第61話 若気の至り!?

 そう。

 そこに座っていたのは1人のだった。


 歳の頃は俺と同じか少し上ぐらい。

 透き通るような白い肌と腰までフワリと流した艶のある髪は、俺や母と同じ、…いや寧ろそれとは比べ物にならないくらいに美しい銀色だ。

 そして整った美しい顔立ちと、何より特徴的なのは、見るだけで吸い込まれそうな金色の大きな瞳だった。


「おおっ。久しいのう、レイン」


 脚を組んで優雅にソファーに腰掛けながら、女の子は静かに口を開いた。

 軽~く片手を上げ、挨拶などしながら。

 そしてその顔はにっこりと笑っている。


「え!?えっと…。ど…どちら様でしたでしょうか?なははは…」


 そんな女の子に、ついドギマギしながら会釈する俺。

 我ながら情けない。


(おいおい…俺って中身おっさんだぜ?こんな小さな子にドキドキしてどうすんだよ…。はっ!?俺って実はロリコンだったのか…?いや、ないない、そんなことはない、ないぞ!!)


「うむぅ…?知り合いではないのか?まあいい、こちらへ座りなさいレイン」


 マッチョ父が俺と女の子を交互に見ながら手招きする。


「村では見かけない子ですしねぇ…?もしやレインったら、王都で何やらよからぬことを…。もしそうならば母は…。この母は…」


 ゆるふわ母はオロオロしながら眉をひそめる。


「ないない!ないですから!!…し…失礼しまーす…」


『……』


 俺はおそるおそる父の隣に座り、女の子と向き合う形となった。

 また、一緒に応接間に入ってきたシロは、いつもゴロゴロする定位置には向かわず、なぜか俺のすぐ横に落ち着いた。

 どうもさっきからシロの様子がおかしいような気がするが…。

 怠け者の俺に怒っていたんじゃあないのか?


 そこで俺は、改めて女の子をじっくり見てみる。

 だがさっきと同じで、全くどこの誰だかわからないし、これまでに会った記憶もない。

 

 少し遅れてフリードが俺の分の紅茶を運んでくれたのだが、誰も口を開こうとしない。

 だが目の前の女の子だけは、金色の大きな目をキラキラさせながら、なぜか俺のことをじっと見ていた。

 

(そ…そんなに見ないでほしいんだけど…)


 そのような変な雰囲気に耐えられなくなったのか、父が口火を切った。


「ゴホンッ。すまない…。年齢も近しいし、レインの知り合いだと伺ったので家に入ってもらったが、肝心のレインはこのように君を知らないと言っているんだが…。…もう一度聞くが、一体君はどこの子かな?村では見かけない顔だね?お父上やお母上はどちらにいるのかな?」


 父は精一杯の作り笑顔で、子供を諭すように接している。

 反対に女の子はキョトンとした表情を浮かべる。


「…うん?上手く伝わっておらなんだか?ふふふ…人間との意思疎通というものはなかなかに難しいのう。…なればこそ興味深くもあるのだがな」


 女の子は見た目とは裏腹の、妙に大人びた口調で父にそう返した。

 そういうごっこ遊びが流行っているのだろうか。

 …しかしこの口振り…、どっかで聞いたような…?


 カチャ。


 俺はフリードが淹れてくれた紅茶に手を伸ばした。


「我はレインの婚約者じゃ」


「ブゥーーー!!」


 俺は突拍子もない女の子の言葉に、飲みかけの紅茶を盛大に吹き出してしまった。


「こっ…こっ…婚約者ってなんですか!?一体なんの話ですか!!?」


 俺は狼狽しながらテーブルに飛び散った紅茶を持っていたハンカチでふきふきする。

 すぐにフリードが飛んできて手伝ってくれた。


「おにたま、汚いですよ?」


 グサッ!

 御指摘ごもっともでございます。

 けどいきなりそんなこと言われたら吹き出しもするよね!?


「ぐっふっふっふっふ。そんなに照れんでもよかろう?我とお主との仲ではないか」


 女の子は腕を組みながら上目遣いでニヤニヤしている。

 なんだそのディ〇ニー映画の女性キャラみたいなくどい顔は。


「どんな仲ですか。…申し訳ありませんが、知らない女性に突然来訪された上、いきなり婚約者などと根も葉もないことを言われても困ります…。今日のところはお引き取り願えないでしょうか?」


「おいおい、つれないことを言うでない。我とお主のあの熱い夜のを忘れたとは言わせぬぞ?」


「ま…まぐ!?」


 は…はあ…!!?


「攻めては受け、攻めては受け、上からかと思えば突然下から突き上げるなどの激しいやりとり…。この世に生を受けて幾星霜…。互いに精魂尽き果てるまで、極限を超えて求め合ったあの濃密な時間…。我は本当に初めての体験であったのだぞ?…無論、些かの痛みを感じることもあったが、その実、なんと心地よいものであったことか…」


 女の子はうつむきながら、顔を赤らめつつ、とんでもないことを言い出した。


「ちょ…ええええ…!?」


 俺は驚きのあまり声が裏返り、奇声を発してしまう。


「な…何だと…?レイン…。…お前…まさか…この娘さんと…?」


 マッチョ父が、額から吹き出した汗を拭いながら、真っ青な顔で俺を見ている。

 

 違う!違うから!!

 俺なんにもしてないんだから!!

 …というか、知らない女の子だから!!


