第56話 パーティー会場にて

「んぐっ!んぐっ!んぐっ!ぷっはー!!こりゃうまい!!シュワシュワ攻めてくるこの喉越し、何杯飲んでもたまらんわい!!…しかしエール、いや、ビールと言ったか。キンキンに冷やしたビールとは、かくも美味いもんかのう」


「そうでっしゃろ、ライアン公爵様~?このプラウドロード家発祥のビール、業務用から一般家庭向けまで、今後の流通・販売はうちらエチゼンヤ商会が責任持ってきっちり手掛けていく予定してますさかい、どうかどうか御用商人の件、よろしく頼んますわ~」


「はっはっは!!このような美味いものがいつでも飲めるというのであれば、御用商人などそれこそ酒のつまみ程度の安いものよ!酒の一滴は血の一滴とはよく言ったものだ。よいよい、御用商人の件は承知したぞ。そしてこのビールの増産を1秒でも早く進めるがよい!!」


「きゃ~!ほんまおおきに!!ほらほら、まだまだビールはようさんありますんで、ガンガンいったってください!!ほら、ほら、ほら!!」


「おほ~!!」


 …恐ろしい。

 目の前で繰り広げられる、ユリとライアン公爵のカオスなやり取り。

 既にユリは飲みニケーションにビールをフル活用だ。

 前世の接待飲み会を思い出すな…。


 しかしなぁ、国の財務のトップを担う人間が、自分家じぶんちのこととはいえ、あんな簡単に大事な約束をしていいものか。


 あのユリのことだ、一度言質を取った儲け話は、たとえアンデッドと化しても覚えているはずだ。

 グレイトウォール家はもはや逃げられないぞ…?

 くわばらくわばら…。


 今宵俺たちは、死の淵から無事生還したライアン公爵の快気祝い名目のパーティーに参加していた。


 先日お邪魔したグレイトウォール家王都別邸の大広間を使用し、”おかえり!ライアン・グレイトウォール大先輩”という、快気祝いだか送別会だかよくわからない横断幕まで掲げられ、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだ。


 そしてライアン公爵をはじめ、エドワードやヴィンセントといったグレイトウォール家縁の関係者はもちろん、マッチョ父やフリードやシロ、そしてユリやガラテアなど多くの人間がこのパーティーに参加していた。


 無論、表向きは前述のとおりライアン公爵の快気祝いではあるものの、その実、俺たちが玉座の間でぶっ飛ばした悪魔アバドンに対する祝勝会も兼ねている。


 この一連の出来事に関しては、王自らが厳しい緘口令かんこうれいを敷いたものの、ここには関係者しかいないから問題はないそうだ。


 いや…、いやいやいや。

 やっぱり問題はあった。

 緘口令とかそんな些末なことじゃあない。

 そう…。


 なんでみんなしてガンガン酒を飲んで騒いでいるくせに、俺だけトマートジュースなんだよぉぉ!!?

 ちくしょう!!

 トマート好きはヴィンセントの奴だけかと思ってたのに、まさかグレイトウォール家全員が生粋のトマート愛好家だとは思わなかったぜ…!!


 ヴィンセントの父エドワードから、「当家のトマートジュースはもはや神の領域だぞ?有象無象の酒など、この深紅の液体には遠く及ばん」などと大真面目な顔で言われ、グラスにたっぷり注がれたトマートジュースを渡された時、「これ元々はうちで栽培してるトマートなんスけどね?」と言って断ることができなかった自分の小ささが憎い…。


 くぅ…ケツを蹴られてまで醸造に携わってきたビールなのに…。

 あぁ…俺が酒を味わえるのは一体いつになるのだろうか…(涙)

 こうなりゃいっそ、トマートジュースをベースにブラッディ・メアリーでも開発して…。


「ふっ、楽しんでいるかレイン?」


 グラスを片手に俺に話しかけてきた人物。

 前髪をかき上げながら颯爽と現れた金髪碧眼、加えて長身のイケメン男性。


 そう、氷結王子(笑)ことヴィンセントだ。

 主催者側として正装に身を包んだヴィンセントは、こうも絵になるものか?と思う程の美男子っぷりだ。

 

(…ちっ、イケメンめ…永久凍土に埋もれて爆発しろ)


