第50話 ピケット侯爵ご満悦
突然の男の乱入に、シンと静まり返る玉座の間。
さっきまでの喧騒はどこへやら、キンと耳鳴りがする程の沈黙が訪れる。
しばらく続く張り詰めた空気。
口火を切ったのはセドリック宰相だった。
「王の言葉を遮るとは何事だ!無礼にも程があるぞ、
物凄い剣幕で、しゃしゃり出てきた男を怒鳴りつけたセドリック宰相。
だが問題はそこじゃあない。
今宰相は、大変な名前を口にしたぞ…?
(…あいつが…ピケットか…!!)
俺は貴族たちの列の中から出てきたピケットを凝視する。
セドリック宰相に怒鳴りつけられながらも、何やらニヤニヤとしたその表情に、反省の色など微塵も感じられない。
併せてこれまでの様々な出来事や、それに否応なく関わって来た人たちの姿が頭の中を駆け巡る。
ブワッ…!
一瞬頭に血が上り、身体中の毛がゾワッ!と逆立つような感覚。
俺の身体からほんの少し、ほんの少しだけだが、殺気が漏れ出てしまう。
その様子に、父がギョッとして俺を見る。
父だけでなく、王やセドリック宰相も俺の殺気に気付いたのか、同じ反応を示した。
(…おっと、いかんいかん…深呼吸、深呼吸…スーハー…スーハー…)
「…よい宰相。ピケットよ、国としての決定が不服と言うのだな?よかろう、発言を許す。理由を言ってみろ」
でっぷりとした体格のピケットは、のっそりと前に出る。
その体型が原因なのか、ちょっと歩いただけでかなり暑い様子で、既に汗だくだ。
そのうち、息をするのも面倒くせぇ〜とか言い出しそうだな。
「では申し上げます、国王陛下。このような奴原に大きな昇爵を許しては、みすみす謀反の機会を与えるようなものですぞ?」
ピクッ…。
一瞬、王の眉間が少し動いたように見えたのは俺だけか?
しかし…謀反とは…。
俺や父が王国に反旗を翻すかもしれないってこと…?
どこからそんな発想に?
「こ奴らプラウドロードは王国の南の端の端のそのまた端の田舎貴族…おっと失礼、辺境の貴族にございます。いかに国王陛下と親しい間柄といえども、そのような僻地の者に高い爵位を与えれば、途端に増長し、謀反を企てることは目に見えております。…いや、寧ろ王国に弓引くため陛下に取り入り、これ幸いとばかりに、わざわざ東方の蛮族などと手を組んだのやもしれません!」
蔑んだ目で俺たちを見下しながら、講釈を垂れるピケット。
片や王に対しては、さもうちの家が謀反人であるかのように、一生懸命説明している。
身振り手振りを交えながらの説明だが、正直汗が飛んでくるのでやめてほしい。
…しかし言いがかりも甚だしいな。
それにさっき王は、マッチョ父のことを”ツレ”って呼んでたんだぜ…?
そんないかにも親しい間柄の2人を捕まえて、よく謀反がどうのこうの言おうと思ったな…。
ほら…周りの貴族たちがどんどんお前から距離を取っていってるぞ?
「ふむ…成程。遠く南方を護るグレンフィード家が謀反を企てているとな…?」
王は玉座に肘をつき、その手に顎を乗せたまま無表情に相槌を打つ。
ドカッと足も組み始め、一瞬で機嫌が悪くなったのがありありと伝わってきて、場の雰囲気もピリピリしたものに…。
…が、そんな他人の感情の機微にピケットはまったく気付く様子もない。
「そうです!加えてスラムの薄汚れた浮浪者どもにしても、僅かな金を餌にして食い付かせたに決まっております!エチゼンヤ商会の卑しい商人どもが考えそうな手ですな!陛下!私ならもっと上手く、そして効率的に奴らを
(か…管理…?飼育…?……この野郎…)
胸を張り、でかい声でそう言い切ったピケット。
本人はまるで悪びれる様子もない。
本心からそのように思っているのだろう。
イザベルやスラムの住人たちを捉え、管理やら飼育やらと言い放ったにもかかわらず、だ。
その場に再び訪れる重い沈黙…。
その静寂は、一層ピケットのしたり顔の醜さを際立たせる。
さすがの王国貴族たちも、ドン引きだ。
父は元より王やセドリック宰相も、ピケットの人を人とも思わぬ発言に絶句している。
シロなど、アホらしいとばかりに、既に爆睡だ。
「(ぐひひひ…決まった…!生意気な田舎貴族が辺境伯だと?そんなこと許せるはずがなかろうが!バカも休み休み言え!この私が手ずから阻んでやったこと、光栄に思うがいいわ!!)」
ガコン…!
その時だった。
玉座の間の出入口扉が不意に開き、聞き慣れた声が聞こえた。
「謁見の最中、申し訳ございません!失礼いたします!!」
後ろを振り返るとそこには、白を基調とした美しい鎧と青色のマントに身を包んだヴィンセントが、颯爽と玉座へ向かって歩いてきているところだった。
(おぉ…あれが騎士の正装…。かっこええ…)
そしてその横にはもう1人。
年齢40歳ぐらい、長い金髪を後ろで束ね、こちらは輝く銀色を基調とした鎧と紅いマントを着装した、いかにも騎士といった様子の男性がおり、ヴィンセントと一緒に悠然と歩いている。
ざわ…ざわざわ…。
ピケットのとんでも発言で停止していた時間が再び動き出したかのように、玉座の間は再び喧騒に包まれた。
跪く俺と父の側を通り過ぎていく男性騎士とヴィンセント。
ヴィンセントは俺と目が合うと、キラリと軽くウインクしてみせた。
あぁ…きっとこういう仕草に世の女性たちはコロッといっちゃうんだろうな。
天然でやってるから、よけいに始末が悪い…。
…万が一にもうちのエリーに同じことをしようものなら、そのキラキラしたお目目を縫い合わせて二度と開かないようにするからな?