「そして訪れた事の終幕よ…。もはや声を上げることも…いや、指1本動かすことすらままならなかった我の中に…レイン…、お主の白く輝くモノを多量に注ぎ込まれた際の筆舌に尽くしがたいあの絶頂と言うたら…。天にも昇るとはまさにあれよ…。我が身にしかと刻み込まれたお主の全て、我は生涯忘れることはできぬであろう…。あのような凄絶な体験をさせられてしまえば、この身も心も、もはやお主なしでは生きていくことは叶わぬ…」


 女の子は両手で顔を覆って首を振りながら、さらにぶっ飛んだことを言い出してしまった。


「……!!?」


 な…!

 なに言っとんじゃあコイツは!?

 お…俺がいつそんなことを———————


「は…!!?」


 俺は自分が夢でも見ているんじゃあないか?と思う程、ゆっくり、ゆっくりと視線を動かす。

 どこにだって…?

 そりゃもちろん、マッチョ父の向こうで背筋を伸ばして姿勢よく座る1人の女性に…。


(げぇ!?)


 ゴゴゴゴゴゴゴ…!!


 という効果音が聞こえてきそうなほど、ゆるふわ母は俺の方を凝視している。

 

 …いや…これはもはやゆるふわ母ではなく、この世全ての恐怖を凝縮した、大魔王とでも呼ぶべきモノではなかろうか…。

 表情こそにこやかではあるものの、その目は悪魔も裸足で逃げ出すような、恐ろしい殺気に満ち満ちている…。

 俺も今すぐ全力で逃げ出したい。


「?」


 状況が飲み込めていないのか、いつもどおりにこにこ笑っているエリーの姿が、逆に恐怖と緊張感を際立たせる。


「フ…フリード?お…お客様の紅茶にさっきのレインの飛沫が飛んでしまったようだ。あ…新しいものを淹れてくれないか…?ほらカップはけっこう重いだろう?わ…私が持っていこうじゃないか」


 危険を察知したマッチョ父が、巻き込まれることを恐れ、訳の分からないことを言いながらそそくさと席を立つ。

 

 む…息子の危機に逃走するなんて、なんて父親だ…!

 その筋肉は飾りか!?

 こないだ王都では俺を護るとかなんとか言っていたくせに!?


「レイン…」


 大魔王と化した母が、小さく声を発した。

 だが小さな声とは対照的に、かつて感じたことがないほどの強大な魔力が母の右手に集中していく…。

 ひっ…ひええええ…!!


「ち…違うんです母上…。俺…じゃなくて…ぼ…僕はなんにもしてませんし…というかそもそも…一体なんのことだか…」


「あらあらまあまあ…レイン?あなたという子は、この期に及んでまだ言い訳をするというのかしら…?些か早熟なきらいがあるとは思っていたけれど、今回ばかりは…ねぇ…?さあ、参りましょう、この母とともに。さあ、さあ…」


「ど…どど…どこに参りますのですかぁ!?…そこに参ってしまうと、大きな大きな河を渡って二度とこちらに帰って来られないのでは…!?」


 凄まじい力で俺の右手を掴む大魔王母。

 振りほどこうにも、凄まじく強化された母の手は微動だにしない(涙)


(先に逃走した)父が、そこへたまらず割って入る。


「うっ…!ま…待て、待つんだミリア!!小さいとはいえレインも立派な貴族の長男!!プラウドロード家の繁栄を願うあまり、若気の至りとして多少の間違いを起こすこともあろう…!全責任は…あぁ、いや…三分の一…いやいや四分の一くらいの責任は私が…ゴニョゴニョ…」


 四分の一かよ!?

 なんでそこで声がちっちゃくなるんだよ!?

 そもそも間違いなんて起こしてないよ!!


「お待ちください奥様…!お恥ずかしい話、このフリードにおきましても、かような失敗談がございます…!こ…今回ばかりは、ご子息のご子息が少々荒ぶってしまわれただけかと…!」


 フ…フリード!?

 こんな時まで気を遣って変な言い回しすんなや!

 逆におかしいだろうが…!!

 というか荒ぶってねぇわ!!


 もはや応接間は、異空間とでも呼ぶべきカオス状態。


 顔を両手で覆って、いつまでもいやんいやんする、そもそも誰だかわからない女の子。

 事実無根であるにもかかわらず、若気の至りだの、荒ぶるご子息のご子息だのと意味の分からないことを言われ、どんどん追い詰められていく俺。

 俺を助けるつもりが、逆に崖っぷちに追い込んでゆく頼りにならない父とフリード。

 そしてひたすら「さあ参りましょう…さあ参りましょう…」とつぶやきながら、俺をどこかへ連れて行こうとする母。

 なぜか知らない女の子を延々と見つめているシロ。


 もはや誰かが犠牲になるしかないのでは…とも思えるようなこの状況を一変させたのは、他ならぬ我が麗しの妹。

 そう、エリーのただ一言だった。


「ねぇねぇ、エリーとも一緒に遊んでくれませんか??」


「「「「え…?」」」」


 時間が止まる。

 一瞬にしてその場にいた全員が、凍り付いたかのように動きを止め、エリーから”竜のおねたま”と呼ばれた女の子に視線を注ぐ。


「ん…?あれ??我言うておらんかったっけ?レイン我じゃ。白銀の森でお主と愛し合った闘った古代竜エンシェントドラゴンじゃ」


「んな…」


 なんだってぇ———————!!?

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