第59話 レインとワッツの楽しい実験 ~失敗は成功の母~

「ふわぁ~…。いやぁ、今日もいい天気だなぁ」


 チュンチュン、チチチ。


 自宅から村の方へ向かう並木道。

 やわらかな風が吹き、静かに揺れる木々の隙間から木漏れ日が差す。

 朝の挨拶のような鳥たちのさえずりを一身に浴びながら、俺は爽やかな朝を散歩中だ。


 先日俺たちは、道中さしたる事案もなく、マッチョ父たちとともに、無事に王都から自宅に帰ってきた。


 王都に行っていた間、エリーにはずいぶんと寂しい思いをさせてしまったので、昨日は花壇の手入れから森の実験畑の視察、領内の村への散策やワッツへの冷やかしなどなど、エリーと一緒にとても楽しい1日を過ごすことができた。


「おにたまがお家にいてくれるので、エリーはとても嬉しいのです」だって!

 

 うんうん。

 おにたま若いうちに頑張ってお金を稼いで、あとはず~っとごろごろしながらお家にいるからね!


 …けどそう言えば、村への道すがらエリーから「おにたま意地悪な山羊さんや、緑色の悪い人をメッしたんですね。でもあんまり危ないことをしたら、エリーがおにたまをメッですよ?」なんて笑顔で言われたんだよな…?

 これって悪魔たちをぶっ飛ばした時の話だよな?

 何で知ってたんだろう?

 

 あっ…もしやマッチョ父か?

 エリーにしょうもないことを吹き込んだのは。

 教育に悪いから、そういう話をいちいちエリーに語り聞かせるのは、ちょっといただけんなぁ。


 …まあいいや、そこはそれ。

 細かいことは気にせず、今日も出かけるとしよう。


「行こうぜシロ!」


『ワンワン!』


 俺はシロに飛び乗り、一気に村の方へと駆け出した。


 ※※


 ドンドンドン!


 勢いよく、大きな木製の扉をノックする。

 その家の周りには木材や鉄鉱石、鍛治仕事に使うであろう道具など様々な物が雑然と置かれている。


 まったく…工房の中以外整理整頓できない病か?


「ごめんくださーい!ワッツ、いますかー?入りますよー?お邪魔しまーす」


 ガチャ!


 俺は特に返事を待つことなく、勝手にワッツ宅に侵入…おっと、お邪魔した。

 シロはいつもの定位置で日向ぼっこを始める。


「やあワッツ!おはようございます!今日もいいお天気ですね!」


 俺はフレッシュな笑顔で、屋内でどっしりと椅子に腰掛けるワッツに声をかけた。


「ふぅー…。おいおい、お前さんよぉ。わしまだ家のドア開けとらんし、というより返事すらしとらんのだがなあ」


 室内には、美味しそうに煙を吐き出す、ちょっと呆れ顔をしたワッツの姿があった。

 もちろんその右手には、歪ながらも白銀に輝く1本のキセルが。


「ふふふ…些か恥ずかしいですが、使ってくれてるんですね。それ」


 俺はワッツの右手を見ながら言った。


「そりゃあよ、オリハルコンなんてとんでも金属でできた希少品とあっちゃあ、使わない手はねえさ」


「ん~?それだけですか?」


 チラチラ…。

 ニヤニヤ…。


「ん…?…まあ…あと、あのガラテアの強情っ張りもおんなじもん使ってるってんなら、まあ…使ってやってもいいかなと…ゴニョゴニョ…」


 ワッツはモジモジと照れ臭そうに言葉を濁した。

 いやいや、いいおっさんがモジモジしても全然可愛くないから。


「も~、素直じゃないんですから~」


 俺はニヤつきながら、下から覗き込むようにワッツを見た。

 赤くなったワッツは意外にかわい…くないや、やっぱり。


「こら、やめねえか!それよりもレインよぉ。もし次にオリハルコンなんてもん見つけたら、必ずわしに言えよ!?ぜってえガラテアに負けねえ剣を打つんだからな!!いいな、約束だぞ!!」


 ぷぷぷ。

 これ以上からかうと拗ねちゃいそうだから、ここまでにしとくか。

 もあるしな。


「はいはい、わかりましたよ。ところでワッツ。お願いしていた例のブツはできてますか?」


「ふん!ったりめえよ!とっくの昔にできてるぜ。ちょいとでかいんでな、家の裏に置いてあらあな」


「わぁ!ありがとうございます!!早速拝見いたします!」


 そう言って俺は再び外へ飛び出した。


(この計画が形になれば、ようやっとエルたちと本格的かつ大規模な取引ができるぞ!そのために王都に職人さんたちをスカウトしに行ったようなもんだしな。…色々面倒ごとに巻き込まれはしたが…)


 俺は音が聞こえちゃうか?と思う程の胸の高鳴りを抑えつつ、ワッツ宅の裏手に回る。


「おぉ…!こ…これは…!!」


「一応こんな感じでよかったか?お前さんから聞いた話だと、こういう形だったと思うんだが」


 紫煙をくゆらせながら、遅れてワッツもやってきた。


「十分です!めちゃいい感じです!さすがワッツ!僕の考えを最も理解してくれる素晴らしい職人さんですね!いよっ、この世の技術の最先端!誰もがそこにしびれる、憧れるぅ!」


「がっはっは!そんなに褒めてもなんも出ねえぞ?…それとあとは、この長え2本の鉄を平行に置いてと!んでもってその上にこれを置くんだな…っと!」


 ドスン…!

