第51話 ピケット包囲網
玉座の間では、ピケット侯爵がご機嫌さんでふんぞり返っていた。
自分のことをみんなが認めてくれていると勘違いしているのだから、それも当然だろう。
そんな中、王と俺たちのやり取りを見ながら、1人変な顔をして首を傾げるマッチョ父。
(うんうん、さすが父。そうだよね。それが
「では最後にグレンフィードよ、お前に尋ねる。お前は何故そのようにおかしな顔をしている?ピケットが王国のためにと、ああも熱心に弁舌をふるっていたというのに」
少し間を置き、王はニヤリとしながら、最後にうちの父に問いかけた。
父は頭に”?”のマークを浮かべつつ、しどろもどろに王の質問に答える。
「は…はぁ…。ピケット侯爵閣下の御高説は、私もしかとお聞きしました。し…しかしその上で些かの疑問が…」
父がチラリとピケットを見る。
他方ピケットは、非の打ち所がないはずの自分の主張に何かケチをつけられるとでも思ったのか、途端に顔を真っ赤にし、父に向かって怒鳴りつけた。
「何が疑問なのか!!貴様のような卑しい身分の者が、上級貴族たる私の言葉に異を唱えるというのか!?身の程を知れ、身の程を!!」
全員の目が父とピケットに注がれる。
だが父の口から出た言葉は…。
「い…いえ…。違を唱えると申しますか…その…。そもライアン公爵閣下は
「何ぃ…?」
ピケットは相変わらず、蔑むように父を見る。
「ラ…ライアン公爵閣下がお亡くなりになったなど、そのような国家の一大事があれば、さすがに私の元にも情報が入ってくるかと…。…ライアン公爵は本当に、お…お亡くなりになったのですか?」
疑問に満ち満ちた顔で、ピケットに問いかける父。
「ふん!田舎貴族は人の話もろくに聞けんようだな!!先程グレイトウォール家の訃報を記した書状を見て、国王陛下と宰相閣下がお話になっていただろうが!!」
凄い剣幕でそう叫びながら、王とセドリック宰相の方を右手で示すピケット。
ピケットはうまく会話が噛み合わない父にイラついているようだが…。
ふふふ、果たして
「…ピケットよ、少しいいか?」
「はっ!国王陛下、なんなりと!!」
王からの不意の問いかけに跪くピケット。
腹の肉が邪魔になっているのか、その動作はあまりに緩慢だ。
一体何食ったらそんな腹になるんだよ…。
「さっきからお前の話を聞いていて、俺も少々疑問に思っていたんだがな…。なぜお前はライアンが死んだと思ったんだ?」
「は…?そ…それは…先程も申し上げましたように、国王陛下や宰相閣下が…」
「そうか?俺や宰相は、
「…!?…そ…それは…」
この時はじめてピケットの顔色が変わった。
優しかった王の口調はだんだんと厳しくなり、声のトーンも低い。
質問は既に”
「そ…そうですか。は…ははは!このピケットとしたことが、とんだ勘違いを!!しょ…書状です。書状です、我が王よ。先程エドワード様が呈示された書状にそれが書かれていたではありませんか!このピケット、目の良さには定評がありましてですね。遠目にチラリと見えてしまったのでございます…!」
顔に張り付けた愛想笑いとは裏腹に、全身から吹き出る汗でぐしょぐしょに濡れているピケット。
服を絞ったら汗がしたたり落ちそうだ。
…おえ。
「ほう…?書状とはこれのことかなピケット侯爵よ。お前はここに書かれている内容が見えたと言ったな?素晴らしい視力だな。よかろう、ではこの書状を皆の前で音読することを許す。さあ、手に取るがよい」
ゆっくりとピケットの方に歩み寄り、先程エドワードから渡された書状を、今度はピケットに手渡すセドリック宰相。
謁見の前、俺たちに接してくれたときのような朗らかさは鳴りを潜め、今その声はただただ恐ろしく冷たいものだ…。
多分俺が怒られている立場だったら、ちびっちゃうかも…。
「は…はい。では読ませていただき…うっ!?こ…これは…!!」
