第52話 追い詰められた先に

「お初にお目にかかります、国王陛下。私の名はガラテア。この美しき王都の片隅にてガラテア工房という小さな工房を営んでおります。以後お見知りおきを」


 ガラテアは実に滑らかな所作で王に挨拶する。

 さすがは荒くれ者の鍛冶職人たちを統率する男。

 工房での最初の暴れっぷりからは想像もできない程、立派な立ち振る舞いだ。

 

「はっはっは。かしこまって自己紹介せずとも、老若男女、お前のことを知らぬものはこの王都にはおるまい。このグレイトバリア王国の技術の礎は、ガラテア工房によって支えられていると言っても過言ではないからな」


 王は笑顔でガラテアを褒めたたえる。

 一エンジニアが、ここまで一国の主に信頼されるということも稀なことではないだろうか。

 これもガラテアの、平素からの物事に対する姿勢や人徳によるものなのだろう。

 ワッツには到底無理な話だな(確定)。


「もったいなきお言葉、身に余る光栄にございます。我々のような者が、日々安心して鍛冶仕事に邁進できますのも、これ全て国王陛下の行き届いた統治の賜物と承知いたしております」


「ふっ。俺はあからさまな世辞は好かんが、この王都の技術に革命の風を起こしたお前にそう言われるのは素直に嬉しいぞ。ところで今日は、どのような話を聞かせてくれるのだ?」


 さっきまで嬉々として話していた王は、本題に入ったところで、ごく自然に顔から笑顔を消してゆく。

 それはガラテアも同じだった。


「はっ。恐れながら本日は思いがけず、かの有名なヴィンセント様とお話させていただく機会に恵まれました故、我が工房の存続に関するお願いに参った次第にございます」


「工房の存続…?ガラテア工房が潰れるわけないだろう?いや、寧ろ潰れてもらってはこちらが困るのだが……?」


 王がセドリック宰相に目をやると、宰相はガラテアの方へと向かう。

 そこでセドリック宰相は、ガラテアが懐から取り出した、1通の丸められた書状を受け取った。


「そ…それは…!!?」


 その瞬間、行き場をなくして所在なげに立ち尽くしていたピケットが声を上げる。


「どうしたピケット?よもやこの書状に見覚えがあるのか?…んん、なになに…、オリハルコン結晶…短剣の製作?…期日内にできない場合は……工房を接収だと?」


 みるみる王の顔が険しくなっていく。

 王とガラテアのやりとりで、ほんの少し和んでいた場の雰囲気は瞬く間にピリピリしたものに。


「オリハルコンの精製とは…何という無理難題。安心するがいいガラテア。このような荒唐無稽な書状は、国王の名において無効とする。たとえ契約が果たせずとも、俺がガラテア工房の存続を認めよう」


 そう言い終わると王は、眉間にシワを寄せてギロリとピケットを睨みつけた。


「…こ…国王陛下!?こ…これは違うのです。わ…私は、何も…」


「いえ、国王陛下。契約は果たされたのです。


 ピケットが、またぞろ苦しい言い訳をしようとしたところで、ガラテアが静かにそう呟いた。


「んん…?それはどういう意味だ?まさかオリハルコンが…」


 ピケットの言葉など、全く聞く耳を持たなかった王が、ガラテアの言葉には即座に反応する。

 その時ガラテアが、自身の懐から一振りの短剣を取り出し、王に示した。


 玉座の間に、今日一番のどよめきが巻き起こる。


 いつの間にこしらえたのか、様々な装飾が施された美しい鞘から、ゆっくりと抜かれた短剣。

 姿を現したその刀身は、見る者全てを魅了するような、白銀の輝きを放つ。

 

 騎士の長剣に比べれば、その刀身の長さも幅も、全てが小さいにもかかわらず、それを補ってあまりある絶対的な迫力と、もはや芸術と言っても過言ではないある種の神秘的な美しさに、誰もが圧倒された。


「な…なんということだ…。うむ…間違いない。それは間違いなくオリハルコンを素材とした逸品…。その短剣からは、我がグレイトバリア王国の至宝たる”聖剣”と同じ輝きが見て取れる…」


 王や宰相、陪席の貴族の他、汗だくのピケットまでが、目を見開いて言葉を失っていた。


「左様でございます国王陛下。そして本件に関しましては、そちらにいらっしゃいますレイン様…いや、レイン子爵様のまさに神の御業とも言うべき魔法の力で、御覧のとおりオリハルコンの精製に成功した次第でございます」


 あ!?

 ばかばか!

 別に俺のことは言わんでもよかったのに…!