 ガッシャン…!!


 太い鋼鉄が2本、勢いよく地面に並べられた。

 それを平行に置いてしっかりと固定し、その上にを設置する。


 そう。

 俺がワッツにお願いしていた物。

 それはだったのだ。


 長い長方形の木箱を少しずつ鉄骨で補強したような土台に鉄製の車輪を4つ。

 本体の真ん中付近に簡易的な座席を設置するとともに、その後方にも若干のスペース。

 もちろんこれはプロトタイプなので本物の列車に比べればかなり小さく、5メートル程度の大きさだし、材質についても簡素な木製。

 また、当然レールも短く、見たところ20メートルあるかないか。


 だがその形状は紛れもなく、俺の前世で”鉄道”と呼ばれたものの原型だ。


「おお、こっちが前ですね。わあ、ここが運転席か。では魔石をはめ込むのは、後ろのこの部分と、運転席横のここでいいのかな。いや~素晴らしい…」


 俺はウキウキしながら、ワッツを質問攻めにする。

 しかしそこは職人たるもの。

 ワッツは嫌な顔1つせず、きちんと回答をくれる。


「お?魔石ちゃんと持ってきたんだな。貸しな、わしが取り付けるからよ。それはここに…あとはこっちにっと…」


 カチャ。

 カチャカチャ。


 本体後部に3つ、小さな魔石をセット完了。

 そして本体真ん中付近に取り付けられた運転席横にも魔石を1つ設置する。


「んで簡単に説明するとよ、座席の横の魔石、ここに魔力を流し込むと、それが鋼鉄を編んで作った魔導線を伝って後方の3つの魔石に魔力が流れる。その結果、3つの魔石から発現する魔法が推進力となって本体が進み始めるってとこだな。…ところで魔石への魔力は全部注入済みか?」


「はい!それはもう完璧です!無属性魔力の魔石を1つ、風の魔石が2つ、そして最後に風と火を合成した魔法を注入したものが1つです」


「よし。後ろの真ん中の魔石がお前さんが言ってた、えっと…だったか?んで、あとの2つが風を発生させるやつだな。あと再確認しとくが、これはあくまでだからな?本体の耐久性も低いし、いつものバカみてえな魔法はぶっ放すなよ?」


「ん?あ、はい。了解でっす」

 

 …ごめん、ちょっと興奮してて、後半あんまり聞いてなかったけどまあ大丈夫だろう。

 実は昨晩、今日のことが楽しみで楽しみで仕方なく、魔石への魔法の注入もかなり気合いが入っちゃったんだもんね、ルンルン♪


 俺はさぁ、今猛烈に感動しているんだ…。

 まもなくこの世界で初めて鉄道が誕生するんだぜ!?

 …もちろんこの世界の技術が進歩するのはいいことだ、そこに異論を挟む余地などない。

 俺をこっちの世界に転生させたルーシアもそんな感じのことをブツブツ言ってたしな。

 

 だがしかし!しかしだ!

 正直なところ、俺の目的はこの世界の技術の発展ではない。

 この技術が実用化されれば、国内…いや世界の流通に革命が起こる!

 馬車で何日もかかる輸送の行程は大幅に短縮されるだろうし、荷物の積載の規模に関しても、きっとどえらいことになる。

 となれば、技術開発の爆心地となるうちの家は、輸出入の各事業の拡大は元より、最新技術提供の面でも大儲けできること請け合いだ!

 

 そしてそれはまた俺の最終目標である”夢の食っちゃ寝生活”に大きく近づいていくことを意味する!!

