第30話 さようなら大草原、こんにちはエリーの萌姿
ブリヤート大草原に、今日も爽やかな風が吹く。
つい先日まで、湖が枯れていたり、地面からでっかいミミズがこんにちはしたりしていたのが、まるで嘘のようだ。
ブリヤート大草原の3つの湖やそこを流れる川は、現在すべて元通りとなり、それぞれが美しい姿を取り戻している。
俺はセルジの特訓の総仕上げを兼ね、2人で草原を巡り、各地の湖を満タンにして回った。
セルジはその都度、青い顔をしていたが気にしない。
「お世話になりました。皆さん、お元気で」
シロに乗った俺は、集落の出入口で言った。
そう。
今日は、平和を取り戻したブリヤート大草原から、俺の実家のあるエリーゼ地方に帰る日なのだ。
「レイン殿。貴殿には本当に世話になった。一族を代表し、心から感謝する」
深々と頭を下げるバゼル。
他のブリヤート族も続けて頭を下げた。
「色々ありがとな、レイン!けどさ、あたし自分が魔法使いだなんて思いもしなかったよ!これからは色々特訓してさ、兄貴やあんたに負けないように頑張るからな!」
ホランは頭の後ろで両手を組み、笑顔でそう言った。
あれだけの身体強化が天然でできるんだ。
心配はいらないだろう。
「ええ。魔法はイメージです。しっかりとしたイメージがあれば、あとは何度も反復して訓練するだけです。楽しみにしていますね」
そしてセルジが前に出る。
「レイン、お前には本当に世話になった、心から礼を言う。ありがとう」
セルジは俺に右手を差し出してきた。
俺はにっこりと笑い、その手を強く握り返す。
「小さな手だ…。あの訓練の日々で、少しはお前に近づけたと思ったのだがな。サンドワームとの闘いぶりを見たとき、レインに遠く及ばないどころか、まだその背中すら見えていなかったと思い知らされたよ」
セルジは少し眉を下げ、苦笑いしながら言った。
「ふふふ。これでも一応形式上はセルジの師匠になるんですからね?そう簡単に超えられる目標なんて、そっちだって張り合いがないでしょう?」
シロの頭をモフりながら俺は答えた。
「ははは、違いない。俺は今後もホランや父上とともに、レイン流魔法塾の修業を続けるとするよ。必ずまた会おう」
「ええ。今後は交易も盛んになります。機会があれば、今度はゆっくりうちの家で泊まって行ってくださいね。超可愛い妹もいますので。…あ、変なことしたら粉々にするから…」
最後の小声の呟きに、セルジの顔色が若干青くなった。
ああ、そう言えば大事なことを忘れていた。
「ところでバゼル殿、本当によかったんですか?こんな大きな魔石を3個も頂いてしまって」
俺は持っていた荷物の中から、黄色く輝く、バレーボールぐらいの大きな魔石を1つ取り出した。
これがかなり荷物のスペースを圧迫してんだよね…。
それは集落の人々によって解体された、3匹のサンドワームから取り出された魔石だった。
しかしでかい…。
「うむ、かまわん。解体したサンドワームの肉は保存食にできるし、血液も薬の原料にできる。魔石についてはどうせ我々には必要のない代物だ。お主が言うには、土の力を持った魔石なのだろう?特に我らにその力が必要だとは思えんのでな」
バゼルをはじめ、セルジやホランも頷く。
俺はそこでふと考えついた。
「あ。確かに土の属性では皆さんはあまり使うことがないのかもしれませんが、もしこれが水属性ならどうです?魔石に魔力を込めたら、あら不思議!ウォーターサーバーのようにおいしい水が出てきましたよ、奥さん!っていう感じならいいんじゃないですか?」
おっと、つい某通販番組のように変なことを口走ってしまった。
「うむむ…?何やらようわからんが、水が出てくるならそれは重畳。毎日湖に水を汲みに行く必要がなくなるからな」
バゼルは腕を組みながらそう答えた。
「じゃあそれでいきましょう!1個作ります!」
今後万が一異常気象等で湖が枯れたとしても、水が出る魔石が1つあれば俺も安心だ。
セルジの魔力育成にもきっと一役買えるだろうしな。
…もちろん、羊毛やおいしいチーズをしっかり作ってもらわないといけないしなぁ…ぐへへへ。
最後はちょっと邪悪な笑みがこぼれてしまったが、そこはそれ。
おれは右の掌に魔石を乗せると、水の魔力を練り始める。
そして。
「むむむ…えいっ」
すると黄色く光っていた魔石は、見る見る美しい青色へと変わっていく。
若干くすんでいた色も、俺が魔石の属性変換を行った後は、以前よりも青く澄んだ輝きをたたえている。
「はい、セルジ。ちょっとこの魔石に魔力を込めてみてください」
俺はセルジに魔石を手渡した。
セルジは戸惑いながらも魔石を受け取り、魔力を込めた。
すると。
ドバアァァ!!
