第54話 ここ最近で一番恐ろしい攻撃

「あぶない!」


 ヒュン…!

 ドスッ!!


 響き渡った怒号。

 時を同じくして迸った一条の光。

 それが空を裂くような短剣の軌跡だとわかるまで、さほど時間はかからなかった。


『——————』


 しかし驚くべきは件の短剣の着地点。

 いや、突き刺さった先という表現が正しいか。


 そこには胸の辺りに深々と短剣が刺さった、頭と両腕のない悪魔が立っていたのだから。


 この黄緑色の化け物は、凍らされ、焼かれ、腕を斬られ、そして首すら落とされてなお死ぬことなく、油断していたイザベルの背後に忍び寄っていたのだ。


 そしてアバドンの腹部にできた裂け目。

 イザベルにぶん殴られた傷だとばかり思っていたのだが、よく見ると、なんとそれは口だった。


 いや、自分がおかしいことを言ってるのはわかるよ?

 口は普通お顔にあるもんね。

 楽しくお話したり、美味しいもの食べたり、みずみずしい果実ジュースを飲んだり、あとお酒も…。

 

 まあそれはさておき、このアバドンの腹の辺りには、顔のものとは別に口があるんだから仕方がない。


 不気味に開いた腹の口は、内部が紫色で大小不揃いの牙が無数に、かつ不規則に生えている様子がうかがえた。

 不愉快の頂点ここに極まれりといったところ。


「ちっ…あぶなかったねぇ、アタシとしたことが。もう少しで、豚ガエルの栄養にされちまうとこだったよ。…ありがとよ、ガラテアの旦那」


 額の汗を拭いつつ、イザベルはウインクを1つ。


 そう。

 凄い勢いで剣を投擲したのは、先程アバドンに傷を負わされて流血し、倒れていたガラテアだったのだ。


 未だ止血もままならぬその身体で、胸元に納めていたオリハルコンの短剣を、全力でアバドンに投げつけてくれた。


「いえ、この程度お安い御用です。後方から密かに這い寄るソレの姿が見えましたのでね…うぐっ…!?」


 傷口を押さえ、その場に膝から崩れ落ちるガラテア。

 どうやらまた傷が開いてしまったらしい…。


(くそっ…油断したぜ。けど助かったよ、ガラテア…)


『ぐひひひ…残念です。もう少しで女の柔らかそうな肉をペロペロぷりぷりコリコリできましたのに…。あ、ちょっと年齢がいってそうですから、そこまで柔らかくはないかも知れませんが』


 そう思っていた矢先、先程ヴィンセントに斬り落とされ、床に転がっていたアバドンの首がしゃべりはじめた。

 発言も状態も何もかも気持ちわるーい!!

 …あと最後の方の話、俺は何にも聞いてませんよ。


 ギュルギュルギュル…!

 ベシャッ!グシャッ…!!


 その時、突然床に落ちた両腕の断面とアバドンの肩口から、むにゃむにゃの肉の糸だか何だかわからない、とにかく汚らしい繊維のような物がお互いから伸び始め、あっという間に腕と肩がつながってしまった。


『よいっしょっと…むんっ』


 そしてアバドンは、くっついた左手で床に落ちた頭を持ち上げると、そのまま無造作に首元に乗せた。


「くっ…悪魔め…。存外にしぶとい奴…」


 再びスラリと剣を抜き、構えるヴィンセント。


『グルルルル…』


 シロも牙を剝き、再び前傾姿勢を取っている。


『おっと?ぐひひひ…こんなところにまだゴミが付いてましたね。ポイッと』


 ズブッ…。

 カランカラン…!


 アバドンは、胸の辺りに刺さっていたオリハルコンの短剣を抜くと、そのまま足下に投げ捨てた。


『奴隷を管理するために無理難題を吹っかけて、工房を頂こうと思ったのですが。まさかそこから、吾輩の崇高な計画がほころんでしまうとは…。ぐっひっひっひ、世の中ままなりませんなぁ!』


 アバドンは吐き捨てるようにそう言った。


(みんなで一生懸命作った剣を、ゴミだと…?…っの野郎…!)


「黙りな!この豚ガエルが!!」


 その時、イザベルが猛然とアバドンに向かって駆け出した。

 ブタゴリラとか言い出さなくて、なんとなくホッとしてしまった。


「少し年上で色気があるだと!?お前みてぇな豚ガエルにそんなこと言われても、嬉しくもなんともないんだよぉ!!」


 ドズッ!

 バキッ!

 ドガァ!!


 イザベルの強烈な連続攻撃が容赦なくアバドンに突き刺さる。

 若干、双方の言動に行き違いがあるようだが、これは地雷だ…俺は騙されないぞ!