「なんと…。それが事実なら、世界の歴史に未来永劫名を刻まれるであろう大偉業だぞ…?そも神代の聖遺物以外、オリハルコンを用いた武具などあるはずもないからな…」


 王は口元に拳を当て、輝きを放つオリハルコンの短剣を凝視する。

 セドリック宰相やマッチョ父も同じだ。


 (そ…そんなにオリハルコンってヤバイもんだったのか…)


 俺は密かに頭を抱える。

 

 まずい…ひっじょーに、まずい。

 だって俺、あん時テンション爆上がりのまま調子に乗って、変な形のキセルを2本も作っちゃったよぉ…。

 相手は国宝で、しかも聖剣ときた…。

 ふにゃっと曲がった聖キセルなんて聞いたこともないし、ゴ〇モンだってそんなの持ってないよ…。

 

 これはいよいよ、オリハルコンの無駄遣いをしたレイン君、死刑!…ってパターンか…?

 ド…ドラ〇も~ん!!


「こ…国王陛下!わ…私はこれを見越してガラテア工房にオリハルコンの精製を依頼したのでございます!そもそもその短剣の素となったオリハルコン結晶は、我がモートン家の家宝!さ…さあ、ガラテアとやら。その短剣を私に渡せ!今回は特別に、これで契約は成立したと認めてやろうではないか」


 突然何を勘違いしたのか、ピケットは言うに事欠いて、短剣を渡すようにガラテアに迫った。

 その表情はなぜか一転して明るい。

 やった一発逆転!…などと考えているのだろうか?


「そうでしたなぁ、ピケット侯爵閣下…」


 ガラテアはそう呟くと、スッとオリハルコンの短剣を懐になおしてしまった。


「お…おいコラ!なぜ剣をしまうのか!?それをさっさと私に渡せ!それは私の物だぞ!?」


 ピケットはガラテアの方に駆け寄り、跪いたままのガラテアの胸倉を掴む。


 ジロリ。


 ガラテアは、衣服を引っ張るピケットを一睨みすると、その場でゆっくりと立ち上がる。

 高い近い身長をほこるガラテアの胸倉を掴んでいたピケットは、哀れ、ガラテアの服を持ったまま背伸びをしてつま先立ちするような格好になってしまった。


「き…貴様…。あわわわわわ…!?」


 ぷっ…!

 くくくっ…あの格好…!


 他の貴族たちからも、失笑とともにヒソヒソと囁く声が聞こえる。

 

 確かに、子供が駄々をこねて父親にしがみついているように見えるなこれは、ぷぷーっ!

 横の父など、笑いをかみ殺して真っ赤な顔で半泣きだ。

 あ、セドリック宰相の変顔発見。


「ピケット侯爵閣下。剣を渡すわけには参りませんな。…いや、正確に言えば、


「な…なんだと貴様!!?」


 パッと掴んでいた胸倉を離したピケットは、なおもガラテアに詰め寄った。


「たわけたことを言うな!!私は署名入りの書状で短剣の製作を依頼しただろうが!!それが何よりの証拠!!剣は私の物だ!!」


 ガラテアは小さく鼻で笑うと、冷たい目でピケットを見下ろしながら言う。


「おっしゃるとおり、あなた様の依頼書面が何よりの証拠です。内容は一言一句覚えておりますよ?はらわたが煮えくり返る思いで何度も何度も読み返しましたのでな…」


 今度はガラテアが、一歩また一歩とピケットの方に詰め寄っていく。

 ピケットはというと、その迫力に気圧され、逆にすごすごと後退していく。


「き…きさ…きさ…貴様…」


「内容はこうでした…『ガラテア工房殿 当モートン侯爵家の至宝たるオリハルコン結晶の使用を許可する故、当該結晶を精製の上、短剣を製作せよ 期日は2週間とし、一切の猶予は認めない なお本件依頼を果たせぬ場合、当家の名の下、貴工房を接収する』…と。覚えておいでですね?ピケット侯爵閣下。…まあ覚えておられなくとも、今はセドリック宰相が原本をお持ちですが」


 …ドン…。


 ついに玉座の間の壁際まで追い込まれたピケット。

 壁を背にして、ガラテアを見上げる。


「ぬぐ…!?…そ…それがどうしたと…」


「書かれておりません」


「は…はあ!?一体何を…」


「ですので、あなた様からの依頼は、。造られた短剣の使途は書かれていないと申し上げております」


 汗だくで息を切らすピケットに対し、ガラテアは静かに呟く。


「な…なんだと…!!?ば…バカも休み休み言え!!短剣製作を指示したのは私だし、そもオリハルコン結晶は我が家の家宝であるぞ!!なればこそ、その短剣は私の物に決まっておるではないか!!」


 唾を飛ばしながら、必死の形相でガラテアに食って掛かるピケット。

 

 そりゃ世界に何本もないという聖剣(聖キセル含む…)に勝るとも劣らない超希少価値のある短剣が手に入るか否かの瀬戸際なら必死にもなるだろう。

 特にこういう欲の皮の突っ張った奴なら、なおさらか。

 だが。


「成程…。書状に書いてないことも事実として主張されるわけですな。ではピケット侯爵閣下…。我が工房は神代以降完全に途絶えたオリハルコン精製技術を発見した上、それを素材とした短剣の製作にも成功しました。…にもかかわらず、不逞の輩に我が工房を襲わせ、あまつさえ、私を含む鍛冶職人全てを皆殺しにしようとした蛮行…。それも書状には記されておりませんが、織り込み済みということでよろしいのですな?」