「ええ。こういう場にはほとんど参加したことがありませんので、大変興味深いです」


 俺は酒への執着心を抑え込み、トマートジュースを一口飲みながら笑顔で答えた。


「そうか、それはよかった。レインも子爵となった身だ。今後はこのようなパーティーに参加する機会がどんどん増えていくだろうな」


「げぇ、忘れてました…。そう言えばそんなことになってましたね。はぁ、子爵とかパーティとか面倒くさそうだなぁ…。僕には爵位なんて必要ありませんので、シロとかに譲ったりできやしませんかねぇ?」


 俺はチラリとシロの方を見た。

 豪華な料理をこれでもかと言う程、一生懸命に貪るシロ。

 メイドさんが笑顔で次から次に料理を運んでくれている。


 おいおい、ちょっとは遠慮してくれよ…。

 なんかうちが普段あんまし食べ物をあげてないみたいに思われるじゃんか。

 プンプン。


「はっはっは、それはいい。彼も先の戦いでは大活躍したからな。…しかしこのように冗談を言えるのも、お爺様が無事死の淵から生還されたゆえのことだな。…無論それは全て君のお陰だ。心より感謝しているぞ、我が友レイン」


 ヴィンセントは真剣な眼差しで俺を見つめ、丁寧に頭を下げた。

 …恥ずかしいから勘弁してくれ。


「やめてください、ヴィニー。僕なんてただ単にきっかけを作ったに過ぎませんよ。ライアン公爵様をはじめ、平素からグレイトウォール家の皆様方が、誠心誠意国のために尽くしているからこそ、国王陛下やセドリック宰相など上層部の方々がしっかりと話を聞いてくださったのではないでしょうか」


「そ…そうか。そのように言われると、些か面映ゆいが…。確かにもしも何かが、また誰かが欠けていれば、ここまで上手くことが運ぶことはなかったのかもしれんな…」


 ヴィンセントはグラスの中のトマートジュースを見つめながら、クルクルと回す。


 俺はそんなヴィンセントの様子を見ながら、今回の事案の顛末を思い返す。


 まず、今回の大騒動の端を発した、ピケット侯爵率いるモートン侯爵家などの話。

 結論から言うと、モートン侯爵家は王国から消滅した。


 ともに多くの悪事に加担したと認定されたラプトン商会に関しては、商会長であるラプトンは財産没収の上鉱山奴隷となり、また事情を知りながら止めなかった家族に関しても国を追放されたのだった。


 あの出来事の後、モートン侯爵家やラプトン商会に対する徹底した捜索・差押・検証がなされるとともに、関係者に対する厳しい取り調べが行われた結果、多くの犠牲者を出した悪魔召喚はじめ、ライアン公爵暗殺未遂事件はもとより、その他にも公金横領や贈賄収賄、果ては麻薬の密売に至るまで、ピケット侯爵の悪事が出るわ出るわ。

 誰がどう考えてもモートン侯爵家に関しては”お家断絶”という選択肢意外なかったらしい。


 ただ、これらの犯罪は全てピケット侯爵が、ラプトン商会を通じ、冒険者崩れなどを雇いながら単独で敢行していたらしく、事情を知らなかった正妻や多くの側室そして子供たちに関しては、王国内の僻地に送り込まれ、一生慎ましく暮らしていくことを条件に、処刑までされることはなかったとのこと。


 もちろん過去には、このような悪質かつ大規模な犯罪を犯した貴族が、一族郎党小さな子供に至るまで全員が処刑されたという厳しい処置が執られた事例もあるらしい。


 だが今回に関しては、その元凶たる悪魔の存在が発覚したこと、また、モートン侯爵家に古くから仕えていたという老執事やその配下の使用人たちが真摯に捜査に協力し、包み隠さず全てを証言したことにより、他の同種事案とは比べ物にならないぐらいスムーズに実態が解明されたという点が大きく影響した、ということをセドリック宰相から聞かされた。


 ピケット侯爵自身は元々どうしようもないボンクラで、自分の利益や快楽のことしか考えないクズのような人間だったらしいが、実際はその老執事が裏で必死に領地経営を行い、時には私財を投じて貧困に喘ぐ家庭を救うなどしていて、領民にとっては”モートン家の執事こそ、我々の真の領主”という話が常識だったらしい。