 だが当のアバドンは…。


『…あはは~ん…気持ちいいですなぁ…。女の拳の感触や、じんわりと体温が伝わってきますなぁ…あああ…』


 通常なら一撃でも悶絶しそうなパンチやキックを何発もくらいながら、鳥肌が立つような言葉を並べ立てるアバドン。

 その右手はいつの間にか、ズボンの中でゴソゴソと動いている。

 おぇ…。


「ちぃっ…!」


 さすがに気持ち悪かったのか、イザベルが一旦後方に飛び退いた。


『あらあら、もう離れて行ってしまうのですか?吾輩非常に残念です…。ぐっひっひっひっ…』


 ジュウゥゥ…。


 そう言いながら、イザベルに殴られたアバドンの傷は、不快な音と黄みがかった煙を立てながら急速に消えていく。


「うむぅ…な…なんという再生能力…。やはり悪魔と名乗るだけのことはあるか…」


 セドリック宰相をはじめ、後方で待機している王やマッチョ父たちも、アバドンの復元能力に驚愕する。


『申し訳ありません。またまた絶望させてしまいましたかな?吾輩生まれつきこういう肉体で、受けた傷がすぐに塞がってしまうのですよ。羨ましいでしょう?羨ましいですよね?』


 余裕しゃくしゃくのアバドンは、ぶよぶよの肉体のくせに、ボディービルダーたちがマッチョ大会で見せるような決めポーズを何度もとる。

 さあもっと来てごらん、と言わんばかりだ。


 だがその時俺は、復元力の凄まじいアバドンの肉体に、ほんの一点だけ違和感を感じた。


(あれ…?イザベルにぶん殴られたところはすぐに治ったのに、あそこだけ…。そうか、自分から悪魔なんて言ってたし、もしかしてこいつも…)


『ぐっひっひっひっ…さてさて諸君。皆様とのお遊戯もそこそこ楽しかったのですが、吾輩とても忙しい身。この国の者を全て喰いつくすという大事なお仕事も残っていることですし、そろそろ終わらせようと考えておりますです』


 おっと。

 考えがまとまらないうちに、コイツなんか言い出したぞ。

 一体何をやらかす気だ?


 そう言うとアバドンは、両手を上にあげ、脚を大きく開いて小刻みに震え始めた。


『1人ひとり殺すのはとても時間がかかりますのでね、賢い吾輩は、諸君を全員同時に皆殺しにさせていただきますね…』


 アバドンが蠢く早さが、どんどん加速していく。

 そして徐々にではあるが、その巨体が収縮を始めた。


(こ…これは…!!)


「みんな、僕の後ろに下がって!!少しアバドンから距離を取ります!」


 俺は咄嗟に叫びながら後方に跳んだ。

 アバドンが何をしようとしているかが、なんとなくわかったからだ。


 同時に身体中に魔力を練り込んでゆく俺。

 そう、練り上げるのは光の魔力だ。


「あいよ!」


「承知!」


『ワンワン!』


 みんなの退避を確認しつつ、俺は他の全員が避難する玉座の方を背にして立った。

 その間もアバドンはどんどんと収縮してゆく。

 あれだけ大きかったその巨体は、今は半分ぐらいの大きさにまでなっている。


(間に合ってくれよ…!!)


 俺は両手を前に出し、光の魔力を解き放った。


 パァァァァ…!!


 俺の前に顕れる二層の光の障壁

 それはあたかも強固な城壁のようだ。


『さようなら諸君。ご遺体の後始末の心配はいりませんよ?骨の欠片まで、全て美味しくいただきますので…ぐひひひ…』


 半笑いでよだれを垂らすアバドン。

 そして次の瞬間。


『炸裂肉団子ぉ~!!』


 ドバ…!

 ドババババ!!

 ドバババババババババババババ!!!


 間抜けな掛け声とは裏腹に、アバドンの肉体は凄まじい勢いで弾け飛んだ。

 

 アバドンを中心に全方位に向け、まるで機関銃の如く、怒涛の威力で発射される肉片&肉片、さらに肉片。

 炸裂肉団子とはよく言ったものだ。


 ズドン!

 ベシャア!!


 ズドドドン!!

 ベシャベシャベシャア!!


 玉座の間の壁、床、天井に、どんどん穴が開いていく。

 分厚い出入口扉にも肉片がめり込み、上からぶら下がっている良さげな布や、高級そうな赤絨毯も瞬く間にボロボロになっていく。


 ベシャ!

 ブシャ!!

 ベチャブチャア!!


(えーん!光の障壁にどんどん肉がひっついていくよぉ…!汚ねえ…)


 アバドンの自爆攻撃とも言える恐ろしい(恐ろしく気持ち悪い)攻撃は、その後しばらく止むことなく続いた。


 ※※


 ベチャ…。

 ギュルギュルギュルギュル!

 ベチャベチャグチャグチャグチャア…!!


 ばらばらになったアバドンの肉体が急速に復元されていく。

 心底不愉快な音を奏でながら。


『ぐひひひひ。やはりこの姿はいい。少々やり過ぎてしまうのが欠点ですがねぇ…。さて、美味しそうな挽肉は出来上がりましたでしょうか…?吾輩もうがまんできません…じゅるり…』


 だが。


『んん…?んん…!?な…なにぃ!!?』


 とうやら目の前の光景は、アバドンにとって予想外の物だったようだ。


「ふぅ…。いやぁ、今のは肝を冷やしましたよ…。本当に恐ろしい攻撃でした(…主に精神的に)」


 まさか自爆するとはな…。

 マジで光の障壁を張って正解だったぜ。

 変に炎とかで相殺してたら、もしかしたら小さい肉片とかがスルーされて、服とかが汚れちゃったかもしれないしな!


『な…なぜ故…?吾輩は確かに諸君らを…』


 どうやら、なぜ俺たちが生きているのかが理解できず、思考が追い付いていないらしい。

 まあ元々あまり頭が良さそうじゃないし、仕方ないよね。


「さあ皆さん!反撃開始といきましょうか!」

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