 

「ひゃっほーぃ!バイバイ労働!そしてこんにちは怠惰!」


 列車本体に頬ずりしながら叫ぶ俺。

 きっと俺の目は$マークになっていただろう。

 …この世界に$はないけどね。

 

「うお!?な…なんだおい?何か言ったか?」


 車輪の最終点検を行っていたワッツが怪訝な顔で俺を見た。


「いえ、特に何も。楽しみで仕方ないという感じのことを、つい言ってしまいました」


「若干目が変な形になってイッちまってる気がしたが…。ま…まあいいか。お前さんにはよくあることだしな」


 ふふふ…危ない危ない。

 つい本音がポロリと出てしまったぜ。

 落ち着け、落ち着くんだレインフォードよ。

 …うひひひひ。


「よっしゃ。ならまずわしが操縦席に乗って魔力を流すから、お前さんは、荷台に乗って後部の様子を見ててくれ。しかしなんだな…ふっふっふ…なんかわしも年甲斐もなくワクワクしてきたぞ?いつの時代も、新しい技術っちゅうのは、心躍るもんだのお!」


「僕もです!まさに(食っちゃ寝への)輝かしい未来への架け橋ですね。あシロ?シロはちょっとおっきいから、今日は技術革新の大いなる一歩を側で見ててね?歴史的な証人だぞ?…いや、証犬……証リルか…?まあなんでもいいや」


『クゥ~ン…』


 残念そうに耳と尻尾を垂らすシロに、ワシャワシャと謝罪モフモフを行いつつ、俺とワッツは列車本体部分に乗り込んだ。

 いよいよ準備完了だ。


「よーし、そいじゃあ魔力を流し込むぞ!」


「お願いしゃす!」


 ワッツは気合い十分。

 俺も負けないように大声を張り上げる。


 そしてワッツが運転席右横の魔石の上に手を置いた。

 いよいよだ…!


「んじゃあ行くぞ?しゅっぱ~つ…」


「進行!!」

 

 ファイトォ…いっぱ~つ!ではないが、事前に打ち合わせをした出発の合図もバッチリ。

 さあ輝かしい明日へ、レッツゴー!!

 

 きっとこの実験は素晴らしい結果に終わる。

 …そう思った瞬間の出来事だった。


 ズッドォ———————ン!!

 ギュルルルルル!!


「「!!?」」


 ワッツが横の魔石に魔力を流し込んだ瞬間、凄まじい勢いで射出された列車本体。

 スペースシャトルもビックリの爆風と、牛やトラクターも舞い上がるのでは?と思しき台風のような突風が魔石から発射され、無事にレールの上を進んでゆく。

 いや…進んでゆくというよりも…これは…。


「と…止め…」


 ワッツの声にならない声が聞こえた気がしたが…。


 ギュアアアアアア!!


 短いレールなど瞬く間に通り過ぎ、当然の如く線路を逸脱して猛進する俺たちの列車。


 いや、もはや列車ではないかも…?

 だって…木製の本体が、どんどん分解されていってるんだもの(涙)


 ガサガサガサガサガサガサガサガサ…!!!


 そのまま近くの畑に植えられた、豊かに実った麦を薙ぎ倒しながらも、その勢いは衰えることなく、なおも猛烈な速度で進み続ける。


(わぁ…なんか風景がスローに見えるぅ…。これあかんやつや…。あっ、畑の中にちっちゃいバッタ見っけ…)

 

 ほんの数秒の出来事のはずが、とても長く感じられたのだが…。

 物事にはやがて必ず終幕はやってくるものだ。

 そして。


 ドッギャア——————————ン!!!


 …ガラガラ…ガラガラ…。


 …パラ…パラ…カランカラン…。


 最後に1本の大きな木に衝突し、俺たちの記念すべき試運転はストップした。

 もちろん列車本体はバラバラになって大破。

 推進力に使っていた魔石も何処かへぶっ飛んでいってしまった。


 …しばらくの間、何が起きたか理解できず、木の根元で木っ端微塵に壊れた列車とともに、逆さまに転がる俺とワッツ。

 まるでテレビのコントのように、2人とも髪の毛はアフロのように大爆発し、着ていた服もボロボロ。     

 だが、お互いどうにかこうにか生きているようだ。


 ポフッ…。


 口から木の粉をふんだんに含んだ煙を吐き出した俺。


 遠くの方で、シロがぽかんと口を開けてこちらを見ている。

 出発前のしょんぼりした様子はどこへやら。

『乗らんでよかった…』という心の声が、ありありと聞こえてきそうだ。


 そんなシロを横目に、俺はワッツに話しかける。


「ゲホゲホ…。いたたた…。ねえワッツ…?きっと偉大なる技術の進歩の前には、こういった尊い犠牲を伴う失敗の積み重ねが必要なんですよ…?」


「…技術が進歩するまでお前さんに付き合って、五体満足で生きてられりゃあの話だけどな…。いててて…ゴホゴホ…」


「その点はご心配なく!あなたがどれだけ傷つこうとも、僕が光魔法でいくらでも治しますので」


 俺は爽やか笑顔でワッツを元気づける。


「わしな…鬼より悪魔より、お前さんが一番怖えよ…ガクッ…」


 その後もワッツとともに、文字どおり身体を張って何度も何度も試行錯誤を重ね、ようやく俺の鉄道計画は形になっていくのだった。


 …もちろん麦畑にぶっ込んで多くの麦をダメにしたことで、マッチョ父やゆるふわ母から大目玉を食ったことを申し添えておきますです…シクシク。

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