汗まみれの顔をさらに歪めるピケット。
言葉を発しようとするが、何度も詰まり、なかなか内容を読み上げようとしない。
玉座の間にどよめきが起こる。
「静まれ皆の者。静かにせんと、ピケット侯爵殿の美声がよく聞こえぬではないか。さあ読め…、読まんか!ピケット!!」
「ぐっ…!!」
セドリック宰相の一喝に、ピケットは顔を真っ青にして歯を食いしばる。
ふっ…。
俺も余裕ぶってるが、今の声に吐きそうなぐらいビビったぜ…。
ちょ…ちょっとちびったかも…。
震える声でピケットは書状の内容を読み上げ始めた。
「は…拝啓……国王陛下…。わ…私ことラ…ライアンは…ライアンは…きょ!?きょ…今日も…今日も元気に復興したスラムの視察に…来て…おります…ぞ…。こ…ここの宿舎は快適で…食事もうまし…。き…気分は半分バカンスです…ら…らんらんらん…」
書状にはまだ続きがありそうだが、そこまで読み進めるとピケットは黙りこくってしまい、挙句読んでいた書状を床に落とした。
そりゃそうだ。
死んだと思っていたライアン爺さんが、王様宛に筆を執っているんだ。
ましてやそれが、ピケットの思惑どおりに死ぬどころか、元気はつらつランランランときたもんだから、そのショックたるやなおさらだろう。
「どうしたピケットよ?少々顔色が優れないようだが」
王が玉座からピケットを見下ろす。
その冷たい視線と口調は、大声を出したセドリック宰相よりも一層迫力がある。
さすがは王様…、こっちも怖え…!
「こ…これは何かの間違いです。そ…そうです!勘違い…、勘違いです!!このような誰にでもある勘違いをそう攻められましても、困ってしまいますな!!勘違いなど、誰にでもあることでは!?さ…最近我が家の親類が亡くなったので、それと混同してしまっておりました…。は…はははは…!」
あまりにも苦しい言い訳をするピケット。
しかしこれは想定内。
ああだこうだと、口八丁で言い逃れしようとすることは事前に予想できていた。
その時、ヴィンセントがチラリと俺の方を見た。
俺もそれに合わせて小さく頷く。
するとヴィンセントが王へ進言を始めた。
「…お話の最中申し訳ありません、恐れながら国王陛下。突然ではありますが、是非とも王に面会させたい者がおりますれば。厳粛なる謁見の場とは存じますが、面会をお許しいただけないでしょうか…?」
「ふむ、お前ほどの者が申し立てることだ、近所を散歩中のご老人…などということはなかろう。許す。通すがいい。……ところでピケットよ、お前はどこへ行こうというのだ?その場で控えていろ。一歩たりとも動くことは許さん」
「は…はっ!しょ…承知いたしました」
王がヴィンセントと話している間に、抜き足差し足で、そっとこの場から抜け出そうとしていたピケット。
お前みたいなでかい奴、動いたらばれるに決まってんだろうが。
ま、万が一王が気付かなければ、俺が床に縛り付けてやるつもりだったけどね!
「国王陛下、最初の者たちが来たようです」
「うむ。よくぞ来た、俺はこの国の王ルーファス・グリフィン・グレイトバリアだ。お前たちも名乗るがいい」
ヴィンセントが案内すると、王はそう言って玉座の間に現れた2人に言葉を掛けた。
王の前で跪くのは2人の
そう、よく見知った2人の女性だ。
「お初にお目にかかります、国王陛下。アタシの名はイザベル。王都のスラムの住人でさぁ。しゃべり方がなっちゃねぇのは、どうか勘弁してくださいな」
「初めまして国王陛下、うちはユリ・エチゼンヤと申します。王都のすみっこで、エチゼンヤ商会という小さな商家を営む父の手伝いなどをいたしております」
「面を上げるがいい。…うむ、これは驚いたな。王都でも有数の巨大商家の娘と、長年スラムの支配者として君臨した女帝の取り合わせとはな。…だが、いずれにしてもお前たちのような美女と会えるなど、今日はよい日であるな。はっはっはっ」
ゴホン!