「うわっ、冷た!?…と言うよりも…み…水が溢れ出てきたぞ…!!」
集落中がざわめいた。
みんなが目を丸くしている。
ぷぷっ…セルジはびしょ濡れだ。
「レイン、こ…これは?」
「土属性の魔石を水属性に変えました。これでもし、また何らかの原因で水不足に陥っても、最低限の飲料水は確保できるはずですよ。あと魔石に魔力を何度も込めることで、魔法に慣れる訓練にもなりますからね」
俺は人差し指を立て、笑顔でそう言った。
「ふむ…。魔石とはこのように便利なものであったのか…。しかしよいのか、レイン殿?このような貴重なものを頂いても」
バゼルが申し訳なさそうに聞いてくる。
「いいんですよ、別に大したことじゃあありません。その方が交易相手である当家も安心できますしね」
「そうか…。重ね重ねすまんな。しかし本当にお主は少年か?と疑ってしまうぞ。その魔法の力は、まるで御伽噺の創造神のようだな」
バゼルはそう言って空を見上げた。
創造神…。
その様子に、俺はふと尋ねてみる。
「あの、御伽噺の創造神とはどのようなものなのですか?」
「うむ?あぁ、国や地方で違いはあるかもしれん話だがな。お主は知らないか?この世の全ては創造の女神が作ったという話だ。…海、空、大地、そして我々人族やエルフやドワーフ。果てはその他の種族をはじめ、生きとし生けるもの全てを創造した女神は、今も天上から我々を見守っているとされている。ふふふ、まあ子供の頃に誰もが聞かされる御伽噺であるな」
ほう。
ほほう。
女神様ね!
その人知ってるかも!
「その御伽噺の女神様に名前などはあるのですか?」
俺は続けて聞いてみる。
すると横からホランが答えた。
「さぁ、女神様は女神様だろ?名前なんて無いんじゃねぇか?聞いたことねぇなぁ」
そうか…。
あ、そうだ!
言いこと思いついたぞ!
「確か僕はどこかで、ルーシア…創造の女神ルーシア様と聞いた気がします。まあ正しいかどうかはわかりませんが…」
それを聞いたセルジが俺に続く。
「成程、創造神ルーシアか。特に違和感は感じないな。ふふ、エリーゼ地方は信仰にも篤いのだな、素晴らしい。どうでしょう父上?せっかくレインから創造神の名前を聞いたので、ここはぜひ縁起を担ぎ、この魔石をルーシアの魔石と命名し、皆で大切にできないでしょうか」
「うむ。よかろう」
バゼルは笑顔で快く頷き、セルジの提案を承諾した。
おお。
セルジが何やら勘違いしているようだが、これは結果オーライ。
俺に魔法の力をくれた女神ルーシアが、バゼルの言う創造神なのかどうなのかは知らんが、まあ仮に間違っていたとしても神様には変わりないんだし、多分親戚かなんかだろう(適当)。
たしかあの時、『無理に私への信仰を広める必要などはありませんよ』てなことを言ってたような気もするが、逆に言えば、『うへへ…ちょっとぐらい広めちゃくれませんかね、旦那ぁ』って感じにも聞こえるしな。
まあできることはやっておこうではないか。
さて、ではそろそろ…。
「おーい、おーーーーい!」
遠くから響いてくる野太い声。
おお、あの声は。
「こら!遅いぞ、バートル!」
バートルを睨みつけるバゼル。
全力疾走し、息を切らしながら走ってきたバートル。
もう元気そのものだな。
「いやいや、そりゃねぇぜ、族長よぉ。レインから頼まれてたもん作ってたのによぉ、急に明日帰るとか言い出すもんだから、最後徹夜で仕上げたんだぜ?ほらよ、お前に頼まれてた衣装だ。これでどうだ?」
「うわわわわ!?すごい!これマジですごーい!ありがとうございます、バートルさん!!」
「へっへっへ。いいってことよ。その…なんだ…。お前のことちっこいお坊ちゃんとか言ってたけどよぉ。お前がいなけりゃ、俺はこうやって好きな作業をすることもできなかったんだしなぁ」
あの時。
何とか一命を取り留めたバートルを、失った腕を含めて俺は光の魔法で完全に治癒させた。
付近を白く染め上げた俺の治癒魔法に、みんな目を丸くしていたな。
中でもセルジには本当に感謝された。
涙ながらに「大切な友を失わずに済んだ、これで一緒に戦える」と。
全く…、最初から仲良くしとけっつんだよな、お前ら…ぐすん。
「しかしそこまで喜んでくれりゃあ、作った甲斐もあったってもんだなぁ。んでよ、洗う時なんかは気をつけろよ?雑に扱うと縮んじまうぞ?」
「はい!承知いたしました!本当にありがとうございます!」
俺がバートルから渡されたもの。
それはなんと羊毛100%のセーターだった。
白地のふわふわ生地に、デフォルメされたシロと地龍が向かい合ってかわいくダンスする姿が編み込まれている素晴らしいデザイン。
ちょっとちょっと、めちゃくちゃいいじゃん、これ!!
