がっくりと肩を落とす俺の目の前には、かつて王都のスラムで暮らしていた男たちが数人。
その中でも、さっき俺と話をしていたトニーという男。
かつて大きな牧場を経営していたが、資金繰りの悪化から借金奴隷となってしまい、奴隷の身で各地を転々としながら、最終的にスラムに流れ着いたとのこと。
俺はこのトニーという男をリーダーとし、少しでも畜産経験がある者をユリに頼んでうちの領地に労働者として派遣してもらっていたのだ。
「いえいえ、トニー。これはあなた方のせいじゃあありません。…やはり
大きくため息をつく俺に、申し訳なさそうにしているトニーたち畜産担当者の面々。
「すみませんレインフォード様…。…我々も牛や鶏を家畜として育てた経験はあるのですが、魔獣であるローグカウやプープーチキンの飼育はまるで経験がなく…。住む場所や高いお給料まで頂いているというのに結果が伴わず…本当に申し訳ございません…」
「いえいえ、精一杯働いてくださるみなさんへの相応の待遇は当然のことです。こちらこそすみません、余計な気を遣わせて…」
でもこう上手くいかないと、やっぱ誰でもしょんぼりしちゃうよねぇ…?
とほほ…。
※※
シロに跨り、トボトボと家路を歩く。
俺は今領内において新たに計画した牧畜について悩んでいた。
ただ俺がぶち上げたのは、そんじょそこらの当たり前の畜産業ではなく、”魔獣を使っておいしいお肉や卵を食べちゃおう計画”なのだ。
この世界では、前世と同じように牛や豚を食べるのは当然のことながら、オークをはじめ、いわゆる魔獣を食べることについてもごく一般的な事柄として広く受け入れられている。
ただ魔獣の肉や卵は、一般的な動物に比べてかなり手に入りにくい部類のものとなっていることから、魔獣の中でも比較的野生動物に近いローグカウやプープーチキンなどは、なんとか人の手で飼い慣らすことができないかと考えたのだが…。
彼らはうちの領内の村からかなり離れた、まだ開拓の手が及んでいない荒地などに多く生息しているのだが、狩りをするのはなかなかに骨が折れる。
ローグカウは最大で全長7~8メートルの大きさにまで成長する牛の魔獣で、その力は非常に強く気性も荒い。
その肉や皮を目当てに狩りに来る冒険者たちを返り討ちにしてしまうということも、よく聞く話である。
しかし逆にその肉は、極上の脂身と舌の上でとろけるような柔らかさにおいて他に並ぶものはなく、あまり市場に出回らないことも相まって、なかなか希少価値が高いのだ。
プープーチキンも同じ。
通常の鶏と比べて二回り以上も大きいそれは、自分に近づいてくる対象を敵とみなすや、プクーッと膨れて、凄まじい大きさの声で”プーッ”鳴くことから、そのような名前で呼ばれている。
だが可愛い名前の鳥さんだと侮ることなかれ。
そのあまりに大きな鳴き声は、たとえ耳を塞いでいても無駄。
まともにその音の攻撃を喰らえば、しばらく耳は使い物にならなくなるし、当然平衡感覚をも奪われ、下手をすれば脳震盪を起こして昏倒してしまうのだ。
…だが例にもれず、その肉はキュッと引き締まっていて子供から大人まで誰でも食べやすく、栄養価もとても高い。
そして何よりプープーチキンの卵は、まろやかな旨みと絶妙なコクから、”黄金の卵”と呼ばれる程の幻の逸品なのだ。
これらいわゆる高級食材のほとんどは、先に少し触れた”冒険者”と呼ばれる人たちが、冒険者ギルドで依頼を受けて狩りを行い、その肉や毛皮を納品することで市場に出回るのが一般的な流通経路だ。
だがローグカウやプープーチキンを目的とする狩りはかなりの危険を伴うし、その対価として得られる報酬についても、剣や盾をはじめとする装備品の整備やポーション等の回復アイテムの購入、その他交通費等の必要経費を差し引くと、そこまで儲かるものではないらしい。
となれば冒険者たちは、比較的王都に近い場所に点在するダンジョンと呼ばれる迷宮に潜り、その中で得られる魔石や宝石、レアな装備品などを狙う機会が必然的に多くなる。
その結果、たとえ需要が多くとも、前記のような食材が市場に出回る機会はほとんどなく、なかなか食卓に上がってこないという悲しい現実へと帰結してしまうのだ。
まあ長々と話をしてきたが、俺は今回正直なところ、自分の住むプラウドロード領において、もっと美味しい肉や卵を堪能したい!というかなり個人的な思いで動いている。
うちの領の食糧事情については、以前に比べるとかなり改善することができたと自負してはいるものの、どうしても野菜や穀物が中心の、健康にはいいが些か肉っ気のない食生活になってしまう。
いいところ、森でハントできるフォレストバードやフォレストラビットなどの肉が中心だ。
…しかしもはやそれでは物足りない!!