男性騎士とヴィンセントは、そのまましばらく歩き続けると、俺たちと王の間ぐらいの場所にサッと跪く。
「国王陛下、宰相閣下、厳かな謁見の儀の最中、申し訳ございません。まずは非礼をお詫びいたします。そしてグレンフィード殿、レインフォード殿、せっかくのめでたい場を汚してすまぬ。どうか許してほしい」
男性騎士は王や宰相だけでなく、俺たちにまでしっかりと謝罪する。
空気を読んで黙礼で応える父からは、もったいなきお言葉、恐悦至極にございます!と聞こえてくるようだ。
「かまわん、エドワード・グレイトウォールとその息子ヴィンセントよ。火急の用向きがあれば、いかなる場合も即時進言せよと、常々指示を出しているのは俺だ。申せ」
「はっ!恐れながら、我が父ライアンのことにつき、お知らせせねばならぬことが…」
そう言って、エドワードと呼ばれたヴィンセントの父親と思われる男性は、ゆっくりとセドリック宰相の方へと近づくと、1通の書状を手渡し、また元の位置へとかえる。
丁寧になされた封蝋を開き、エドワードから渡された書状に目を通すセドリック宰相。
しかしその途中でカッと目を開き、食い入るように読み進める。
それを読み終えたセドリック宰相は、視線を落としながら、そっと王へ近づき、何やら耳打ちしている様子。
すると。
「…そうか…ライアンが…」
ドスン…。
王はため息をつきながらそう呟くと、玉座の背もたれに力なくその身を預け、言葉を発しようとはしなかった。
セドリック宰相もその側で佇立したまま微動だにせず、エドワードやヴィンセントも跪いて下を向いたままだ。
陪席の貴族たちも、何やらヒソヒソと囁き合っている。
だが、この場でただ1人、内心大喜びして小躍りする者がいた。
そう、ピケットである。
「(これは…!これはこれは…!?やったぞ、ついにライアンのジジイが死んだのだ!そうに違いない…!ぐひひひひぃ!!来たぞ来たぞ来たぞ来たぞ来たぞぉ!我がモートン家の時代の到来だぁぁ!!)」
でっぷりとした腹を上下にゆっさゆっさと揺らしつつ、さらに前に出てきたピケット。
興奮でますます汗だくになり、無駄に高級そうな服も、首回りや脇の下がぐっしょりと濡れている。
そして…。
「…国王陛下、宰相閣下。そしてグレイトウォール公爵家の御二方…。此度はライアン公爵閣下という、誠に惜しい人を亡くされた…。我が国の屋台骨を支える財務卿でもあったライアン公爵の訃報に、この不肖ピケットの胸も張り裂けんばかりにございます…うっ…うぅ……」
上等そうなハンカチを取り出して目にあてがい、そっと涙を拭う仕草を見せるピケット。
どう見ても嘘泣きに見えるのは俺だけ?
「しかし…しかしです!!我々はここで泣いて立ち止まるわけには参りませぬ!我らがグレイトバリア王国は未だ発展の最中、そして隣国グレゴリウス帝国にあっては益々その国力を増大させている次第!このような時こそ、我らが一致団結し、心を1つにする必要がありますれば!」
王は体勢を変えず、視線だけをスッとピケットに向ける。
セドリック宰相も同じだ。
当のピケットはというと、いよいよ悦に入ってきたのか、声高に何やら主張している。
「この王国をより高きに…いや、世界の中心とすべく!誠に…誠に僭越ながらこの私が!この不肖ピケットならば!志半ばでこの世を去られたライアン財務卿の跡目を継いで新たな財務卿となり、身命を賭して王国の発展に尽くす所存でございます!国王陛下!!何卒、何卒私を財務卿にぃぃ!!」
き…決まった…!これで私の財務卿就任は揺るぎないものに…!!…とでも言いたげな、超ご満悦な表情のピケット。
うわぁ…なんかちょっとよだれ出てるし…。
「そうか…。ピケットよ、お前の不退転の決意しかと聞いた。これまで
王は静かに、そして何かを確かめるようにピケットに問いかける。
「相違ございませぬ!間違いありませぬ!!全ては王国のため、そして民のため!私がライアン財務卿の遺志を継ぐ覚悟にございます!」
間髪入れず返事をし、身体を直角に曲げて礼をするピケット。
身体中の脂肪のせいで、動作は緩慢だが。
「宰相よ…ピケットの言葉、確かに聞いたか?」
「はい。しかと」
王はセドリック宰相に問いかけた。
「エドワードよ、お前はどうだ?」
「はっ!確かに聞きました!」
エドワードも王へ返答した。
「ではレインフォードよ。お前はどうだ?」
「はい!ピケット侯爵のお言葉、しかとこの胸に刻みました!」
王の問いかけに、俺も元気よく答えた。
その間も、ピケットは笑顔でうんうんと頷いている。
この場のみんなが自らの決意表明の証人になってくれた!とでも言わんばかりの満面の笑顔で。
ふふふ…。
ほんと、あんたは立派だよ…ピケット侯爵さん。
大層なご高説だったが、それは結果的にこの場で
さて…。
そろそろ年貢の納め時だな。
おっしおきターイム!…だぜ?
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