第55話 アバドンの最期

『ぐひひひ…なぁにが「さあ皆さん!反撃開始といきましょうか!」ですか。何かの偶然で生き残ったくせに…』


 俺もノリでそう言ってしまいって少し恥ずかしかったので、親指まで立てて俺の真似をするのはやめてほしい。

 アバドンのくせに若干クォリティ高いし!


 …とは言ったものの、こいつはいつ爆散するかわかったもんじゃないし、下手に俺が動くと、マッチョ父たちが不意打ちされる恐れもある。

 全く、ドラ○エの爆○岩の方がまだマシだぜ…。

 となるとここは…。


「皆さん、すみません。僕はあいつの(汚らしい)攻撃に備え、いつでも全員を守れるようにしていたいと考えますので、何とか3名であいつを追い詰めていただけませんでしょうか」


 後退していた俺たちは、作戦会議をしつつ、再びゆっくりとアバドンの方へと近づいてゆく。


「そりゃあの豚ガエルをぶっ飛ばせりゃあ気分爽快だろうが、ぶん殴った側から元に戻っちまうからなぁ」


 胸の前で拳をバンバン突き合わせながら、イザベルが顔をしかめる。


「レイン、何か作戦があるんだな?」


 左手で髪をかきあげながら、ヴィンセントは前向きかつ真剣な眼差しで俺の方を見た。


「はい、おそらく大丈夫です。あいつの弱点はなんとなくわかりましたので」


『ワンワン!』


 シロが体を擦り寄せてくる。

 俺は歩きながら、シロの頭や顎の下をワシャワシャモフモフしてやる。


「皆さんは、どうか僕を信じて全力で奴を攻撃してください」


 ブワアアア…!!


 ニヤリと笑った俺は、歩きながら身体の中に思い切り魔力を練り込んでゆく。

 膨大な魔力が身体から溢れ出し、一瞬、春一番が吹き抜けたような風を巻き起こす。


「ふっ…相変わらず凄まじいな…。だが仲間だと思うと、なんと頼もしいことか」


 目を閉じて微笑むヴィンセント。

 かつての俺の家での悲しい出来事でも思い出しているのだろうか。


「はは!こんな気合いの入ったもん見せられたら、やるっきゃないね!ま、アンタが大丈夫だってんだから大丈夫なんだろうさ。アタシらはそれを信じてぶちかましてやるだけさね!」


 イザベルのまとっていた炎が、一段と勢いを増す。


『アオ——————ン!!』


 シロは言わずもがな。

 ふわふわのしっぽをふりふりさせながら、やる気満々だ。

 そして。

 

 ザッ…!


 再びアバドンと対峙する俺たち。


『ふふん…多少は魔法の腕に覚えがあるみたいですが…「さあ皆さん!反撃開始といきましょうか!」なんておっしゃってたんですから、せいぜい吾輩を楽しませてくださいねぇ?』


 まだモノマネしとったんかい!

 マジで勘弁してくれ!

 顔マネすんのもやめろ!


「ご要望に添えるよう、頑張ります」


 俺は苦笑しながら、身体の中で練り込んだ魔力を混ぜ合わせ始める。


(さて、しっかりイメージしろ、俺…。火、水、そして風。これらの属性を全て「光」と混ぜ合わせるんだ…そして今回はそれらを自分自身じゃなく、彼らに…)


 俺の身体からどんどん魔力が減っていく。

 いかに魔力回復の早い体質とは言え、やはりこれだけ複数の属性を合成するとなると、魔力消費のスピードは半端じゃあない。


(…はぁ、しんどい…。こりゃ要訓練だな)


