第57話 帰還のご挨拶と串焼きおじさん

 明くる朝、俺と父は王城を訪ねていた。

 プラウドロード領に帰る前に、マッチョ父が国王ルーファスに挨拶したいと言い出したからだ。


 そう言えば謁見の時も、王様の方が父に対して親しげな口振りでしゃべっていたが…。

 なんか弱みでも握ってんのかな?


 シロとフリードに関しては宿で待機。

 せっせと帰宅の準備を進めている。

 といっても働いているのはもちろんフリードのみ。

 シロはいつもどおり飯を食い、愛らしい顔で、気持ちよさそうに爆睡しているだけなのだが。


 そんな俺たちは本日の午後王都を発ち、プラウドロード領に帰ることになっている。


 まだまだ見て回りたい所などもあったのだが、マッチョ父はあまり長期間家を留守にしているのは不安らしい。

 もちろん俺も早くエリーに会いたい気持ちでいっぱいだから、全然オッケーなんだけどね!

 来ようと思えばいつでも来られるしな。


 またこれからは定期的に、エチゼンヤ商会警護隊長(笑)に就任したイザベルが、キャラバン隊を率いてうちの領地を訪れることが決まっている。

 そこから野菜や小麦などの農作物を始め、エルフ村から買った絹や茶葉、増産の目処が立てば酒類なども出荷する手筈となっているのだ。


 そんなこんなでいよいよ商売が軌道に乗れば、あとはチョチョイのチョイで、俺もあくせく働かずに済むようになるかも…?

 にしししし…。


 ※※


「そうですか、国王陛下はご不在…ですか」


 マッチョ父が残念そうに呟いた。


「すまんな。せっかく訪ねて来てもらったというのに。陛下には私の方から伝えておこう。まあ王都のどこぞにいるとは思うがな…ふむ」


 どうやら王は不在らしい。

 セドリック宰相の含みのある言い方が若干気になるが、まあいないものは仕方がない。


 だが俺は寧ろ、アポなし凸だったのにもかかわらず、わざわざ応接室で王国のトップにも等しいセドリック宰相自らが、俺たちに対応してくれたことの方が驚きだった。


「して、レインフォード君」


「え!?…はっ…はい!」


 唐突に話しかけられた俺は声が裏返ってしまった。

 家に帰ってエリーと何をして遊ぶか、いかにしてシロをモフるかなど、完全によそ事を考えていました…すみません…。


「先の戦闘における君の魔法、まことに素晴らしかったぞ?…いや、凄まじかったと言うべきか。…恥ずかしながらこの老骨も、童心に返ったようにワクワクしてしまったぞ」


 セドリック宰相は俺をベタ褒めしてくれる。

 セドリック・ド・スペルマスター。

 王国四貴族の一角、スペルマスター公爵家の現当主。

 間違ってもロマ○ガの四魔貴族ではないよ?

 

 もともと魔法使いを多く輩出している家柄らしいのだが、中でも現当主セドリックは、その強大な魔力と卓越した魔法制御、加えて各種の政治に関する辣腕も振るい、宰相の地位にまで上り詰めた王国屈指の魔法使いだ。


 そんな人が目をキラキラさせながら話す姿は、何か新鮮なものを感じた。


「えっ…いやぁ。たまたまあんな感じに上手く皆さんを強化できただけですので…。私個人よりも、ヴィンセント様たちがいてくださったからこその勝利にございます」


「ふふっ…たまたまか。たまたまでは光と水の属性を同時に行使し、あまつさえ混合するなどという神業は不可能なんだがのう。…まあよい、いずれにしても噂に違わぬその魔法の腕前、私は感服したぞ。もしよければ、王立の魔法学院へ入学するといい。本来は15歳からという決まりだが、君程の実力者ならそのような規則に何の意味もなかろう。紹介状ならいつでも私が書こうぞ」


 ほほう…魔法の学校…。

 ハリー○ッターみたいなもんかな?