 モートン侯爵家が所有していた領地は、しばらく国王の直轄地となり、今後の方針が決定するまでは暫定で優秀な代官が派遣されるとのことだった。

 …体制が変わり、その老執事をはじめ、真面目に一生懸命働いていた人たちが少しでも報われることを祈るばかりだ。


「おぉ、これはこれは。レイン様…あぁ、いやいや、レイン子爵様、ご機嫌麗しゅう」


 続いて現れたのは、ガラテア工房の長、ガラテアその人だった。

 遠目からビールをがぶ飲みしている様子が見えたが、顔色なんかはほとんど変わっていない。

 きっとワッツと同じで、めちゃくちゃ飲むんだろうな。


「ガラテアさん、こんばんは。その子爵っていうのはやめてくださいよ。いつもどおりでお願いします」


「ふふふ、レイン様はそういうお方でしたな。…いやぁ、それにしてもこのビールとはなんとも美味いものですなぁ。我々ドワーフは酒には一家言あるものですが、これは何と言いますか、そのような些末なことを忘れさせてくれる美味さです。酒を冷やす、というのもまさに異次元の発想ですな」


 そりゃそうだ。

 その無類の酒好きドワーフと一緒に作ったわけだしね。


「そうだガラテアさん、これお返しいたします。非常時だったとは言え、勝手に使わせていただいてすみませんでした!」


 俺は罰当たりな使い方をしてアバドンをぶっ潰した、オリハルコンの短剣をガラテアに差し出した。

 だがガラテアは、俺がそうすることがわかっていたかのように、剣を受け取ろうとはせず、逆に懐からある物を取り出した。


「ふふふ、レイン様、どうかこれをお納めください」


「えっ!」


 それは鞘だった。

 玉座の間で王に提示した時とはまた違った意匠を凝らした美しい鞘。

 …そして驚くべきことに、その鞘には…。


「プラウドロード家の家紋が入ってる…」


 俺は目を白黒させながら、ガラテアと鞘を交互に見た。


「我々は最初からこの短剣をレイン様にお譲りするつもりでした。これはオリハルコンの精製という奇跡を目の当たりにした私やシャーレイをはじめ、工房の職人たちの総意なのです」


 そ…それはちょっと…。

 俺はちょこっと火を起こしただけで、後は任せっきりだったのに…。


「いや…それはあまりにも申し訳ないと言いますか…ちょっと…」


 俺は頭をポリポリかきながら苦笑いを浮かべる。


「いえいえ、どうか受け取ってくださいレイン様。その短剣の方も、せっかくこの世に生まれてきたのに、ただただ棚に飾られているだけでは悲嘆に暮れましょう」


 ガラテアは微笑みながらそう言うと、もう一度俺の方に鞘を差し出した。

 どうやらこちらも一度言い出したら聞かない性格のようだ。


「…わかりました。では遠慮なく受け取らせていただきます。ガラテア工房の皆様の心意気や、この素晴らしい剣に恥じないよう、精一杯がんばります」


 俺は、ガラテアから恭しく鞘を受け取り、丁寧に短剣を納めた。


「ありがとうございます。ふふふ…、どうかお気になさらず。私にはこの大切なキセルがありますゆえ」


 ガラテアはいびつな形のキセルに火を点けると、おいしそうに煙を吐き出した。

 自分が贈った物とはいえ、いざ目の前で使われると、ちょっと照れちゃうなぁ…。


(…しかしガラテアさん、俺が普段ごろごろダラダラしてると知っても怒らんかなぁ…。会ったときみたいにブチ切れられたらどうしよう)


「ガラテア殿。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私はまだ貴方にお礼を言えていませんでした。先の戦闘、貴方の目の醒めるような一撃によりこの命を救っていただいたこと、心より感謝申し上げます」


 俺がビクビクしながら剣をしまっていたところで、今度はヴィンセントがガラテアに対し深々と一礼する。


「これはこれはご丁寧にヴィンセント様。しかし、お気遣いなど無用にございます。私どもこそ、あなた様の剣に救われた身。目にも止まらぬ剣撃の冴え、さすがは氷結王子と讃えられるヴィンセント様ですな。私は感動さえ覚えましたぞ?」


 ベタ褒めしながら、ヴィンセントの持つグラスにトマートジュースを注ぐガラテア。


「いや、なんともお恥ずかしい。だがレインの魔法の補助が無ければ私の剣で倒せていたかどうか。…助けていただいた感謝を糧に、今後も皆様をお守りできるよう、王国騎士としてより一層精進してゆく所存です」


 今度はヴィンセントがガラテアのグラスにビールを注ぐ。

 じゅる…ビール…じゅる…。


「素晴らしいお心です。ヴィンセント様やレイン様のような方々がいらっしゃるということだけで、王国の未来は明るい!新しい剣の相談などがございましたら、いつでも我が工房をお訪ねください。精一杯、打たせていただきます」


 ヴィンセントとガラテアがあらためて乾杯していたその時。


 ざわ…!