「おい豚野郎…じゃなかった、おい豚ガエル。アンタのデートの相手はアタシらさ。間違えてんじゃあないよ…」


 不敵な笑みを浮かべ、ファイティングポーズを取るイザベル。


『ヴゥー…グルルルル…』


 シロも前傾姿勢で、アバドンににじり寄っていく。


「その肉体、2度と復元できぬようバラバラに斬り裂いてくれる」


 両手で剣を把持し、精悍な顔の横で構えるヴィンセント。


「イザベルさん、シロ、どうか頼みましたよ」


 正直イザベルとシロは心配ないだろう。

 イザベルは数多くの修羅場をくぐってるらしいし、シロはまだまだ甘えん坊で超かわゆくても、神獣フェンリルと呼ばれる存在だ。


 だがヴィンセントはどうだろうか。

 恐らく強いとは言ってもイザベル程ではないかも知れないし、爺さんの絡みで、土壇場でクールに行動できない恐れもある。

 

 …けど、何より…。

 俺だってせっかくできたを失いたくない。


「…そしてヴィンセント様…、あぁ…いや、。色々思う所はあるでしょうが、どうか冷静に。せっかくできた大切な友人と、また一緒に紅茶でも飲みたいので…」

 

 ふとヴィンセントがこちらを振り向いた。


 うわっ!?

 パァァァ!って効果音が鳴りそうな、そんな嬉しそうな顔でこっち見んなよ、ヴィンセント。

 目まで潤ませやがって…言った方の俺が恥ずかしいわ!

 友達いないんかお前…?

 俺もいないけど。


 俺がそう思った次の瞬間、突然ヴィンセントが視界から消えた。


「はああああ!!」


 雄叫びを上げながら、凄まじいスピードで駆け出していたヴィンセント。

 恐ろしいまでの気迫を感じるが、何故か顔は嬉しそうにニヤニヤしている。


『何をニヤニヤしているのですか、気持ちの悪い!!さあ来なさい!今度こそ美味しくハラワタを喰い尽くしてあげましょうねぇ!!』


 丸太のような太い右腕を大きく振りかぶるアバドン。

 そこから繰り出された、イザベルに勝るとも劣らない凄まじい勢いの手拳がヴィンセントに襲いかかる。

 あと、気持ち悪い奴に気持ち悪いと罵倒されたヴィンセントの心は大丈夫か?


(やばいか…!?)


 一瞬背中に嫌な汗をかく俺。

 だが次の瞬間、それが杞憂に過ぎなかったことを悟る。


 タン…!!


 ドッガァーン!!


 軽やかに跳躍し、アバドンの強烈なパンチを躱したヴィンセント。

 空を切ったアバドンの右手が、いとも簡単に床を貫き細かな破片が舞い散った。


(よっしゃ、今だ!!)


「それっ!」


 俺は跳躍の勢いも相まって、目にも止まらぬ速さで振り下ろされるヴィンセントの剣に、身体の中で合成した魔法を行使した。


 ズバァ!


 瞬時に煌めく剣撃一閃。


 目にも止まらぬヴィンセントの剣の一振りは、再びアバドンの右腕を斬り落とした。

 …そして何と斬り落とされた腕は、さらに細かく分断されていた。

 

 優雅に着地したヴィンセントは、油断なくアバドンの攻撃に備え、残心を示す。


(すげぇ…。一体何回斬ったんだよ…?見くびってごめんやで…?)


『ぐっひっひっひ…。なかなかの剣撃ですね…、腕がバラバラになってしまいました。…だが吾輩の肉体の特性、お忘れではないですかぁ?』


 ニヤニヤと余裕の表情でヴィンセントを見下ろすアバドン。

  

 そう上手くいくかな?

 俺は内心ほくそ笑む。


『この程度、すぐに元に戻って……んん…?ん??なんだ…?腕が元に戻らな……うぐっ!?うぐっ!!ぶぎゃあああああああ!?これはぁ!?痛い!?痛い痛いイタイいたいぃ!?斬られた腕が痛ぃいい!!?』


 先程と異なり、全力で苦しみ出したアバドン。

 だがこれだけで済むはずがない。


「次はアタシさ!でやあああああ!!」


 ズドドドドドドドド…!!


 ヴィンセントに続き、イザベルの怒涛のラッシュがアバドンを襲う。


『ぐぎゃあああ!?あ…熱…!?熱い!痛い!熱い!!痛い!!お…女の拳が…脚が…!吾輩の…吾輩の肉体を灼いていくぅぅ…!?』


 バキィ!!