ちょうどブリヤート族も羊毛を刈り取る時期だったそうで、集落の人々が加工していた所で、セーターの話をし、作れないかどうかお願いしてみたところ、なんと名乗りを上げたのが、このバートルだったのだ。
バートルは顔に似合わず、めちゃくちゃ手先が器用らしい。
ああ見えて、顔に似合わずめちゃくちゃ器用なんだってさ。
あ、2回言っちゃった。
「ありがとよ、また来てくれよな!」
大声を出しながら、肩をバンバン叩いてくるバートル。
「はい、必ず。バートルさんもお元気で。セルジやホランさんと仲良くしてくださいね」
俺は笑顔で答えた。
「あぁ、まかしといてくれ。今度会う時は、セルジより強くなってっからよ!」
「えぇ、期待してます。あとまたセーター作ってくださいね?お願いします、必ずお願いしますよ!?」
思わずバートルの両腕を掴んでしまった俺。
ガッチリ掴まれたバートルは身動き1つ取れずに困っている。
「うおぉ!?おお…作る作る…そんなに力入れなくても作るって!…怖えよ…すげぇ力だなお前…目も血走って、オーガみたいな顔になってんぞ…」
「す…すみません。つい妹がセーターを選んでいる姿を想像して取り乱してしまいました…」
若干引いている集落の方々。
俺は気にせず、落ち着いて服装を直した。
ふぅ、あぶないあぶない。
いやー、しかし楽しみだな。
待っててくれよな、エリー…。
お兄ちゃんええ仕事したで?
「では、名残は尽きませんがそろそろ行きますね」
まだまだ話していたい気持ちだが、俺はみんなに笑顔で手を振りながら、シロに乗って歩き出す。
「またな、レイン…。本当にありがとうな!!」
「必ずまた会おうぞ」
「今度あたしも遊びに行くからさ!」
「また来てくれよな。あと別のセーターがほしくなったら連絡してくれよ!」
『ゲギャゲギャゲギャ!』
大粒の涙を流しながら、手を振るセルジ。
腕を組んだまま、すごくいかついが、優しい笑顔で見送ってくれるバゼル。
ホランやバートル、そして地龍や集落の皆さんまで、総出で別れの挨拶をしてくれる。
色々あったが、今回も楽しかったな。
ぐすん…。
俺も思わず涙ぐんでしまう。
「ではみなさん、さようならー!!また会いましょうね!!」
ズドドド!
俺の別れの挨拶を皮切りに、シロが全力で駆け出した。
でっかい岩をぶっ壊したり、セルジの決意を聞いた場所。
からっぽだった湖。
ブリヤート大草原での思い出深い場所を幾つも通過していく。
「またね」
俺は笑顔で小さくそう呟き、シロとともに、実家を目指すのだった。
※※
「あらあら、帰って来ていたのね、レイン」
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」
リビングルームのソファーにゆるふわ母が座っており、その横に佇立していた万能執事のフリードは、恭しく一礼をした。
湯浴みを済ませ、身綺麗になった俺はそちらの方へ挨拶に向かう。
「はい、先程戻りました、母上。フリードも長らく心配をかけましたね。父上や母上に帰還のご挨拶をするに際し、先に入浴を済ませていました」
「そう、うんうん、とてもいい香りがするわね。…レイン、あなたがどんどん逞しい顔つきになっていくこと、母は大変嬉しく思います。ところで、ブリヤート族の皆様とは仲良くなれたのかしら?」
母は優しい笑顔で俺に話しかける。
俺も母の向かいに座り、笑顔で答えた。
「はい。大変よくしていただきました。あちらへの救済措置も万事上手くいきましたし、族長のバゼル殿をはじめ、関係者の方々とも良好な人間関係を構築することができました。その上で、今後を見据えた交易関係も締結できましたので、今後は双方に、さらなる強固な信頼関係を醸成できると確信しています」
ブリヤート大草原を出て2日、俺とシロは特に大きなトラブルに見舞われることもなく、無事実家に帰って来ていた。
「そう、それはよかったわね。でも私は、ただあなたが無事に帰ってきてくれただけで、本当に嬉しいわ。あの人やエリーには会ったのかしら?」
はぁ…。
この人が母親でよかったよ。
ほんっと癒される。
…これで強化ケツビンタさえなければ、ね…。
「いえ、父上やエリーとはまだ会っておりません。約1月半程会っていませんでしたので、2人のことを思うと、胸が一杯です」
まあマッチョ父は半分どうでもいいんだが。
「そう。特にエリーは毎日あなたのことを心配していたわ。一日千秋の思いだったでしょうね。うんと優しくしてあげてね」
「はい。承知しております」
ふふ…ふふふふ…。
わかってますがな。
俺だってエリーに会えず、どんなに寂しかったことか…。
だからこそエリーには既に、フリード経由で渡してあるのだよ…。
バートル特製の超プリティセーターをね!