先般王都で食べたオークの串焼きやライアン公爵の快気祝いの席で出された高級牛肉など、やはり美味い肉はいい…。
それだけで元気が出る気がする。
もちろん領民たちは当然ながら、我が家のアイドルで絶賛育ち盛り食べ盛りのエリーにも、美味い肉をいっぱい食べさせてやりたいんだ、俺は。
「やはり木製の柵などでは耐久性に欠けるか…。けどこないだ俺が魔法で作った丈夫なレンガだと、そこから脱出しようとした魔獣たちが、体当たりしたり頭をぶつけたりして全滅しちゃったんだよなぁ…。どうしたもんか…」
そんな風に、なかなかうまくいかない魔獣牧畜のことばかり考えているうち、今日もいつの間にやら自宅に到着してしまった。
そんな折の出来事。
「あっ、坊ちゃま。お帰りなさいませ、お待ちしておりました。今日は坊ちゃまに女性のお客様がお見えになっております」
「女性のお客様…ですか?そのような予定は聞いておりませんでしたが…」
(んん?…もしかしてまた例のアレか…?)
実はここ最近、俺に対する”お見合い話”が数多く持ち込まれてくることに、すごく困っている。
父曰く、10歳の若さで爵位を得てしまった、はたから見ると一見将来有望な俺(実際は超怠け者)と、自分の娘とをなんとか結婚させようと躍起になる貴族の方々が後を絶たないらしい。
俺と結婚した程度で、王国内で有利な立場になるとは到底思えんが、それ以上に、政略結婚の道具として利用される娘さんたちを見ていると、なんともいたたまれない気持ちになってしまう。
そんな中でも、分厚いお手紙とともに娘さんの肖像画などを送ってくるお家はまだマシ。
だが中には一定数のちょっとアレな人たちもいて、全く事前連絡も何もなしに、我が家に凸してくる方々がいらっしゃるのが悲しい現実。
そしてその都度、父や母が気を遣いながら丁重にお断りしてお帰りいただく…という事態になってしまうのだ。
(なんで突撃された方が気を遣わなけりゃいけないんだよ!王様も余計なことしてくれたんだから、なんか打開策を考えてほしいよな!ぷんぷん!)
「はぁ…またもやどこぞの貴族の方々ですか?…いい加減勘弁してほしいです…。僕なんかと大事な娘さんを結婚させたって、何がどうこうなるものでもないでしょうに…」
食肉産業の試みがうまくいかない上、これまた望んでもいないお見合いという厄介事のダブルパンチに、俺は心底落胆しながらシロから降りる。
まじでシロに爵位を譲れないかな。
すごいでしょ?超出世頭のワンワンなんですよ!とか言ってさ。
シロ、結婚おめでとう!
これで俺はお役御免だね、めでたしめでたし!
俺はシロの頭をモフりながらそんな益体の無い妄想に耽っていたが…。
『…グルルル…』
その時、シロが自宅の方を見ながら低い唸り声を上げた。
あれ!?
もしかして面倒なこと押し付けようとしたから怒ってる!?
ごめん、ごめんよシロ…冗談だよ?
よしよしMOFUMOFU…。
『……』
「しかし帰宅時とはまたタイミングの悪い…。これじゃあ居留守も使えやしませんよ…」
「いえ、坊ちゃま…。本日のお客様はここ最近のような貴族の方ではない…と思うのですが…。どういうわけかその…どうやら坊ちゃまと面識があるらしいのです…。ただその…なんと言えばよろしいやら…」
なんだか言いにくそうに口籠もるフリード。
いつもテキパキとしたフリードが、こんな煮え切らない態度を取るのは珍しい。
俺はシロやフリードと一緒に玄関を抜け、応接間へと歩みを進める。
(けど…俺が知ってる人…知ってる人?誰だろう?)
「僕はほとんど女性に知り合いなんていませんが…。知っている女性と言えば、お金のためならたとえ火の中水の中、悪魔上等商売繁盛というゴリゴリの守銭奴や、恋人と愛を語らう機会に勘違いし、炎の拳で語り合っちゃいそうな脳筋暴力装置ぐらいしかいませんけどねぇ…?あ…、あと年配のエルフたちもいたか…」
…あれ、あれれ…?
俺ってもしかして、エリー以外に普通の女性の知り合い全然いなくない…?
これちょっとやばくない…?
「坊ちゃま…。なんともおいたわしい…」
そっとポケットからハンカチを取り出し、涙を拭うフリードであった…。
※※
「失礼いたします。レインフォードただいま戻りました」
フリードに促され、俺は応接間に入室した。
「おお、戻ったか、レイン」
「あっ、おにたま!おかえりなさい!」
中にはマッチョ父とゆるふわ母、そしてなぜかエリーまでもが来客用ソファーに座っている。
そして。
チラリ。
俺は、来客として父たちの向かいのソファーに座っている人影を横目で確認する。
そこには確かに1人の女の子が座っていた。
だが、チラッと見るだけのつもりだった俺は、いつの間にかその女の子から目を離せなくなっていた自分に気付く。
(ちょっ…か…可愛い…!)
その少女は、どんなに美しい言葉での形容も、全て陳腐に思えるくらい、ただただ美しかった。
(けどマジで…どちらさんなんですか…!?)
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