咳払いとともに、セドリック宰相がジロリと王を睨むと、王は肩をすくめた。
「あっはっはっは!おいおいおい、聞いたかいユリ?アタシらが美人だってさ!いいねぇ、この国の王様はよくわかってるじゃないか!」
跪いたまま隣のユリの肩をバンバン叩くイザベル。
うへぇ、痛そう…。
「あいたたた!ちょ!痛い、痛いやんか!す…すんません!…恐悦至極に存じます」
王は突然爆笑し始めたイザベルを咎めるでもなく、一緒になって笑っている。
ユリも叩かれた肩をさすりながら苦笑いだ。
ピケットだけは下を向いたまま動かないが…。
(うひゃあ…。イザベルの奴、いきなりぶっ込んだな。だ…大丈夫か、あんなこと言って。ユリはあれでしっかりしてるから、あんま心配はしてないけど…)
「ふふふふ。さすがは数多くの冒険譚で世界にその名を馳せた冒険者イザベルだな。俺を前にしてのその豪胆な態度。寧ろ好感が持てるぞ?」
おぉ…、お咎めなし!?
ふぅ、よかったよかった…ってなんで俺が冷汗かかないといけないんだよ!
というかイザベルってそんなに有名な人だったの?
「そりゃどうも。ま、
罪を告白する前に、早々と不敬罪で打首獄門になるんじゃないか?という俺の心配をよそに、イザベルは話を進めていく。
ユリはユリで、こき使うとか言うなや!というジト目でイザベルを見ていた。
「ふっ、罪ときたか。ではお前が犯した罪とは何だ?」
王は真っ直ぐにイザベルを見据える。
そしてイザベルも王を真っ直ぐに見上げた。
「アタシは先日スラムの仲間と一緒に、ここにいるユリ・エチゼンヤ他2名が管理する荷馬車を襲撃し、積荷として積載されていたハイポーションを強奪したのさ」
一瞬ピケットの背中が小さく揺れた。
「ほう…。エチゼンヤ商会の荷馬車を襲い、あろうことか、貴重なハイポーションを強奪したと…。それが真実であれば、俺はお前を罰せねばならんが…相違ないか?」
王は、それが当然犯罪になると前置きした上でイザベルに問いかけた。
だがそんな言葉に臆するイザベルではない。
一切躊躇することなく、毅然と答える。
「事実さ。金で雇われたのさ。雇い主はラプトン商会っていう奴らで、何故か不思議と積荷がハイポーションであることを知っていたみたいだったよ。奪い取ったハイポーションは、全てそいつらに渡したねぇ。…ま、噂で聞いた話じゃあ、元々ラプトン商会に指示を出した胴元は、そこで豚みたいにうずくまってるピケット侯爵さんってことらしいがねぇ?」
イザベルは片眉を上げて笑いながら、吐き捨てるようにそう言うと、顎でピケットを指した。
「ぶ…豚だと!?き…きき貴様ぁ!?スラムのゴミが一体誰に向かって…」
名前を挙げられたピケットは立ち上がり、烈火の如く怒りを撒き散らす。
だが。
「黙れ、お前に発言を許した覚えはない。2度は言わんぞ、黙れ」
「はっ…ははあ!」
恐ろしく殺気の籠った声に、ピケットはもちろん、他の貴族までが縮み上がる。
…さすが、王様ってのは、伊達じゃあないな…。
「ふっ…、信じる信じないは王様や宰相さん次第だがねぇ。アタシからは以上さ」
そう言って再び跪くイザベル。
ふぅ…緊張した。
「では次にユリ・エチゼンヤよ。先程のイザベルの話に間違いはないか?」
「はい、間違いございません。確かにここにいるイザベルさんに、
王の問いに、今度はユリが答える。
「ほう、ハイポーションはグレイトウォール家へ納品するための物であったか。そしてそれを奪われたと…。成程、イザベルに強奪を指示した者は、”何かグレイトウォール家にハイポーションを渡したくない理由があった”ということか…。ふむ…他に何かないか?」
王は、時折厳しい目でピケットを見ながら話を進める。
「はい。この件と関連があるかどうかは不明ですが、最近ラプトン商会の人間が、王都の商家に対し、そこにいるピケット侯爵閣下の傘下に入れと恫喝して回り、さらにそれに従わないうちらのような店には、各所に商品を卸さないように圧力をかけるという蛮行が横行しております。…そしてその話の中では…」
ユリは視線を落とし、少し言い淀む。
「どうした?遠慮することはない。続けよ」
だが王に優しく諭されると、ユリは顔を上げて言葉を続けた。
「はい…。大変申し上げにくいのですが…。その折、ラプトン商会の者曰く、ライアン財務卿は間もなく退任されると…。そしてその後任は、そこにおられるブタ…やなく、ピケット侯爵閣下という説明を受けたのです!」
ユリの言葉に静まり返る玉座の間。
全員の刺すような視線がピケットに注がれる。
(さて、この状況でピケットはどう出るかな…?)