俺がそっとフリードの方を見ると、フリードも俺の方を見て微笑みながら、小さく頷く。
グッジョブ!!
コンコン…。
リビングルームの出入口をノックする音。
おぉ…!
このオルゴールのように優く、かつ時が止まったかのようにさえ感じる優雅なノック音を奏でるのは…。
「エリー、入りなさい」
母は、ドアの向こうのエリーに入室を促す。
「はい、失礼いたます」
間も無くエリーが入ってくる。
なんだかスローモーションを見ているようだ。
ドクン…ドクン…。
自分の心音まで聞こえるぞ…。
落ち着け…落ち着くんだ俺!
エリーのセーター姿を想像し、ただただテンション爆上がりの俺。
変態!?
たわけたことを!!
かわいい妹の愛らしい姿を見たいと思うのは、前世もひっくるめ、この世の全兄の共通認識だろう!?
俺はこの日この瞬間のために、ブリヤート族の救助に向かったと言っても過言ではないんだからな!
エリーのセーターについて、バートルにちょっと大きめサイズを頼んだ際、「これはちょっとでかくねえか?お前の妹かなり太ってんのか?」と言われた時は、一瞬我を忘れてもう1回腕をねじ切ってやろうか?とさえ思ったが、なんとか耐えて正解だった…。
ささ、エリー。
ふかふかで、ぶかぶかのセーター姿をこの兄に見せておくれ…。
さぁ、さあああ!
「おかえりなさい、おにたま」
「ああ、ただいまエリー!なんてかわいい姿…って…あれぇ!?」
そこに現れたエリーは、俺が想像したふかふかぶかぶかのセーター姿ではなく、ごく一般的な装いに身を包んでいたのだった…。
いや、もちろんそれでも可愛いんだが…。
(…くっ…しくじったか、フリード!?)
俺は額の汗を拭いながらフリードの方をキッと見つめる。
フリードはフリードで相当に狼狽し、困惑の表情を浮かべていた。
い…一体何が起こったんだ…?
「あぁ、エリー…さ…寂しい思いをさせた…ね?と…ところで、フリードから受け取ったお洋服は…き…着なかったのかな…?」
俺は必死に平静を装い、エリーに優しく尋ねた。
「あのね、おにたま。お洋服着たのだけれど、ちょっとお首がチクチクで…」
白魚のような指で、自身の細い首に触れるエリー。
そ…そうか…チクチクして着心地が悪かったか…。
そうかそうか…よし、今すぐブリヤート大草原に戻るか…バートルと大切な話をしに行かないと…。
場合によっちゃあ湖がもう1回干上がるか、もしくは新しい湖が増えちゃったりするかもなぁ…。
「お?帰ったか!」
俺の思考を遮るように、マッチョ父が唐突に現れる。
そしてそこに見た父の姿に、俺は絶句した。
「エリーがフリードから渡された服のことなんだが。何やら首まわりがチクチクすると困っていたからな!私が着てみたんだが、どうだ?似合うか?」
あぁ…。
父のムキムキの肉体に着られたせいで、セーターはぶかぶかどころか、ピッチピチに。
かわいく編み込まれたシロと地龍の柄が、まるでブタと駄龍のようになってしまっている…。
「どうだ?どうだ?」
あれやこれやとマッチョポーズを替え、俺たちに見せつける父。
だが次の瞬間。
ビリビリッ…!
「あっ」
父の無駄に機敏かつダイナミックな動きに耐えきれず、ピチピチのセーターが悲鳴を上げた。
俺の魂の慟哭が屋敷にこだまする。
そんな喧騒の中、シロはいつもの定位置で、1つ大きなあくびをするのだった。
はぁ…。
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