 にわかに会場がざわついた。


 カツ、カツ、カツ…。


 小気味良いハイヒールの音を響かせながら、突然パーティー会場に現れた1人の女性に男性陣の視線が釘付けになる。


 スラリと高い背丈とともに、凛として歩みを進める女性。

 そしていやらしい言い方で恐縮だが、出るところは出て、引き締まるべきところはキュッと引き締まった均整の取れた美しいスタイル。


 そんな誰もが振り向くような美しい女性が、真っ赤なドレスに身を包み、こちらの方へ歩み寄って来る。


「ねえねえ、ヴィニーの親戚の人?」


 俺はヒソヒソと話し掛ける。


「い…いや…。あのように可憐な女性がいるとは聞いていないが…」


 ヴィンセントは見たこともないような表情で、顔を赤くする。

 え…おいおい…ヴィニー君?なにその顔。


「やぁ、お三方。遅くなって悪かったね」


 俺とヴィンセントとガラテアはぞれぞれ顔を見合わせた。


「えっと…誰かの知り合い…ですか?」


「か…可憐だ…」


「はて、うちのお客様ではございませんが…」


 どうやら俺たちの知り合いではないようなんですけど?

 どちらさん?


「おいおい、アンタら。何大ボケかましくさってんだい?まさかわかんねぇのか?アタシだよ、イザベルだよ」


 イ…イザ…イザ…??


「「「えぇ———————!!?」」」


 ひぇー!

 うっ…うっ…うっそだぁー!!


「何が、えぇ!?だよ。失礼な奴らだね。ここのメイドやらなんやらが、どうしてもドレスを着ろってしつこくてさぁ…、えらく時間をくっちまったよ。…ったく、久々にこんなの着たけど、やっぱ歩きにくいったらありゃしないね」


 ひ…人とはこんなにも変わるものなんか?

 このイザベルの変化に比べれば、俺の魔法なんてヘソが茶を沸かしてさらに蒸発するレベルだぞ!?


「ちょっ…えぇ…?ほんまに…?えぇ…イザベルさんなん…?」


 そこへ闖入してきた関西弁風の若い女性。

 そう、ライアン公爵に酒の勢いで色々と契約を迫っていた、どちらかと言えばむしろ悪徳商人に見えなくもない、ユリ・エチゼンヤだ。


「ちょっとおかしいやんか!めちゃくちゃ綺麗やんか!なんでそんなボン!キュッ!ボン!やねん!?…イザベルさんだけはうちと一緒で、年齢と彼氏いない歴が等しいモテない女性の代表格やと思っとったのにぃ!!」


 前世のおじさん連中のような言葉遣いで、イザベルと自分を見比べて嘆くユリ。


 こ…これはもはやセクハラレベルだぞ。

 …けどこういうのはアレだ。

 余計なこと言うと地雷を踏むことになるから、放っておくに限る。


「雇い主とはいえ、言うねぇアンタ…。けどアタシはこれで一応、他国のものとは言え、一代騎士爵の爵位を持ってるんだよ?今の発言は、無礼打ちされても文句は言えないと思うんだけどねぇ…?」


 若干頭にきたのか、物凄い迫力でユリに迫るイザベル。

 顔と顔との距離は1センチにも満たない。

 んでもって実は爵位を持っていたのか。


「ひええ!?か…堪忍してくださーい!!」


 そのまま脱兎の如く逃走していくユリ。

「うわーん!労働者の反乱やぁ!」などと泣きながら叫ぶ声は、聞こえていないフリをしよう。


 パーティにイザベルも加わり、いよいよ宴もたけなわといったところ。


 マッチョ父も、ライアン公爵やエドワードにしっかり挨拶して盛り上がってるみたいだし、これで両家の絆が深まってくれたなら御の字だ。

 …あと、ちょっとでも税金が安くなるようにしっかりと頑張ってほしいものだな。


 そんなパーティ会場で、一息つく俺。

 みんなが笑顔で大騒ぎする会場を見ながら、全てうまくいってよかったと思う反面、ほんの僅かだが心の中に小さなトゲのように残った疑問について考える。


 そもそも俺たちが倒したアバドンは、


 アバドンと戦う前にぶっ飛ばしたあの変態黒山羊。

 あいつは確かに言った。

 自分を召喚したのはだと。

 そしてピケットに命令されてライアン公爵を殺すつもりだったと。


 あの時の必死な様子から、変態黒山羊がアバドンのことを隠して嘘を付いていたとは考えにくい。

 おそらく、あいつを召喚したのは本当にピケットだったのだろう。


 それがいつからアバドンに成り代わっていたのか…そもそも同じ悪魔の変態黒山羊も知らない、何か特殊な事情があるのか…?