 ズドン…!!


 イザベルの跳び回し蹴りが正確に顔面を捉え、吹っ飛ばされたアバドンは壁に叩きつけられた。


『がはぁ…!?』


 不気味な紫色の血を吐き出すアバドン。


『お…お前の仕業か、このちびめがあぁ…!!吾輩に…何をしたぁ…!!?』


 なんとか起き上がったアバドンが、俺に怨嗟の言葉を投げかける。

 怖くなんてないけどな!


「混ぜ合わせたんですよ」


 俺は小さく呟き、答える。


『あぁ…!?ま…混ぜまぜ…??』


「はぁ。ですから、それぞれの属性を合成した上で魔法を行使したんですよ」


 俺はやれやれと首を左右に振りながら言った。


『わ…吾輩に、ちゃんとわかるように説明することを求める…!!』


 残った左腕で俺を指差すアバドン。


 なんでそんなに上から目線なんだよ…。

 まあいいや。


「お宅、光の属性が苦手でしょう?」


 俺は片目をつむってアバドンに問いかける。


『う゛!?…わ…わわ吾輩の完璧な肉体に、じゃじゃ…弱点などありはしないのですが!?』


 めちゃくちゃ取り乱すアバドン。

 その姿に、ちょっと笑いそうになる。


「お宅はそう言いますけど、体は正直みたいですよ?」


 そう言って、今度は俺が人差し指でアバドンの胸の辺りを指す。

 そう、そこは先刻ガラテアが投擲したオリハルコンの短剣が刺さった場所だ。


『なに…?…あぁ!?…こ…これは…!!』


「気が付きましたか?うまく治ってないんですよ、その場所だけね」


 俺は肩をすくめて解説を続ける。

 ちゃんと理解してくれるかな?


「オリハルコンの短剣は、光と火の属性を合成し、聖炎とでも呼ぶべき炎を用いて作られました。であれば、剣自体がそれらの属性を帯びていることは自明の理。だから僕は、ヴィニーの剣やイザベルの身体に、それぞれ光と水、光と火を混ぜ合わせた魔法をまとわせて、お宅を攻撃してもらったんですよ」


 キュオオオ…!!


 ヴィンセントの構える剣から、白く輝く冷気が立ちこめる。

 イザベルの身体にも、オリハルコンを精製した時のように、白く力強い炎が燃え上がっている。

 …あ…熱くないよね?


 カチャ…。


「お宅がゴミと言って投げ捨てたこれ。この剣が逆に弱点を教えてくれるとは…ふふっ…皮肉なもんですね」


 俺は側に落ちていたオリハルコンの短剣を拾い上げ、アバドンにそう告げた。


『…ぐひ…ぐひひひ…成程…。まさかそんな些細なことから吾輩の秘密を看破されるとは思っても見ませんでしたなぁ…。ですがねぇ、困りますよ?…肝心なことを忘れてもらっては』


 さっきまで慌てふためいていたアバドンは、一転、粘着質の下卑た笑いをその顔に貼り付ける。


「肝心なこと?一体何のことでしょうか?」


 俺は持っていたハンカチで短剣についた汚れを拭きながら質問した。

 何を言い出すか、なんとなくわかっちゃいるが。


『吾輩…もう準備完了してるんですよねぇ』


「はぁ」


『時間稼ぎしてること…気付きませんでしたかぁ?ぐひひひ…この至近距離じゃあ、防ぎようがないですよねぇ?』


「はぁ」


 突如アバドンが残った左腕を勢いよく前方に突き出した。

 刹那、それが一気に収縮する。


『ぐひゃひゃひゃひゃ…!吹き飛びなさい!!炸裂肉団子ぉ!!』


 ドッバァ———————ン!!


 爆散したアバドンの左腕。

 どうやらこの不意打ちのタイミングを窺っていたらしい。

 だが。


 ジュウウゥゥゥ…!!