王は、その痛いほどの沈黙を破り、ピケットへ水を向ける。
「…ということだが…。ピケットよ、どうだ?この2人の言い分に、何か反論はあるか?」
王の言葉にピケットは、スッと顔を上げると、さっきとは一転して冷静な口調で話し始めた。
「…では、恐れながら国王陛下。私には反論などございません」
お?
これは予想外。
ちゃんと悪事を認めるのか?
「ほぅ、反論はないか…。ではこの者らの言うとおり、お前自身が何らかの理由でグレイトウォール家へ届けられる筈だったハイポーションを強奪するように全ての指示を出した…と認めるわけだな?」
頬杖をついたままの王は、長い脚をゆっくりと組み直すと、淡々とピケットに問いかける。
「く…くくくっ…あっはっはっはっ!!国王陛下。そうではございません。反論しないと申し上げたのは、これらは全て反論する価値すらない、その者らの妄言だからです!」
ピケットは、汚らしい物を見るような目でイザベルとユリとを交互に見ながら、ゆっくりと首を横に振った。
その顔に汚らしい笑みを張り付けて。
「そもそもこ奴らの言うことは、何の証拠も無い全て想像でしかない絵空事。私は確かにラプトン商会を御用商人として抱えておりますが、そんな指示を出した記憶などございませんな。一体何を根拠にそのような世迷言を吹聴するのか、正気を疑います」
ニヤニヤとうすら笑いを浮かべ、肩をすくめてそう言い放ったピケット。
どうやら相手が自分より立場の弱い者であれば、傘にかかって攻めるらしい。
記憶にございませんって、どっかの政治家かよ。
「ふむ、成程。確かにお前の言うとおり、今のところ物的証拠は何もない状況ではあるな」
「そうでしょうとも。この下衆な平民風情が、よくもまあ尊い血が流れる貴族の私に向かって数々の暴言を吐いてくれたものです。こんな誹りを受けた私は寧ろ被害者ですぞ!?…どのようにして償ってもらおうか、今から楽しみで仕方がありませんなぁ…ぐひひひっ…」
イザベルやユリの全身をじっくりと舐め回すように何度も見て、じゅるりと舌舐めずりするピケット。
ユリが小声で、おえぇ気色悪…と呟く声が聞こえる。
「さて、国王陛下。私も侯爵として何かと忙しい身。いつまでもこのような茶番に付き合っていられるほど暇ではございません。早々にお暇させていただきますぞ」
そう吐き捨てて億劫そうに立ち上がると、玉座の間から足早に立ち去ろうとするピケット。
だが、その時。
出入り口の方から、再び聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おお!こんな場所でお会いするとは奇遇ですね、ピケット侯爵閣下。本日かの有名なヴィンセント様からお声かけいただいた私めの話がまだ残っております故、今しばらく、お付き合い願えませんでしょうか?」
渋い声の主は、一歩また一歩と赤い絨毯の上を歩く。
そして王のもとまで来ると、その大きな身体を軽やかに翻し、サッと跪いた。
そう。
新たに玉座の間に現れた者。
それは王都随一の工房を構えるドワーフの工房主。
ガラテアその人だった。
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