 そしてもう1つ。

 あの時玉座の間でアバドンを文字通り叩き潰した時、


 当初、魔石ごと粉々になってしまったか?とも思ったが、ユリが「後片付けは任せといてください!」とか言いながら血眼で魔石を探していたが見つからずにしょんぼりしていたので、本当に欠片程の魔石も無かったのだろう。


 もともとピケットが人間だったからなのか、それとも他に何か理由があるのか…。

 しかし、現時点ではどれもこれも推測の域を出ない。

 考えれば考える程、思考がまとまらず泥沼にハマっていくようだ。


(はぁ…。結局ところ、今は帝国の動向を警戒しつつ有事に備えて準備を怠らない、ってことぐらいしかできないんだよなぁ)


 俺は大きくため息いをつく。

 ゆっくりとゴロゴロして暮らしていきたいのに、まだ色々あるのかなぁ…。


 そのように今後のことに頭を悩ませていた時だった。


「どうした?浮かない顔をして」


 突然俺の横に現れたのはマッチョ父だった。

 驚きつつも、笑顔を作る俺。


「いえ…ちょっと考えごとを…」


「もしやピケット侯爵の成り代わり時期や、魔石のことでも考えていたか?」


「——————!」


 俺はハッとして父を見た。

 な…なんで…?


「ははは、なんで僕の考えてることがわかったの?とでも言いたげな顔だな。これでも私はお前の父だぞ?かわいい息子の考えていることぐらい、わからなくてどうする」


 父は事もなげにそう言った。


「そうですか…。はい、父上のおっしゃるとおりです。それらのことを思案し、少々今後の心配などをしておりました」


 俺は再び視線を落とす。

 だが。


 ぽんっ…。


 父は俺の肩へ手を置いた。

 驚くほど優しく。


「レイン。何もかも1人で背負い込むことはないんだぞ。いくら考えても現状答えを得られないということは、ままある話だ。それになぁ」


「それに…?」


 俺は父の顔を見る。


「ほら見てみろ、目の前の光景を。今は身分の上下など関係なく、どいつもこいつもバカみたいに騒いでいるじゃないか。だが全員が心から笑っているだろう?」


 食事を食べ飽きたのか、お腹を出して仰向けで爆睡するシロ。

 色んな人に忙しなくビールを注いで回るユリや、そつなく会場の整理整頓に当たっているフリード。

 ビール片手に豪快に笑うイザベルと、その横で赤い顔をしながら照れ笑いのヴィンセント。

 なぜかほぼ全裸になって踊っているライアン公爵。

 嬉々として武器や防具の話をするガラテアとエドワードなどなど。


 確かにその場の誰もが、心から楽しそうな表情をしていた。


「お前は皆のこの笑顔を護り通したんだ。そんな素晴らしいお前のこと、私はいつも誇りに思っているぞ?」


「…っ」


 その言葉に俺はうつむいた。

 喉の奥にかすかな痛みを覚える。


 …いつもゆるふわ母に頭が上がらないマッチョ父のくせに…。

 …こないだ泥酔してたマッチョ父のくせに…。

 そんなこといきなり言うから目から汗が……。


 父は続けた。


「…悪魔と呼ばれるような存在が現れたのだ、今後も何かと騒動が起こるかもしれん、いやきっと起こるだろう。だがたとえ魔法の力ではお前に及ばずとも、私やミリアはいつでもお前やエリーを護る盾となろう。何度でも言う。お前は決して1人ではないぞ。我が息子レインよ」


 …もはやそれ以上言葉が出てこなかった。

 憎まれ口でも叩きながら、ありがとうと言いたかったのに…。


 まだまだ興奮冷めやらぬパーティー会場の隅。

 優しく肩に置かれた父の手が、いつにも増して温かく、そして大きく感じられた。

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