 でもスリ○リンやグリ○ィンドールみたいなとこで目立つのはちょっと…。


 たしか王立魔法学院とは、王都近郊にある全寮制の学校で、ゆるふわ母はそこの卒業生だとかなんとか言っていた気がするなあ。


(うーん…どうかな…。俺寮生活とか苦手だし、速攻でホームシックになりそうだしなぁ…)


「ふむ。まあすぐに答えは出さなくともよい。行く、行かないは君の自由だ。だがその気になれば、いつでも声を掛けてくれたまえ」


 決めかねる俺の様子に配慮してくれたのか、セドリック宰相はそのように助言してくれた。


「わかりました。お気遣いありがとうございます!」


 そして俺は父とともに丁寧にお礼を言って、王城を後にした。


 セドリック宰相からは学校の話の他にも、最近の帝国の動向や王国周辺の魔物の動静、その他最近各地でドラゴンの目撃情報があることなどなど、世間話や与太話を含めて色んな情報を教えてもらった。


 あと、うちの近所にエルフたちが住んでいることも当然伝わっていたが、その昔、エルフたちが無理矢理魔導兵士として戦争に駆り出された悲しい歴史も踏まえ、エルフ居住の事実は、限られた信頼ある上層部のみが知るところらしい。


 加えて辺境伯という高い地位に就いたマッチョ父の領地である白銀の森に、無断で立ち入る者はほぼいないと思われる。


(エライさんたちが、エルやリアたちのことを考えてくれる人たちでよかった…。まずは一安心といったところか)


 そんなことを考えつつ俺と父が、母やエリーへの土産物などを見ていた時だった。

 大きな通りの向こう側の離れた場所に、1軒の串焼き屋台を見つけたのだ。

 どうやら先日見かけた、オーク串焼きの屋台らしい。


「父上、あの串焼き屋台すごく美味しかったんですよ!買ってもいいですか?フリードやシロにも持って帰ってあげたいです!」


「おお、そうか。よしよし、では買おう」


「はい!先に行ってますね!」


 そう言って俺はダッシュで串焼き屋台に向かい、先日会った店主のおじさんに声を掛けた。


「おう坊主か!いらっしゃい!!」


 健康的な日焼けと緑色のつなぎ。

 服からはみ出す分厚い胸板や太い腕は、間違いなく先日の串焼きおじさんだ。


(んん…?けどこの顔、どっかで見たような…?)


「串焼き10本お願いします!」


「串焼き10本な!まいどあり!!」


 ジュウウゥゥゥ…!!


 肉の焼ける小気味良い音とともに漂ってくる香ばしい香りが、鼻腔をくすぐる。

 小腹も空いてきたし、おじさんの顔なんてどうでもよくなってしまった。


「へい、串焼き10本、お待ちどう!」


「わあ!ありがとうございます!!」


 銅貨を支払い、たくさんの串焼きを受け取る。

 手渡された袋の間から見える、たっぷりタレのかかったオーク串焼き。

 うっ…よだれが…もう我慢できんぞ…これ。


 そう思って串焼きに手を伸ばそうとした矢先、やっとこさマッチョ父が追いついてきた。


「父上、この串焼きですよ!さあ、1本取ってください!」


 俺はそう声を掛けたが、なぜか父は串焼きを取ろうとしない。

 まあ一応父を優先してやりたいので、俺は先に食べるのを我慢している。


「父上?さあどうぞ。さあさあ、お先に召し上がってください!」


 だが父はそのままじっと動かない。


 こら!

 はよ取らんかい!

 俺が食えんだろう!?


 という言葉をよだれとともに飲み込み、父を見る。

 だがなぜか父はポカンと口を半開きにしたまま固まっていた。


 ん?

 どうしたのかな?

 誰かから氷結魔法でもくらったか?


 そんな父がポツリとつぶやく。


「ルーファス…お前…何をやっているんだ?」


 串焼き屋台のおじさんに向かってそう言った父。


 んん?

 ルーファス…?

 ルーファス…ルーファス…どっかで聞いたような…って…え!?


 串焼きおじさんはウインクしながら、キラリと輝く白く美しい歯をきらめかせ、爽やかに笑うのだった。

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