『な…なにぃ…!?吾輩の腕の肉片が…消えてゆく…?』


 そう。

 アバドンの左腕による(主に精神衛生的に)恐ろしい攻撃は、その効果を発揮できなかったのだ。

 正確に言えば、


『ワンワン!!』


 俺は駆け寄って来たシロを優しく撫でる。

 よくやったな、かわいい奴め。

 モフモフ…MOFUMOFU…。


 賢いシロは、ヴィンセントやイザベルがアバドンをボコボコにしている最中、既にこのような事態を想定し、奴の周りに風魔法で作ったぽよんぽよんの空気の壁を作り出していたのだ。

 そこで俺は、シロの放った風の壁に、自分の風魔法と光魔法を合成していたのだった。


 効果はてきめん。

 爆散したアバドンの左腕の肉片は、空気の壁に触れた途端に消滅し、腕もほとんど再生することはできなかった。


『ぬぐ…ぐぐぐぐ…!』


 ヒュン!

 ヒュヒュン!!


 オリハルコンの短剣を右手に把持し、軽く振ってみる。

 あたかも形のない空気ですら切り裂いたように、甲高い音が響いた。


 こりゃいいな。

 まるで手に吸い付くかのようなフィット感よ。

 少しの間、お借りすることにしよう。


「さて、そろそろ終局としましょうか。これまでのことを思い返すに、お宅は最早この世にいていい存在じゃあないですよね」


 俺は最後にシロのしっぽを一撫ですると、するりと手から離した。

 そしてゆっくりと満身創痍のアバドンへと近づいてゆく。

 身体の中で急速に魔力を練り込みながら。


『わ…わわ…吾輩を殺せば、ほっ…他の悪魔の情報が…て…手に入りませんぞ!?』


 俺は構わず歩を進める。

 かなり減ってしまった魔力だが、コイツをぶっ飛ばすくらいわけないだろう。


『い…命を…たす…たすたす助けてくれるなら…、これからは心を入れ替えて…お…おお…王国のために…働いて…』


 息も絶え絶えのアバドン。

 壁に自らの背中を押し付けながら、ダラダラと脂汗をかき、必死に命乞いをする。


 俺はチラリと王の方を見た。


 王は肩をすくめ、無言で首を左右に振りながら、両の手の平を身体の横で上に向ける。


「…だ、そうです」


 俺は、練り込んだ光属性の魔力を一気にオリハルコンの剣に流し込み、そのまま右手を振り上げる。


(効率よく、効率よく。一気にコイツを叩き潰せるようなものを…!)


 ブゥー…ン…!!


『あ…あぁ…!!』


「よし、これがいい。…お宅にはちまちま攻撃するより、これが一番効きそうですもんね?」


 高く掲げられたオリハルコンの短剣。

 眩しい程に輝く光。

 俺の頭上には、剣を軸として巨大な光が板状の形をなして顕現していた。


 イメージどおりできたぞ。

 スーパーハエタタキ君(当社比光増)とでも呼べばいいかな。

 …聖剣云々のオリハルコンをこんな感じに使っちゃってごめんね?


『そ…そんな…、そんな…。吾輩が…序列上位の悪魔たるこの吾輩が…。こ…こんな所で…下等な人間風情に…』


「…今度は働き者にでも、生まれ変わってください」


 俺はそう呟き、思い切りスーパーハエタタキ君(当社比光増)を振り下ろす。


『ぐぐ…ぢぐじょおおおおお……!!!』


 バッチコ———————ン!!


 ギュオオオオオオ!!


「うおっと!」


「くっ!?」


『——————!』


 轟音とともに、アバドンを中心として凄まじい衝撃波が巻き起こった。

 仲間たちが咄嗟に衝撃に備える。


 …シュウウウ…。

 

 パラ…パラ…。


 やがて光は収束し、舞い散っていた塵や埃も徐々に落ち着いて、視界が開けてゆく。


「ふぅ。(主に精神的に)恐ろしい敵でした」


 俺は左手で額の汗を拭いながら、アバドンを…いや、に目をやった。


 そこには既に、アバドンと名乗った悪魔は見当たらない。

 唯一、アバドンがこの世にいた証明となったのは、僅かに残った衣服、そして何かが灼け焦げたような、床のドス黒い痕跡だけだった。


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