 …後姿からも伝わってくる怒気。

 ガラテアの声は冷たく、漏れ出す殺気を隠そうともしていない。


「うぬ…!し…知らん…知らんぞ!この私がそんなことを知るわけがなかろう!!王都でウロウロする冒険者崩れどものことなど、いちいち気になどしていられるか!!」


「ほう…。なぜ我が工房を襲ったのがだと?ピケット侯爵閣下は、ご自身が知りもしないことを見通す千里眼でもお持ちなのですかな?羨ましいことです」


「あっ…!?…あ…あぁ…いや…それは…」


 口を半開きにしながら、青い顔をするピケット。

 全身から汗を吹き出しながら、酷く狼狽する様子が見て取れる。


 ガコン…!


 その時、再び玉座の間の出入口が開き、1人の男性が駆け込んできた。


「申し上げます!グレイトウォール家が家臣、マッケンロー・サードホークが火急の報告をいたします!お館様のご命令により、捜索・差押・検証中のピケット侯爵の王都別邸より、多数の死体と廃棄されたハイポーションの空瓶を発見いたしました!」


 マッケンローと名乗った騎士風の男性は、玉座の間において大声でそう叫んだ。


「うぐぐぐ!?…くっ…くそが!どけぇい!!」


 ドスンドスン…!


 報告にきたマッケンローを物凄い形相で睨みつけたピケットは、唐突にその場から出入口の方へ向けて走り出す。


 おそらく逃げようとしたのだろうが、太り過ぎた身体と緩慢な動作においてはそれが叶うはずもなく、ガラテアがピケットの背中に膝を押し当て、軽々と抑え込んだ。


「ぎょひぃ!?」


 ピケットはうつ伏せの状態で完全に制圧され、辛うじて手足をばたばたと動かすことができるのみとなった。


「…俺が許す。報告を続けよ」


 王は静かにそう言った。

 その目からは、静かな、だが確かな怒りを感じる。


「は!発見された遺体は、その…損傷があまりにも激しいと申しますか…。か…辛うじてということが推認できます。…数はおそらく30~40名程ではないかと思われますが…、先に申し上げたような状態ですので、正確な数は把握できかねます…」


「生存者はいたのか?」


「いえ…モートン侯爵家の関係者の他は、誰も…」


 マッケンローは青い顔をしながら、報告を続けた。

 時折嘔吐を我慢しているその様子から、相当酷いものを見たのだろうということが伺い知れる。


「き…貴様ぁ!?…誰の許しを得て侯爵たる私の屋敷を…うぐっ!?」


 ガラテアがあらためて膝に体重をかけると、ピケットは情けない声を出し、再び沈黙した。


「国王陛下、多数の遺体につきましては、おそらく、先日来ご報告申し上げている、悪魔召喚によるものだと思われます。息子ヴィンセントも、我が父ライアンに取り憑いた黒い悪魔を目撃しております」


 不意に発せられたエドワードのその言葉に、あの変態黒山羊さんのことを思い出してしまう。

 チラリとユリの方を見ると、恐らく俺と同じことを考えているのだろう、げぇ〜という表情で舌を出していた。


「また、悪魔召喚には多くの犠牲……有り体に申し上げますと、生贄が必要とされておりますので、その儀式が行われた結果かと…」


「そうか…わかった。もういい」


 王は右手を上げてエドワードの言葉を遮ると、殺気の籠められた厳しい目をピケットへと向けた。


「もはやこれまでだ、ピケット。これまでの経緯から、お前が数多くの目を覆いたくなるような陰惨な犯罪を敢行したことは明白だ…」


「……」


 王は厳しい口調でピケットを責める。

 …が、ピケットはガラテアの下で動かない。


(…なんだ…?苦しくて気絶しちゃったか?けどそれにしてはなんか雰囲気が…)


 なにかおかしい。

 どうにもピケットから嫌な気配が…。


「最後に何か弁明はあるか?あるなら聞こう」


 王が最後通牒と言わんばかりにそう告げる。

 だがその直後、ガラテアの脚の下で、ピケットが不気味に蠢いた。


「…ぐひ…ぐひひひひひひひ…。では、少々よろしいですか…?」


(これは…魔力!?まずい…!!)


「ガラテアさん!!逃げて!!」


 突然ピケットから噴出し始めた異様な魔力。

 俺はただならぬ雰囲気を感じ、力一杯叫んだ。

 …だが…。


 ブッシュウゥゥゥ…!!


 その刹那、舞い散る血煙。

 王や宰相、そして高名な貴族たち。

 そこにいる誰もが、目を疑う。


 突然のことに静まり返った玉座の間には、ピケットから発せられる、低く不気味な笑い声が響いていた。

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